さらば、鈍足だった2月14日-後編-









「トムさん、夜の取り立てどうなってますか?」


職場のビルでカップラーメンを3分待ちながら静雄はトムに問いかけた。


「今夜は…3件くらい連続で行かなきゃならねぇな。

 まだ居場所特定できてねぇ奴も何人かいるし…どうした?」


問いかけられたトムは携帯で予定を確認しながら答える。

が夜開いてるかって…でもちょっと無理っぽいですよね」

「…あ!今日バレンタインだろ!いいよ!行って来いって!」

携帯を弄りながら画面の右上を見てようやく気付いた。

2月14日、日曜日。

ご丁寧に携帯の自動スケジュール機能が「バレンタインデー」と表示している。

意識していないと言えば嘘になるが、縁があってもなくてもあれほど街で宣伝していれば嫌でも意識してしまう。

「いや、そういうわけにはいかないんで…合間にちょっと抜けます。「3分でいいから」って言ってるし」

「3分!?バレンタインなのに!?」

「渡すだけでいいからって…あいつも今の時期仕事忙しいっすから」

静雄はそう言いながら返信を打ち始めた。

トムは口をあんぐりと開けてそんな様子を眺めている。



(…クリスマスの時といい…相変わらずだな…)




From 静雄さん
Sub Re2:

7時ぐらいなら時間作れる



("じゃあ7時にビルの前まで行きます"…と)

両指を使って素早く返信したはふーっと息を吐いて携帯を閉じた。

場所は職場のビル。

通常なら日曜は休みなのだが、発刊に向けて仕事が山積みなので休んでもいられない。

パソコンの横に置いた紙袋を横目に腕まくりをして、7時までに仕事を片づけるためパソコンと向き合った。







その頃、池袋某高級マンション


…どうしよう。


セルティは困っていた。

机の下には昨日買ったチョコレート。

新羅はリビングで寛いでいる。

絶好のタイミングなのだが、なかなか渡すことが出来ずにいた。


しまった…ちゃんに何て言って渡すものなのか聞けばよかった…


机に両肘をついて頭を抱えても既に遅い。

ちら、と後ろを振り返ると新羅はテレビを見ながらコーヒーを飲んでいた。


…難しく考える必要はない。

日ごろの感謝の意味を込めてるんだから。



紙袋を持って立ち上がり、リビングに出て新羅の後ろに立つ。

気配に気づいた新羅は振り返って首をかしげた。

「どうかした?」

左手にPDAを持っていたが文字は打たず、無言で紙袋を差し出す。

新羅は立ちあがって反対側に首をかしげる。

新羅が紙袋を受け取ったところでPDAに文字を打ち始めた。


『今日バレンタインだから』


PDAを見た新羅は間抜けな顔をしていた。

口をぽかんと半開きにして、見開いた目はPDAではなくセルティに向けられている。

そして何度か紙袋とセルティを交互に見た後、わなわなと肩を震わせて顔を伏せた。

やっぱり甘いものは駄目だったかと心配になったセルティが顔を覗きこむと、

その両手ががしっとセルティの両手首を掴んできた。


「……っ泣いてもいいかなぁ…!?」

『たかがチョコレートで大袈裟だ』


手を掴まれながらも器用に指を動かして文字を打ち込む。

本気で涙目になっているように見える新羅の表情には少し驚いた。

「ど、どうしたんだいセルティ!今まで1回もくれたことなんかなかったのに!!

