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池袋・某オフィスビル

いくつもの会社がテナントに入り、活気に溢れたオフィスビルは

時計の針が12時を過ぎると会社員がぞろぞろと出てきて昼食へ出かけていく。

その中の一室ではパソコンと向き合い、無心にキーボードを叩いていた。



離れた席から同僚が近づいてきて声をかける。

「お昼行かない?」

「ごめん私今日コンビニで買ってここで食べる。早めに仕上げちゃいたいから」

同僚はの椅子の背もたれに手をかけながら昼食に誘ってきた。

はそれを横目で見ながら絶えずキーボードを叩く。

「最近やけに熱心だねぇ。残業なしで定時で帰ってるみたいだし…さては彼氏でも出来た?」

パソコン画面でグラフや表などが出来上がっていくのを見ながら、友人はニヤリと笑う。

「え…!?な、そんなんじゃないよ!ただ早く帰りたくて…」

「ほんとかなぁ?」

ぐるりと首を回し、慌てて弁解する。

同僚はからかうように笑いながらの肩に手を回す。

「ほんとだよ…!早く帰ってゆっくりしたいなぁって…!」

「ハイハイ、はなかなかこういう話してくれないからなァ。進展あったら教えてるんだよ?」

「…………!」

くすくすと笑いながらの傍を離れる同僚。

は思わずガタッと席を立って口をパクパクさせた。

「じゃあたし食堂行ってくるねー」

そんなに手を振りながら同僚は笑って職場を出て行く。

は赤面したまま唇を尖らせ、ストンと席に座り込んだ。

(……そういうんじゃないけど…)




また会えたらいいなと



想う人は  いる。






「…私もお昼買いに行こ」

ビルを出てすぐ向かいがコンビニなので歩いて5分もかからない。

はバッグを持ち、作業をやめてデスクを離れた。








「…………………」

今日も人で溢れる池袋の街を、バーテン服の男・平和島静雄が歩く。

金髪に青いサングラスという目立つ風貌で、口には煙草を銜えたまま右手で黒いベストに触れた。

先日酔っ払いに酒をぶっかけられたベストだったが

今はそのシミも臭いも全くなく、むしろ新品のような黒さと綺麗なアイロンがけで着心地がいい。


(…クリーニング屋でバイトすると家でもこんなん出来んのか)


その出来栄えに改めて感心しながら近くのコンビニへと向かう。

切れそうな煙草と帰って食べる昼食を買いに。

昼時ということもあって店内は通常よりも混んでいた。

入り口で煙草を潰して捨て、中に入って奥のおにぎりや弁当が並ぶ棚へと進む。

しばらく悩んだ後、棚に並ぶ弁当に手を伸ばすと


「「あ」」


同じものを取ろうと反対から伸びてきた手とぶつかった。

「すいませ…」

別の手の主が慌てて手を引っ込めて謝る。

静雄がその手を追って目線を下げると



「「……あ」」



…お互いに短い声を上げて顔を見合わせる。

横に立っていた女性には、静雄も見覚えがあった。

そして対する女性も、静雄を知っていた。

「…この前の」

静雄と頭1つ以上身長差のある小柄な体を細身のスーツに包む女性。

2回不運に見舞われ、2回とも静雄が助ける形となった女・だった。

「こんにちは」

「こないだはどうも」

ぺこりと頭を下げるにつられるように静雄もそう言って軽く頭を下げる。

「いえ、こちらこそありがとうございました」

は静雄を見上げ、柔らかく笑った。

「平和島さんも休憩時間ですか?」

客のほとんどがスーツ姿の会社員なのでは辺りを見渡しながら静雄に問いかける。

「いや、朝方仕事終わったところで…」

「え…っそうなんですか…?大変そうですね……」

頭を掻きながらあくびをする静雄を見て、は心配そうに表情を曇らせた。

夜中に取立てに言った男が自宅から逃げていてそれを追って結局また朝帰りになってしまった始末だ。

大の大人が課金サイトに登録してまで何をしてるんだと怒りを通り越して呆れてくる。

…その代金の取立てを仕事にしている身としては、それを言ってしまうと元も子もないのだが。

「そうだこれ……」

お互いに買い物を済ませ、店を出たところではバッグから何かを取り出した。


「よく効きますよ」


そう言って1本の栄養ドリンクを静雄に差し出す。

静雄は差し出されたそれを目を白黒させて見つめた。

…生まれて二十数年、これまで一度も栄養ドリンクというものを飲んだことがないものだから。

そもそも肉体が疲労という言葉を知らないし、体が元気なら心も元気だと理不尽に思い込んできた。


「あげます。私、会社のデスクにいっぱい入れてるので」


はそう言って笑顔を浮かべる。

「……どうも…」

静雄はとりあえず手を伸ばして茶色い瓶を受け取った。

「お互い頑張りましょうね!」

は両手で小さくガッツポーズを作って見せる。

そんな彼女を見て、静雄の顔に自然と柔らかい笑みが零れた。



……彼女と話していると、

驚くほど穏やかなままの自分がいる。




「…………あら?」

コンビニの向かいの通路を歩いていた1人の女性が何かに気づき、ふと立ち止まった。

背中につくほどの長い髪

細身のニットにタイトスカートで、手には大きめの茶封筒を持っている。

女はコンビニの入り口に立っている2人の男女に目を凝らした。

男の方は長身でバーテン服。

女の方は男と比べると小柄で、会社員といったスーツ姿。


(……あれは……静雄?)


