愛をこめて暗器を花束に






「わぁ!きれいな簪!ありがとう!」

「偶然町で見つけて、君に似合うと思って買ったんだよ」

「鼈甲じゃない、高かったんじゃないの?」


陽が落ちて辺りが暗くなってきた酉の刻。

街道から外れた神社の参道に静かな空気をぶち壊す若い男女の黄色い声。

明るい色の着物に身を包んだ派手な化粧の女と、どこかの商人といった感じの優男。

偶然とはなんと便利な言葉なのだろう。

こんな時間にわざわざこんな所を選んで逢瀬するくらいだから、簪だって偶然見つけて買ったわけじゃねーだろ。

は近くの木の上から男女の様子を眺めてそんなことを思っていた。

別に逢瀬の観察をしているわけではない。

仕事を終えて木の上で一休みしていたら後から男女がやってきたのだ。

邪魔をするつもりはないが、折角休んでいたところを退いてやる義理もない。

そうしていたらたまたま観察しているような形になってしまっただけだ。

これが正しい偶然というやつ。

こういう時夜目が利くというのは便利だなあ。

そんなことを思っていると


「なに、簪欲しいの?」


気配なく背後から声。

「いえ、別に」

は男女を見下ろしたまま答えた。

背後に立つ自分と同じ忍装束の上司。

違う点と言えば彼の巻いている包帯が白くて自分より目立つことだ。

「そう?武器としても有能だと思うけど。簪」

「どうせ武器にするなら鼈甲なんかじゃなく鉄製で欲しいですね。強度が弱い」

「まぁ確かに、お前ならそのまま千本を髪に差しても良さそうだ」

上司は「どれ」と言って横に並び、少し離れた所にいる男女を見下ろす。

「お前にこういう趣味があったとはね」

「変なこと言わないで下さい。ここで休んでいたら後から向こうが来たんです。

 最近の若者の流行も理解しておかないとと思って、」

「はいはい、負け犬負け犬」

独り身は可哀相だねぇ、と哀れみを込めて頭を撫でられたので鬱陶しくなって手を払う。

自分だっていい年こいて独り身のくせに。

でももしこの上司に妻子がいて超溺愛だったら…と考えただけで気分が悪くなってきた。


「あ、脱ぎ出した」


観察を続けていた雑渡がそう言って目を細める。

ついつられても視線を落とすと女の着物はかなり乱れてきていた。

「じゃあ戻りましょう」

「見ないの?」

「そんな趣味ありません。見たいならお一人でどうぞ」

「私だって仕事以外で惚れてもいない女の裸を見る趣味はないよ」

何だい人を助平みたいに、と唇を尖らせながら上司が後を追ってくる。

その顔腹立つなぁなんて思いながら神社を離れ、山林に飛び込む。

山沿いの荒野を横目に木々を飛び移っていると、林の合間からちらちらと松明の灯りが見えた。


「…若者が燃え上がってると思ったらこちらもですか」

「お、うまいこと言うね」


座布団あげちゃう。と言われ、別にそんなつもりで言ったわけじゃなかったから逆に恥ずかしくなってきた。

「殿は何と?」

「よく見ておけとは言われたけどそれ以外は特に何も。

 我が殿ながらその辺は適当で助かる」

そう言った雑渡はを追い越して山林を抜けた先で立ち止まり、荒野を見下ろした。

もその後ろで立ち止まる。

松明の火と一緒に夜風に揺れるドクタケの旗。

目を凝らすとその中心に城主の姿があるのに気付く。

この距離ならそれこそ千本で狙えば当たるんじゃないかと思ったが

一瞬滲み出た殺気が敵の城主よりすぐ横の上司に届いてしまったらしく、

雑渡はこちらを一瞥して目を細めた。

何度やられてもその、包帯の合間から覗く隻眼で睨まれるのは苦手だ。

怖いわけではない。

気味が悪いとも違う。

