「戦場では無暗に口を開けない方がいいですよ」



そいつは言った。

なんで、と問いかけると


「自分が斬った相手の魂が口から入ってくるから」


と可笑しなことを答えた。

呆れて俺が半ば投げやりに「どこの宗教だよ」と言うと、そいつは首を捻って悪戯っぽく笑った。


「うーん…ワタシ教?」


うまいこと言った、と本人はしたり顔だったが白い頬に返り血浴びて言われても全くうまくなんかない。

でも確かにあいつは自分で言った通り人を斬る時は口数が減る。

逆に斬り終えるとうるせーぐらいべらべら喋る。

いや、もともとウチに戦場でべらべら喋るような奴はいないけど、

無言で刀を振り回しながらもその一瞬一瞬で全く違う表情を見せるそいつを見てたら

まんざら嘘でもねぇんじゃないかって、思ったんだ。







口寄せもののふ








「さっきの奴から伝言」



それまで頑なに口を閉じていた女は、その場に立っているのが自分だけになった瞬間徐に口を開いた。

立っているのは自分だけ。

息をしているのも自分だけ。

女の周囲にいる人間はみな地面に倒れそれぞれが時間差で事切れており、

身体のどこかしらが胴体から離れている者も少なくない。

だが女は確かにその場に倒れている死体に向かって声をかけた。


「あー…さっきの奴ってのはほら、あいつ。

 黒髪短髪で、20後半ぐらいの…顎に傷がある奴。アンタの15分ぐらい前に死んだ奴」


周囲から見れば明らかに独り言だったが、女はさも死体と会話が成立しているかのように話を続ける。



「甘味処のトミ子ちゃんは俺のモンだ、ってさ」



女はそう言って「話し相手」である死体の前にしゃがんだ。

「なに、女の取り合いしてたの?そいつぁ不憫だ。結局どっちも死んじまったからね」

自分で斬った相手を前にハハ、と明るく笑う。

斬ったのは確か左の肩口から頸動脈にかけてだったはずだ。

地味な色の羽織がぱっくりと切れて合間から赤い肉断面が見え、その延長線が首の急所を的確に横断している。

皮膚の薄いその部分は頸椎も剥き出しになっていたがほとんど同色でどこがどこだか見分けがつかない。

事切れる前に痙攣していたのか手足が少し浮いた状態で硬直していた。

「まぁそのトミ子ちゃんとやらには私が代わりに…って無理か、住所までは聞けなかった」

苦笑しながらすっくと立ち上がったが、死体を見下ろした瞬間に表情から笑みが消える。


「…武運がなかったね。ご愁傷様」


くるりと踵を返し、陸に上げられた魚のような死体の隙間に足を置いてその場を離れて行く。

なるべく踏まないように下を向いて歩いていたら前方に立つ上司の影に気付くのが遅れた。


「お。隊長。ご苦労さんです」

「…お前降霊術でも出来んのか?」


返り血を浴びて律儀に敬礼する部下を前に俺は少し呆れた。


「いえ?知りませんよトミ子なんか」


並んで死体の山を避けて歩く。

決して死体に気を遣ってるわけじゃなくて、単に踏むと死後硬直の嫌な感触がするからだ。


「じゃあ誰だトミ子」

「この物語はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません」


よ、と死体を跨いで悪びれる様子もなく言う。

俺の怪訝な視線に気付いて顔を上げ、首をかしげながら笑った。


「女の子は妄想好きですよ?」

「テメーのは妄想っつーより偽物イタコの口寄せだろ」

「心外だなぁ、一応ちゃんと根拠はあるんですよ。

 2人の羽織から同じ甘味処のサービス券が出てきたんです。お守り代わりに持ってたのかもしんないですけど…

 大の男が揃って甘味処に行くっていったらよほどの甘党か、看板娘が目当てかどっちかでしょ?

