たてむすび







「むぉっ」


休憩中の隊士たちが集う広間で女性隊士が妙な声を発した。

「どうしたんすか、さん」

畳に膝をついて壁掛けのカレンダーと向きあっているに、

同じ隊の神山が冷たい麦茶をすすりながら問いかけた。

はカレンダーを指差しながら目をまんまるくして振り返る。


「もうすぐ、隊長の誕生日ですね」


カレンダーを指差しながらなぜか嬉しそうに笑ってそう言われても、

言われた神山はいまいちピンと来ない。

「隊長?沖田隊長ですか?」

「あれっ、神山さん隊長の誕生日知らないんですか?」

は摺り足でテーブルに戻ってきて麦茶の入ったグラスを持つ。

近くで回っている扇風機の風で結露して、透明のグラスはびっしょりと汗をかいていた。

「すみません、把握してなくて…」

神山はそう言って苦笑する。

隊士全員合わせて100人近くいるのに、その全員の誕生日を把握している方がおかしい。

せめて自分の直属上司の誕生日くらいは覚えていたいものだが

生憎男所帯のためいちいち誕生日を祝う習慣もなかった。

「私、そういうの覚えるの得意なんで。どうしよう、何あげたらいいですかねぇ?」

そういう所は女の子だなぁと神山は微笑ましく思いながら、彼女の思案に手を貸すことにした。

軒先に取り付けられた風鈴の音とグラスで融ける氷の音が夏らしい。


「SMグッズは去年あげたから、今年は使えないなぁ」


テーブルに頬杖をついて首をかしげる少女の可愛らしい口から妙な単語が発せられる。

神山はグラスを片手に首をぎしぎしとそちらに向けた。

「…SM?」

「首輪とか猿轡?とか、あれ結構消耗品らしくて…色んな種類をいっぱいあげたんです」

すごい喜んで貰えました!とどや顔されると批判できない。

だが賛同もできない。

確か彼女も隊長とさほど年が変わらなかった気がするから、年頃の娘がそんなものを嬉しそうに買い物している姿を想像すると

とても居た堪れない気分になった。

もっと別の…と提案しようとすると、廊下から足音がして話題の人物が顔を出した。


「あっちーな、俺にも麦茶よこせ」


顔の前で右手をぱたぱたと扇ぎながら広間に入ってくるが、

顔にはちっとも汗をかいていないので本当に暑がっているのか傍目には分からない。

は戸棚から新しいグラスを持ってきて麦茶を注ぎ、沖田に手渡す。

「隊長、今年のお誕生日何が欲しいですか?」

「は?」

重い腰を下ろして冷たい麦茶に口をつけた途端、は身を乗り出して詰め寄る。

沖田は傍らにあった団扇を持ちながら怪訝な顔で部下を見た。

「いらねぇよそんなもん。ガキじゃあるめーし」

「去年あげたのも喜んでくれたじゃないですか。丁度よく思い出したんで、是非なんか贈らせて下さい」

正座してにかっと笑う姿は上司想いの優秀な部下…に見える。

「あー…じゃあ土方の首」

グラスに口をつけたまま沖田はもうこの話題はどうでもいいという風に適当な返事をした。

また無茶苦茶なことを…と神山はを不憫に思ったが、

言われた本人は困った顔をするでもなくびしっと背筋を伸ばす。


「分かりました!副長にお願いしてきます!」


そう言ってすっくと立ち上がり、広間を出て廊下を駆けて行く。

遠ざかる足音を聞きながら、広間に残された2人は顔を見合わせた。

「…ありゃァ暑さで頭沸いてんな」

「い、いいんですか沖田隊長…あんなこと言って…」

「どーせ無理なんだから好きにさせとけ」

麦茶を飲みきり、団扇をぱたぱたと扇ぎながらまた適当なことを言う。

神山は副長室に向かったの身を案じながらも「そうですね…」と頷いた。






「副長!」

廊下を出て真っ直ぐ副長室へ向かったは、

開け放された障子の向こうに見える背中に向かって声をかける。

