たまに「あ、やべ」って思うくらいやばい場面に出くわした時、


余裕ぶっこいた相手に聞かれることがある。



"どんな死に方がお望みだ?"



あたしはそれに答えたことがない。

答える前に仲間がそいつをやっつけてくれちゃったりするからだ。

反対に、"じゃあ答えたらその通り死なせてくれるの?"と聞きたい。

とか言って、別に望んだ死に方なんてないんだけど。

いちいち考えるの面倒くさいし、馬鹿くさいし、

なんか宝くじ買ってもいないのに「1憶円当たったらこれする」って妄想してるみたいで恥ずかしいし。


何て答えたんだ?


助けてくれた仲間が会話を聞いてたらしく問いかけてきたけど、

「答える前にアンタが殺しちゃったよ」と言ったら「そりゃ悪かったな」と肩をすくめて笑われた。



今度そいつに聞かれた時のために、嘘でもなんか希望を考えておこうと思った。








木蓮は自分の散り様を知らない









人は自分が死んだ後のことなんか知ったこっちゃないから、死に方を選びたがる。


切腹とかいい例だ。


潔く腹を切る、とか言うけど実際はそりゃ酷いもので、

自分で半分ぐらい行ったはいいけどそこから死ぬまでめっちゃ時間がかかるし、

それが見っとも無いってんで介錯人が首を落としてくれるんだけど、下手な奴にあたるとそれもまた酷いものだ。

一回でスパーンといってくれればいいのに斬り損ねたりされた日にはたまったモンじゃない。

腹は半分開いた状態なのに首も中途半端に繋がったままという切腹人を見て「無様だな」と思ったのは言うまでもない。


だから結果として切腹は潔くないし綺麗でもない。


あとは舌を噛み切って死ぬ、とか。

あれは出血死だと思われがちだけど実は舌を圧迫して気道を塞いだことによる窒息死で、これもまた見るに耐えないものだ。

すぐには死ねないし体の穴という穴からなんか変な汁が出てきて、かなり、酷い。

間者が敵の手に落ちた時によく使うらしいけど、これは自決する武器もない時の最終手段で成功率は低い、らしい。



よってこれも潔くないし綺麗じゃない。



自分がどんな醜い姿で朽ち果てようと、自分にはもう見えないのだから自分の最後の生き様が格好よければいいのだ。

…それを看取る者にとっちゃいい迷惑なのだが。




「………汚いなぁ」

「あ?」


ぼそり、呟くと横から怪訝そうな声が降ってきた。

澄んだ水の流れる川原はつい先ほどまで大勢の人でにぎわっていたが今は疎らで、

川原が見下ろせる橋で立ち止まって眺めて行く人はいるが、すぐに興味を逸らして足早に歩いて行く。

あまり長いこと見ていたくないのかもしれない。

そんな中、二人は土手に腰を下ろしてもう長いこと川原の"見世物"を眺めていた。


川原の真ん中にぽつんと置かれた木製の台

その上に綺麗に陳列されているのは身体から切り離されてしばらく経つ部位。

その中のいくつかには見覚えがあったが弔いの言葉をかける気にはなれない。



「汚い死に方だなぁって」



再び呟く。

しばらく間をおいてから「そうだな」と相槌が聞こえた。


「…ヅラが言ってた。武士の一番美しい死に様はやっぱり切腹だって。

 敵の手で首落とされて見世物にされるなんて死んでも恥曝してるのと同じだって」

「死んだ奴ァ何も感じてねーんだからどっちでもいいだろ」

「そこなんだよね。嫌だなぁ、頭固くて理屈っぽい奴は。

 切腹だろうが打ち首だろうが汚いことに変わりはないのにね」


顔見知りの首を前にして交わす会話ではなかったがそれが本音だ。


「あたし、元服前に初めてみた時、超吐いたもん」

「ハッ、情けねぇな」

「、何だよ人のこと意気地なしみたいに!晋助だって吐いてたじゃん覚えてんだぞ!」

「忘れた」


鼻で笑われてムカついたのでその口に手突っ込んで無理やり吐かせてやろうかと思ったけど殴られそうだからやめた。


「…じゃあお前はどんな死に方が美しいと思う?」

「えぇ?うーん…お花畑に囲まれて眠るように…とか?」


考えたこともないや、と言うと再び鼻で笑われる。

てめっそれ癪に障るからやめろ。


「じゃあ花畑行ってこれでキメてこい」


懐から取りだした鉄の塊を額にゴツ、と押し当てられた。

それを確認しようとすると自然に寄り目になって、眉間にシワを寄せながら当てられたものを掴んだ。


「どうしたの、これ」

「この間視察に行った時に目についたから買った。

 一発撃ってみたが…やっぱり俺にゃ合わねぇな」


そう言って黒い鉄塊を白い手に預ける。

は危なっかしく銃身を掴んでまじまじと塊を見つめた。

グリップが木製で一見軽そうに見えるが持ってみると重厚感があり、片手で持って狙いを定めるにはかなり鍛錬が必要に思える。

多分ここを引くと弾が出るんだろうな、と引き金に指をかけると横から手が伸びてきて銃身を押さえつけた。


