サムライ花嫁(仮)-後編-
「さァ着いた」
黒塗りのベンツが停まった先
それは江戸で一番大きなホテルだ。
幕府や天人が数多く利用し、も警備で何度か出入りしたことがある。
「…あーぁ、乗り気しねェなぁー」
車から降りて、がしがしと頭を掻く。
「ホラしゃきっとしろシャキッと。
いーか、くれぐれもいつもの調子で喋るんじゃねーぞ。
これ以上おじさんの寿命縮ませてくれるな?」
「うるさいなァ、分かってるよ」
ハーッとため息をつき、着物の襟と裾を直す。
「さっさと終わらせよ」
ホテル内の明るいロビー
天井には煌びやかなシャンデリアが眩しく光っていて、
中を歩く人も、幕吏や天人がほとんどだ。
「あそこだ」
松平はそう言って奥のラウンジを顎で指した。
窓際のラウンジ、白いソファーに座っている1人の男。
写真の男と一致する。
男はに気づき、立ち上がってこちらに向かって頭を下げた。
も咄嗟に顔を作って頭を下げる。
「俺ァ一旦消える。終わった頃迎えに来るからそれまでうまくやれよ。
くれぐれも、波風は立てんな」
横でそう耳打ちをして、松平はの傍を離れて行った。
(…人事だと思って)
小さくなっていく後ろ姿を睨み、浅くため息をつく。
(………自業自得、か)
「…さんですね?」
男が近づいてきて、声をかけてきた。
「あ、はい」
「初めまして。写真で拝見するよりずっとお綺麗だ」
男はそう言って爽やかに笑う。
「どうも」
は乾き笑いを浮かべた。
「さ、こちらへどうぞ。お話をしましょう」
男に連れられ、窓際のソファーに向かい合わせに座る。
はちら、と男の顔を見た。
(写真で見るよりずっと優男だわ…山崎よりヒョロい)
長年、ムサい男連中の中で育ってきたため、
いつも周りにいる男たちと比べてしまうのは当然のこと。
もっとも、天下の真選組に属する血の気の多い男たちと
それを指揮する官僚の男を比べること自体が間違っているのだけど。
「…ええと…ご存知の通り、私は真選組隊士です。
幼い頃から剣術だけを取り得にしてきた根っからの田舎侍ですので…
将来有望な官僚のご子息とじゃあ釣り合いがとれませんわ」
口に手を当て、ウフフ、と笑う。
愛想笑いは得意分野だ。
「いいえ、貴女のことは度々テレビや新聞で拝見させて頂いていました。
女性でありながら果敢に戦う姿…凛としていて実に魅力的だ」
「魅力的…」
ひくっ、と口元がひきつる。
言われたことがない言葉に鳥肌が立った。
(…ウチの野郎共からは絶対聞けない言葉だ…)
「…今頃どーしてっかなぁ…の奴…」
市中見回りの最中、近藤はパトカーの助手席でぼんやりと呟く。
「暴れ回ってなきゃいいけどな」
「……やっぱ、行かせなきゃよかったのかなぁ…
俺が直々に断りに行けばよかったのかも」
はーっとため息をつき、額に手を当てた。
ハンドルを握る土方は、煙草を銜えて横目で近藤を見る。
「土方さん」
車の外から総悟の声。
運転席の横に、私服姿の総悟が立っていた。
「総悟。お前今日非番だろ。何してんだ?」
土方は窓を全開にして、右手を窓枠にかけて総悟を見る。
「ちょっと連れてって欲しいところがあるんでさァ」
総悟はそう言ってパトカーの後部座席に乗り込んだ。
「ふざけんな。パトカーはタクシーじゃねェんだよ。
さっさと下り…」
「大江戸ベイシティホテル」
土方の言葉を遮り、総悟は口を開いた。
2人は振り返って総悟を見る。
総悟はニヤリと笑った。
「アイツがどーやって断るか、見物じゃないですかィ?」
近藤と土方は顔を見合わせる。
「…や、マズイでしょ総悟くん。公務中に。ねェトシ?」
「その点なら心配いらねェ。俺ァ今日非番ですし、刀も警察手帳も置いてきたんでさァ。
ただの一市民ですぜ」
総悟は腕を組み、深く座席に寄りかかった。
「んなことしてもし何かあったらどーすんだよ」
土方はそう言って横目で総悟を睨む。
総悟は顔を上げ、真剣な顔で2人を見た。
「"何か"なら、もう起こってるでしょ」
『自分で蒔いた種だし…自分でどうにかしないと』
「…………………」
近藤は目を細め、腕を組んでため息をつく。
「…トシ」
「…わーってるよ」
土方は銜えていた煙草を車の灰皿に押し付け、
パトカーのエンジンをかけた。
サイレンのスイッチを入れ、勢いよくアクセルを踏む。
ひどく荒い運転はいつものことで、
渋滞の道路をジグザグ走法でホテルへと急いだ。
「はーぁ、の奴うまくやってりゃいいんだが…」
路地の自販機の前でベンツを停め、一服している松平。
すると
ファンファンファンファン!!!