 どうせ言ってもくれないから請求するのもアレかなぁって思ってたんだよ!?」

ちゃんが買ってみたらって言ってくれたんだ。

 店に入れない私のためにパンフレットを見て一緒に選んでくれたんだよ』

「セルティが選んでくれたの!?俺のために!?」

『あまり甘くないものでそれがコーヒー味だっていうから丁度いいかと思って』

「……っ駄目だ幸せすぎて死んでもいいってちょっと思ったけど今死んだらセルティが俺の為に選んでくれたチョコを食べるに死ぬってことだ…!」

目頭を押さえて息継ぎもせずそう言うとぶんぶんと首を横に振る。

「ありがとうセルティ!毎日少しずつ削って大事に食べるよ!!」

『腐る前に食べてくれ』

両手を握って心底嬉しそうに笑う新羅を見て、セルティは照れくさそうにそっぽを向いた。

まさかここまで喜んでくれるとは思っていなかったから、予想外だ。

『後でちゃんにもちゃんと礼を言えよ。

 興味もないのにわざわざお前の嗜好を考えて選んでくれたんだから』

「うんうんその垣間見えるツンっぷりがたまらないよね。

 分かってるよ、今度ここに呼んで。たっぷりお礼を言わなきゃ」

新羅はそう言って紙袋を抱きかかえ、鼻歌を歌いながら部屋に戻って行く。

セルティはやれやれと肩をすくめて入れ替わりにソファーに座った。




ちゃんの方はどうなったかなぁ





午後7時

仕事を終えたは駆け足で静雄の仕事場まで向かっていた。

バレンタイン、しかも日曜ということもあって街はいつもより混雑している。

横断歩道の手前で信号を待ちながら右手に持った紙袋を確認した。

静雄の反応を想像していると、道路を挟んで向こう側の歩道に一際目立つ長身と金髪を発見する。


「あっ」


丁度信号が青に変わる。

「静…」

が1歩踏み出し、静雄がに気付いて振り返ると1台のバイクが信号を無視して横断歩道を1横切った。






猛スピードで走り去って行った2人乗りのバイクと共に





の右手の紙袋が消えている。








「…………あ」


その場にいた全員がそれを目撃した。

反対側にいた静雄も。



「…っあぁぁ---------------!!!!!」



が大声を上げ、後ろにいた男性が「ひったくりだ!」と言った時には既に遅い。

バイクは既に数十メートル先だ。

あの荷物はもう戻ってこない。

誰もがそう思ったが、反対側にいる静雄の周囲の人間は「大丈夫かもしれない」と思った。





「……何…っしてんだコラぁぁああああああああ!!!!!」





静雄ががしりと掴んだのは白い円柱状のポール。

地面にしっかりと埋まり、それぞれが太い鎖で繋がって歩道と道路の境目に数本並んでいるものだ。

それを力任せに引き抜くと数本が連なって巨大なヌンチャクのようだったが、

静雄はそれを右手一本で思い切りぶん投げた。

ポールは高速回転しながらバイクに接近し、後ろに乗っていた男の背中に直撃してそのままバランスを崩し横転する。




…そんなこんなで。




「ほら、これだろ?」


静雄は取られた紙袋を取り返してのところに戻ってきた。

「すいません…」

「中身無事か?」

「ちょっと分かんないんですけど…ごめんなさい、これ静雄さんにあげるものなんです…」

「俺に?」

一旦紙袋を受け取って隙間から中身を確認したが中身が無事かどうかは分からない。

静雄はおずおずと差し出された紙袋を改めて受け取り、首をかしげながら中を覗いた。

可愛らしい紙袋の中には箱が2つ入っている。


「1つはチョコなので最悪割れてても食べれると思うんですけど…

 もう1個の方…確認して貰えますか?壊れてたら大変なので…」


はそう言って困ったように静雄を見上げた。

「壊れてたらって?開けていいのか?」

が頷いたので静雄は首をかしげながら小さい方の箱を取り出す。

箱は大きさの割に小重く、リボンを解いて蓋を開けるとその重さの意味が分かった。




「………あ」





箱の中に入っていたのはジッポライター。

シルバーのボディに一部だけ革張りの加工がしてあるシンプルなもので、

手に持ってみると重厚感があって手にしっかりと馴染む。


「普段使うものだからシンプルな方がいいかと思って…

 よかった、壊れてませんね」


不安そうだったははーっと安堵のため息を漏らして嬉しそうに笑った。

静雄は掌に乗ったライターを見つめ、彼女が自分の為にこれを選んでくれた姿を想像した。

ジッポライターにも様々種類があるからきっとあれこれ悩んで決めてくれたのだろう。

誰かからこんな贈り物をされたことのない静雄は戸惑いと嬉しさでどんな表情をしていいか分からなかった。


「…すげー嬉しい」


はにかんで素直に口にすると、冷たかったジッポライターが掌で温かくなった。



「ありがとう。大事にする」



嬉しさの方が勝ってそれが笑顔に表れるとも満面の笑みを浮かべる。

「チョコはセルティさんと一緒に買ったんです」

「セルティと?あぁ、じゃあ約束ってそれだったのか」

あいつがこういう行事に興味持つなんて珍しいな。

静雄はそう思いながらチョコの箱をまじまじと見つめる。

後々新羅にされるであろう自慢話を想像して少しうんざりしたが、何となく今はそれも許そうと思った。


(…気持ちは分からなくもない)


