疾風少女は浅黄色を翻す-2-
"…っく……ひっぐ…ぅ…"
"おとうさん……"
"おかあさん…"
「------------ッ!」
目覚めると同時には勢いよく飛び起きた。
「……………」
チカチカする視界を晴らそうと目を擦り、
もう片方の手で頭を掻く。
(……久しぶりだな…あの時の夢見るの…)
両親を亡くした時の夢は、近藤に拾われた当時よく見て魘されていたのだが
ここ数年は全く見た記憶がなかった。
増してや魘されて飛び起きるなんて、何年ぶりだろう。
「……虫の知らせとかだったらヤだな…」
片眉をひそめ、寝癖でハネた髪を撫でて呟く。
墓参りには冬に行ったし…と考えていると
「オイ、起きてるか?」
障子の向こうから土方の声。
「あ、はい、今起きたところです」
は再び目を擦り、布団から出て迷うことなく障子を開けた。
部屋の前には銜え煙草の土方が仁王立ちしている。
普通年頃の娘は寝起きの姿など異性に見られなくないものだが、
お互い長い付き合いなのでそこは全く気にしない。
「昨日の事件でまた被害が出た」
「ッ!」
土方の報告には目を見開く。
「上が連続殺人として扱うって今朝からバタついてやがる。
さっさと着替えろ。現場行くぞ」
「…はい」
いつになく真剣な顔で命令を下す土方。
も返事をしながら手早く髪を結わえた。
-----------昨日。
夕方、突如起こった奇妙な幕吏殺害。
一見それは幕府を憎む攘夷志士の仕業のようも見えたが、
首を刎ね、腹を中途半端に半分だけ斬って、
一緒に蛇の死骸を放置していた変死体に警察も不信感を抱いていた。
単純に攘夷志士の仕業というだけでは片付かないかもしれない。
それはを含め真選組もうすうす感ずいていたことだった。
(桂でも高杉でもないとなると……また辻斬りとか…?
そういう得体の知れないモンが一番厄介なんだよな…)
寝着の浴衣を脱いでワイシャツに袖を通し、
黒い上着を羽織って颯爽と部屋を出る。
その日から、真選組の日常は一層騒がしくなった。
「オウ、お早う」
土方と共に駅前の現場へ急ぐと、規制線が張られた区内には既に近藤と総悟が到着していた。
「おはようございます。被害者は?」
は全開だった上着を閉めながら近藤に問いかける。
「また幕吏だ。身元は分かってない」
近藤はそう言って道の脇に安置された担架を指差した。
は茣蓙が被せられた担架の前にしゃがみ、丁寧に手を合わせてからゆっくりと茣蓙を捲る。
「……また首がない」
遺体を見ては目を細め、呟く。
担架に乗せられているのは、たも黒い羽織を着た幕吏の人間。
そして昨日同様、首から上がない。
更に茣蓙を捲ると腹から夥しい血が流れているのが見える。
これも昨日と同じように腹が半分だけ斬られ、臓器が少しはみ出ているのが窺えた。
「ん」
横から総悟が証拠品を入れたビニール袋を差し出してきた。
「----------蛇…」
ビニール袋に入れられていたのは蛇の死骸。
は眉をひそめた。
「昨日の死体の傍に蛇の死骸があったのは偶然じゃなかったってことだな」
「でも何のために?」
腕を組んで表情を険しくさせる近藤を見ても首をかしげる。
田舎育ちのは蛇の死骸など珍しくもなんともないが、
幕吏の死体と蛇の死骸を一緒にしておくことに何の意味があるのだろう。
「さァな。そこらは今山崎に調べさせてるとこだ」
土方はそう言っての手から蛇の死骸を取り上げると、
近くをうろついている大江戸警察の刑事に預けた。
「これで2人目…いよいよ幕府もただの攘夷志士の仕業では片付けらんねぇってことですね」
の隣にしゃがんだ総悟も首のない死体を見つめて淡々と言う。
「………あのさー」
は本来頭があるはずの切断面をじっと見つめながら口を開いた。
「昨日の死体も見て気になってたんだけど…
刀で首刎ねると骨の断面ってこういう風にならないよね?」
そう言って頭の落ちた首の生々しい切断面を指差し、総悟の顔を見る。
総悟は目を丸くして2、3回瞬きをしてから後ろに立つ近藤と土方を見上げた。
「…刎ねた後の死体なんてまじまじと見ねーから分かんねーよ」
3人は顔を見合わせて数秒沈黙した後、土方が訝しげな顔でを見下ろす。
「えぇ?あたしだってじっくり見たことはないですけど
刀で刎ねるともっとこう、水平にスパッて感じじゃありません?」
