カムバック!走馬灯!-後編-








「…あのね、確かに同等のショックを与えることは記憶を取り戻すことに繋がる可能性があるといっても、

 それでまた病院に運ばれてきちゃったら意味ないでしょう」


再び警察病院へ運ばれてきたを見て医師は呆れ顔を浮かべた。

近藤は何度も「すみません」と医師に頭を下げる。

幸い、軽い脳震盪を起こしただけだったが記憶が戻るどころか余計な怪我が増えただけだった。


「…どうする近藤さん。こんな調子じゃ思い出せるモンも思い出せねーぞ。

 屯所にいてもさせることねーし、落ち着くまで入院させといた方がいいんじゃねーのか?」

「刀も振れないんじゃ役に立ちませんしね」

「そう言うなって…でもまぁ確かに屯所にいるより病院の方が安全だよな…

 屯所はなにかと騒がしいし、俺たちも四六時中一緒にいられるわけじゃないし…」


病室の外からぼそぼそと聞こえる会話をぼんやりと聞きながら、

ベッドで眠っていたはゆっくりと目を覚ました。


「局長、本庁から応援要請が。三丁目のオフィスビルで立て籠り事件だそうです」


ロビーに出ていた山崎がパジャマ姿で戻ってきて小声で近藤に報告する。

「こんな時に…分かった、すぐに行くと伝えてくれ」

「分かりました」

骨折した腕以外は無事なようで、山崎は小走りで再びロビーに向かっていく。

のことは俺が見とくからよ。オメーらさっさと行ってこいや」

「悪いなとっつァん。じゃあ頼む」

近藤がそう言うと3人は足早に病室前を離れて行った。

松平が頭を掻きながら病室のドアを開けると、はベッドの上で上半身を起こしぼーっと外の景色を眺めている。

「おう、起きたか」

「…皆さんは、お仕事ですか?」

「ああ。立て籠り事件だとよ。まぁお前は気にせず休んでな」

ベッド横のパイプ椅子に腰を下ろし、やれやれと溜息をつく。

は布団の上で両手を握りしめ、自分の指をじっと見下ろした。

「そう気に病むなよ。あのーなんだっけ、万事屋?の天パ?

 あいつもなんやかんやでちゃんと記憶戻ったんだろ?お前あいつよりは脳みそのシワ多そうだしよ、

 焦らなくてもそのうちなんかのきっかけでポロッと思い出すって」

「……そのうちじゃだめです」

「あ?」

ぼそりとが呟いたので松平は眉をひそめる。

「私は、女だけど刀を持った武士なんでしょう?

