夢に出てくるセーラー服の女子は


何故かいつも泣いていて


「駄目だ」「行かないで」と訴えながら、


縋るように強く俺の腕を掴む




目が覚める直前に泣き顔のまま微笑んで


桜の花が弾けるように、消えて いなくなった











終業式の校舎はいつもよりも慌ただしい。

学期末に関係なく部活動の場へ急ぐ生徒、早速友人同士で約束を交わして足早に校舎を出ていく生徒。

午前のうちに式を終え生徒が下校していくので、正午を過ぎると校舎はいっきに静まり返る。

校門を出ていく生徒も疎らになってきていたが、幸村は校門に寄りかかってその往来をぼんやりと見つめていた。

鼻の下まで巻き上げたマフラーの隙間から白い息が漏れて時折視界を遮る。


「旦那!」


校門を出てきた友人に肩を叩かれ我に返ったが、すぐには思考を切り替えられなかった。

「ごめんごめん、話長引いちゃって……どうかした?」

学校前の往来をぼーっと眺めていた幸村を見て不審そうに首をかしげる。

普段ぼーっと呆けていることがあまりない人だから、余計に。

「…この辺りで」

「ん?」

「この辺りで女子がセーラー服の学校はあったか?」



・・・・・・・・



「…旦那セーラー服好きだっけ?」

「ち、違う!そういう意味ではない!!」

真顔で妙なことを言うものだから思わず聞き返してしまった。

幸村はようやく目を見開いて勢いよく体の向きを変える。

よかったいつもの彼だと安堵した佐助は苦笑しながら浅くため息をついた。


「また夢に出てくる女の話?」


先に歩き出すと幸村も無言で頷き、校門を離れて歩き始める。

2人の通う学校の女子制服はブレザーだし、近辺の高校もブレザーばかりでセーラー服には見覚えがない。

大通りに出ると他校の生徒の行き来が増えたがすれ違う女子高生は皆ブレザーだ。

「旦那が昔泣かせた女とか」

「女子を泣かせた覚えなどない」

「だってアンタが泣かせたからアンタの夢に出てくるんでしょうが」

「………………」

幸村は顎に手を当ててむぅ、と唸る。

生まれて18年、恋人がいたこともなかったのに泣かせた女などいるはずもない。

そういうことを相手から申し込まれたことはあっても、頭を下げて丁重に断ってきたから誠意は伝わっているはずだ。

実際泣かれた記憶もない。


…でも



(…覚えがある)