「っ」
その横を猛スピードでパトカーが過ぎ去った。
中に乗っているのは近藤、土方、そして私服姿の総悟。
「アイツらまさか…!」
松平は慌ててベンツに乗り込み、車を発進させてパトカーを追う。
「おいテメーら!野郎が揃いも揃って野暮なこと考えてんじゃねーだろーな!?」
ベンツをパトカーの横につけ、
窓を開けて3人に向かって叫んだ。
「とっつァん!やっぱこんなのおかしいよ!
俺達の面子ってのは、にあんな顔させてまで保ってなきゃなんねーのか!?」
近藤も窓を開け、松平に向かって叫ぶ。
「分かんねェ野郎だな!しょーがねェだろ!!
流れに身を任せるしかねェんだよこういうのは!!」
「流れに身を任せるだァ?アイツがそんなタマじゃねーことくらい知ってるだろ!
テメーで気に入らねェ流れならその流れを捻じ曲げて進むような奴だ!」
更にアクセルを踏む土方。
横についたベンツも負けじとスピードを上げた。
「おじさんだってそりゃ分かってるさ!!
だーが今は耐えろ!!」
左手でハンドルを握り、右腕を窓から出す。
「とっつァん」
パトカーの後部座席の窓が開いて、バズーカの筒が飛び出た。
「しばらく黙ってて下せェ」
ズドン!!!!!
総悟がぶっ放したバズーカはベンツを直撃。
「オイィィィィィ!!!総悟くん何やってんのぉ!?
あれ絶対死んだよ!!いくらヤクザでも今のはさすがに死んだよ!!」
近藤は身を乗り出し、ひっくり返っているベンツを見た。
「やったぜ近藤さん、これで長官に出世できますぜ」
「言ってる場合か!!」
(…さて…と、どうやって断る話を切り出そうかな…)
テーブルに出されたコーヒーをすすりながら、
男の顔を窺って思考をめぐらせる。
「あの…どうでしょう、お友達からでもということで…
これから休みの日にどこか出かけませんか?」
すると男の方から話を切り出してきた。
「え、あ…いやぁ…休みの日も何かを忙しいものですから…←大ウソ」
は苦笑してはぐらかす。
男は首をかしげた。
キキィィッ!!!
急ブレーキでホテルの前に止まる一台のパトカー。
3人はパトカーを降り、ホテルへ入る。
「相変わらずお偉いサンでいっぱいだな…
は一体どこにいるんだ?」
近藤は目を細め、辺りを見渡した。
「近藤さん!」
総悟が声を上げ、奥のラウンジを指差す。
窓際のソファーに向かい合わせに座る、と男の姿。
「時期官僚では…ご不満ですか?」
男は不思議そうに問いかけた。
「い、いえ!滅相もないです!!」
何が不満と言えば、優男具合とか、自分より弱そうとか色々あるけど
とりあえず結婚とかそういうものに興味がない。
「悪い話ではないと思うのですが。僕が上に掛け合えば、
貴女もあの真選組を指揮する側に廻れるということですし」
「っ」
はバッ、と顔を上げて目を見開いた。
離れたところで話を聞いていた近藤と土方は顔を見合わせる。
「局長の近藤や、鬼の副長・土方よりも権力を持つことが出来るんですよ」
男は悪びれる様子もなく、そう言って笑う。
--------ああ
そっか。
「…そいつァ御免だ」
は顔を伏せ、フ、と笑う。
「あたしが刀を握るのは、真選組と近藤さんの為。
それが出来なくなるんならあたしは刀を握る意味がねェんですよ」
"あたしは近藤さんの"真選組"とそれを護る近藤さんの為に剣を奮います"
あれからずっと自分の中に突き立ててきた信念。
「生憎、あたしら侍ってのはお偉い官僚サマと違って頭より手足の方が発達してるんでね。
あれこれ考え企てようが、結局はてめーの剣の腕1つで生きてるようなモンなんです。
小難しいことはさっぱりだ」
席を立ち、椅子を離れた。
「でも頭の悪いあたしが、馬鹿の1つ覚えしてることもありましてね」