 逆を言えば、刀を持てるから女でも武士でいれるってことです。

 なのに今は警察官だった記憶もない、刀も振れない、その辺にいるただの女です。

 …そのうちなんて待ってたら……私本当に居場所なくなっちゃう」

両手をぎゅっと握りしめて下唇を噛みしめる。

それを見ていた松平は再び頭を掻き、懐に手を入れて何かを取り出した。


「これ、俺の娘だ」


そう言ってに見せてきたのは一枚の写真。

と同い年くらいのおかっぱの女の子が写っている。

「お前ともガキの頃から仲良くてな。最近は反抗期っつーの?おじさんほんと苦労してんだけどよ。

 お前の話だけは、いつも嬉しそうにするんだよな」

は写真を受け取って少女をじっと見つめた。

色素の薄いおかっぱの髪

膝上丈の着物とニーハイ足袋

子供の頃から仲が良かったとは言うが、やはり写っているのは見覚えのない少女だった。

「お前がテレビに出たら録画して、新聞に載ったら切り取って、

 「ちゃんは凄い」「ちゃんみたいになりたい」って言うわけよ。

 父親としては警察なんてあぶねー仕事には絶対就かせたくねぇんだけどな」

そう言って写真を懐に仕舞う。

「女ってのは分かんねぇな。綺麗になりたいとか、可愛くなりたいとか言ってる割にオメーみたいな女に憧れたりする」

暗に「綺麗とか可愛いとかの憧れの対象には絶対ならない」と言われたようなものだったが、

は首を傾げて松平を見上げた。


「真選組はよ、肝の近藤がいて脳の土方がいて刀の沖田がいて、

 そのどれにも劣るけどとりあえず付いてけば何とかなんだろっていう脚のお前がいて、

 それでビミョ〜にバランスとってんだよな」


松平はそう言ってすっくと立ち上がり、ベッド正面のテレビの電源を入れた。

「立て籠り事件ならどっかで中継が……ほら」

チャンネルを回していると現在進行形で起こっている立てこもり事件の現場から中継が流れていた。

ターミナルに近い高層のオフィスビルが上空カメラから映しだされ、

地上では警察や報道陣の車がビルを囲うようにして停まっている。


『えー先ほど4時15分頃、このビルの5階に刃物を持った男が従業員を人質に立て籠るという事件が発生しました。

 事件発生から30分が経過していますが未だ目立った動きはありません。

 既に警察関係者も到着しているようですが、人質の安否や犯人の要求については何も明らかになっていません』


現場の傍から中継するアナウンサーが映し出された。

その背後にパトカーが数台停まっていて、真選組隊士の姿も見える。

「こういうのはお前の得意分野なんだよなー

 お前交渉とか時間稼ぎとかてんで駄目でよう、隙見て無理やり突入して何とか確保、みたいな」

後処理大変なんだぞ、と溜息をつく松平の横では何かを決心したようにベッドを出た。

「とっつァんさん!」

「いや、とっつァんでいいよ。何だ。どうした?」

「お願いがあります!」





1時間後・三丁目事件現場


『こちら現場です。間もなく事件発生から2時間が経とうとしています。

 先ほど入ってきた情報では犯人は拳銃を所持しており、"現金1億円と逃走用の小型ジェット機を

 用意しなければ人質を殺す"と警察に要求してきたといいます。

 犯人の立てこもっている5階には確認できているだけで38人の従業員がおり、

 中の様子は窺い知ることが出来ません。果たして人質は無事なのでしょうか…?』


ゴールデンタイムだというのにほとんどのチャンネルが緊急生放送として立て篭もり事件を放送している。

犯人からの要求があった以外現場の様子は先ほどと変わっておらず、

警察も身動きがとれない状況が続いていた。

「ちっ…時間がねぇってのに本庁からの指示はまだ出ねぇのか」

土方は銜え煙草でビルを見上げ、苛立ちを隠せない様子で舌打ちする。

「それがさっきからとっつァんに連絡してんだが電話に出ねぇんだ。

 病院にいても連絡とれるようにしてくれてるはずなんだが…」

「肝心な時に何やってんだよ…」

上から許可が下りなくては強行突破も出来ない。

肝心な警視庁官とはなぜか連絡がとれない始末。

近藤はパトカーの無線を引っ張り、ビルの裏手に待機させている他の隊士に「そのまま待機だ」と告げる。


「…あ…!あれは…何でしょうか!…警視庁のヘリ…!?」


立入禁止テープの向こうにいる女子アナウンサーの声が聞こえ、3人もつられて空を見上げる。

既に陽が落ちておりすぐに飛行物体を探すのは難しかったが、

暗闇の中で一瞬光ったヘリコプターの照明が見えた。

雲を抜けてビルに近づいていく一機のヘリコプター。

確かにそれはアナウンサーが言うとおり警視庁のマークがついている。


「…おい……あれ…」


次第に降下してくるヘリに目を凝らし、3人は「まさか」と思う。

「カメラさん!寄って下さい!皆さん!見えますでしょうか!!

 現場のビルに近づく警視庁のヘリに、真選組女性隊士が乗っています!