銜え煙草の男は振り返って「何だお前か」と言うと再び机と向き合った。

「副長、お願いがあるんです」

「何だ。有給願いは近藤さんに出せよ」

「そうじゃなくて、副長に頂きたいものがあって」

失礼します、と敷居を跨いで土方の後ろに正座する。

「あ?俺に?くれてやるモンなんか何もねーぞ」

土方は再び振り返り、怪訝そうにを見た。

部屋の隅で稼働している扇風機が煙草の煙を揺らめかせて窓の方に流れて行く。


「副長の首下さい」


右手に持っていた筆がことん、と硯の上に落ちた。

真後ろに正座する女性隊士は至って真顔だ。

「…上等だコラ。刀抜け」

銜えていた煙草をペッ、とその場に吐き捨て、腰の刀に手を添えてゆっくりと立ち上がる。

一方のは殺気立つ上司の姿に見向きもせず、上司が捨てた煙草の火が気になるようで

「不始末は危ないですよ」と律儀に拾って灰皿に押し付けた。

畳が少し焦げてしまったが土方にはもうどうでもいい。

「いえ刀じゃとても敵いそうにないので…あの、出来れば自分で斬って頂いて…

 マヨネーズ1ダースと交換とかどうですか?」

「どこが交換!?俺首斬ったらマヨネーズ食えねぇだろうが!!喉元から垂れ流しじゃん!?」

「だめですか?」

「駄目に決まってんだろうが斬られてぇのかテメー!!!」

右足を踏み込んで刀を鞘ごと振りかぶり怒鳴り散らす土方。

だがはそんな上司に気圧されることなく「そうですか…」と肩を落とすだけだ。

その様子を見て土方もようやくその場にどすんと腰を下ろす。

「ったく…!何だ?お前まで副長の座が欲しいとか言いだしやがんのか?」

新しい煙草を取り出して火を付けながらを睨む。

は慌てて首を振った。

「いえ、いらないです。面倒くさそうなので。

 そうじゃなくて、沖田隊長がもうすぐお誕生日じゃないですか。

 何が欲しいか聞いたら副長の首だっていうからあげたらきっと喜「お前バカだろ!前々から思ってたけどマジで馬鹿だろう!!!」

2度も馬鹿と言われては再び肩を落とす。

「ちッ…下らねぇ。次に年とるまで生きてる保証なんかねぇんだから誕生日なんざいちいち祝ってられっか」

舌打ちをして再び机と向きあう。

今なら後ろから刎ねても…とはこっそり腰を浮かせたが、

局長に怒られると立ち直れなくなるので止めることにした。

「お前もあんなドSバカによくもまぁそこまで献身的になれるな」

「?だって、隊長ですから」

何言ってるんです?とは首をかしげる。

すると土方は再び振り返ってそっちこそ何言ってるんです?という顔をした。

「…慕われる要素ひとっつも思いつかねぇんだが」

「別に慕ってませんよ。局長と副長はみんなの上司ですけど、隊長は私の上司ですから。

 世話になってないし世話もしてませんけど、とりあえず誕生日は誰のを祝っても楽しいじゃないですか」

副長のは忘れてたんで来年覚えてたら祝いますね。

そう言ってすっくと立ち上がり、「失礼しました」と一礼して部屋を出て行く。

暑さで今朝から続いていた鈍い頭痛が更に酷くなった気がした。





「…あっち……」

広間を離れて自室に戻ってきたはいいが、部屋には扇風機がないので酷く暑い。

部屋の障子を全開にして縁側から吹きこんでくる風を期待したが、

先ほどまで心地よく吹いていた風が急に止み吊るされた風鈴は気だるそうに項垂れていた。

もう一度広間に戻るか、このまま寝そべって眠ってしまうか。

とりあえず上着を脱ごうと右の袖を引き抜いた所で、廊下からとたとたと慌ただしい足音が聞こえてきた。

「隊長!」

その足音は部屋の前で止まって鬱陶しい部下が晴れ晴れした顔で部屋を覗きこんできた。

「土方の首は獲れたのか?」

「いえ、それは無理だったんで代わりの物を!