すると


「おーいなんかデカイ音したけど事故でもあったか?」


丁度いいタイミングでトムがビルから下りてきて2人に近づいた。

ところどころ引っこ抜かれているポールの跡を見てそれ以上聞くことはやめたのだが。

「ごめんなちゃん。せっかくの日曜でバレンタインなのに仕事立て込んでてよ」

「いえ、大丈夫です。それからこれ、トムさんに」

はそう言ってバッグから静雄にあげたものと同じ紙袋を取り出してトムに差し出した。

「マジか?悪いな気ィ遣わせて。来月は期待しててくれよ」

トムは礼を言いながら袋を受け取る。

後輩の彼女から義理チョコを貰うのは複雑な気分だったが、素直に彼女の好意を受け取ることにした。

「じゃ行くか。不明だった住所も送られてきたし」

「はい」

静雄は新品のジッポをベストのポケットに押し込んで返事した。

「ありがとな。こっちも仕事終わったら食わしてもらう」

「はい。気を付けて」

「お前もボケッとしてまたひったくられんなよ」

苦笑すると何の話だと怪訝な顔のトム。

見送る彼女に手を振って、背を向けたところですかさずトムが静雄に詰め寄る。


ちゃんから何貰ったんだ?」

「ジッポです」


ニヤニヤと楽しそうに笑うトムの横で静雄はポケットからジッポを取り出した。

「お。いいセンスしてんなぁちゃん!選ぶの大変だったろうに」

「でしょうねぇ。あいつ煙草吸わないからロクにライターも点けられないし」

「大事にしろよ。いくらジッポが丈夫に出来てるって言って……も…」

裏路地に入ったところで浮かれた会話は途切れた。

2人の前に立つ十数人の男たち。

それぞれが鉄パイプやナイフを持ち目を血走らせている。



「…よくもやってくれたな静雄さんよー」



真っ先に口を開いたのは奥にいた男だ。

頭に包帯を巻き、右腕にギプスをはめている。

横にもう1人同じような怪我をしている男がいるから、恐らく先ほどのひったくり犯だろう。


「…テメーか、さっきあいつの荷物ブン捕ったのは」


目を細める静雄のこめかみに筋が浮き出てきた。

右手に持っていた紙袋をトムに預けてつかつかと男たちに近づいていく。

同時に手前の男が走り出し、持っていた鉄パイプを勢いよく振り下ろした。

静雄は何なくそのパイプを掴んで止めたのだが、横にいた男が間髪いれずにナイフを突き出してくる。



「-------------------あ」




事態をいち早く理解し、思わず声を漏らしたのはトムだ。

静雄は男のナイフを軽やかに避けたのだが




男のナイフは、あろうことか避けた静雄のベストのポケットを切った。






切れたポケットから滑り落ちた新品のジッポライターは、

地面に落ちて上蓋が外れ、外れた上蓋はワンバウンドして静雄の靴に当たって止まった。



ゆっくりと自分の足元を見下ろす静雄。

一瞬で全身の血の気が引いたトムはこれまでにない程のスピードで物陰に隠れる。



その刹那





ゴギャリ。






周囲の人間はこれまでの人生で聞いたことのない音を聞いた。

恐る恐る音のした方を見ると、自分たちの左側にあった金網の柵が一か所だけ低くなっている。

目の前の男が、まるで紙クズを掴むかのように太い針金で編まれた金網を鷲掴みにしていた。

そのまま男が力を入れると金網は日めくりカレンダーのように支柱から剥がれ、

あまりの力に丈夫な支柱もすっぽ抜けて男の右手についてくる。

その右手には太い血管が浮き出ていた。


「…な……ッあ…!」

「…テメーら…人が貰ったばっかりの大切なモンに…」


静雄は引っぺがした金網を頭上でゴシャッと簡単に折り畳み、

それを両手で振りかぶって勢いよく放り投げた。






「何してくれてんだこらぁぁあああああ!!!!!!」








絨毯のように丸めこまれた金網は槍投げのように猛スピードで男たちに向かって飛んでいく。

逃げる男たちの背中を直撃して、散らばった他のメンバーには静雄が突進して行った。

長い腕を伸ばして男の首根っこを掴み、そのまま力任せに後ろへ放り投げる。

その横を走り抜けた男に足を引っ掛けてよろけさせると反対の足を男の腹に向かって叩きこんだ。

次から次へと相手をなぎ倒していく静雄を遠くに見つめながら、トムは地面に落ちたライターを素早く拾い集める。


「……アイツら死ななきゃいいな…」







翌日



「……ごめん」


マクドナルドの客席で、世にも珍しい人に頭を下げる喧嘩人形の図。

そして向かいにはその恋人は目を丸くして立っていた。

掌には上蓋が取れたジッポライター。

幸い傷はなく本体はピカピカだったが蓋が取れていては台無しだ。


「ほんとごめん。貰ったばっかのモン壊して…」

「なんで静雄さんが謝るんですか?悪いのは喧嘩売ってきた人たちでしょ?