持ち合わせの語彙力じゃ言い表せないけど、とりあえず苦手だ。

「私が見ておきますから、組頭は戻って休まれては」

「嬉しいこと言ってくれるねぇ。上司想いな部下を持って私は果報者だよ」

棒読み。

思ってないなら言わないで欲しい。


「面倒くさいから一緒に戻ろうか。出来れば今夜は戦は見たくないしね」

「?何故です」

「星がきれいだから」


一瞬開いた口が塞がらなくなった。

数秒して、上司が見上げている空を見る。

確かに上空は満点の星空が広がっているが特に何の感情も抱かなかったので、

は数秒と経たず再び上司の後頭部を見た。

「女子のようなことを言いますね」

「そうだね。お前が同じこと言ってたら可愛くて撫でくりまわしてたよ」

「ごめんなさい全力でやめて下さいお願いします」

星降る夜だろうが、雲ひとつない晴天だろうが、雹が降ろうが槍が降ろうが戦は起こる。

いや、戦で槍が降るのか。

上司はまた唇を尖らせて「つまんない奴」と言う。


「私をこう育てたのは貴方じゃありませんか」


「花を愛でることも慈しみも、星の名前も美しさも、

 私は貴方から教えられた覚えなんてありませんよ」


はそう言って再び空を見上げる。

上司が横からこちらを見ているのが分かった。

「…成程」

何に納得したのか、上司はそう言って頷く。

「つまり私が悪いと言いたいのか」

「いえ別にそういうわけでは…」

「まぁ確かに、お前を色気も愛想もない忍に育てたのは私だけどね」

「………自覚はしてますけどそこまで言わなくても」

「おかしいな。私が育てたんなら私に似てもう少し茶目っ気のある女でも良かったはずなんだけど」

「……………」

ここはツッコむところなんだろうか。

決めかねて黙っていると、上司は「よし」と言ってまた頷いた。


、今度お前に簪を贈るよ」

「はい?」


眉をひそめて首を傾げる。

いや、さっき簪はいらないって言ったばかりじゃ。

「千本と一緒に投げて贈るから、見事避けきって簪だけ手で掴むことが出来たら

 その簪は売るなり誰かにあげるなりすればいい。

 出来なかったらこれからはあげた簪つけて忍務すること」

「それ私に何の得もないじゃないですか…」

「鍛錬の一環だ。お望み通り鉄製の簪にしてあげるから」

「そういう問題じゃなくて、」

どうせ鉄製で武器にするなら最初から千本を貰った方が嬉しい。

「この千本でもっと強くなりなさい」って贈ってくれたら素直に喜べる。

平装の時かわいらしい着物や簪を身につけない自分を皮肉っているのだろうが、

なにもそこまで労力を費やさなくても、と思ってしまう。


「それとも、自信がないのかな?」


隻眼が細まって、隠れた口元がにやりと吊りあがったのが分かった。

この眼に睨まれるのは苦手だけど、笑われるのはそんなに嫌いじゃない。

「ないわけないでしょう」

そう答えるとその眼は更に細まって嬉しそうに笑った。

「そうこなくちゃ」




…こんなことばっかりしてるから色気も愛想もない女になるんだろと思うんだけども。




「どうしたんですか、簪なんてつけて珍しい」

「……何も聞かないで」

「髪も普段頭巾の中に入れてるのに。あと、顔傷だらけですけど」

「…だから、何も聞かないで」

諸泉が「そうですか?」と首を傾げる横で上司が含み笑いを浮かべている。

腹が立ったので思わず睨んだら鼻で笑われた。

…退職願い書きたい。





にんたまで雑渡さん。動く雑渡さんを見る前から雑渡さん人気は知ってたんですが、
映画見てそれがなんかもういっきにパーンしちゃって掻き集めるのが大変です。
なんなのあの大人。なんなのあの大人!!!(大事なので2回言いました)