常人なら目を背けたくなるような死体を当たり前のように何度も指差す。
よくよく見れば確かに突き出た首の骨の断面は斜めでギザギザしており、
日本刀で斬ったものとは違う…ような気がする。
小さい頃から真剣を握らせ続けてきたために死体を観察するような子に育ってしまっただろうか、と
近藤は不安に思いながら苦悩の表情を浮かべた。
「…ま、まぁその辺は大江戸警察の鑑識がやってくれるだろ。
俺達は犯人逮捕に全力を尽くそう」
近藤がそう言うと総悟も立ち上がって死体の傍を離れた。
は首をかしげ、腑に落ちない表情をしながらもしぶしぶ現場を後にする。
「…絶対日本刀じゃないと思うんだけどなー…」
は茶屋の外に出された長椅子に腰を下ろし、みたらし団子を食べながらぶつぶつと独り言を呟いていた。
その後近藤と土方はお上に呼ばれて本庁へ。
総悟はこの事件にさほど興味がないようで何事もなく通常業務へ戻っていった。
どうにも死体の切断面が気になるは、現場の写真を堂々と取り出してまじまじと見つめる。
死体の写真と見ながら団子を食べるなど通常なら考えられないが、
は至って平気そうに団子を頬張っている。
「「すいませーん団子おかわりー」」
右手を上げて店の中にいる店員に声をかけると、
店の出入り口を挟んで反対側の椅子に座っていた別の人物と声がカブった。
「「…ん?」」
お互い聞き覚えのある声に眉をひそめ、ゆっくりと顔を見合わせる。
くるくる跳ねた銀髪頭の男が、
団子の串を銜えたまま死んだ魚のような目でこちらを見ていた。
「旦那っ」
顔見知りの姿を見ては目を丸くする。
椅子に座っていたのはこの近くで万事屋を営む男・坂田銀時。
万事屋は彼の他にの親友・妙の弟である新八、
そして怪力少女・夜兎族の神楽の3人で構成されている。
真選組とは何かと腐れ縁のようなものがあり、助けられているというか邪魔されているというか、
付かず離れずの間柄を保っている。
土方は彼らを完全に毛嫌いしているのだが、や総悟ははなんとなくこの男に
自分の大将に似たような部分を感じて一目置いていた。
…ぱっと見は死んだ魚のような目をしたただのチャランポランなのだが。
「何してんだお前こんな時間に。仕事サボってんじゃねーぞ税金泥棒が」
「…随分な言い方ですね…サボってんじゃありません。
一休みしながら今後どう動こうか考えてたんです」
一応仕事のことを考えていたのに酷い言われ様だ。
常務中に茶屋に寄ること自体がサボりだ、と土方に小言を言われそうだが
いつものことなので特に罪悪感を感じることもない。
「………旦那、この2日で起こった連続幕吏殺害の事件知ってます?」
何を思ったか、は銀時に昨日今日で起こった殺人事件について問いかけた。
事件自体はマスコミも取り上げていてニュースでも放送しているし、テレビを見ていれば普通に耳に入るだろう。
「あぁー…昨日ニュースでやってたやつか?
首がない死体が何とか…」
銀時は昨日ゴロゴロしながら流すように見ていたテレビの記憶を辿り、
新八が「怖いですねぇ」と心配していた事件のニュースを思い出した。
「今朝方また被害者が出ましてね。ウチもその調査に借り出されてるんですよ」
「へー…相変らず恨まれてんのなぁ、お役人ってのは」
その話題にさして興味をしめすことなく、銀時は頭を掻きながら足を組みなおす。
すると店員が店から出てきて2人に団子のおかわりを持ってきた。
は団子の乗った皿を持って立ち上がり、銀時の隣へ移動する。
「旦那朝飯食ってきました?」
「あん?食ったけど?」
突然変なことを聞き出すに、団子を頬張りながら眉をひそめる銀時。
「んじゃ見せても大丈夫かな」
はそう言って懐から1枚の写真を取り出す。
そしてそれを銀時に差し出した。
銀時は受け取った写真は
「----------何コレ」
「今朝起こった殺人事件の死体を撮ったものです」
写真に写っているのは死体。
死体だと一目で分かるのは、その無残な状況からだ。
まず、首がない。
何か鋭利なもので切り落とされたといった具合に、
首の真ん中から上が、無い。
そして次に目を引くのは死体の腹。
黒い羽織の上からでもよく分かる血の量は一目で致死量だと言える。
真横に切られた腹は丁度臍のあたりで止まっているらしく、
何故か半分だけ切られているといった状況だ。
「……いやそうじゃなくて…何でこれ俺に見せんの?