泣きながら訴える声も



何度も何度も必死に涙を拭う仕草も




彼女が泣き顔のまま微笑む直前


この唇に触れたことも。





「…ッ破廉恥な!!!」

「電柱壊すなよ!!」

立ち止まった先の電柱に自ら頭をぶつけに行くと佐助は慌ててその肩を引っ張る。

通りすがりの女子高生や散歩中の老夫婦の怪訝な視線が突き刺さるが、当の本人はそんなことどうでもいいらしい。

佐助は大きなため息をついて頭を掻いた。

「女のことを考えるのもいいけどさ、受験生なの忘れないでよ」

明日から学校は冬休みだが、大学受験を控えた生徒はその手続きなどで休みも関係なく学校に来ることになるだろう。

幸村や佐助もその中の1人だ。

「忘れてなどいない。勉強は1つ詰めると先に詰めたものが押し出されそうだ」

「それをみんな何とか押し込んで勉強するんだよ」

赤くなった額を全く痛そうな顔をせずに撫でながら、その眉間に濃いシワを刻む。

佐助が苦笑して言うと幸村は詰めたものが漏れないようにと慌てて両耳を塞いだ。

そんなことをしても記憶の忘却を防ぐことが出来るわけではないのだが。

「そういえば旦那、年末年始は一応上田に帰るんだろ?」

「そのつもりだが…分からないな。去年と同じように甲斐でお館様のお世話になるやもしれぬし…」

「今年はあっちもスゲー雪降ったらしいじゃん。まぁ毎年豪雪だけど。里帰りも一苦労だよなー」

そう言って甲斐の空を見上げるとこちらも雪がちらついてきそうな曇天だった。

マフラーを少し引っ張って鼻を出し、深く息を吸い込むと冷たい冬の風が体内に流れ込んでくる。


「…………………」


冷えた指先をブレザーの内ポケットに伸ばすと中に入れている紙がカサ、と乾いた音を立てた。

3年に進学してすぐの春、部屋から出てきた見覚えのない栞。

古びた和紙に水仙の押し花が貼りつけられた手作りの栞だが、自分で作った記憶も貰った記憶もない。

本を読むときに栞を使う習慣もなかったので捨てることも考えたが、なかなかどうして捨てられずこうして持ち歩いている。

高校男児が花の栞など、と思ったこともあるが、なぜかこれを身につけていると心が落ち着いていられた。


(…大切なことを、忘れているような気がする)


栞に触れる度に過るあの少女の顔も

一方的に聴こえてくる交わした言葉も

どこかで覚えがあるのに、頭の片隅で顔を覗かせる記憶の先端を引っ張りだせない。



(……結局)



「…帰ってきてしまった」


猛烈に帰ってきたくなったと言うべきか。

深々と雪が積もる駅のホーム

久しぶりに帰ってきた故郷は佐助の言っていた通り豪雪だ。

こんな天候でも通常運行している雪国の電車に感謝しつつ、駅を出て大通りを歩き出す。

勉強道具は甲斐に置いてきてしまったから実家に顔を出して神社へ合格祈願に行ったら帰ろう。

そんなことを考えながら三が日を過ぎて閑散としている大通りを抜け、市内の城址公園へ向かった。

城址公園の櫓を抜けた先に見える鳥居と小さな神社はひっそりとしている。

参道に積もる雪をスニーカーで踏みしめながら境内に近づくと、社務所の前で神主と話す少女の声が聞こえた。

他にも参拝客がいたようだ。



『必ず…』



『逢いに行くから…っ!』




賽銭を投げいれて手を合わせ、目を瞑るとすぐ近くで聞こえる声。

白く細い顎から滴る涙が地面に落ちずに宙で消えて桜色の粒に変わる。

声と肩を震わせるその姿は触れられる距離にあるのに、掴まれた腕には感触がない。


"幸村"


は、として目を開くと軽い頭痛がしたが寒さのせいかと思い直して踵を返す。

「絵馬を一枚」

社務所で絵馬を買い、その場で油性マジックを借りて書きこんでいると、

その様子を見ていた神主が柔らかく微笑んで社務所前のベンチに目を向けた。


「あそこのお嬢さん、今年から同級生になるかもしれないよ」


受験校を書いたからだろうか。

神主の視線の先を振り返ると、こちらに背を向けてベンチに座っている少女の姿があった。

恐らく先ほど神主と話をしていた少女だ。

絵馬に書く言葉を悩んでいるのかこちらの視線には気付かず、じっと絵馬と向きあっている。




……俺は、彼女を知っている




どこで会ったのか


どんな言葉を交わしたのか


どんな名前だったのか


ひどく、曖昧だけれど




「……あの、」


ペンを神主に返し、ベンチの前に立つ。


「受験生ですか?」

「っえ…は、はい…!」


少女は驚いて顔を上げた。

その拍子に膝から油性マジックが滑り落ちて足元に積もった雪に埋もれる。

突然声をかけられて手元が狂ったのか、幸村を確認して手の力が抜けたのか。

少女は座ったまま幸村を見上げて相貌を見開き、幸村もまた同じ表情で少女を見下ろす。

夢の中ではぼんやりとしていた少女の姿が、目の前にはっきりと存在していた。

大きく見開かれた瞳に水膜が張って小刻みに揺れているのは寒さのせいではない。










「……………幸村…」












"待っている"




…ありがと。

果たしてくれて。




『あまり待たせては、"遅い"とどやされてしまう』



なぁに、それ。



『気丈な娘だからな』



…うるさいなぁ、ねぇそれよりさ。

春になったら、上田の桜が見たいな。

綺麗なんでしょ?