 ひったくりしたくせに逆恨みもいいとこですよ」


再び謝る静雄を前にはそう言って首をかしげた。

そして手の上に乗ったライターとその蓋をまじまじと見つめ、

外れた金具の先端を指でなぞったり蓋の内側を見たりして壊れ具合を調べる。


「うん、これぐらいなら全然大丈夫ですよ。

 蓋の金具が折れて外れてるだけだから直して貰えると思います。お店の保証書もあるし」

「ホントか?」

「はい。明日買ったお店に持ってってみますね」


はそう言ってにっこりと笑った。

静雄もそれを聞いて安堵の溜息を漏らす。


「…よかった…」


心底安心したように頭を掻く静雄を見て、横にいたトムもほっと胸を撫でおろした。

恋人に貰ったばかりのライターが5分であのまま使い物にならなくなっていたら、

明日から静雄に抵抗した連中はみんなあの世行きになっていたところだ。


「それより…右手…大丈夫ですか?」


は心配そうに静雄の右手を指差す。

静雄の右手の甲には10cmほどの浅い切り傷が残っていた。


「あぁ…昨日金網剥がした時に引っかけたんだな…気付かなかった」

「金網ですか?あれ、飛び出てる所危ないんですよね。

 私も駅までの近道で公園の破れた金網通ったらストッキング伝線したことあって…」



いやいや金網を剥がしたところをツッコめよ。



トムはそう思ったが口には出さなかった。

…そういう2人だからだ。

トムは腕時計で時間を確認すると残っていたコーヒーを飲み干す。


「そろそろ飯でも食いに行かねーか?金も入ったし2人分俺が奢ってやるよ」

「マジすか?」

「え…いいんですか…?」

ちゃんにはチョコの礼もあるしな」

先輩らしいことを言って立ち上がるトムを見上げて2人は目を丸くした。


「何食う?久々にサイモンの所でも行くか?」

「それは別にいいんですけど…大丈夫ですか?あいつ見掛けによらず結構食いますよ」


続いて立ちあがった静雄がトムの横に並ぶ。

はコートを着てマフラーを巻き、バッグを持って少し遅れてその後を追った。


「…そうなのか?」


トムはぴたりと立ち止まる。

「ええ、俺も初めて一緒にメシ食った時は量見てビビりました。

 俺と同じか…それ以上食うんじゃないですかね?」

「あんなに細いのに!?」

「いいんじゃないですか。食細いよりは健康的で」

「い、いや俺もよく食う女は好きだけど……無難にロッテリアにしとくか…」


マックを出て何やらブツブツと呟いているトムの後ろで静雄はを振り返った。

「ジッポ貸してくれ。蓋なくても火はつくよな?」

「あ、はい多分…」

はバッグに入れたジッポライターを取り出し静雄に差し出す。

静雄は煙草を銜えて蓋のないジッポの火を近づけた。

ゆっくりと引火して赤く灯る煙草の先端から煙が出ると、深く吸い込んだ煙をふーっと吐き出す。



「……うん、美味い」



静雄はそう言って笑うとジッポをの手の平に乗せる。

着火したてのジッポは僅かに温かく、逆に触れた指は冷たかった。

長い指が少しだけ一周り小さな手を包むような仕草をしたので、もその横顔を見上げながらつられて笑った。






12月のアンケートで「静雄でバレンタインの話を」とお声を頂いたので書かせて頂きました!
狩沢やセルティが絡んで、ということで当初は狩沢に作り方を教えてもらってセルティと一緒に作る。
というのを書いたんですがクソ長くなったので来年までの宿題になりましたすいません:
あたしはシェイクって甘すぎてちょっと飲めないんだけど、それを飲むシズちゃんって実は甘党なのかな!?
とりあえず当日に間に合ってよかったです。リクエストを下さった方ありがとうございました!匿名だったのでここでお礼を言わせて下さい(^^)