しかも団子食ってる最中に?嫌がらせ?つか吐いていい?」
一般人が見たら吐き気を催しそうなその写真を見て、銀時も目を細めながらを見た。
「おかしいな、旦那はこういうの見慣れてると思ってましたけど」
「あ?」
銀時は訝しげに更に眉をひそめる。
「少し前の桂と高杉の抗争…それに旦那が関わってたってのは真選組も掴んでます。
桂だけじゃなく幕府が最も危険視する高杉とも関わりがあるとなると…
旦那ってもしかして攘夷戦争に絡んでたりするじゃないですか?」
の目が真剣になった。
銀時もその言葉に目付きを変える。
「…おいおいおいおい、なんだコレ。尋問か?」
「あたしの単なる予測で独り言です。聞き流してください」
は全く悪気を持たない表情であっけらかんと言って退け、
足を組み直してその上で頬杖をつく。
「…で、どう思います?その首の斬り口。
刀じゃないと思いませんか?」
「知らねーよ。朝っぱらから気色悪ィモン見せんな」
そう言いつつも団子を食い終わり、ガシガシと頭を掻きながらに写真を返す。
すると
「これは確かに刀傷じゃないわね…」
「「('Δ')うわッ!!!」」
突如2人の間からにょきっと第三者の首が割り込んできて、凛とした女性の声が聞こえてきた。
2人は同時に声を上げて腰を浮かせる。
店の看板に足をかけて逆様にぶら下がり、碧く長い髪を垂れ下げた眼鏡くの一。
「てめっ…どっから出てくんだ!!」
「やだわ銀さん白昼堂々こんな写真見せ合いながら恥辱プレイだなんて…
でもいいの、私はノッてあ・げ・る」
ぽっ、と頬を赤く染めながら逆様に銀時を見るくの一・さっちゃん。
はそんな彼女に呆れつつも再び写真を見て真顔になる。
「えーと…さっちゃんさん、刀傷じゃないってのは?
なんでそう思うの?」
自分と同じ見解を示すさっちゃんの発言に興味を持ち、
は自分の横にぶら下がる彼女を見上げた。
「日本刀で骨を切断しようとすると、至近距離なら繊維と平行に薙ぎ払えば綺麗に切断できる。
でもこの骨は断面が粗くなっているでしょう?刀ではこんな切り口にはならないわ」
元御庭番そして現役の始末屋である彼女は変態だが、
殺しに関する知識は本物のようだ。
人を斬ったことはあっても死体の分析経験など全くないは、関心した様子で「へぇー」と頷く。
「…つーかお前ら真昼間の茶屋でそういう会話すんのやめてくんない?
俺も仲間だと思われるからやめてくんない?」
茶屋の店員や道行く人が明らかに不審な目でとさっちゃんを見ている。
視線が痛くなった銀時は冷や汗を流しながらそんな2人と距離をとった。
「……刀じゃないとすれば…何だと思う?」
は写真を見つめ、真顔でさっちゃんを見る。
「さぁ、そこまでは分からないわ。ノコギリのような何か凹凸のある武器じゃないかしら」
さっちゃんはそう言って身軽に屋根から降りてくると、
と銀時の間にストンと座り込んだ。
「凹凸なら私も大好きよ銀さん…特に凸を跨いで両足に重しを…」
「あぁもうウゼェ!!!ちょっとお前黙ってろ!!」
ただでさえ暑いのに腕に絡みつくさっちゃんを怒鳴りつける銀時。
はそんな2人を放って再び写真に目をやった。
「………………」
は何かを決心したようにすっくと立ち上がる。
「ありがと。そっちの線で調査してみる」
2人に向かって礼を言うと、椅子に団子の代金を置いて茶屋を離れた。
「ちょっ、オイィィ!!!助けてから行け!!!」
銀時の叫びも無視して、颯爽と人込みに紛れていく。
早足で屯所への道を歩きながら写真をポケットに仕舞うと、反対に携帯が震えた。
サブディスプレイには"着信 近藤さん"と映し出されている。
「はい、です」
歩きながら携帯を開き、通話ボタンを押した。
『見回りご苦労。今本庁なんだが…とっつァんじゃらと総悟も呼べって言われてさ。
すぐに来れるか?』
携帯ごしに聞こえる近藤の声。
「はい、すぐに向かいます」
『そうか。総悟にはトシが連絡入れたから。
じゃあ待ってるぞ』
手短に通話は切れ、は携帯をポケットに仕舞って
歩く速度を速めた。
(本格的に捜査開始、かな……)
To be continued