"この春注目の新ドラマは淡く切ない初恋を描いた純愛ストーリー

 あなたの初恋はいつ??"



屯所のテーブルの上で無造作に広げられた週刊誌の一面。

この春から始まるドラマの特集と共に春色めいた女性向けの記事が掲載されていた。

近藤は歯を磨きながら何気なくそのページを眺めている。

「…………………」

シャコシャコと歯ブラシを動かしながら、テレビの前で寛いでいるに視線を移した。

華奢な背中に女らしく横に結われた黒髪

後ろから見れば年頃の女の子らしいが、細い足はあぐらをかいてその横には厳つい日本刀が置かれている。

…それは普段と何も変わらぬ見慣れた風景なのだが

「……なぁ

「はい?」

歯ブラシを銜えたまま近藤はに声をかけた。

テレビを見ていたは返事をして振り返る。




「…お前初恋っていつだ?」




「----------は?」







ファースト・ラブの行方








「…なんですか急に」

朝っぱらからぶしつけな質問をぶつけられたは怪訝な顔で近藤を見る。

「いやちょっと気になって」

近藤はそう言って週刊誌の一面をに見せる。

は身を乗り出して雑誌を受け取り、どこの雑誌でも一度は取り上げそうな記事に目を細めた。

「そんなの覚えてませんよ。ガキの頃じゃないですか」

呆れた顔で雑誌を返し、再びテレビの方を向く。

の中でその話題はそれっきり終わったものだと思ったのに、

話を切り出した近藤の方はどうにもすっきりしない気分だった。



「は?の初恋?」



巡回中、懲りずに近藤は同じ話題を土方にも振ってみた。

土方は銜えていた煙草を指で持って怪訝な表情をする。

「知らねーよそんなん。興味もねーし」

「何でだよ!あのが!最初に好きになった男って気にならない!?

 いやむしろ発覚したら羨ましすぎて俺そいつ殺りに行っちゃうかもしんないんだけどいいかな!?ねぇいいかなぁ!?」

冷めた反応をする土方に近藤は熱く私論を語ってみせた。

土方は煙草の煙と一緒に深いため息をつく。

「…つくづくの色恋沙汰には過剰だな…」

「当たり前だ!そんじゃそこらの男にはやれん!!

 この近藤勲を超えるぐらいの手練れじゃないとな!!」

血の繋がった兄妹というわけではないのに、

彼女が幼い頃から一緒に過ごしている近藤は実の妹のようにを大事にしている。

それは他の隊士も似たような感情があるのだろうが、この男だけは特別だった。


「…総悟かなぁ…?同い年だし、今も何かとつるんで行動すること多いし」


近藤はそう言って顎を撫で、首をかしげる。

それを聞いた土方は眉をひそめながら手元の新聞を開き始めた。

「いやあり得ねーだろ。あいつ見てくれはいいにしても

 ガキの頃から性格ひん曲がってるのは変わってねーし」

「じゃあやっぱりトシだ。隊一モテる男にオトされた女の中にも入ってるに違いない」

「いやいやいや…それを言うなら近藤さんとかじゃねーの?
 
