宵に眩む黒蝶
「ふぁ〜あ」
太陽が真上に上がる午後近く
はようやく床から起き上がった。
「やー非番はいいなぁ。遅くまで寝てられるから」
今日は久々の非番。
午後まで寝ててもドS王子は起こしに来ないし、
鬼の副長にも怒られない。
薄いピンク色の着物に袖を通し、紺の袴をはいて帯をキュッ、と締めた。
布団を出て障子をあけると、眩しい光が差し込んでくる。
「ご飯でも食べに行こうかな」
『またも大使館で郵便物を装った爆弾が爆発したとの報告が入りました。
警察ではこれを先日から続いている攘夷志士のテロとして更なる厳重な警備を…』
「またテロかィ。相変わらず物騒だなァ。
なぁちゃん」
行きつけのラーメン屋でテレビを見ながら、
店の店主がに向かって言った。
「テロやら幕吏殺害で攘夷浪士を結構逮捕してはいるんだけどねェ…
肝心のアタマがどーしても掴まらないから、相変わらずテロ防げずにいるわけよ」
ずずーっとラーメンをすすり、は答える。
「アタマって…指名手配中の桂小太郎のことかい?」
「そ。変装得意な上に逃げ足も速いってんで、皆苦労してんの」
残ったスープを最後まで飲み干して、どんぶりをカウンターに戻した。
「…そういや最近、客に妙なこと聞いたなぁ」
「妙なこと?」
店主の言葉に、は首をかしげる。
「港で不振な浪士がうろついてるってさ。
まァあの辺は天人の貿易船の出入りがあるからなぁ…
何が居てもおかしくねーんだが…」
「……港…」
グラスの水に口をつけ、は眉間にシワを寄せた。
「散歩がてら見に行ってくるよ」
「え、でも今日は非番なんだろ?」
ラーメンの代金をカウンターに置き、席を立つ。
「隊服着てたら目立って逆に近づけないし。丁度いいじゃん。
何かやらかしてんなら即効逮捕ってことで」
暖簾をくぐり、は笑って店主を見た。
「あ?の奴今日オフだったのか」
「久しぶりにラーメン食いに行くって張り切って出ていきましたぜ」
パトカーで街を巡回する土方と総悟。
「ったく呑気なモンだぜ…休みの日ぐれェ稽古するとか考えねーのかアイツは」
「土方さんだってオフの日は映画見てサウナ入って
思っクソ休日エンジョイしてたじゃないですか」
赤信号でブレーキを踏み、総悟はハンドルから手を離して横目で土方を見る。
「…アイツが非番で外に出てる日はロクなことがねェだろ」
助手席の窓を開け、窓枠に肘をかけた。
陽も落ちて、辺りに街灯が灯され始めた頃、
は賑やかな街を抜けて港に来ていた。
港には沢山の船が停泊しており、天人たちが荷物を大量に運び出している。
(まーた変なヤクとか運ばれて来てなきゃいいんだけどね…
こんな大量の荷物の検査までいちいち手が回らないのが現状だよなぁ…)
山積みにされた木箱を横目で見ながら、その荷物を保管する倉庫へ向かった。
いくつも分かれている倉庫の周りは荷物を中へと運ぶ商人で賑わっている。
(不振な浪士って…天人も不振なやつばっかだからな…)
辺りを見回しても、ほとんどが様々な国の天人。
腰に刀を差した浪士というのは見当たらない。
人込みを抜け、再び港の反対側に出た。
「刀差してるあたしの方が目立つじゃん…;」
そう呟いてふーっとため息をつく。
すると
(…煙管の匂い)
はクン、と鼻を利かす。
普段から慣れ親しんだ土方の煙草とは違う、独特の香り。
は足を止め、辺りに睨みをきかせた。
そして
バシッ!!
背後を振り返ると同時に、勢いよく右足でハイキックをかます。
「…腰に刺してるモンより先に足が出るたァ…
とんだじゃじゃ馬がいたもんだな」
低い声。
男は振り上げた足を腕で受け止めてそう言った。
くわえた煙管
派手な着物
笠で隠れているが、長い前髪と包帯に隠れた切れ長の鋭い目付きは間違いなく
(高杉…!!)
