※若干6巻ネタバレです






緩緩メーデー







聳え立つビルに囲まれてへしゃげた形で見上げる池袋の空は今日も晴天だ。

時折成田の方向へ向かって飛んでいく飛行機が横切って、名残の細長い雲が秋空に滲んで行く。

黙って見上げているとうっかりポカンと間抜けに口を開いてしまいそうだが、

地上の雑踏に目を向けると一瞬にして都会の煩わしさに引き戻されてしまう。


「…いい天気ですねぇ」


白いガードレールの上に腰を下ろして空を見上げる女子高生がほのぼのとした口調で言った。


「そうだなぁ」


そのガードレールに寄りかかるようにして横に並ぶバーテン服の男も空を見上げて相槌を打つ。

銜えていた煙草を指で持ち、見上げた空に向かってフーッと白い煙を吐き捨てた。

「静雄さんはこんな日でもお仕事ですか?」

「ああ。こないだっから支払いしぶってる奴いてな…漸く所在掴めたんだ。

 クソッ…何でこんな天気のいい日にムカつく野郎を追いかけまわさなきゃならねーんだ…」

「それが仕事なんだからしょうがないでしょ?」

「……それもそうだな…」

来良学園の制服を着た女子高生は横目で隣の男を見て首をかしげる。

徐々にイラつき始めていたバーテン服の男は少女の一言であっさり沈静化した。

女子高生とバーテン服の男が並んでいると未成年をキャバ嬢に勧誘しているような怪しい想像をしてしまいそうだったが、

生憎2人には高校の先輩後輩という間柄以外ほかにない。

年の差カップルとうよりは兄妹といった方がしっくりくるだろう。

「何でこんな天気のいい日に予定入ってないんだろ…暇だ…」

「いいことじゃねーか」

「女子高生は毎日遊んでナンボですよ?友達がみんな委員会で学校残ってて…

 暇だからブラブラしてたら同じく暇そうな静雄さんを見つけたわけです」

「…俺は暇じゃねぇって10秒前に説明しなかったか?」

バーテン服の男・静雄はガードレールに座る少女を怪訝そうに見た。

青いサングラスの向こうの瞳が細くなり、女子高生・は「冗談ですよ」と静雄を宥める。

「お前、竜ヶ崎とはクラス違うんだったか」

「竜ヶ峰ね。あの子たちは隣のクラスですよ。竜ヶ峰くんとはダラーズの集会で1回会ったぐらいだし…

 静雄さんがダラーズ抜けちゃった今は私も抜けようかなーって思ってるし」

歩道に投げ出した足をぶらぶらさせては言った。

静雄は細めていた目を丸くする。

「別に俺が抜けたからってお前まで抜けることねぇだろ」

「…だって、なんかダラーズの中にも色んな人いるんだと思ったらダラーズの中もそんなに安全じゃないのかな、って…」

は足を落ち着かせて少ししょんぼりと肩を落とした。

静雄はの顔から彼女の左腕に視線を移す。

青いブレザーに隠れた細い腕が真っ赤に染まっているのを、静雄は見たことがある。




----去年、静雄も巻き込まれた罪歌の一件。

その事件の後ほどなくして、第二の斬り裂き魔を名乗った男が女性ばかりを狙って体を切りつけるという通り魔事件が多発していた。

はその被害者の一人だ。




今から丁度1年ほど前

いつものように仕事を終えて静雄は自宅に戻る道の途中で短い悲鳴を聞いた。

口に咥えていた煙草を指で持ち、目を細めて声の聞こえた先に目を凝らす。

すると高架線の下から黒い影が飛び出してきて繁華街の方へ走り去っていくのが見えた。

同時に高架線の下を通った車のヘッドライトで歩道が照らされて、少し先に蹲っている人影が見える。

「……………?」

静雄は煙草を捨てて足で潰し、駆け足でその影に近づいた。

「おい」

蹲っていたのは来良の制服を着た女子高生だ。

静雄が声をかけると肩がびくっと強張って、勢いよく振り返る。

少女は目にいっぱいの涙を浮かべて体を小刻みに震わせながら左腕を押さえていた。

再び車が通って歩道が照らされると腕を押さえる手が血だらけなのに気付く。

左腕の第一関節から下は蒼いブレザーとワイシャツをぱっくりと裂いて、その下の白い腕からは大量の血が流れていた。

「大丈夫か!?」

膝をついて少女の肩に手を乗せるが、少女はパニックを起こしているようで泣きながらブンブンと首を振るばかりだ。

どうしたものかと頭を掻いたがとりあえずベストを脱いで左腕に巻きつけてやる。

そして携帯を取り出し、知り合いの番号を呼び出した。

「……新羅か?悪いなこんな時間に。怪我人なんだけどよ…そっち運んでいいか?