 なんやかんやで一番アイツのこと知ってんの近藤さんだろ」

「だって俺がガキの頃「大きくなったら近藤さんと結婚するーw」なんて言われたことないもんんんん!!!!」

「…言ってたら言ってたで大問題じゃねーか…」

朝から暑苦しいな、と新聞を閉じると


「案外、最近になって初恋ってのもアリなんじゃないですかねぇ」


どこから聞いていたのか部屋の入り口から総悟の声。

「お前どっから聞いて…」

「アイツ物心ついた時にゃもう近藤さんに拾われて野郎の中で育ったでしょ。

 性格もあの通りだし、この歳までまだだっつー可能性も十分ありますぜ」

怪訝な顔をする土方の言葉を無視し、近藤の向かいに腰を下ろして徐にせんべいを手に取った。

この話題まだ続くのか、と土方は深いため息をつく。

「さっ、最近って…あいつ18だぞ!?隊士の他に一体誰が……」




恒道館道場


「…なんだっつーの」


新八の実家へ遊びにきていた銀時の元に、3人の真選組隊士。

「…いや、これはない」

「まずない。絶対ない」

近藤を挟んで座る土方と総悟は向かいに座る銀時を見て怪訝な顔をした。

「小娘の初恋なんざどうだっていいんだよ。

 んなくだらねーこと追ってねーで仕事しろ仕事」

一方の銀時も右手の小指を右耳に突っ込んで素手で耳かきを始める。

突然ここまで押しかけられて「の初恋相手を知らないか」などと訳の分からないことを聞かれては敵わない。

すると居間の襖が開いて人数分の茶を持った妙が入ってきた。

「皆さんお揃いなんて珍しいですねぇ。

 あら、でもちゃんは?」

妙はテーブルの上に熱いお茶を出しながらそこへ座る真選組の面々を見る。

局長・副長・隊長と揃っていて、いつもならここに加わっている女隊士の姿がない。

「お妙さん!!の初恋の相手をご存知ありませんか!?

 っていうかお妙さんの初恋の相手はもちろんこの近藤いさ…
ぉあっつァァ!!!!

近藤が身を乗り出して自分の名前を言い終わる前に、

妙はテーブルに置いた熱々のお茶を勢いよく近藤にぶっかけた。

「ちょっ、ぶっ!おたっ、おた、ぶっ!お妙さん聞いてぇぇぇええ!!」

にこにこと天使の微笑を浮かべたまま、横の土方や総悟に出していたお茶も連続して近藤の顔にぶっかけていく。

「何なんですか、もう。

 大の男が揃いも揃って女の子の色恋沙汰に口を挟むなんて野暮ですよ」

結局全ての湯飲みを空にして全部の茶を近藤に浴びせた妙は厳しい表情を向けた。

「そうですよ。さんだってそこまで口出されたら黙っちゃいませんって。

 初恋なんてのは幼心の一瞬の甘酸っぱいひと時ですよ?

 いくら真選組の人たちを信用してるからってそんな突っ込んだことまで干渉して欲しくないと思いますよ」

銀時の横に座っていた新八も真剣な顔で口を揃える。


「…何お前。まさかお前姉ちゃんが初恋とかいうわけ?」


やけに熱の入った新八の言葉が気になったのか、

銀時は目を細めて横目で新八を見る。

っな!!!何言い出しやがるんですかァァァァ!!!!

 あっ、姉上が初恋だなんてそんなことあるわけないでしょ!!!!」

「あら違うの新ちゃん」

図星なのか真っ赤になってガタガタッと立ち上がる新八。

妙は変わらずにこにこと笑って新八を見上げた。

何ィィィィ!!!未来の弟になろうとしている新八君がまさかライバル…」

「違うって言ってんでしょうが!!」

新八に続き近藤も怒涛の表情で立ち上がる。

土方がもう帰りたいという表情で煙草を銜えると


「恥ずかしがるこたァ無ぇ」


総悟が口を開いた。



「俺の初恋も姉上でさァ」



「「お前のは笑えねーんだよ!!!」」


フフン、と自慢気に気持ちの悪いことを言い退けた総悟に非難が殺到。

「…それはそうと…お前あいつの好みのタイプとか聞いたことねーの?」

銀時はテーブルに頬杖をつきながら妙を見た。

妙は「そうねぇ…」と考える。

ちゃんとはあまりそういう話をしないんだけど…

 自分より強い人がいいって言ってたわ。

 優しい人よりは悪い感じの人がいいって。警察なのに変わってるわよねぇ」

以前と交わした些細な会話を思い出し、妙はくすくすと笑う。



「「「……強くて…悪い感じの」」」




・・・・・・




…ッ駄目だァァァ!!!

 ヤクザとか髪鬱陶しい奴とか片目の奴とか天人とかはナシだァァァァァ!!!!