は目を細める。
「…何分足クセが悪いもんで」
そしてそう答える。
全力で蹴ったはずなのに、足はビクともしない。
「天人しかいねェこの港に女が刀差して歩いてるってのが
どうも気になってな」
足を下ろし、距離をとるを見て高杉は言った。
紅梅色の着物に紺色の袴、編み上げブーツ
少女が腰に刀を差す姿はあまりに不格好だから。
は着物の袖から警察手帳を取る。
「武装警察真選組・一番隊隊士、 今日は非番だけど」
手帳を開き、高杉に見せた。
「…ほォ…幕府の犬に女がいるとは…初耳だな」
高杉はニヤリと笑い、くわえていた煙管を指に挟んで白い煙を吐く。
「腐った国と無能な幕府護るために刀とったってか…
物好きな女もいたもんだ」
「…別に。国とか幕府とかあんま深く考えてない。
あたしを拾ってくれた人が、お上護るってんだから従ってるだけ。
もしあたしを拾ってくれたのがアンタだったら、
あたしは国と幕府ブッ壊すために刀をとったと思うよ」
の言葉に高杉は喉の奥でククッと笑った。
「お上への忠義より真の主への忠義ってわけかィ。
思想はムチャクチャだが単純でいいじゃねーか。
嫌いじゃねーぜ」
そして再び煙管を口に銜える。
(おじさんが言ってた不振な浪士がコイツの仲間だとしたら…辻褄が合うな)
「今日は非番で仕事なんかしたくないんだけどね…状況が状況だわ」
はそう言って柄を握った。
目付きが変わり、瞳孔が開く。
「…神妙にしろ。高杉晋助」
ジャキッ
ガキンッ!!!
勢いよく抜いた刀は、それと同時に高杉が抜いた刀の刀身とぶつかって火花を散らした。
「…成程…そこらのザコ幕吏よりずっと歯ごたえがありそうだ」
「…そりゃどうも」
答える額から冷や汗が滲み出て頬を伝う。
高杉は笠の紐を解き、笠を地面に放った。
は右足の爪先に力を入れ、砂と一緒に足を蹴り上げる。
ザッ!!
「っ」
2人の間に砂が舞った。
同時に一旦刀身を引いて、刃を垂直に直し、いっきに突進した。
「ああぁぁァァァ!!」
ガキンッ!!
「!!ッ」
高杉の刀が緩やかにの衝撃を受け流し、反動での刀は弾かれた。
いっきに間合いまで詰めてきた刃先が、目の前に迫る。
「ッ」
咄嗟に反応して避けた刃先は左頬を深く切った。
次の瞬間、高杉の左手が喉元に伸びてくる。
ガッ!!
「ぅぐッ!」
大きな手に首を掴まれて、体は倉庫の壁に叩き付けられた。
「…残念だったな」
手に力を入れ、の体を強く壁に押し付ける。
「…………ッ」
両手でその左手を掴むが、ビクともしない。
鋭い右目の眼光
冷たいものがいっきに背筋を駆けると同時に、
それは死を予感した。
「女ァ殺るのは趣味じゃねェんだがな…
幕吏とあっちゃー話は別だ」
「…死にな」
右手の刃が、再びの顔に向けられる。
すると
ドォン!!
「「!!ッ」」
離れたところから大きな爆音。
灰色の煙と真っ赤な炎が遠くで上がっているのが見えた。
「…ヅラの野郎ォ…また小せェテロ起こしてやがんな…」
刀を下ろし、高杉はそう言って目を細める。
(桂…!?クソッ…タイミングの悪い…)
も横目で煙を見て、奥歯をギリッと食いしばった。
高杉はの首から手を離し、右手に持った刀を鞘に納めて放った笠を拾う。
「…ッゲホッ…ゴホッ…待て!!」
編笠の紐を顎で結び、その場を去ろうとする高杉。
は喉を押さえ、声を張り上げて呼び止める。
「…何のつもりだ……!!情けでもかけたつもりか…!?」
頬の血が顎を伝い、ポタリと地面に垂れた。
「馬鹿にすんな」
高杉はそう言って再び真っ直ぐを見る。
「お前はもう戦えねェ。あの刀だって、使いモンにならねェ」
地面に突き刺さった刀は、
刃にヒビが入っていた。
「お前の右腕だって、そうだろ?」
「っ」
右腕にはまだビリビリと強い衝撃が残っていて、
痙攣したように小刻みに震えている。
「今のテロで警察も動いてくんだろ。面倒なことになる前に眩まさせてもらうぜ」
着物の袖から煙管を出して口に銜える高杉
「…ああ、テメーも警察だったか」
「………ッ」
馬鹿にするように不敵に笑った高杉を見上げ、
はギリッと歯を食いしばった。
「とか言ったか」
悠長に白い煙を吐き、煙管を指で挟む。
「テメーの名前と心意気くらいは覚えといてやるよ。
せいぜいお国とお上を護るために齷齪頑張んな。
全部無駄だって、思い知らせてやるぜ」
次の瞬間
ゴォッ!!
「ッ!」
上空に大きな飛行船が現われ、
倉庫と2人の頭上を覆う。
唖然と口を開き、は空を見上げた。
高杉は不敵に笑い、に背を向けた。
そして倉庫の合間の路地を歩いていく。
「待っ…!」
ガクンッ!
「ッ」
両膝の力が抜けて、はその場に崩れこんだ。
(体に…っ力が……!!)
