実家に帰らせて頂きます。-前編-













「あー…ッ気持ちいー!」

夕食後の大浴場

浴槽の縁に頬杖をつき、はーっと息を漏らす。

広々とした大浴場を1人占め。

真選組にきてからこれは自分だけの特権。


もともと男所帯故に男湯も女湯もなく

大きな大浴場が1つあるだけのこの屯所。

唯一の女隊士であるは他の隊士が入浴を終えた後、

内鍵と浴場の入り口に貼紙をして1人で浴場を占領している。


「今日のゆず湯、いい匂いだなぁ」

お湯を両手で掬い、クン、と鼻をきかす。

爽やかな柚子の香りが広がった。







「あぁ〜あ、とっつぁんの酒に付き合うと最終的にいっつも

 栗子ちゃんの自慢話になるんだよなぁ…」

首のスカーフを解き、疲れた顔で畳に座る近藤。

「いつものことじゃねェか。多めにみてやろうぜ」

土方はその向かいに腰を下ろし、ふーっと白い煙を吐いた。

「すっかり遅くなっちまったな。風呂入ってくるか」

「俺も行きまさァ」

近藤に続いて総悟も立ち上がった。

「トシは?」

「俺は後でいい」

リモコンでテレビを点ける土方に、

近藤は「そうか」と言って着替えを持つ。

「よーし一日の疲れを癒すぞー!!」

変に張り切る近藤に続き、部屋を出て行く総悟。








「あーっいいお湯だったぁ」

大浴場の脱衣所。

は体にタオルを1枚巻いて浴室から出てきた。

「久々に体重でも量ろうかな」

タオルを押さえ、脱衣所の隅にある体重計に乗る。

…と



ガラッ



「「あ」」

勢いよく開いた戸

近藤は硬直して着替えを足元に落とした。

「…あ、あれ……?う、内鍵は……?」

血の気がいっきに引いて、近藤は冷や汗を流しながら戸の内鍵を見る。

がしっかり内側からかけたつもりの鍵は、

留め具が壊れて外れていた。

「ち、違うぞこれは…

 き、きっといつもの貼り紙がはがれてどっかに…」

慌てる近藤をよそに総悟は至って冷静。

確かに、外の戸に貼り紙はなく、

貼り紙をしたセロテープの跡だけが残っている。

は無言で体重計を持ち上げた。

「…ッうるァァああああぁぁぁああ!!!」




ガッシャーン!!!!






「ギャァアアアアア!!」


勢いよくブン投げられた大きな体重計は戸を破り、

近藤と総悟の間を抜けて壁に突っ込む。

は着替えと一緒にしていた刀を抜いた。

「ちょっ!!落ち着こう!?」

「うるせェゴリラ!!!!」

「ゴリラって言った!この子どさくさに紛れてゴリラって言ったぁぁあ!!!」

鞘を捨て、走り込んできて刀身を2人に向ける。

反射的に2人もダッシュで逃げた。

「大丈夫でさァ、陥没した胸見たところで興奮もクソもねェ」

「陥没って平らですらないのかあたしの胸は!!

 まな板以下なのか!?」

長い廊下を猛スピードで走る2人と、

刀を振り回してそれを追う

廊下の角を曲がったところで、厠から出てきた土方が見えた。

「っトシ!!」

「何やってんだお前ら。風呂は…ってオイィ!!!

 !テメッ、何て格好で走ってやがる!!」

土方は銜えていた煙草を落とし、走ってきた3人を見る。

タオル一枚体に巻いて、刀振り回し走ってくる女がいれば、

鬼の副長だってびっくりだ。

「ト、トシとにかく逃げた方がいい!」

「土方コノヤロォ----------!!!」

「オイィィ!!なんか俺まで覗き見したみたいになってっけどォ!?」

土方も2人と一緒に猛ダッシュで逃げる。









「っ信じらんないッ!!!」

着物に着替え、3人の前に正座して大声を出す

原型なくボコボコにされたのは近藤だけ。

「隊士が一折り入浴済んだらあたしの時間だって決めたじゃないですか!!