自分を雇う主が最も嫌う男。

そしてこの街で最強と恐れられる男。

男の方はこの街では有名だが、女の方には見覚えがなかった。

(…誰かしら)

不思議に思いつつ、さして興味を持たないまま女は静かにその場を後にした。



…そしてその女の他にも、2人の様子を遠くから見張るようにしている複数の目があった。




「…職場、ここから近いんすか」

珍しく、静雄の方から口を開いた。

「はい。すぐ向かいのビルです。家は目白なので隣駅なんですけど…池袋はまだ慣れないなァ」

は向かいのオフィスビルを指差して苦笑する。

何年もここに住む身だからこそいい街だと思えるが、

通い慣れていない人間は人に呑まれそうだとか迷路みたいだと言う。

「平和島さんは池袋にお住まいなんですか?」

「ええ、もうずっとこの街で暮らしてるんで…割と住みやすいですよ」

昔と比べればビルも人口も随分増えたが、もともと此処で暮らしていた身としては大した事ない。


「………つか」


との会話で違和感を感じた静雄は、頭を掻きながら再び話を切り出す。

「…名前で、いいですよ。知り合いはみんな下の名前で呼ぶんで」

高校の後輩にさえ下の名前で呼ばれているのに、(直接面識はないが)

特徴ある苗字で呼ばれると違和感を感じてしまう。

…彼女もなんだか呼びにくそうだし。


「え…いいんですか…?」


は目を丸くして首をかしげた。

静雄は返事の代わりに頷く。

いいも何も、静雄にとっては下の名前で呼ばれることの方が多いから当然のことなのだが。

それを聞いたは嬉しそうに笑う。

「じゃあ、静雄さんて呼びますね」

屈託のない笑みを浮かべるを前に静雄にイラつきなどは皆無だった。

マイルのような人懐っこさを持つがそれでもきちんと大人の女性としての礼儀や言葉遣いを持っており、

意識せずとも静雄を怒らせるようなことは言わない。

自分を前にまともな態度をとる人間を見たことがない静雄は、彼女の性質に心を許しつつあった。

そんなは腕時計を見て笑顔から一転、慌ててバッグを肩にかけ直す。

「すいません私そろそろ戻ります…!」

昼休みが残り30分を切ってしまった。

彼女はいつも時間に追われて急いでいるような気がする。

「…この辺の裏路地、夜はロクでもねー奴らが溜まってるから…あんま通んない方がいいっすよ」

この前のような目にあっては大変だろうからと長年この池袋を基点として生活してきた静雄はそう忠告した。

は再び柔らかく笑う。

「ありがとうございます。またお話できてよかった。体、大事にして下さいね」

そう言って頭を下げ、右手を振ってその場を離れた。

丁度青信号に変わった横断歩道を渡り、道路を挟んで向かいに聳えるオフィスビルへと走っていく。

「……………」

静雄は右手に握った栄養ドリンクを見て、コンビニ袋を引っ掛けた左手で頭を掻いた。








1時間後・新宿


「はい。頼まれたもの」


臨也のマンションへ戻った波江は、大きな茶封筒をソファーに座る臨也に差し出した。

「ありがと。やっぱり君は優秀だねぇ」

褒めはするものの波江の顔を見ずに、茶封筒を受け取る臨也。

波江はそんな彼を見ながら浅く溜息をつき、上着を脱いでハンガーにかけた。


「…そういえば」


白衣を着ながら、波江は口を開く。

「静雄を見たわよ」

コンビニで静雄を見たことを淡々と報告した。

臨也は茶封筒を開いて中の書類を見ながら、鼻で笑って肩をすくめた。

「俺が行かなくて正解だね」

「何だか見たことない女の子と一緒だったけど」

その瞬間、臨也の目付きが変わる。


「……へぇ?」


鋭い目が、得物を見つけた蛇のように細くなった。

「どんな子?」

「スーツ姿の…普通の会社員って感じの子。年はアンタたちと同じか少し下ぐらいだったかしら…

 あの静雄を怖がりもせず普通に話をしてたわ」

臨也は波江の説明に書類をテーブルへ置き、そこで初めて体ごと波江の方を向く。



「……詳しく教えてくれないかな?」




To be continued