「じゃあ辰馬にあげたら?アイツ最近西洋かぶれだし」

「そうだな、捨てるよりはマシか」


そう言って白い手から拳銃を取り上げ、再び懐に仕舞う。

はそれを目で追って首をかしげた。


「それで死ぬと潔いかな?」

「さぁ…どうだろうな。昔どっかの国のお偉いさんがコレで暗殺されて、

 近くにいた妻が飛び散った脳髄掻き集めたって話だ」

「……それは周りに迷惑がかかるね」


想像して苦々しい表情を浮かべる。


「死ぬ方は潔くないかもしれねぇが、殺す方は潔いだろうな」


は反対側に首をかしげた。


「感触が残らねぇ」


追い風に鉢巻きが靡いたかと思うとその視線は再び"見世物"に向けられていた。

つられてもそちらに目を向ける。

もう誰も立ち止まって見やしない。



「……晋助は残らない方がいいの?」



視線はそのまま隣に向かって問いかける。

一瞬視線がこちらに向けられたのを感じたが、すぐにまた同じものを見つめた。



「…いや」



土手についていた右手が足元に置いていた愛刀に触れる。



「それじゃ駄目だ」



カチャ、と音を立てたのでも視線を戻し、自分の腰を見る。



「………うん」


「…そうだね」



両手で持ち上げた愛刀を大事そうに両手でぎゅっと抱え込む。

堅くて冷たくて鉄臭い、撫でてやるにはちょっと勇気のいる相棒。


「そろそろ戻るぞ。見回り抜けたのバレたらまたヅラに小言言われる」

「そいつぁ腹立たしいね」


重い腰を上げて立ち上がり、腰に刀を差し直す。


「あばよ!」

「ンな言い方があるか」


ピースをこめかみに当て、並列した首に向かって明るい言葉と一緒に投げかけると

横の手が後頭部を軽く叩いてきた。

は頭を押さえながら「だって」と唇を尖らせる。


「こういう時はさっぱりしてた方がいいって銀時が」

「あいつの8割は適当で出来てるから真にうけんな」


帯刀した男女が公道に出ると周囲にいた人が一斉に道を開けたがそれにはもう慣れた。


「……ねぇ晋助」

「何だ?」


「あたしの首があそこに置かれたら、盗んでくれる?」



雑踏を掻き分けるように進む背中と翻る鉢巻きを見つめながら問いかける。

背中は振り返らなかったが半歩前を歩く速度は若干遅くなった。

ふ、と軽く吐息が漏れてまた鼻で笑われたのだと気付く。


「…そうだな。お前の頭軽そうだから、荷物にはなんねぇかもな」

「エコでしょ」

「エコって言葉辞書で引き直して来い」


既に葉桜を通り過ぎた桜並木に交じって低い木蓮の木が目に入る。

尤も、こちらも既に花が落ちているから木蓮だと判別できるのは地面に落ちた紫色の花弁なのだが。

満開の時は鮮やかで大きな花に見応えを感じたが、落ちてしまうと人間の舌が潰れたようで気色が悪い。

多くの人間に踏まれて土に汚れ、綺麗に咲いていた時の原型などなかった。




「…汚ねぇな」




目にとまった花弁を避けたが、結局避けた先で革靴が別の花弁を踏んでしまった。




人の死は美化も卑化もしない




腹を切れば腹は半分千切れたままだし、首を刎ねたら首無しのまま肉体は腐って土に還るだけだ。

あれこれ脚色をつけられて過大評価されればそれはそれで美化かもしれない。

骨だけ綺麗に残ればそれはそれで卑化かもしれない。

だがそれは死んだ本人には見えないから意味がない。

ではその人の死の醜美は一体何が甲乙をつけるのか。





「…生を見ること死の如くば死は即ち生、ってか」





開け放した屋形船の窓から見下ろせる夜の川には、

すっかり寂しくなった木々から散り落ちた花弁が点々と浮かんでいる。

ゆったりとした速度で進む船がまるで桜の海を掻き分けるようで、

窓から少し顔を出せば船に退けられて泳いだ花弁に触れることが出来そうだ。

三味線の弦を弾く右手を止め、行燈に照らされてゆっくり流れてきた川原の景色に右目を細める。



「…いつになったら盗ませてくれるのかねぇ」



べん、と乾いた音が春の夜風に共鳴した。

屋形船は人が疎らな橋の下を通り抜けて下流へと流れて行く。

橋の上から川を見下ろす女はそんな屋形船を目で追わず、何もない川原の方をじっと見つめていた。

綺麗に首が出るようにまとめられた自分の髪に触れ、その手で細い首筋をなぞる。





「…自分で切って置いとくかな」





今はまだ、木蓮も綺麗に咲いているというのに。








高杉にするか辰馬にするか最後まで迷って何回か台詞を変えたりしたんですが、
本命には勝てず高杉で押し切りました。辰馬だとツッコミ不在だからな(笑)
史実で高杉が龍馬に送った拳銃、シリンダー部分を龍馬が「レンコン」って呼んでたらしいです。
すげー辰馬っぽい!!(笑)映画観る前に書きました。観たら観たでまた別の攘夷を書きたいなー

「生を見ること死の如くば死は即ち生」/1863.高杉晋作