『ああ、城の周りの堀を一千本の桜が囲う。自慢の絶景だ』




『そなたの生きる時代の上田も、変わらず絶景だと信じている』





がくん、と首が横に傾いて頭が何かに当たって止まり、同時に目が覚めた。

小刻みに横揺れする体。

通路を挟んで向かいに座る他の乗客。

電車の中で寝ていた、と気付くのに時間はかからなかった。


「起きたか」


頭がぶつかった先が僅かに動き、斜め上から声が降ってくる。

頭が寄りかかっている肩の主は夢と変わらぬ姿で柔らかく微笑んだ。

「そろそろ起こそうと思っていた。ずっと眠っていたようだが…講義で疲れたのか?」

大学での午前中の講義を終え、2人はある場所へ向かうため電車に乗っている。

緩やかな揺れが眠気を誘うのは分かるが、大学最寄りの駅から乗ってすぐ右肩が重くなったのを感じていた。

「………夢見てた」

目を擦りながら体を起こし、脇に置いていたバッグを膝の上に移動させる。

隣に座る幸村は「どんな?」と首をかしげた。

「大学受験の前に、神社で会ったときの」

首を傾けて幸村を見上げながら笑うと、幸村は目を丸くしてから時間差で苦笑した。

「随分昔の夢を見たな」

「昔でもないでしょ。2年前だよ」

電車が停止して自動ドアが開いたので、2人は席を立ってホームに降りた。

まだ少し冷たい春風がの首のストールを揺らして、その肌寒さに少し肩をすくめる。

だがその風は確実に草木の匂いを運ぶ春の香りだ。


「…やっぱりさぁ」


「戦国時代の方が男前だったと思うよ」


桜祭りの広告が大きく掲げられた駅前に立ち、は突然そんなことを呟く。

幸村は少し眉間にシワを寄せてを見下ろした。

「…2年前にも同じことを聞いた覚えがあるのだが」

「うん、言った気がする。後ろ髪がないだけで同じ顔なのに何でだろうなー」

「生まれた時代も育った環境も違う。何故と言われても困る」

幸村が言葉通り困った顔で頭を掻くとは苦笑して「ごめん」とその肩を叩いた。

駅前の商店街を抜けて人の流れと一緒に歩いていると色づいた木々が目に入ってきていっきに視界を彩る。

空を覆っていた曇天が風に流されていき、日差しが出てきて桜並木道を明るく照らした。


「あ痛、」


歩きながらストールを解こうとしたが急に立ち止まった。

「どうした?」

「…ストールがチェーンに引っかかった」

首の後ろに手を回して感触を確かめるとストールの細い繊維が首から下げたチェーンに絡まっている。

幸村はの後ろに回って繊維が一本出てきてしまっているストールをゆっくり持ち上げた。

「ちょ、ちょっと、取れないからってチェーン千切ったりしないでよ!」

「そんなことはしない」

は自分の髪を持ち上げて不安そうに後ろへ注意を配る。

気が短い人だし細かい作業が苦手だからチェーンか繊維のどちらかを引きちぎりそうだ。


「…まだ、着けているのだな」


小さなチェーンの僅かな隙間に絡まった繊維を解きながら幸村が口を開く。

は少し首をひねり、鎖骨に当たる一枚の古銭を指で摘まんだ。

「欲しい?」

「い、いやそういう意味ではなく…持っていていいのか?

 6枚無くては川は渡れないと聞いたが」

チェーンを解く手が止まっているのが分かる。

は正面を向いてしばらく考えた後、摘まんでいた古銭を離した。

「考えたんだけど、ひょっとしたら川は5枚で渡れてこれはお釣りなんじゃないかなって」

「お釣り?」

「うん、だって渡れてなきゃアンタがここにいるわけないんもんね?」

「…それもそうだな……」

幸村は納得したように頷き、手先を動かし始めたが「でも逆に」と言葉をつづけた。

も1枚では渡れないぞ」

「私はいいよ泳いで渡るから」

はあくまで真面目に答えたつもりだったのに幸村は「らしいな」と笑った。

無骨な指が項に当たるとくすぐったくて肩をすくめてしまいそうになるが、

それを誤魔化そうと今度はの方から口を開いた。


「幸村こそ」


「いつまであの栞持ってるの?新しいの、作ってあげるのに」


今も彼の定期入れには定期券と一緒にあの栞が入っている。

450年も前のものだから当然紙はボロボロだし、貼りつけてある水仙すら何の花か判別するのは難しい。

もはや栞としての役割を果たしていない紙を彼がずっと大事に持っているのはきっと、自分と同じ理由なのだろうけど。

後ろでふ、と笑みが零れたのを感じる。

「あれでなくては駄目だ」

「だってさぁ、のりがないからご飯練って花貼りつけたんだよ?