高杉は途中で立ち止まって横目でを見てフ、と笑い、
暗闇の中に消えていった。
「…ッくそ…っ!!」
「どうしたぁ!!!その傷はぁ!!!!」
の顔を見るなり大声を出す近藤。
「…こ、転びました」
「嘘つけェ!お前どこでどーすっ転んだらそうなるんだ!?
ぱっくり切れてんじゃん!!どうみても転んだ傷じゃねーじゃん!!」
白い頬にくっきり残る10cmほどの切り傷。
近藤は慌てふためいての頬を指差した。
近藤の隣に座る土方は、テーブルに頬杖をついて睨むようにを見る。
「…オイ。まーたお前面倒事に首突っ込んだんじゃねーだろうな?」
「やだなぁ土方さん、隊士を信用して下さいよー(棒読み)」
「総悟、救急箱を」
「はいよ」
近藤の言葉に総悟は席を立ち、棚の上から救急箱を取った。
「別にいいのに」
「駄目だ!!武士でも女の子なんだから、嫁入り前の顔に傷なんか残しちゃいけません!!」
お母さん口調の近藤。
は困った顔で乾いた頬の傷を掻く。
「お前それ、どう見たって刀傷だろうが。
誰と闘った?攘夷浪士逮捕したって報告は来てねーぜ」
煙草を銜え、再びを睨む土方。
「だから転んだんですってば。
鍛冶屋さんで」
「どんだけ鍛冶屋で暴れたんだお前」
総悟はの隣に腰を下ろし、救急箱を開ける。
そして頬の傷口にどっぷりと軟膏を塗り、
ガーゼを適当に貼り付けて包帯を巻きつけていく。
「大体、オフだってのにあたしがそんな面倒事に首突っ込むわけないでしょ。
今日はラーメン食べて新しい刀見て過ごしたんですー…って大袈裟だから!!包帯なんかいらねーし!!」
は包帯を解いて総悟に向かって怒鳴った。
土方は腑に落ちない顔でを見る。
総悟はカーゼの上からテープを十字に貼って救急箱を閉じる。
「…まァいい。何問いただしたところでテメーが素直に吐くわきゃねェからな」
短くなった煙草を灰皿に押し付け、
前髪をかき上げてため息をついた。
「心配しなくても、組の迷惑になるようなことはしませんよ。
それじゃ、あたしそろそろ寝るんで。おやすみなさい」
は立ち上がり、ぺこんと頭を下げて部屋を出て行った。
後ろ手で静かに障子を閉め、長い廊下を部屋に向かって歩く。
「俺も先に休ませてもらいまさァ」
近藤と土方が顔を見合わせていると、
総悟も席を立ってを追うように部屋を出て行った。
「………………」
は廊下を歩きながら赤い跡が残る首に触れ、顔を伏せた。
(…今まで闘り合ったどの攘夷浪士とも違う…ヤバイ感じがした)
ズキ、と痛む頬の傷
『テメーの名前と心意気くらいは覚えといてやるよ』
(…完全にナメられた…)
奥歯を噛み締め、眉間にシワを寄せる。
「…総悟でもキツいんじゃないの、アイツ…」
すると
「おい」
「ッ」
後ろから総悟の声。
はびくっと肩をすくめる。
「な、何…?」
「ちょっと刀見せてみろィ」
「は…?何で…ってちょ、ちょっと…!」
同意を聞く前に、総悟はに近づいての腰の刀を抜いた。
「…どうしたんでィ、これ」
総悟はの刀の刀身を見て、目を細める。
刀身の真ん中に大きなヒビ。
「………………」
は顔を逸らす。
「お前の刀こんなにするたァ、よほどの使い手だ。その辺の雑魚浪士じゃねーだろ」
鋭い目でを見て、刀を鞘に戻した。
「何があったんでィ。近藤さんや土方さんには黙っててやらァ、話しな」
「…………………高」
は顔を逸らしたまま口を開く。
総悟は首をかしげた。
「たか?」
「……たっ、鷹に突かれたんでさァ!!!」
顔を上げてそう叫ぶと、ダッシュで廊下を走り去って行った。
総悟はあっという間に小さくなったの後姿を見て頭を掻く。
「…なるほどね…」
ふーっと息を吐き、髪から手を離す。
「そりゃ2人には言えないワケだ」
は自室に入り、勢いよく障子を閉めた。
「…やっぱアイツは誤魔化せないな…」
そのままその場に座り込み、
ガーゼに覆われた頬に触れてふーっとため息をつく。
そして腰の刀を抜いた。
暗闇に鈍く光る刀身が2つに分断されている。
「……ほんとに新しい刀見にいかないと…」
鼻に残る 煙管の香り
鮮明な
蝶の模様
高杉出没。
このシリーズでは後にも先にもこれっきりになってしまいそうな…;
煙管が独特の匂いするのかどうかは分かりません。
煙管買ったから今度刻み煙草を買ってみようかなと・
煙草と似たような香りだとは思うんですけどね…(笑)