 一体どういうことなのでしょうか!彼女に警視庁から何かしらの任務が与えられたのでしょうか!」

ビルのヘリポートと同じ高さまで降下したところでドアが開き、

ドアの縁には隊服姿のが地上を見下ろして立っていた。

「……え?…えー…手元に資料によりますと、女性隊士は現在職務中の事故により記憶喪失中だそうで…

 なんとも面倒くさい…っていうか…大丈夫なんですかねそんなんで…」

いつもの隊服姿でいつものサイドテール、腰にはしっかり帯刀もしている。

一見いつものなのだが、アナウンサーの言った通り今の彼女には自分が警察官であるという自覚がない。

「何やってんだ!!お前今の状態でそんなことしたって…!」

ヘリコプターに向かって近藤が呼びかけるが上空にいるに聞こえるはずもない。

一方上空のヘリコプターの中では

「ホントに大丈夫かおい。責任は俺がとるっつったけどよ、お前になんかあるとおじさん真選組の連中に恨まれちゃうんだが」

「…大丈夫です。頭は忘れてても体が覚えてることもあるって、ゴリラさん言ってました」

「事実体も覚えてなかったからまた病院運ばれたんだろうが。お前記憶ねーのにポジティブだな」

縁に立つの横で松平は眉をひそめる。


「ポジティブにでもならなきゃ、記憶も居場所も取り柄もない女は野垂れ死ぬだけですよ」


ビルのヘリポートを見下ろしてそう答えるの横顔は険しい。

江戸を騒がせいつもいつも松平の頭を悩ませる、真選組女隊士の顔だ。

松平は頭を掻きながらふうと溜息をつく。

「分かったもう何も言わねぇ。いいか、犯人に勘付かれるとやべぇ。手順は教えた通りだ」

「…はい」

飛び降りれるくらいまでヘリポートが近づいてくると、は固く頷いてヘリコプターを飛び出した。

着地した直後よろけるを見て本当に大丈夫だろうかと不安になったが、

ヘリコプターの足場に取り付けられたロープをベルトに引っ掛けている姿を見ると安心して溜息を漏らす。

元気な時でも不安要素満載なのに、加えて記憶もない剣術も出来ないとなると不安要素の塊でしかないのだから。

ロープを何度か引っ張ってしっかりベルトを繋がっていること確認すると、

機内にいる松平に向かって右手を上げヘリポートの端に座って両足を空中に投げ出した。

「今、ビルの屋上に降り立った女性隊士が犯人の立て篭もっている5階に突入するようです!

