ショートニング・ショーイング








「おいオッさん、コレとコレとコレとコレくれ。あとタバスコトッピング頼まァ」

「へい!」


甘味処

それは世の女性たちがショーケースの前で目を輝かせ、

口に入れた時の甘美な味わいに舌鼓し、

時にその話題が女性同士の会話に花を咲かせ、

有名店に足を運ぶことは一種のステータスにもなりうる、そんな不思議な空間。

小じんまりとした店内に備えられたイートインスペースでは妙齢の女性たちがケーキをつついて楽しそうに会話を交わしている。


帯刀した黒服の青年が店に入ってきた時は一瞬ざわめいたが、

その顔立ちが意外に整っていたから井出達の不釣り合いさには目を瞑ったのかもしれない。


だがレジで聞こえた会話を聞いて誰もが彼を二度見したことだろう。


あら甘党なの?というところに始まり

結構買うのね、と続き

タバ…タバスコォォォォォ!!??…となる。


年配の男性客がせっせとケーキを箱詰めしていると、奥の暖簾を白い手が掻き分けて1人の女が店頭に出てきた。

店頭にいる他の女性店員の制服とは違う、純白のコック服とコック帽。


「……お客様」


明らかに売る側ではなく作る側の立場と思われる女はショーケース越しに青年にやんわりと笑いかける。


「あたしが朝6時出勤で丹精込めて作ったケーキ…粗末にしてんじゃねェェェェェェ!!!!!」


どこに隠していたのか、女は大きなクリームパイを片手で青年に向かって勢いよく投げつけた。

完全に青年の顔面を直撃するかと思われたパイだったが、青年は飛沫してくるクリームに目を瞑ることなく腰の刀に手を掛け、

こちらも勢いよく抜刀して目の前に迫るパイを斬り付けた。

真っ白なクリームパイは青年の顔の前で真っ二つに割れ、青年の両耳の横を通り過ぎて店のドアにスパーンと叩きつけられる。

ドリフのような小道具を使いつつ殺伐とした一瞬の出来事に店内が静まり返る中、青年は刀を鞘に納めながらドアを振り返った。


「…テメーも粗末にしてんじゃねーか」

「それ生クリームじゃなくてショートニングだから。

 状態悪くなってあたしがデコレーションの練習に使ってるやつだから。

 お前なんぞに投げるパイに貴重な材料使うわけねーだろ。ちょ、おじさんトッピングはナシ」


女は男性店員を止め、ショーケースを回り込んで青年の前に仁王立ちする。


「お前みたいな奴はケーキ買うな。原材料に謝れ。

 小麦粉卵砂糖牛乳バター生クリームいちごに謝れ。

 あと牛乳搾り出した牛さんにも謝れ。カカオ豆育てたガーナの皆さんにも謝れそしてあたしに謝れ」

「百歩譲って牛さんには謝るがテメーにゃ謝らねぇ。お前みたいな横暴店員はケーキ作んな。客に謝れ。

 全国のケーキ職人を目指す子供に謝れ。ケーキ屋で働く女に夢見てるバカな男にも謝れ」

「お前こそ警察に憧れてる全国の子供に謝れ。合コンで警察ってポイント高っ!って言ってる女の子にも謝れ」

「お前こそ…」

「あぁぁぁちょっとちゃん!パイ投げはナシって言ったでしょ!

