今になって考えてみればやっぱり

    ・ ・
ああ  そうだったのかなって思うんだ。






One-2-







『-----------雄』





『-----------静雄』





『……静雄?』





ハッ、と我に返ると、目の前に差し出されたPDAに自分の名前が数回打ち込まれていた。

静雄はサングラスの下で2、3回瞬きをして、横に座ってた人物を見る。

それは影。

全身を真っ黒なライダーススーツを纏った人影。

そしてその頭には耳のような装飾がされたヘルメット。

ヘルメットの中は深い闇が広がっていて表情は窺い知れない。

-------池袋の都市伝説、首無しライダーのセルティ。

…そうだ、仕事の休憩時間に偶然街でセルティに会って、

公園のベンチで世間話をしていたところだったんだ。

「…ごめん、何だっけ」

『珍しいな?お前がボーッとしてるなんて』

セルティは長い指でカタカタとPDAに文章を打ち込んでいく。

静雄は頭を掻きながら、何を言おうか迷った挙句ゆっくり言葉を紡ぎだした。

「や…ちょっと昨日のこと思い出しててさ…」

静雄の記憶に残っていることだから、喧嘩を売られたとか臨也がムカつくとかどうのとかそういうのだろう。

セルティはそう思いながら首をかしげて静雄の返答を待つ。

「……昨日、仕事開けにどっかの馬鹿連中に絡まれたんだ」

静雄を知らない新入りの不良だろう。

セルティはそう思った。

「ムカついて看板投げたら偶然通った女の定期入れを下敷きにしちゃって…

 そしたらその夜、酔っ払いに絡まれてトムさんと助けたのも…その子だったんだ」

静雄は淡々と昨日の出来事を話し始めた。

これだけではまだ彼の言いたいことが分からないセルティは、黙って静雄の話を聞いている。

「そん時酔っ払いに酒ブッけかられて…そしたらその子がお礼にベストを洗濯するっつって…」

『……ベストを渡したのか?』

そこで初めてPDAに言葉を打ち込む。

静雄は黙って頷いた。

セルティは驚いて、PDAに何を打っていいか一瞬迷った。

長年この男と友人をしてきたが、とにかくこの男は異性との交流がない。

彼の性質やその力の関係上それは仕方がないと言えば仕方がないのだが、

セルティの知る限りでは静雄が知り合いと呼べる女性は狩沢ぐらいだ。

セルティも一応は女性なのだが静雄はセルティの性別を知らないので自分は数に入れない。

そんな静雄が会って間もない女に、弟からプレゼントされた大事なバーテン服を預けるなんて。

「…自分でも、意外なんだよなぁ…」

セルティの気持ちを代弁するように、静雄は再び口を開く。

「人と関わりたいとは思ってるけど、それは無理だって言い聞かせてきたからさ。

 なのに俺の力を怖いとか言わないで、むしろ笑って「ありがとう」とか言われたの初めてだから…

 なんか話してるうちに気ィ許したっつーか…セルティと話してるときと同じ気分になったっていうか」

彼が自分に気を許してくれていることを知っているセルティはそれを聞いて更に驚く。

こうしている時の静雄はどこにでもいる大人しそうな青年だがキレてしまうと一転、誰も寄せ付けなくなってしまう。

だから彼の扱いに慣れた人間でなくては長い時間一緒にいることはまず無理だ。

セルティは驚くと同時に、その彼女に会ってみたいとも思った。

『よかったな、きっと凄くいい子なんだよ。

 それで、いつ会う約束をしたんだ?』

その出来事に興味を持ったセルティは少しタイピングの速度を速めて文字を打ち込む。

「今日これから」

『そうか、頑張れよ』

「………何を?」

つい感情移入して、セルティは激励の文章を打ち込んだ。

その意味が分からない静雄は方眉をひそめて首をかしげる。







同時刻・新宿


「波江さん」


高級マンションの一室で、1人の男が静かに口を開いて女性の名前を呼んだ。

漆黒の短髪、端正な顔つき

この部屋の主・折原臨也はテレビを見ながらソファーの背もたれに腕を乗せる。

波江と呼ばれた女性は本棚の奥から顔を覗かせた。

「何?」

「池袋に行く用事、ない?」

ぶしつけな質問。

波江は眉間にシワを寄せる。

「…何…?私はアンタに仕事を貰わないと動かないんだけど?」

そして当然の返事をした。

彼女は臨也の秘書であり、臨也の仕事の手伝いをしている身なので彼が仕事で動く時が彼女の動く時でもある。