 自分で言うのも何だけどもうちょっと丁寧に作ってればよかったなぁ」

「ならば後でもう一つ作ってくれ。今度は桜の花がいいな」

そう言うと少し後ろに引っ張られていたチェーンが緩くなった。

外れたぞ、と後ろから手が回ってきてストールを差し出される。

「じゃあ、きれいな花びら拾って帰るね」

ストールを受け取ったが笑うと幸村も頷きながら笑い返して横に並び直す。

バッグにストールを入れた手で隣の手の甲を軽く叩くと、幸村は位置を確認する為に少し手元を見てからその手を握り返した。

まださほど温かくないのに、この人の手はいつも温かいを通り越して熱い。

緩くでなく子供が友達の手を握るような力加減だから、手に籠った熱だけで十分暖がとれた。


あの時、


あの時掴んだ手も、血の気が引いていく自分とは裏腹にとても熱かった気がする。



「満開だ」



公園の入り口に立ち、敷地全体がピンクの帽子をかぶったような景色に溜息が洩れた。

同じように入り口で立ち止まっている集団はどこかのツアー団体らしく、旗を持ったガイドの案内を熱心に聞いている。

散歩途中の老夫婦や親子連れ、2人と同じようなカップルがひっきりなしに出入りして「桜祭り」の名前に相応しい賑わいを見せていた。

「講義調整して来た甲斐あったね」と笑うと握っていた手が少し持ち上げられる。

ピンクの視界が遮られて焦点が合わなくなったかと思うと、周囲の雑音が一瞬で掻き消されたような気がした。

自分が今見ているのは彼のこめかみだろうか、耳元だろうか。

猛烈な眠気のように目を瞑ることを強いられた気がしたが、瞑る前にそれは離れていって「やられた」と思った。


…そういえば、この辺りだった気がする。

自分が、あの人にしたのも。


どんな表情で視線を交わそうか迷っているうちに幸村が顔を覗きこんできたので、後はもう自分の体の反応に任せるしかない。

案の定耳から熱くなっていって、幸村の苦笑から自分の表情が恥ずかしさに歪んでいるのだと気付く。

自然と力が抜けてしまっていた手を無理やり振りほどいて、苦し紛れの抵抗に幸村の細い顎を押した。


「…あんま見ないで」


割と強めに押したのに苦笑したまま「すまぬ」と言われたので抵抗し損だ。


「神社でお参りをしたら団子を買って、花見にしよう」


握り直した手を引いて城門をくぐる。

強い風が吹くと花弁が落ちてきて散ってしまわないか心配になったが、

まるで散った先から次々と開花していくかのように桜の花には隙間がない。

並んだ腕の先を目で追って横顔を見上げると風に靡く後ろ髪と茜色の鉢巻きが見えた気がした。



「-------久しぶり」



信じてたよ、最初から。



「?何か言ったか?」

「ううん、行こ」



桜が散って蝉が鳴いて、

紅葉が舞って雪が降って

また春がきて桜が咲いたら


「見にいこう」と何度でも手を引いて

何度でも同じ道を歩いて、

何度でも同じことを言うから




何度でも、頷いて聴いてほしい




それでも世界に春は来る



1万ヒットくま子様のリクエストで「CHAPTER∞の大学での2人」です。
1ヵ月以上お待たせしてしまい申し訳ありません…!!
そして更に大学というか完全に続編になってしまってすみません;
管理人がキャンパスライフ未経験なので大学ってどんな感じなんだろ…と思ってたら大学要素がほとんど皆無に…(土下座)
大学のモデルは長野の信州大学です。キャンパスがあちこちにあるんですが2人が通う人文学部は松本キャンパス。
まさか続編を書く機会を頂けるとは思わなかったのでとても嬉しかったです。
くま子様リクエストありがとうございました!!