 だ、大丈夫なんでしょうか!記憶ないんでしょあの人!!」

ロープを掴んで完全にヘリポートから飛び降り、壁に足をつけてゆっくりと降りていく

「総悟、一番隊と二番隊を屋上に向かわせろ。本庁の指示は待ってられん」

「はい」

近藤の指示で総悟は他の隊士を連れて裏の非常階段へ急ぐ。

「…どうする近藤さん」

を信じるしかあるまい。あいつ頭は空だが…いや今実際頭ん中空なんだけど

 やる時はやってくれる奴だ」

5階の窓の上まで下りてきた所でちらりと下を見下ろす。

真下にはパトカーが停まっていて、段ボールを積み上げた急ごしらえのクッションが置かれていた。

その傍で近藤が手を振っているのが見える。


「…見てて下さいね、ゴリラさん」


ロープを弛ませてしっかりと両手で握り、両足で勢いよく壁を蹴った。

地上の全員が固唾を飲んで突入の一部始終を見守る。

靴底からガラスに突っ込むと同時にロープを離し、ガラスが割れる音と共に悲鳴と怒号が上がる。

飛び散ったガラスが地上にパラパラと落ちてきた。

「と、突入しました!!女性隊士が今!犯人の立て篭もっている5階の部屋に突……」

地上で歓声が上がり、これで事件解決かと思われたのだが。

数秒して割れた窓の傍に誰かが近づいてくる。

カメラは窓に寄り、近藤たちも目を凝らした。

窓際に立っているのは犯人に自分の刀を突き付けられて人質にされているだった。



・・・・・・・



「何してんのあの人ォォォォおおおおお!!!!!」


近藤の顔が青くなり、土方は銜え煙草を落とす。

「ナメた真似してんじゃねー女隊士さんよォ」

刀を突き付けられて盾にされたは多分このまま死ぬんだろうな、と思った。

全てを諦めた表情で部屋を見渡すと、床に座らされて怯えている人質たちがいる。

あの警察てんで役立たずじゃねーかと思われてるんだろうな、とも思った。


…ああ、助けてあげられなくてごめんなさい。

記憶ないけど自分は警察官らしいし、市民を守るのが仕事らしいからやっぱり役立たずに違いはないんです。

これが成功したらもしかしたら記憶も戻るかもしれないし

あのゴリラさんも褒めてくれたかもしれないのに。


死ぬかもしれないって時には走馬灯が見えるらしいけど、病院で目覚める以前の記憶がないから

私の走馬灯って今日一日分しかないんだな。

オッサン達に囲まれて目が覚めて、見知らぬドSに頭すっ叩かれて、

見知らぬゴリラにセクハラ受けそうになって、見知らぬ銀髪にブン殴られそうになって、

きっとこれから見知らぬ犯人に殺される。



ちら、と犯人の顔を見上げる。

ファッションなのかものもらいなのか、黒い眼帯をつけた強面の男。

完全なスキンヘッドなのかと思いきや後頭部で三つ編みしたラーメンマンのような髪型。


「…………………」

「早く金とジェット機用意しねーとこの女ブチ殺すぞ!!」


男はを盾に外へ向かって叫ぶ。


…なんだろう。

なんかこう、いらっとするな。

隻眼。

三つ編み。

物凄く気味の悪い何かが脳みそのシワを撫でてるような気がする。

思い出したいけど思い出したくない何かが、瞬間的に断片だけを覗かせてすぐに引っ込んでしまうような




!!」




外から聞こえた自分を呼ぶ声にハッとして我に返る。


「…近藤さん……」


無意識に、右手で犯人の腕を掴んでいた。

「おい、何して………、」

右の肘を上げて犯人の脇に腕を捻じ込み、相手の脛を蹴りながら背中に犯人を背負う。

引き寄せた太い腕をそのまま振り上げるようにして、犯人の体が自分の背中の上で半回転した。

ズドン、という音と共に犯人は仰向けでの足元に倒れる。

室内が、ビルの外が、シンと静まり返った。

「こ、の…クソアマ…!」

図体がでかいせいでダメージが少なかったのか、何とか起き上がった犯人がに飛びかかってくる。

は犯人が落とした刀を拾い、薙ぎ払った刃を犯人の顔面すれすれで寸止めした。

眼帯の紐と後頭部の三つ編みがはらりと切れて床に落ちる。


「…そのファッション、似合わないからやめた方がいいよ」


チン、と鞘に刀を納め、その場にへたり込む男を見下ろす。

同時に部屋の入口が外から蹴破られて一番隊と二番隊を引き連れた総悟が入ってきた。

「手錠!」

何が起こったのか状況を飲み込めずぽかんとしている隊士たちに催促すると、

総悟は犯人を神山に任せ、つかつかとこちらに向かってきた。

徐に右手を振り上げてきたので思わず頭の上で手を構えたのだが、

振り下ろされた空手チョップは真剣白刃取りならず、固い手の側面が脳天を打った。

コンマ遅れでの両手がバチンと鳴る。

「…ったぁ!何すんだよ!先駆けされたからって八つ当たりすんな!」

「………………」

総悟は抗議するを訝しげな目で見下ろし、

「チッ」

「舌打ちした!部下が手柄とったのに舌打ちしたこの上司!!」

「うるさいもうお前喋んな」

静かすぎるのも気持ちが悪いからある程度賑やかな方がいいと思っていたが、訂正する。

やっぱり煩い。

「大丈夫か!」

数分遅れで近藤や土方が部屋に入ってくる。

「窓の破片口ン中入ったんですけど、これ労災下りますかね?」

はそう言ってぶたれた頭を撫でながら口をもごもごさせる。

近藤と土方は顔を見合わせた。

そして見合わせた顔に苦笑が漏れる。

「おりねーよ。窓の請求書が来る」

「あーあ、こういうオフィルビルの窓って特殊で高いんだぞ」

部屋の中心まで飛んできている窓の破片を踏みながら近藤は渋い顔をした。

「そこをなんとか。出世払いで」

「出世なんざする気ねぇくせに何言ってやがる…帰って始末書だ。

 いくら松平の親父から許可出てたとはいえ下が面倒なことになってる。テメーでケツ拭けよ」

土方がそう言って窓の外を指差したので、はビルの下を覗き込んでみた。

地上には報道陣がつめかけており、たくさんのカメラレンズがこちらに向けられている。

フラッシュの光なのか撮影用ライトなのか分からないがとりあえず眩しい。

「…あ!女性隊士が姿を見せました!犯人は無事確保ということですが…

 っていうかあの人大丈夫なんですかね!?記憶は戻ったんですか!?」

こりゃ下に降りたらパトカー乗るまで大変そうだな…と思うと苦笑してしまった。

そして再びフラッシュが光る。

「近藤さん…これマジで後処理面倒だぞ」

人質を誘導し、犯人を連行する騒がしい部屋の中で土方は深い溜息をついた。

上への対応・マスコミへの対応その他諸々のことを考えると頭が痛くなってくる。

なぜ記憶喪失で入院していた隊士を現場に来させたんだ、とか

もし人質に何かあったらどう責任ととっていたつもりだ、とか

責められることが予測できてしまっているために尚更気が重い。

だが土方の心配をよそに近藤は豪快に笑った。

「何事も面倒なぐらいが丁度いいだろ。俺たちは」

近藤はそう言って割れた窓から外を見下ろすに目を向ける。

だが止まないフラッシュに向かって総悟と一緒に手を振ったりピースしたりしているのを見ると、

さすがに慌てて「止めなさい!」と止めに入った。

それを目で追う土方は再び深い溜息をつく。



「……ホントかよ」
 




久々一番隊!
前サイトで「記憶喪失ネタを読みたい」というお言葉を頂いたので
かなり時間をおいて書かせて頂きました〜(^v^)
メルフォのログが消えてしまったのでどなたから頂いたネタだったか分からなくなってしまったのですが、
私が送ったネタ!という方この場を借りてお礼申し上げます!