「いだだだだだ!!!ちょ、ちょっと!捩じりすぎ!先生捩じりすぎ!!!」


江戸某警察病院

外科の診察室からやや大きな少女の声が聞こえてくる。

診察室の前に並ぶ患者や廊下を歩く看護師は何事かと驚いているが、

聞こえてきた声が真選組隊士の1人だと分かると顔を見合わせて苦笑した。

「こんだけ捩じって平気ならもう大丈夫だな」

診察室では顔を継ぎ接ぎした某ナントカジャック似の医師が隊士と向き合い、

散々捻った隊士の腕を放してカルテに目を向ける。

「いや平気っつーか痛いんだけど…」

キャミソール姿だったは涙目になりながらワイシャツを羽織った。

左肩には手術痕が生々しく残っている。

「いくらここが警察病院だっつってもね、君何回ここ来るの。

 君、真選組で一番通院回数多いからね」

レントゲン写真とカルテを交互に見ながら医師は深いため息をついた。

患者を前にこんな盛大に溜息をつく医者も珍しい。

「そんなこと言ったってしょうがないじゃないかー(鼻声)」

「えなり君も色々大変かもしれないけれども、腕の靭帯損傷したり肩を粉砕骨折するような戦いはしてないと思うよ」

医師は唇を尖らせながらシャツのボタンを閉めるを受け流し、

読めないドイツ語でさらさらとカルテに記入していく。

倒幕を狙う犯罪組織と戦って左腕を使いものにならなくしたり、

宇宙最強の戦闘種族と戦って肩の骨を粉砕骨折したり、

とりあえず普通に生活していれば出くわさないようなことに出くわすのが、真選組に名を置く者の定めだ。

「雨、止みませんねぇ」

衣替えの時期に不相応な厚手の上着を羽織り、診察室の窓から外を見る。

朝から激しく降り続いていた雨は午後になっても一向に止む気配がない。

むしろ雨脚が強くなっているような気さえする。

梅雨だから。の一言で片づけられるのがこの国のいい所だ。

「梅雨だからね」

期待を裏切らず医師が言う。

「雨が古傷が痛むぜ…」

「キミ古傷いくつあんの?」





少女と賛美と篠突く雨





長かった検診を終え、は屯所に戻るため街を歩いていた。

大小様々な色とりどりの傘が川を流れるように往来する。

折角半日の有給を貰っていたのに検診で終わってしまった。

(いや近藤さんが検診のために有給くれたんだけどさ)

味も色気もない傘をくるくると回しながらブーツの爪先で水溜りを蹴る。

いつもより人の往来が少ないせいか、蹴った水飛沫は誰にも当たらず宙に舞って再び濡れた地面に戻って行った。


「ん?」


数メートル先の店の軒先。

見慣れた白髪頭。

「旦那」

声をかけるとボサボサ度が倍増している白髪がこちらを向いた。

死んだ魚のような目もいつもよりぼやっとしている気がしたが、それは多分気のせいだ。

「何やってんです、こんなところで」

近づきながら問いかけたが、店の前まで来て目的が分かった。

雨音に負けない大音量と昼間でも煌々と明るい店内。

男の右手に握られた財布。恐らく中身はほとんど空だ。

「仕事もしないで昼間からパチンコですか?」

「うるせぇな、今日は仕事入ってないんだよ」

離れていた目と目が近くなって眉間にシワを寄せる。

負けたんだな、と思うとそれ以上パチンコについてつっこむのは止めにした。

職業柄ギャンブルに手を出したことはないが、難聴を起こしそうな機械音と隣同士密着した閉塞感がどうも苦手だ。

「丁度いいとこに来た。傘入れてくんね?」

「朝から降ってたのに持ってこなかったんですか?」

「いや、置いとたらパクられた。さすがにこの強さだと濡れて帰んのはちょっとな…」

銀時はそう言って店の外にある傘置きを指差す。

いくつか傘が入っているが、逆にそれをパクっていこうという気はないらしい。

(やっていたらこの場でしょっぴかなければならないのだが)