 …あ?俺が?違ぇよ誰かに斬られたらしくて……セルティ?仕事で外出てんのか?

 あぁじゃあ頼む。3丁目の高架線の下だ」

静雄はそこで通話を切ろうとしたが、電話の相手が「ちょっと待って!」と言うので再び携帯に耳を当てる。

「……は?目?」

静雄は眉をひそめ、一旦携帯から離れて少女の顔を見た。

涙を浮かべるその目をじっと覗きこんだ後、再び携帯に向かって声をかける。

「赤くねぇよ。つーかもうその一件は終わったんだろ?…ああ、じゃあ頼むな」

そう言って今度こそ通話を切り、再びその場に膝をついて少女を見た。

「知り合いの医者ンとこに連れてく。この時間じゃどこも病院開いてねぇしな。

 今迎えが来るから、ちょっと待っててくれ」

待っててくれ、とは言ったが怪我人を放って1人だけ帰ることも出来ない。

新羅の話では外に出ているセルティがそろそろ仕事を終えて戻ってくるので、

連絡をしてここまで来てくれるらしい。

「…あー…とりあえずそこ座るか」

腕の傷に触れないように肩を支えて立たせ、高架線を抜けてすぐの石縁に座らせる。

「斬った奴、見てないのか?」

「………………」

少し落ち着きを取り戻してきた少女は無言のまま首を振った。

静雄は「そうか」と言って歩道のガードレールに寄りかかり、煙草を取り出して口に咥える。

ライターの火を近づけたところで遠くから馬の吠えるような音が聞こえた。

それが近づいてきたので静雄は道路に身を乗り出し、見えてきた黒い影に向かって手を上げる。

「セルティ」

姿を確認した黒バイクは速度を緩めて歩道脇に停止した。

目の前に現れた都市伝説を見て、女子高生は再びびくっと体を強張らせる。

「大丈夫だ。悪い奴じゃないし、傷を看てくれる奴のとこまで連れてってくれる」

再び少女を立たせて簡潔な説明をした。

少女は腕を押さえたまま怯えた表情で黒バイクのライダーを見つめる。

彼女の不安を察したのか、セルティは取り出してPDAに文字を打ち込んで少女に見せた。

『安心して。…といってもすぐには出来ないかもしれないけど、

 とにかくその怪我を看てもらおう。悪くなったら大変だ』

少女はPDAを見るとおずおずと頷き、ガードレールを越えてバイクの後ろに跨った。

『お前は一緒に来ないのか?』

「俺はいいよ。行ってもすることねーし」

静雄は煙草を銜えたまま首を振る。

『そうか。治療が終わったら彼女は家を聞いて送っていくから、安心してくれ』

「ああ、悪かったな」

静雄がそう言って右手を上げると、そこで初めて少女が口を開いた。


「……平和島…静雄さん…ですよね…?」


池袋に住む人間なら一度は耳にしたことがある男の名前。

流行りものや噂好きな女子高生なら尚更知っているだろう。

「あの…ありがとうございました……」

腕を押さえたままゆっくり頭を下げる。

ずっと泣いていたせいか声が震えて掠れていたが確かに静雄の耳には届いていた。

「気にすんな。あんま夜一人で出歩くんじゃねーぞ」

少女が再び頭を下げ、静雄がガードレールから離れたところでバイクが発進する。

夜の池袋を音もなく駆け抜けるバイクはあっという間に見えなくなってしまった。



後日、街で会って再び礼を言ってきたのがだ。

事件当初は彼女も動転していてよく分からなかったが、

元気になった彼女は明るくよく喋る今時の女子高生だった。

その後も静雄を怖がることなく話しかけてくるので、必然的に親しくなったというわけだ。

事件の数日後犯人は逮捕され、ネットに流れた情報ではダラーズのメンバーだった男だという。

の言う「ダラーズの中にも色んな人がいる」ということを身をもって体験し、

それが原因でダラーズを抜けた静雄にとっては更に苛立たしい事件だった。



「…腕、痕残ってんのか?」

「あ、いえ。新羅さん、痕が残らないようにって治療してくれたし…