「いやそうしたいのは山々なんだけどさ…ヘタに池袋をウロつくとどこでシズちゃんに会うかわかんないし…

 それはそれで面倒なんだよ」

臨也が唯一苦手とする人間。

それが静雄。

それは波江もよく知っている。

「今度の仕事で池袋に用事が出来ちゃったんだよね。

 俺が直接出向かなくても大丈夫なやつだから…だからちょっと使いに頼まれて欲しいなと思って」

足を組み直し、つまらなくなったテレビのチャンネルを変えた。

「…仕事なら、行くけど…」

波江は棚にファイルを戻しながらしぶしぶ返事をする。

すると臨也はにこやかな笑みを浮かべ、テレビから波江へ視線を移した。

「そ。ありがとう」










いつものように仕事場となっている雑居ビルで上司のトムとおち合った静雄は、

昨晩彼女を助けたパチンコ屋の看板前まで来ていた。

まだ来ていない彼女を待ちながら煙草を吸う静雄の横で、トムの心中は穏やかではなかった。

(…いい子だっては思ったけど…もしこのままベストパクられたらどうするよ?)

弟にもらった大事な服だ。

いくら沢山持っているとはいえ、鉄パイプで切り裂かれた時同様の怒りを見せるだろう。

それを想像すると、背筋をゾクリと冷たいものが走った。

そんなことを考えていると



「遅れてすいません…!」



ハキハキとした女性の声が飛んできて、同時にスーツ姿のが2人のもとへ駆けてきた。

金髪サングラスのチンピラと、ドレッドヘアのチンピラの元へごく普通の会社員の女が駆け寄る姿はハタから見れば異様だ。

トムはの姿を確認した瞬間にほっと胸を撫で下ろす。

「これ…」

少し乱れた呼吸を整え、はそう言って微笑みながら綺麗な紙袋を静雄へ差し出した。

静雄は銜えていた煙草を地面に落として靴で踏みながら、それを受け取る。

「なんか…すんません、返って気ィ使わせて」

「いえ…!私の所為で汚れてしまったんだし…気にしないで下さい。

 それより…ちゃんと仕上がってるか心配で…」

は慌てて手と首を横に振った。

静雄は袋の取ってを手首にかけ、中からベストを取り出して広げてみた。


「わ」


静雄より先に、トムが声を上げた。

「すっげーパリッパリじゃん!マジでクリーニング出したみてーじゃねーか!!」

広げたベストは綺麗に洗濯されていて、ビシッとアイロンがあてられてまるで新品のようだった。

アイロンを当てると出来てしまう白い光沢もまったくなく、

ヘタなクリーニング屋に出すよりよっぽど綺麗な仕上がりに見える。

「……凄ぇな」

遅れて静雄も珍しく感嘆の声を漏らす。

「バイトしてたときのが役に立ってよかったです。きっと、大切な服なんだろうなって思ったから」

はそう言って照れくさそうに笑った。

静雄はそんなを見て目を丸くする。

弟からの貰い物だということは言っていないのに。


----------ああ、なんか…


一緒にいると不思議な気持ちになる人間、だ。


セルティと話す時とも、門田たちと接する時とも違う。



「……あぁッ…!終電が…!す、すいません私これで失礼します…!」

は終電の時間を思い出し、徐に腕時計で時間を確認した。

駅まで数分歩くこの場所ではギリギリの時間だろう。

「あの」

静雄はベストを袋に仕舞いながら口を開いた。


「ありがとうございました」


見る人が見れば驚愕する、人に礼を言う平和島静雄。

それに驚いているのはトムも同じだった。

はそれを聞いて嬉しそうに笑う。


「お仕事、頑張って下さいね」


満面の笑みを浮かべ、そう言って2人に深々と頭を下げた。

そして駅方向へと走っていく。

…彼女は2人が課金サイトの取り立てを仕事にしていることを知らないから、

何に向けて頑張れと言ったのかは定かではないが。

それでも明らかに一般人とは違うオーラを放つ2人組を前に

怖がるでも軽蔑するでもない、柔和で誠実な態度を見せた彼女に嫌悪感は抱いてなかった。

(………変わってるよな)

人込みに紛れていく彼女の後姿を見ながら、静雄は考えた。

自分に近づいてくる人間=変わり者、だからだ。

世界で一番嫌いな人間・折原臨也を含め、その妹のクルリとマイル、

サイモンに門田たち、セルティに新羅。

どの人物をとっても「普通」とは言い難い。




だからその時はまだ、油断していて忘れていたんだ

自分と関わった人間が、どうなるかなんて。







To be continued