 だったら看板娘めぐって三角関係の方が面白いと思って。そっから先は捏造です」


トミ子じゃなくてヨシ子だったかもしれませんねぇ。

そう言って顔の返り血をごしごしと擦る。

言葉遣いは可愛げがあるが、所作の一つ一つが雑なので返り血は更に広がって汚くなっていく。

まるで昆虫採集に行ってきた少年のようだ、という表現は聊か美化しているかもしれない。


人でなし・化け物・鬼畜


斬る直前や斬った後に俺にそんなことを言う奴がいるが、

俺から見ればこいつの方がずっとタチが悪い。

相手の生前も死後も無視して、勝手にそいつの走馬灯を作りやがる。

初めて会った奴なんだから生き様なんか知りませんよ、と言って。


「じゃあ俺が土方さんブッ殺したら面白おかしく走馬灯作ってくれんのかィ」

「あーそりゃ無理ですねぇ」

「?何で」

「無駄に付き合い長いですから、捏造は出来ませんよ。

 "テメーも死ね沖田"ぐらいは想像つきますけど」


それ想像じゃなくデフォだろ。

俺が鼻で笑うと「そうでした」とつられるように笑う。


「…よくあるじゃないですか。死んだ仲間の死後を想像して、きっとあいつはあの世でこんなこと言ってるーとか」


そう言ってピタ、と立ち止まったので不思議に思って俺も立ち止まった。

変わらず薄ら笑いを浮かべるその視線の先には自分と同じ隊服を着た死体が1つ転がっている。

…誰だっけ、ウチの隊ではねぇな…確か、入隊してまだ間もない奴で…

ほとんど言葉を交わしたこともない、名前も思い出せない、だが確かに同じ隊服を着た「真選組隊士」だ。


「ただちょっとでもそいつの人生を知っちゃうと、無闇に干渉出来なくなるんですよね。

 だからそれを他の誰かに伝えるのもちょっと反則だと思うんです」


その場にしゃがみ、血の乾いた手を隊士の瞼に被せた。

細く白い(否、白かった)女の手が開いたままだったの死体の相貌をそっと閉じてやる。

言っていることは不謹慎で支離滅裂なくせにこういう作法が意地らしい。


(………あ)



そういえば。



聞き流すようにしていた彼女の言葉でふいに少し前のことを思い出した。



『…隊長』



乾いた空気にいくつもの嫌な臭いが混じる、質素で苛つくほど小奇麗な空間。

空間とその建物周辺を支配するのは鼻をツンとさせる異臭。

戦場で嗅ぐ硝煙の臭いにも似ていたが比べること自体間違っている。

小さく厳重な鉄の扉が横に2つ並んだレンガ壁。

その手前に備えられた、りんと線香。

線香は既に燃え尽きて台座に白い灰が散らばっていた。

その扉なのか、線香なのか、とにかく壁に向かって突っ立っている上司の背中に部下が声をかける。

酷く掠れた、消え入るような声だった。

気持ちだけ顔を上げて僅かに首を傾けたが、部下に完全に顔を向けることはしなかった。

そいつは少し躊躇ってから下唇を噛み締めて「…いえ」と首を振る。





『…………何でも、ありません』





ひょっとしたら、彼女は聴いたもかもしれない。

…本当に

寄せたのかも しれない。





トミ子も三角関係もきっと本当で、

だからきっと






「…………なぁ」

「はい?」


声をかけると立ち上がりながら振り返った。

もう死体に興味はないと言わんばかりにその表情は晴れ晴れしている。


「俺はテメーが嫌いだ」

「なんですか藪から棒に失礼な!」


晴れ晴れしていた表情が一転して歪む。

だが次の瞬間には再び綻んで場違いな笑みを浮かべた。

「私は結構隊長好きですよ?顔が。」

にっこりと笑って、「嫌い」と言うよりムカつくことをさらっと言った。


「山崎の顔で言われたらただムカつくだけ、」


そう言ったところで2人同時に柄を握り、抜刀しながら振り返ってそれぞれ狙った位置に刃を滑り込ませる。

背後に迫って刀を振り上げていた敵の腕の付け根と首を俺が、

左の腰骨から鎖骨にかけてをが薙ぎ払って血飛沫が宙を舞った。

俺はもともとさほど浴びていなかったが、横の奴は折角乾いてきた返り血の上に更に血が飛んで酷いことになっている。
両腕と首が胴体から離れ、更に胴体から大量の血を吹きだして・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
両腕と首が胴体から離れ、更に胴体から大量の血を吹きだして死体になっていく体。

ほぼ同時に刀を納めると再び顔に付着した返り血をゴシゴシと拭うが、もはや肌色を探すのが難しい。


「前言撤回」


俺が口を開くと「何が?」という顔で首をかしげてくる。

やはり律儀に相手が事切れるまで頑なに口を閉じていた。


「俺もテメーの面ァ好きだ。血まみれ限定で」


頬に飛んで垂れてきた僅かな血を擦って歩き出すと、言われたことの意味をしばらく考えていたのか

少し遅れてから後ろを歩いてきた、


「…それは元が見るに耐えないから血をモザイク代わりにしとけってことですか?」

「あーそれいいな。女が上がるぜィ」

「そりゃどうも」


口端から血が侵入したのか、ぺっと吐き出しながら苦笑して横に並んだ。


…なぁ



今の奴、なんて言った?





……あの人、なんて言ってた?





訊く気なんかないんだ。一生。毛頭。





何でもいいさ。

お前ん中で面白おかしく噛み砕きゃ、少しは脚色ついて明るく見えるかもしれねぇ。

余計な世話だと言われても「まぁまぁ」っつって土足で入り込んでやりゃいいんだ。




好きなだけ寄せたらいい。あ、屯所の玄関に塩は盛っとけ。

後は知ったこっちゃねーからよ。






電波ヒロイン。総悟が凄い常識人に見える珍しい。
友人に見返り目当てで送りつける。
どこまで書いていいやら悩んで結局うやむやです(笑)
総悟やだむずかしい。