着物の襟に手を入れ、胸元から警察手帳を取り出す。
「大将へ死ぬまでの忠義」
穏やかだった目つきは鋭くなった。
「あたしは真選組以外で剣を握るつもりはない」
髪を綺麗に飾っていた簪を抜き、
ポイッと床に捨てて髪を解く。
「もともと、男の権力に乗っかって玉の輿なんざ興味ねーや。
金なんかいらねーし、欲しけりゃ自分でどーにでもする」
「出世街道は1人で行って下さい。
あたしは一生、出世とは無縁の芋侍道行きますから」
にっこりと笑ってそう言うと、
男の横を素通りしてラウンジを出て行く。
男は唖然とした顔でそれを目で追った。
「あー…すっきりした」
凝った肩をゴキッ、と回す。
「…近藤さんに謝らなきゃ…」
「その必要はねェよ」
「っ」
ロビーから近藤の声。
柱に寄りかかって煙草を銜える土方と
非番のハズの総悟。
「……何で…」
は目を丸くして3人を見た。
「ああは言ったけどな、やっぱ面子保つためにお前をこーゆーのに行かせること自体間違ってたよ」
近藤はそう言って苦笑し、頭を掻く。
「……ごめんなさい…結局、先方怒らせちゃったかも」
申し訳なさそうにそう言って顔を伏せる。
近藤はそんなを見てフ、と笑った。
「いいんだ」
そして大きな手をの頭に乗せる。
は顔を上げた。
「お前の将来犠牲にしてまで保ってなきゃならねェ面子なんざ、
こっちから願い下げだ」
「こうなることくらい予測済みだよ」
近藤の隣で土方はあきれたようにため息をつく。
「あーあ、これでもう完全に嫁行きそびれたな。
一生いねーぞあんな物好き」
総悟は腕を組み、ニヤリと笑った。
もつられるように笑う。
「いいんだよ」
髪をいつものように横で1つに束ねた。
「…結局はこうなるワケだな」
「「生きてた!!」」
全身黒コゲで歩いてきたのは松平。
松平は既にコゲている煙草を銜え、更にライターで火をつける。
「テメーらのおかげでおじさん胃潰瘍になりそうだよ」
「あたしも頭下げるからさ。今回は許してよ」
はそう言って苦笑し、顔の前で手を合わせた。
「もうテメーらには見合い話なんか持ってきてやんねーよ。
全員生涯独身でいろコノヤロー」
ブツブツ文句を言いながら、松平は人込みに紛れていく。
「オイ」
総悟はパトカーの後部座席から何かを取って、
に投げて寄越した。
はそれを両手で受け取る。
凄く久しぶりに持つ気がする、自分の刀。
「……ありがと」
は嬉しそうに笑い、左手に持った。
「迎えに来てくれたお礼に屯所まであたしが運転します」
「や、いいよ。これ以上面倒かけさせんな」
土方は煙草を銜えたまま再びパトカーのドアを開け、運転席に乗り込む。
総悟も後部座席のドアを開けようとして、
嬉しそうに笑っている近藤に気づいた。
「どうしたんですかィ近藤さん。
えらく嬉しそうですね」
「や、アイツも言うようになったなぁと思ってな」
腕を組み、土方とハンドルをとりあっているを見て柔らかく笑う。
"あたしは真選組以外で剣を握るつもりはない"
「やっぱ当分、嫁には行かせたくねェなぁ」
そう言って苦笑する近藤。
(…親バカ)
「心配しなくても、大丈夫ですよ」
総悟もつられるように笑い、を見た。
「仮に嫁に行けても、ウエディングドレスに刀挿してそうでしょ」
「…それはちょっと……そのまま新郎殺りかねないよ」
当分は
箱入り娘のままのようです。
銀さん夢に続き見合いネタ。
お妙さんと総悟が同い年なのに、総悟がお妙さんを姉御と呼ぶ謎。
ヒロインも総悟と同い年設定なので、ヒロインもお妙さんと同い年なんだけど
近藤さんはまるで子供扱いです。
本誌の真選組動乱編が解決したらそっちの原作沿いを書こうと思って進めてるんですが、
なかなかどうしてまだバタバタしてますね;一番は山崎の安否です。