 ベットベトになるから!後片付け大変だから!!」


睨み合う2人の様子を見かねた男性店員が止めに入る。

だが入口のガラスドアは白いクリームにまみれて既にベットベトだ。


「はいケーキ!お釣り!帰れ!」


女性店員はトッピングを未然に防いだ綺麗なケーキの箱詰めを青年に突き出し、

お釣りの小銭を隊服のポケットに突っ込んでショートニングまみれのドアを指差した。


「………………」


青年は手に持たされた箱を見下ろして眉間に軽くシワを寄せる。




…ただの綺麗な美味しいケーキに用などないのだ。




「…何これ。気持ち悪いんですけど」


かぶき町の一角に店を構える万事屋の主は自分の膝の上に置かれたケーキの箱を見てぼそりと呟く。

よく晴れた空の下、川沿いの長椅子に腰を落ち着かせたはいいが微妙な面持ちだ。

白い箱にはショートケーキやガトーショコラ、フルーツの沢山乗ったタルトなどまるで宝石のようなケーキがぎっしりと詰まっている。

甘党としては今すぐにでも齧り付きたいのだが、さすがにくれた相手が相手なので細心の注意を払わねばならない。


「まぁそう言わずに。心配しなくても毒もタバスコも入ってませんから。

 本当はタバスコぶっかけて土方さんに食わす予定だったんですけど…ちと予定が狂っちまいましてね。

 何てことないただのケーキですよ。生憎ウチにはこういうの食う奴いないんでどうぞ食って下せェ」

「……ホントかよ」


主は訝しげに眉をひそめて箱の中をクンクンと嗅ぐが、確かにタバスコ独特の匂いはしない。

「このケーキ屋俺もたまに行くわ。美味いんだよなーここの。

 何だ若いねーちゃんが作ってんのか、いいなぁーケーキ屋で働く女ってポイント高けぇぞ」

…ケーキ屋で働く女に夢見てるバカな男がここにいたよ。

「旦那が想像してるようなモンじゃありませんよ。実際は腕っ節の強ェ女が日ごろの鬱憤をケーキに込めて作ってんです」

そう言ってやれやれと首を振りながら背もたれに深く寄りかかった。

男は小指で生クリームをすくって味見し、「あ、うまい」と呟くと徐に箱に入っていたプラスチックのフォークを掴む。


「何だ随分観察してんな」


フォークでわざわざイチゴを避け、ケーキの先端を崩して口に運びながら言った。

イチゴは最後に食べる派か、と思いながら川を眺めてたがそれを聞いて顔を上げる。

安全だと知るとフォークが進むのは速い速い。

「やっぱ美味いなー」と絶賛して最後にイチゴを一口で頬張る。


「人の手が加わったモンっつーのは何でもその人の性格が出るもんだ。

 刀然り、家具然り、食い物然り。タバスコ仕込んで食わすなら新八の姉ちゃんにケーキ作って貰えよ。怨念たっぷりだぞ」


あれはあいつの手がかかった瞬間に劇物と化すからな。そう言い加えてフルーツタルトを手掴みで食べ始める。

それはそれで近藤さんにあげた方が、と思ったが口にはしなかった。

横で男がもさもさ食べているケーキの味など想像もつかないが、僅かに香ってくる果物の甘酸っぱい匂いは少しだけ食欲を誘った。







「おいオッさん、コレ1つくれ」

「へい!」

「あ、箱詰めいらねぇや。これと一緒にあそこのふてぶてしい従業員にやってくれィ」

再び訪れた甘味処で今度はケーキを1つだけ注文し、まだ封を開けていないタバスコを店員差し出した。

反対の手で指差したのは奥のガラスの向こうで作業をしている女性店員。

まだこちらには気付いておらず、黙々と作業台に向かっている。

「代金はそいつの給料にツケといてくれ」

それだけ言ってショーケースの傍を離れ、入店して僅か3分で店を出て行く。

「あ、ちょっとお侍さん!」

呼び止めたが既に遅く、入口に付けられたベルがカランコロンと鳴って、

ショートニングがきれいに拭き取られたドアがゆっくりと閉められていった。

男性店員は皿に取ったケーキと新品のタバスコをどうしたものかと見つめ、そのまま店の奥へと持って行く。


ちゃんこれ、いつものお侍さんから」


作業台に自分の作ったガトーショコラを置かれ、「いつもの」と言われて小首をかしげる。

あぁ、あのたまに来る木刀ぶら下げた銀髪の侍さんか?

と思ったが続いてケーキの横にタバスコが並べられてげんなりした。



「…セルフならいいってモンじゃないんだよ」



作業をする手を休め、フォークで崩したケーキを刺して口に運ぶ。

体に糖分が行き渡っていくのを感じながら、店の向こうを歩いていく隊服姿の青年を目で追った。

…あれで何も喋らず動かず突っ立っているだけならこの場所が似合うかもしれないのに。


(ついでに呼吸も止めててくれ)


ふぅ、と溜息をつくと緩んだ口元を隠すように手を添える。




「あ、そのケーキ代今月の給料から引いておくから」

「何で!?」








自分の職で小説書けよ、と友人に言われて今まで思いつきもしなかったんだけど
敢えて銀さんじゃなく総悟で書きました。
そしたら書いてて恥ずかしくなってきたのでもうこのネタはやめようと思った(笑)
漫画だけど男性が販売やってるケーキ屋って珍しいですよね。