身近な強くて悪い感じの人たちを思い浮かべ、近藤は頭を抱えて嘆きだした。






「……っくしゅん!!!」






同時刻

は駅前の喫茶店で盛大なくしゃみを一発かました。

「大丈夫でござりまするか?ちゃん」

向かいの席に座っていた栗子が心配そうに顔を覗きこむ。

「ああ平気平気。風邪でもひいたかなぁ」

はずず、と鼻をすすって笑う。

今日は仕事の合間の昼時間に栗子と喫茶店のランチを食べる約束をしていたのだ。

隊服帯刀姿の少女が和やかな午後の喫茶店にいるのは少し違和感があったが、

この町に住む住人はその光景を見慣れてしまっている。

気を取り直して皿のパスタをフォークに絡めると、窓の外から見える町の大型画面に今春始まるドラマの特集が流れていた。

"この春注目の新ドラマは淡く切ない初恋を描いた純愛ストーリー

 あなたの初恋はいつ??"


(今朝近藤さんが言ってたやつか…)


はパスタをすすりながらぼんやりとその画面を眺める。


「…栗子ちゃんはさぁ」


「?何でございまするか?」


「初恋って、いつ?」


今朝突然近藤に聞かれたこと。

自分は聞かれて驚いたが、さすが女の子同士ということもあって栗子はさほど驚かなかった。


「…幼稚園…ぐらいだったと思いまする」

「あ、やっぱ同じクラスの子とか?」

「いえ」



「パパでございまする」




ブッ!!!!




は口に含んだばかりのオレンジジュースを盛大に吹いた。

咄嗟に首を横へ向けたからオレンジ色の液体は透明な窓に噴射された。

「………と…とっつァん?」

「はい」

顎から滴るジュースをナプキンで拭いながらは再び栗子を見る。

栗子はにこっと笑って恥じらいもなく肯定した。

…女の子が小さい頃はよく「大きくなったらパパのお嫁さんになる」なんて言うと聞いたが、

まさか本当だった子が身近にいたとは。

しかも一見ヤクザにしか見えない上司、警視庁のドン・松平片栗虎。


ちゃんはいつだったのでございまするか?」

「えっ」


こてんと首をかしげて反対に問いかけてくる栗子。


「………あー…あたしは……」








「ただいまぁー…」

陽が傾きかけた夕暮れ、近藤たちが屯所へ戻ってきた。

既に帰宅していたは居間でせんべいを食べながらひょこっと廊下を覗く。

やる気なく肩を落とした近藤を先頭に3人が重い足どりで歩いてきた。

「おかえりなさい。…どうしたんすか。犯人でも逃がしました?」

「……いや…何でもない…俺はもう疲れた…」

近藤はそのまま居間に入り、隊服のスカーフを緩める。

「一日無駄にした…」

土方も疲れた顔で居間の前を通り過ぎ、自室へ戻っていく。

「テメーの所為だ」

総悟はの前で立ち止まって理不尽な文句を吐き捨て、部屋に戻っていく。


「……なんだっつーの」


物凄い理不尽な八つ当たりを受けた気分だ。

は眉をひそめて2人の後姿を見る。

「いやここは全て受け入れるんだ例え俺よりヒョロくて弱そうでも
 悪人面のレスラーでもが好きになった男なら受け止めるのが俺の務めじゃないか。
 ああそうだそうだろう近藤勲あるがままを受け入れろ近藤勲」

「…何ブツブツいってんですか」

部屋の隅でブツブツと念仏のように何かを唱えている近藤。


「お前がガキの頃にたくさん俺の勇姿を見せておけばよかったっていう話だよ……」


近藤はそう言って涙目ではぁ、とため息をついた。

は首をかしげる。



(………言えるわけないよなぁ…)



こじんまりと丸まった広い背中を見て、もまたため息をついた。





…近藤さんが初恋だなんて。




(墓場まで持ってく秘密だこりゃ)






素敵すぎる贈り物を送ってくださったchihiro様に感謝の気持ちを込めまして書かせて頂きました。
か、感謝が小説で伝わっているかは謎、い……;
ちなみに初恋というだけで今は特に好きな人とかいないヒロインです。
そしてたまに初恋相手に大きく後悔するヒロインです。
新八とか総悟の初恋とか捏造すいません(笑)
chihiro様本当にお世話になりました!ありがとうございました!!!