 それをとっつぁんの酌に付き合ってて入浴時間遅くなったとかただの言い訳です!

 ノックするとか、大声で中に声かけるとか、何かしらの配慮があって当然なんじゃないですか!!」

「あのーさん、中にいたらノックしても聞こえないんじゃ…」

「気持ちの問題です」

滅多打ちにされた近藤が恐る恐る手を上げる。

「つーか決められた時間に風呂入れないんなら入んな」

「おまッ、俺達からオヤジ臭がしてもいいのか!?お父さんと同じ臭いがしてもいいのか!?」

「近藤さんはもうしてるじゃないですか」

は腕を組み、近藤を睨んだ。

近藤は畳みに肘と膝をついてがっくりと頭を下げる。

「つーか俺関係ねーし」

面倒くさそうに頭を掻き、煙草に火をつける土方。

「細かいこと気にすんな。器のデカイ女になれって母ちゃんに教わらなかったのかィ」

「うるせーよ!どんな器のデカさだよ!?」

首から下げていたタオルでバシッ、と畳を叩き、

右足を立てて総悟を怒鳴る。

「あーあ!トイレもあたしの為に作ってくれたんだから、

 お風呂もあたしの個室作ってくれないかな!」

「馬鹿言うな。テメー1人の為に税金裂けるかってんだよ」

土方は呆れた顔で短くなった煙草を潰し、ため息をつく。

「理不尽だ!!こんな家出てってやる!!」

「あー出てけ出てけ」

「夕飯までには戻って来いよー」

軽く流す土方と近藤。

「…ッホントに出て行きますからね!?」

「あー勝手にしろ」

本気にされるはずもなく、3人はぞろぞろと広間を出て行った。













翌日




「キャアァァァァァァァァ!!!!!」



「っ」

まだ隊員の誰もが寝ている早朝

土方は廊下から聞こえた悲鳴でがばっ、と起き上がった。

しかもその悲鳴は女の声ではない。

野太い男の裏声。


バタバタバタバタ…





バンッ!!!





「トトトトトシィィィィ!!!」

勢い良く障子を開けたのは近藤。

土方は寝ぼけ眼で近藤を見上げた。

「…何だよ朝っぱらからうっせーなァ…」

はーっとため息をつきがしがしを頭を掻く。

「こっ、ここここコレェ!!これ見てちょっとぉ!!!」

畳に膝を着き、一枚の紙を土方の前に出す近藤。

「あァ?」









ピンポーン










「はーい」

朝10時過ぎ

万事屋に響くチャイム。

居間のソファーを立った新八が玄関へと急ぐ。


「あれ」


戸を開けると、そこには大荷物を持ったが立っていた。

「真選組の…」

「…あのー…旦那いますか?」












「…何だこりゃ」

土方は目を細めて紙を手に持つ。


"もう嫌になりました。実家に帰らせて頂きます。

 探さないで下さい。 "


縦書きの見慣れた丸字。

「…実家ここじゃん」

土方は呆れ顔。

「厠に起きたらの部屋空いてたから何かと思ったら…これが…

 家出だよ家出!!の奴家出しちゃったんだよ!!!!

 昨日のアレマジだったんだよ!!どっ、どどどどどうしようトシ!!

