Memory-近藤編-
「近藤さーん、今度のターミナル警備のことなんですけどー」
局長室の障子を開ける。
「あ」
は部屋の中を見て目を丸くした。
部屋の真ん中、大の字になって寝ている近藤の姿。
「あーあ、三十路前の男が見っとも無いったらありゃしねー」
は腰に手を当て、ため息をついてそれを見下ろす。
「近藤さーん、いくら非番っつったってちょっとアホ面こきすぎですよー」
その場にしゃがみ、近藤に向かって声をかける。
大きなイビキが聞こえるばかりで、全く起きる気配はない。
(昨日も遅くまで接待で飲みとかだったなぁ…)
アホ面こいて寝ていても、一応は真選組局長。
お偉いさんの接待やら何やらで、黙って屯所にいることは意外と少ない。
「しょうがないなぁもう…」
はすっくと立ち上がり、押入れを開けて薄い掛け布団を引っ張り出してきた。
「いくらゴリラで丈夫だっていっても風邪ひきますよーっと…」
どうせ聞こえてないので好き勝手言って、その体に掛け布団をそっとかけてやる。
そして再びその前にストンとしゃがみ込んだ。
「…なんかあたしも眠くなってきた」
間抜けな寝顔につられて睡魔が。
(……この人に拾われて…何年になるんだっけ)
『…可哀相』
『かわいそうに…戦でご家族亡くして孤児だなんて…』
『他に親戚もいないみたいよ…』
『これからどうするのかしら…まだ小さいのに…』
同情は沢山された。
手元にあったのは、いつも粋がって腰に差していた木刀だけ。
見ず知らずの子供を世話してくれる程江戸はお人好しで人情に溢れた所ではない。
自分も同情で他人の世話になろうとは思っていなかった。
増してや天人襲来で人間の居場所は狭まり、
誰もが自分のことで手一杯なんだ。
『お嬢ちゃん』
路地裏を歩いていると、自分と同じように腰に刀を挿した浪士数人に声をかけられた。
『廃刀令のご時勢に木刀さしてるたァ、どっかの道場帰りかィ?』
『おにーさんたちと遊ばねーか?』
は蔑んだ目で男達を睨み、それを無視して再び歩き始める。
『無視はねェだろオイ』
男はがしっ、との肩を掴んだ。
『…うるさい』
ゴッ!!
『ぐぁッ!!』
振り返ると同時に、腰にさしていた木刀を降り、柄の裏で男の顔面を突く。
『この…ッガキ…!!』
伸びてきた長い腕をヒラリと受け流し、壁にかかっていた戸板を振り回して投げ飛ばした。
『ちッ!!』
男はバシッ!と戸板を振り払う。
開けた視界に、木刀を振りかざして頭上の高さまで跳んでいるが映った。
『ッ』
バキッ!!!
『………………』
足元に倒れている男達。
は木刀を持ったままそれを見下ろす。
(…腐ってる…)
この国も
この国で生きる人間も。
すると
『…っと…こりゃ助けは要らなかったみたいだなぁ』
『っ』
後ろから聞こえた別の男の声。
は咄嗟に振り返って木刀を構える。
『あ、俺は別にコイツらの仲間とか言うんじゃねェから。
お前が路地に入ってくの見て心配になって追ってきたんだ』
黒い髪を1つの髷でまとめた大柄な男。
確かに、ここに倒れている連中とはオーラが違う。
ちら、と視線をうつすと、男は腰に真剣を挿していた。
『すげェな、女の子なのに剣術の心得があんのか』
男はそう言って笑い、倒れている男達を見下ろす。
『どこの道場だ?』
『……家が道場だった』
は視線をそらし、そう答える。
『俺ん所もだ!奇遇だな!!』
男はそう言ってガハハと笑ってみせた。
『……今は、もうない』
続いたの言葉に、男は目を細めてを見る。
『お父さんもお母さんも…戦に巻き込まれて…死んだ、から…』
男の表情が険しくなった。
『…家は?他に親戚とか…』
その問いかけには黙って首を横に振った。
『…………………』
男は木刀をしっかり握り締めたの小さな手を見る。
小さくて白い手には血豆が見えて、手首にも打ち身のようなアザがあった。
『…よし!行くトコ無いんなら、俺たちと来ねェか?』
『ッ』
男の言葉に、は勢いよく顔を上げる。
『俺、真選組っていう組織の局長をやってんだ。もう時機正式に幕府の配下として認められる。
役職は警察だ。江戸の平和を守る武装警察!』
男はそう言って力説してみせた。
はただ目を丸くして男を見上げるだけ。
『拠点は江戸。隊士はそこの屯所に住み込みなんだ。
飯とかは国が援助してくれるし、心配はいらねェ。給料もいいって話だしな!』
…自分は騙されているんだろうか?
