「にぎゃ----------------ッッッ!!!!!!」





活動を終え、部員たちが部室で着替えをしていると

体育館の奥の方から気の抜ける悲鳴が聞こえてきた。


「…何騒いでんだあいつ」

「用具倉庫の片づけしてくるって言ってましたけど…」

「あーボール籠に蹴躓いてコケたか?」


それにしては引き続き「のぉー!」とか「滅しろー!」とかデカイ独り言が聞こえてくる。

ドタドタッと何かが倒れる音がしたかと思うと、倉庫のドアを内側から蹴破るようにして彼女が出てきた。


ちん、うるさい」

「むっ、むむむっ、むむっくん!出たよ!!奴が出たんだよぉぉ!!」


よほど慌てて出て来たのか、片足に跳び箱の下段をひっかけた状態で2Mの大男に縋りつく。

ようやく今から着替えに入ろうとしていた紫原は興味なさそうに用具倉庫を見た。


「なにが?ゴキブリ?そんなのヒネリ潰しちゃいなよー」

「ゴキブリは秋田にいないよ!」

「…うそでしょ。いくら田舎っつたってゴキブリは全国共通でしょ」

「ゴキブリはどうでもいいの!ゴキブリよりすんげぇのが!出たんだよ!!」


半泣きで紫原のジャージをこれでもかというくらい引っ張る。

元々大きなサイズだといっても流石に伸びるんじゃないかという引っ張り方だったが、

ジャージの持ち主はさほど気にしていなかった。


「オメーら、これから皆でラーメン食いに行くって時にゴキブリゴキブリ言ってんじゃねーよ」


食う気失せんだろうが。と部室から出てくる福井。

「何が出たって?」

「開けちゃダメだぁああああ!!!!」

倉庫のドアを開けようとする福井のニットを掴んで制止する。

「だから何が出たっつーんだよ!」

伸びんだろ!とこっちはニットが伸びるのを気にしているようで早々に手を掃った。

はまるでとんでもない悪霊を閉じ込めた箱を見るように、

恐怖に慄いた表情で用具倉庫を指さす。




「…カマドウマだよ…」




「なに?馬?」

怪訝な顔をする紫原に対し、顔面蒼白のと雷に打たれたような顔をしている福井。

少し遅れて他の3人も部室から出てきた。

「何じゃ騒々しいのう」

「岡村!職員室からバルサン貰って来い!」

「は!?何で!?ゴキブリでも出たんか!?」

「カマドウマだ!」

カバンを下ろし、何故か腕まくりをする福井の言葉を聞いて岡村もまた雷に打たれたような顔をする。

横にいた氷室と劉は首をかしげて岡村を見上げた。


「?何アルか?馬?」

「主将、顔色悪いですよ」


すると岡村も徐にカバンを下ろし、試合中でもお目にかかれない速さで体育館を出て行った。

話の見えない3人は顔を見合わせる。


「…おい、倉庫のだいたいどの辺にいたんだ?」

「掃除用具箱の中…モップ避けたら…うぅ…ぴょって…出てきた…」

「すぐ閉めたのか!?じゃあ用具箱の中にいんのか!?」

「閉めてないよ!超びっくりしたからそのままにしてきた!」

「じゃあ倉庫のどこにいるか分かんねーじゃねーか!どうすんだよあいつ超飛ぶんだぞ!?」

「だから開けちゃダメだって言ってるじゃんかー!!!」


うわああああと泣き始めると真顔で頭を抱える福井。

「あの…何なんですかそのカマなんとかって。ゴキブリじゃないんですか?」

見かねた氷室が口を開く。

「だからゴキブリは秋田にいないんだってば!」

「ゴキブリくらいいるわ!見たことねーだけで!」

「そんなんいないのと一緒だもん!都市伝説だもん!」

はそう言って片付ける途中だったホワイトボートを引っ張ってくる。

そして徐にペンで大きく絵を描き始めた。


潰れた半円の胴体

そこから不自然な方向に肢らしきものが描き足されていくが、

胴体と繋がった第一関節が異様なほど筋肉質だ。

への字の太い肢が胴体より高く突き出ている。


そこまで見た3人の表情が微妙になる。

「…これ…あれでしょ、千と千尋に出てくる」

「違う!」

「単にに絵心がないだけアル」


途中で福井がペンを奪ってへしゃげた頭部を胴体と合体させ、図体の割につぶらな瞳を描き加える。

頭部から異常に長い触角を左右に生やし、奇妙な生物の絵は完成した。





「「「気持ち悪っ!!!」」」



揃って絵のセンスねぇ!!