 ちょっと早いですけどお誕生日おめでとうございます!」

はそう言ってにこにこと笑いながら畳に正座し、背中に隠していたものをずいっと差しだしてくる。

縦長の真っ赤な箱にピンク色のリボンがかけられていた。

箱に黒字でなにやら文字が書かれていたが、ちょうどリボンの下になっていてよく見えない。

「…なんでィこれ。酒?」

「いえ、養命酒です」


・・・・・・・


「あれ、もしかして苦手ですか?」

「…いやそうじゃなくて…何で養命酒?」

沖田は赤い箱を睨みつける。

元服祝いに酒を貰ったことはあったがこんなものを貰ったのは初めてだ。

「副長の首はちょっと無理だったので何がいいかなぁって考えたら、

 隊長には長生きして欲しいから養命酒にしようって」


・・・・・・・



「…養命酒って別に、長寿の薬じゃねぇんだぞ」

「え」

箱をくるりとひっくり返し、効能が書いてある欄をに見せる。

効能には「冷え症」「肉体疲労」「食欲不振」などと書かれていた。

沖田ははーっと溜息をつき、赤い箱をそのままに返す。

「返す。卵の日にでも飲んでろ」

「あ、セクハラ。駄目ですよ、ちゃんとリボンもつけたのに!」

「ならそのまま近藤さんにやって来い。つーかリボンも縦結びじゃねーか」

いい年してちょうちょ結びも出来ないのかと嘲笑すると、は唇を尖らせて「だって」と言う。

「袴の帯も靴紐も自分から見た向きで結ぶじゃないですか。

 それと同じ要領でやるとなんか縦になっちゃうんですよね」

返された箱のリボンを解いてもう一度結び直してみる。

だがきれいなリボン型になったのは一瞬で、すぐにぴょんと縦になってしまった。

「昔姉上が言ってた。交差させて上になった方を輪っかにして………あれ」

箱を奪い取って再びリボンを解き正しく結び直してやろうと思ったのだが、

結び直したリボンも変わらずぴょんと90度回転してしまった。

「…隊長も縦結びですね」

「…すぐ解けて便利じゃねーか」

「ミツバさんが教えてくれたのも縦結びなんじゃないですか?」

「バカ言えテメー姉上がちょうちょ結び出来ないわけねーだろ。姉上何でも出来んだぞ」

それから何度かリボンを解いては結び、解いては結びを繰り返してみたが

結局正しいリボン結びの方法は見出すことが出来なかった。

「リボンはもういいです」

は半ば投げやりにリボンを解いてぽいっと投げ捨て、贈り物でも何でもなくなった

滋養強壮薬の大きな箱を再び沖田に差しだす。

「まぁ誕生日とかそういうのは抜きにして、ちょっと高級な栄養ドリンクの差し入れだと思ってもらえれば」

そう言って贈られた本人より先に箱を開封し、瓶の蓋を開けてキャップに注ぎ始めた。

独特な漢方の匂いに混じって微小な酒の香りが部屋に充満する。

「…くせぇ」

「それだけ体にいいってことですよ」

どうぞ、と茶色い液体の入った小さなキャップを差しだす。

だが沖田はキャップを受け取ることなくそのまま立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。

「あ、ちょっ…隊長!」

やばい怒らせたかとが廊下に顔を出すと、後ろ姿は数メートル先の広間に入っていって

ものの数秒で再びこちらに向かって戻ってきた。

右手には先ほど麦茶を飲んでいたグラスが握られている。

部屋に戻ってきて再度自分の前に胡坐を掻いた上司は、空のグラスなみなみに養命酒を注いでに差しだす。

「え、私も飲むんですか?」

「体にいいんだろ?」

「いや…でもこれ…こんなに飲んでいいものじゃないような気が…

 逆にこんなに飲んだら体に悪そうじゃありません?

 ほらよく用量を守ってお飲み下さいって書いてあ、」

やばい、と尻をついたまま後ずさりする。

すると上司の片手が伸びてきて隊服の胸倉を掴んだ。

強く掴まれて喉が少しぐえっとなる。


「ハッピーバースデー俺」


にやりと笑われたが最後。

茶色い液体が眼前に迫ってきた頃にはもう遅かった。





「ただいまー今日も暑いなァ………なんか、薬臭いような…

 うわ、酒クサッ!つーか何で寝てんだお前ら!養命酒!?何で!?」



養命酒で乾杯。
友人を脅して絵を描かせたお礼に捧げる沖田です。
私自身が縦結びになっちゃう人なので、沖田も縦結びだと可愛いなと。
1ヵ月以上遅れて誕生日ネタ。永遠の18歳。