 仮に残っても顔じゃないから平気ですよ」

嫁入り前なんで顔は困ります。と苦笑するを見て静雄は目を細める。

「いいことはねぇだろ。例え顔じゃなくたって、女が傷痕残すもんじゃねぇ」


…この人は見掛けによらず思考が古風だ。


前に新しくピアスを開けたと話したら「親からもらった体に穴開けたのか!」って怒られたし。

怒られて素直にそのまま穴を塞いだ自分は大馬鹿者だ。


「……静雄さんって」


口を開いて静雄がこちらを見た瞬間、二人の周りを囲うようにぞろぞろと男たちが集まってきた。

は顔を上げ、静雄は眉をひそめる。


「デート中悪いんだけどよォ、ちょーっと転がってくんねぇかなぁ静雄さんよォ」


この男の半径1m以内にいるともれなく見れる日常的光景だ。

「…、コンビニ入ってろ」

「はい」

辛うじて横にいるに声をかけるだけの平静さを保っていた静雄は男たちを睨んだまま言った。

は返事をしてガードレールを降りたが、すぐ目の前のコンビニに逃げようとすると

空いていたスペースを塞ぐように男が立ち塞がる。

静雄とは男たちとガードレールに挟まれた形になった。

「昨日テメーが殴った奴誰か知ってんのか?池袋のヘッドのおとぅトッホ!!」

ポケットに手を入れたまま静雄に近づいていった男は顔面に強烈な頭突きを食らい、鼻血を流して後ろに倒れる。

「俺は忙しい。だから余計な手間…」

後ろに回した手が白いガードレールをがしっと掴む。

指が減り込んでベキベキと音を立てながら、男の右腕によって軽々と支柱から剥がれていく。



「かけさせんじゃねぇぇえええええええ!!!!」



が耳を塞いでしゃがむのと同時にガードレールの一部がフルスイングされた。

の頭上を通って薙ぎ払われたガードレールは2人の周りを囲っていた男たちを一掃し、いっきに見晴らしが良くなる。

もういいかな、と頃合いをみて立ち上がると、扇型を描くような形で倒れている男たちの中心に静雄が立っている。

「…ちッ…ガードレールって高ぇんだぞ…」

社長に増える借金を想像したのか渋い顔をして武器にした街の一部を地面に置いた。

ふーっと一息ついて冷静さを取り戻すと、怒りの色が消えた目をに向けて首をかしげる。

「お前なんか言いかけてなかったか?」

「いえ、何も」

はスカートの襞を直しながら苦笑して答えた。

静雄は「そうか?」と言ってそれ以上聞いてこなかった。

「静雄さん、取り立て終わったらゴハンでもどうですか?

 私もうしばらくはそこのマックにいるんで」

倒れている男たちを跨いで避け、道路を挟んで向かいにあるマックを指差す。

静雄はマックを見ながら傍にある街頭時計で時間を確認した。

「…じゃあお前が補導される時間までに終わらせねぇとな」

「なんとか手短にお願いしますね」

「静雄」と少し離れたところからトムの声。

静雄は返事をしてトムと一緒にその場を去ろうとするが、何かを思い出したように立ち止まってを振り返った。

背中を見送るつもりだったは首をかしげる。

「こいつら目ぇ覚ましたらお前のこと追いかけるかもしれねーから、黙ってマックにいろよ。

 なんかあったら店員に言うか俺に電話しろ。いいな?」

倒れている男たちを見下ろし、少しこちらに戻ってきて念を押すように何度もを指差す。

分かってますよ、と笑うを見て納得したようで「ならいい」と再び背を向けた。

は2人を見送りながら浅く息を吐き、街灯に寄り掛かる。



(…妹の心配するお兄ちゃんかっつーの)



………「静雄さんって」






なんで年上好きなんですか?








久々シズちゃん。シリーズの彼女ヒロインを離れて、高校生ヒロインです。
面倒見がいいから年下には好かれる。(原作)
でもお姉さま方にも可愛がられる(アニメ)
モテ期やシズちゃんwwww