「この絵だと人丸のみに出来そうアルな…」

「そんぐらいの気合いで行かなきゃ駆除出来ねぇんだよアイツは…」

「そんな大袈裟な。たかが虫でしょう?」

「だったら氷室くん、ほい」

どこから取り出したのか、が殺虫剤スプレーを氷室に手渡す。


「イケメンにこんなことさせたくないけど…明日から皆が笑顔で部活をするために、逝ってきて氷室くん!」

「何で俺なんですか!」

「いやだってイケメンにたかが虫とか言われたらなぁ…」


ねぇ?とと福井は顔を見合せる。

「嫌ですよ!俺だって別に虫が得意ってわけじゃないし!」

「ミラージュだよ!カマドウマにミラージュシュートだよ氷室くん!」

「意味が分からないです先輩!あとそのカマドウマっていうのもまだイマイチ分からない!」

ぐいぐいと氷室の背中を押すと、それを力づくで引き剥がせない氷室の押し問答が続く。

そろそろ飽き始めた紫原があくびを1つすると



「バルサン!貰ってきたぞ!!」



職員室に行っていた岡村が走って戻ってきた。

「よし!……って」




…誰がドア開けてこれ中に入れんの?





・・・・・・・





「…岡村、行け」

「何でワシ!?」

「ゴリラは虫食べるアル」

「ゴリラじゃねーし食わねーし!!」

「じゃあ福井サンが行けばいいアル」

「何で俺だ!劉!お前行け!」

「嫌アル!劉は虫ダメね!」

「中国って虫とか食うんだろ!?」

「偏見アル!!」


倉庫の前で埒の明かない押し問答を繰り返していると、

2度目のあくびをした紫原が岡村の手からひょいとバルサンを取り上げた。


「なんかよく分かんないけど、これ中に入れてくればいいんでしょ?」


「敦!行けんのか!」

「さすがむっくん!」

「っていうかー…早く帰りたいしラーメン食べたいし眠いしー」


キセキの世代すげえ!

5人は何故かホワイトボートの後ろに隠れて待機する。

紫原はバルサン片手に倉庫の戸を掴み、全く躊躇うことなくドアをスライドさせた。

…と同時に


「「「あ」」」


拳大の茶色い生物が、

予想以上の跳躍で飛び出してきた。

ホワイトボードに隠れていた全員が見事なグリップ力で踵を返し、脱兎。

だが紫原は全く表情を変えず、足元にあった雑誌を丸めて




スパン!!!!




瞬殺した。




「……むっくんスゲぇぇ-------------ッッ!!!!!」

「俺の反射神経ナメないで欲しーし」

「…ってそれワシの月バスじゃん!?」

我に返った岡村は紫原が手に持っている雑誌を指さす。

丸められ、部分的にモザイクをかけたくなる雑誌を見て紫原は「あー」と頷いた。

「やっちった」

「よくやったアツシ!」

「Good jobアツシ!」

「謝謝アツシ!」

みんなが紫原を称える中、買ったばかりの雑誌を駆除に使われた岡村は肩を落としている。

「っていうかこれ便所コオロギでしょ?なに、カマドウマって」

「カマドウマはカマドウマだよ。これだから都会っ子は!シャレた呼び方しおってからに!」

「いや…便所って言ってる時点でシャレてませんよね」

ごめんね、君に恨みはないのだけど。と死骸をあまり見ないように半目で後片付けする

漸く着替えようと部室へ向かう紫原は、岡村が握っている月バスを見て何かに気づいた。


「…あ」



「表紙、黄瀬ちんだったんだ」




見るに堪えない雑誌の表紙には現役モデルのイケメン高校生が爽やかな笑顔で映っていた。

「…黄瀬くんごめんなさい!」

「「「ごめんなさい」」」






作戦実行フォーメーションはBで!



「ふ、ぇ…っくしょい!」


「風邪か?大会近いんだからちゃんと治しとけよ」

「…いや、笠松先輩。これはきっとファンの子たちが俺の噂をしてるん」

「死ね」




ただ陽泉が仲良しなだけのオチのない話。黄瀬くんごめん