さっきの奴等みたいに、ガキだからってうまいこと言いくるめられて、
どっかに売り飛ばされて一生そのままってことも…
『お前の剣の腕は俺が保障してやるからさ、ウチの隊士になれよ!』
そう言っての両肩を掴む男。
その目は真っ直ぐで、キラキラしていた。
『……………』
は反射的に、こくんとゆっくり頷いてしまった。
『よし決まり!じゃあ早速道場に戻ろう!仲間を紹介するぞ!!
お前と同い年くらいの奴もいるんだ、きっと仲良くできるさ!』
わしゃわしゃとの髪を撫でる。
『お前、名前は?』
『……………』
手を差し伸べられたので木刀を腰に挿し、
そっとその手を握り返した。
…あったかい。
『そうか、。俺は近藤勲。よろしくな!!』
目の前が
ぱっと明るくなったように
温かい光が差した気が、した。
『近藤さんが女児誘拐ィ!?』
『だってさっき女の子の手ぇ引いて帰ってきたぜ!!
それでそのまま土方さんのところに…』
『沖田さんくらいの年だったって…?』
『だって沖田さんってまだ10歳とかそこらだろ!?』
道場の広間に入ったまま出て来ない近藤。
門下生たちはそろって障子の前に座り込んでいる。
すると
『バカがつくほどお人好しだとは分かってたがここまでだったとはな!!』
襖の向こうから土方の怒鳴り声。
門下生は聞き耳を立てた。
『ほら…やっぱり女の子連れて帰ってきたんだよ』
『でも何でまた…』
すると
ガラッ
障子が開いて、近藤とが広間から出てきた。
門下生はびくっと肩をすくめ、視線をに集める。
『オウ、今皆に説明に行こうと思ってたとこだ。
これから隊士になる。年は総悟と同じ11だ』
近藤はそう言っての背中をポンと叩いた。
『…た、隊士って…近藤さん……』
『お、女の子ッスよ…?』
物珍しそうに、門下生たちはを見る。
『女でもそこいらの男より全然強いぞ!さっきも絡んできた浪士を1人で滅多打ちにしてたんだ』
少し強めにの背中を叩き、大声で笑う近藤。
門下生たちは困った顔を見合わせる。
『…ここの主である近藤さんが決めたんなら…
文句は言いませんけど…』
『でも、なァ…』
言葉を濁す門下生。
誰よりも自身が、その意味を解っていた。
『当然ですよ。自分より小さい、増してや女が真剣を握って
国を護るために働くなんて普通の大人は納得しません』
道場の縁側に座り、はそう言った。
『小さいとか女だとかそういうことか関係ないだろう。
俺はお前の剣の腕を見込んで誘ったんだ。俺の目に狂いはないさ』
そう答える近藤は嬉しそうだった。
はそれを横目で見て、すぐに視線を中庭に移す。
『……後悔してないんですか?あたしみたいな厄介者拾ったこと』
冷めた言葉に、近藤は目を丸くしてを見下ろした。
『学はないし、剣術だって我流もいいトコ。口だって悪いし生意気で…』
『なんだ、俺達にピッタリじゃねェか』
『っ』
ハハ、と笑う近藤。
は目を見開いて近藤を見上げる。
『俺等も似たようなもんさ。学なんざ微塵も持ち合わせてねェ。
剣のことしか頭にねェ野郎ばっか集まってる。
どいつもこいつも、自分の我突き通すために好き勝手生きてる連中ばかりさ』
空を仰ぎ、柔らかく笑う近藤。
『そんな中に女1人だから、色々大変なことはあるかもしれねェけどさ。
お前がその剣を此処で振るってくれんなら、俺たちがその剣を護ってやるよ』
視線をに移し、そう言ってニカッと笑った。
『どんな風当たりや偏見からも、お前がお前の剣を自由に振るえるように
お前の剣を護ってやる』
柔らかい風が吹いて、黒髪が緩く揺れる。
『剣を振るう理由はお前の自由だ。
まァ俺は一応国民と幕府の為に刀を持つが…