 とりあえず警察!警察に電話!!!」

「落ち着け、アンタも警察だろーが」

土方は再び深くため息をつき、枕もとの煙草を取って口に銜えた。

「心配いらねーよ。今までだって何回も家出未遂したじゃねーか。

 他に行くトコなんかありゃしねェんだから、腹減りゃ戻ってくるさ」

ライターで先端に火をつけ、白い煙を吐く。

「だってお前…こんな書き置き初めてだぞ!?」

「大丈夫だって。放っとけ放っとけ」










「しばらく此処に置いてくれだァ?」



ソファーに向かい合って座るを見て、銀時は呆れた声を出す。

はこくんと頷いた。

「無理無理、ウチには食費が人の10倍かかるのが2匹もいんだ。

 いくら万時屋ったってホテルじゃねーんだぞウチは」

銀時はそう言って呆れるようにため息をつき、

手を横に振ってソファーを立つ。

「家賃と食費は出しますけど」

そう言っては金の入った茶封筒をテーブルの上に出した。

銀時は立ち止まってそれを見る。

「どうぞどーぞ、狭い家で悪りィなオイ」

「現金過ぎんぞアンタ!!」

茶を出した新八が大声で突っ込む。

「…にしても…どうしたんですか家出なんて。真選組でなんかあったんですか?」

「………うん…」

は出されたお茶を持ち、悲しそうな顔をした。

ずずーっとお茶をすすり、ふーっとため息をつく。

「なんかねぇ…」

「おっさんの趣味押し付けられてミニスカ履かせられたりとか
 生理痛で苦しんでても誰も分かってくれないとか
 人が入浴中なのに貼紙見ねーで風呂入ってくる馬鹿がいたりとか
 なんかもう嫌気がさしたんでさァ!!」

息継ぎなしでいっきに喋った

「お、落ち着けよとりあえず…」

肩で息をするを見て、さすがの銀時も驚いている。

「その気持ちすっごく分かるネ!

 男ってのはほんとにデリカリーのない生き物だってマミーも言ってたヨ!」

神楽がそう言ってソファーの背もたれから身を乗り出した。

「男所帯に女1人で住んでんだから、そーゆーのって覚悟の上じゃねェの?

 でもあのミニスカよかったよなァ…なんで廃止になっちまったんだアレ。

 結構好きだったんだけどなーナースから婦警に乗り換えっかな俺」



ドゴッ



「オメーが最終的に何好きかなんて興味ねーんだよ」

はテーブルの下で銀時の脛を蹴る。

銀時は脛を押さえて悶えた。

「…とにかく。お金払いますからしばらく此処において下さい。

 お願いします」

そう言ってテーブルに手を付き、浅く頭を下げる。

3人は顔を見合わせる。

「…まぁ…貰うモン貰ったしな…」

「僕は別にいいですよ。ここの主は銀さんなんですから」

「私のことイソーローの先輩として崇め奉るなら

 許してやってもイイネ!」

「居候って時点で崇め奉れねーよ」

銀時はハーッとため息をついてがしがしと頭を掻いた。

「ってかよォ、ウチに出すくらい金あるんだったらホテル行きゃーいいじゃねェか。

 ここより待遇がいいのは確かだぜ。

 いくら顔見知りったって野郎が2人いるトコで寝泊りは…」

そう言いながら顔を上げると、はびっくりしたような顔で銀時を見ている。

そんな顔をされた銀時の方がびっくりだ。

「…そうですよね。なんでここ来たんだろ、あたし」

はすぐにそう言って苦笑する。

「とりあえず、よろしくお願いします。

 ちょっと厠借りますね」

ソファーを立ち、廊下へ出て行った。

3人はそれを目で追う。

「……確かに、こんな狭い家に金出すんだったらホテル行った方がいいですよね。

 まぁずっと男所帯にいた人ですから、僕等2人くらいなんともないんでしょうけど」

新八は眼鏡をあげてそう言った。

「………………」




『あたしの家族、戦に巻き込まれて死んだんですよ』




「…寂しいんじゃねーの」

そして銀時はぽつり呟く。

新八と神楽は目を丸くして銀時を見た。

「家族も家も失って、天涯孤独になったところをアイツ等に拾われて、

 ずっと大勢の中で暮らしてきたんだ。家出して1人になろーたって、

 寂しさから自然と人を求めちまうもんさ」

「…銀さん…」

「野暮なこと聞いちまったなァ」

再びフーッとため息をついて頬を掻いた。


「……………」







To be continued