お前までそんな堅っ苦しい理由に納まる必要はない』
『誰かを護るためでも何でもいい。此処に信念を強く持てばその剣は必ず強くなる』
近藤はそう言って右手の拳を自分の胸に当てた。
強い光を放った、優しい目。
が何も言えずにいると、近藤は腰の2本の刀のうち1本をに差し出した。
『っ』
は驚いて刀を見る。
『これをお前にやろう』
『………真、剣…』
差し出された刀を、小さな手でそっ、と受け取った。
近藤が手を離すと、ずしっ、とした重たさが両腕にビリビリと伝わってくる。
木刀や竹刀なんかとは比べ物にならない。
『…重いだろ?』
近藤はそう言っての顔を覗き込んだ。
はコクンと頷く。
『これ1本で救える命もありゃ、奪える命もある。
護れるモンもありゃ、護れねェモンもある』
『それはその刀を握る奴次第だ、って俺は思ってる』
ジャキッ
はゆっくり鞘から刀を抜いた。
ギラリと銀色に鈍く光る刀身に自分の姿が映る。
『その刀にお前の生き様を込めてみろ』
"剣を腰に挿し、振るうということは
自分の意思を貫くということ"
---------父さん。
"自分の生き様を剣術に込めるということ"
あたしの、生き様
『……近藤、さん…』
初めてが名前を呼んだ。
刀を鞘に納め、顔を上げる。
『あたし…』
「……ん……」
あれから1時間ほどして、部屋で先に目を覚ましたのは。
「……アホ面につられて寝ちゃった」
むくりと起き上がり、頭を掻く。
(しっかし懐かしい夢を見たなぁ…かれこれ7〜8年前か…)
寝ぼけ眼でまだ爆睡中の近藤を見下ろす。
「…なんだってこんな人についてきたかなァ、あたし」
くす、と呆れるように笑う。
馬鹿正直でお人好しで、人間くさくて男気に溢れて
(バカでストーカーだけど)
あの頃からの8年間
あたしはこの人について来たことを後悔したことはない。
「……ずっとついて行きますからね。局長」
小声でそう呟いて、柔らかく笑うと静かに立ち上がって部屋を出た。
「……………」
遠ざかっていく足音に聞き耳を立て、寝ていたはずの近藤がゆっくり目を開ける。
「…起きるに起きれなくなったじゃないか」
むくりと起き上がり、自分にかけられた布団を見た。
「まさかがあんな昔のことを覚えとったとはなぁ…」
『あたし…近藤さんのために刀を握ります』
『国とか幕府とか…あたしには…大きすぎるしよく分かんないから…
あたしは近藤さんの"真選組"とそれを護る近藤さんの為に剣を振るいます』
"俺がここにいるのも、真剣を持つのも、
近藤さんが好きだからあの人についてってみたいって思ったんでさァ"
『剣の腕は…まだまだ未熟だし…っ
女だってことで迷惑かけちゃうかもしれないけど…っ』
"近藤さんがテメーを必要とする限り、勝手に腹切って死なせはしねェ"
『あたし…っここで剣を振るいたいです…!!
真選組として…武士として、自分の信念に恥じない剣を此処で高めたいです!!』
それはまだ不安定で
強い風でかき消されてしまいそうな程の
か細い光
けれどそれは徐々に強い光を帯びて
大きな光の柱となる
「…頼りにしてるぞ」
強く生きろ
挫けそうでも自分の信念を決して曲げるな
気高く生きろ
大人に与えられた型にはまらず、泥の中を這ってでも自分の道を行くことが
お前にとっての肥やしになる
---なぁ、 そうだろう?
回想編は局長で締めです。
理想のタイプはあれこれあるけど、結婚するなら近藤さんみたいな人が一番安心だと思います。
例えゴリラでストーカーだとしても(笑)
世のみなしごが全員近藤さんに拾われれば強く逞しく育つこと間違いなしでしょう。
好きだな!近藤さん(´∀`)