「こんなに傘あんのに何で俺の傘だけパクんだよ…100円だからか?100円だからいいと思ったのか?」

「盗難届出しましょうか?まぁまず戻って来ないでしょうけど」

「いいよ面倒くさい…」

溜息をついて苛立たしげに頭を掻く。

は苦笑しながら「どうぞ」と自分の傘を傾けた。

頭半分身長差のある男が少し屈んで傘の下に入ったのを確認し、歩き始める。

「お前こそ仕事は?サボりかオイ」

「午後から休みなんです。病院に検診行ってたんで」

パチンコ店の軒先を出て必然的にかぶき町方面へと歩く。

にとっては遠回りだったが今日は休みだしいいかと思うことにした。

「検診?頭の?…つめてっ!!」

は2人の頭上にあった傘を自分の頭上に移動させる。

激しい雨粒とビルの看板から落ちてくる雨垂れが銀時の頭を打って天然パーマがいっきに大人しくなった。

「組織で仕事してると定期検診受けろって煩いんですよ」

そう答えてから傘を元の位置に戻す。

一瞬だったが銀時は頭から肩まで大分濡れてしまった。

確かに警察という大きな組織で仕事をしていると定期検診の受診は義務付けられているが、

今日は肩の怪我の経過を診てもらいに行っただけだ。

それをこの男にわざわざ説明する必要もないと思い、簡単な言い回しで片づけた。

「…そういやお前こないだのギブス、仕事中にスープレックスの練習して粉砕骨折したとか聞いたけど」

「はは、誰に訊いたんですか」

「お前んとこのドS」

濡れた髪を着物の袖で拭いながら銀時は答えた。

は少し傘を傾けて横を見上げる。

片づけようと思ったのに、この男はなかなかそうさせてくれない。


『とかなんとかいってますけど、どうせ嘘でしょ。

 俺が思うに、近藤さんたちに知られちゃマズイ相手と一発やっちまったんじゃないですかね』


そのドSは「まぁ面倒事はご免なんで黙ってますけど」とも言っていたがそれを彼女に言うのは止めにした。

彼らの仕事内容に興味はないし事の真相もどうでもいい。

「土方さんにかけてやろうと練習してたらすっ転んじゃって。

 もう中に入れてたプレート抜いたんで完治しましたよ。

 いやーリハビリはさすがにキツかったですけどねぇ。痛てぇし暇だし」

はそう言ってカラカラと笑いながら左手で右の肩を覆ってみせる。

すると右手に持っていた傘がひょいと取り上げられた。

仕返しされるのかと慌てて頭を守ったが、傘は変わらず頭の上にある。

「お前の身長に合わせてると腰が痛い」

言う程身長差もないのだが。

本音なのか右肩を気遣ってくれたのか、とりあえず後者だと思うことにして

は大人しく手ぶらになることにした。

「じゃああたしの愛刀も濡れないようにしてくれませんか」

「馬鹿言うなそしたら俺が濡れるじゃねーか」

「もう濡れたじゃないですか。男女で1つの傘に入る時は男が肩を濡らすのが普通でしょ?」

「テメーがやったんだろうが!夢見すぎなんだよ!!」

「あと木刀が腰にガツガツ当たって痛い」

手ぶらになったのをいいことに好き勝手言って歩く速度を速める。

お互い右利きで左に帯刀している為、右を歩くは刀が傘から出てしまうし、

銀時の木刀は濡れないが歩く度にの腰に当たってかなり邪魔だ。

いざという時抜刀できなくなるから、帯刀している2人が同じ傘に入るのは避けた方がいいと教わったようなそうでないような。

「雨は嫌ですね。髪はまとまらないし体の節々痛いし」

「お前それもう歳なんじゃ、…!………!」

水溜まりを蹴りあげたのブーツが銀時の足の前に出てきて、固い踵が脛を直撃する。

傘を持っていたが思わず脛を押さえてその場にしゃがみこんでしまった。

代わりにが傘を持って横に立つ。


「…ほんと雨は嫌い」


怒鳴りつけてやろうと銀時はを見上げたが、は街の往来に目を向けて表情を強張らせていた。

無意識に左手で右の肩を掴んでいる。

「……………」

すると横で立ち上がった銀時が再び傘を奪い、先に歩きだしてしまった。

も慌てて歩き出すがポニーテールの毛先と肩が僅かに濡れる。

「俺だって雨は嫌いだよ。髪は増えるし生意気な小娘にひでぇ目に遭わされるし」

もう傘意味ねぇだろこれ…と文句を言いながら面倒くさそうに頭を掻く。

は横目でそれを見上げ、薄く笑って髪を耳にかけた。

「ん、」

ポケットで携帯が震えていることに気付き、雨に濡れないよう気を付けながら取り出す。

銀時に向かって「ちょっとすいません」と断りを入れ、通話に出た。

「もしもし」

『検診終わったか?どうだった?』

電話の相手は近藤だった。

「もう大丈夫だって言われましたよ。どうかしたんですか?」

『そうか、ターミナルで強盗事件があってな。午後有給だったとこ悪いんだが来れるか?』

「はい、すぐに行きます。今かぶき町だからすぐだし」

『かぶき町?何でそんな所にいるんだ?』

屯所方面とは逆方向なので近藤が疑問に思うのは当然だ。

は横目で銀時を見上げ、0.0数秒で言い訳を考え出す。

「帰りに偶然妙ちゃんと会って。お茶してたんです」

『何!?お妙さんがそこのいるのか!?お妙さァアアアんん!!!!』

「いえ、さっき別れたんでもういません。じゃあ、すぐ行きます」

ちぇーと拗ねる近藤を適当に宥め、通話を切った。

「つーわけなんで旦那、今度ゆっくり甘味処でも行きましょう」

携帯をポケットに捻じ込み傘の下を飛び出す。

「あ、オイ傘…」

「あげます!コンビニで買った高いやつだから丈夫ですよ!

 シール貼ってるんで盗まれにくいと思うし!」

そう言ってガードレールを飛び越え、反対車線からターミナルに続く大通りを走って行った。

一人で入るには若干大きな傘に残された銀時は、今まで掴んでいて見えなかった傘の柄を見てみる。

プラスチック製の柄には幕府の紋がプリントされた黒いステッカーが貼りつけられていた。

「…確かに盗まれないけどコレ…え、超剥がしたいんだけど……」




大雨の中、はターミナルに向かって走っていた。

遠くでサイレンが聞こえる。

この街でかなり顔の知られた少女が全力疾走していると街の人々は素直に道を開けてくれた。

「ターミナルで強盗だってね。早いとこ捕まえちゃってくれよ」

馴染みのラーメン屋の店主がサイレンの音を聞いて店から出てきた。

は振り返って返事をすると再び走り出す。

体を打つ雨よりも、ブーツが蹴った水溜りが跳ね返ってくるのが厄介だった。

ターミナルが近くなると大通りも混雑してきて車も渋滞している。

すると遠かったはずのサイレンがすぐ後ろの方から聞こえて、渋滞している車の間を縫うように1台のパトカーが走ってきた。

「乗れ!」

助手席から顔を出した銜え煙草の上司。

車が歩道に寄るとは後部座席のドアを開けて中に飛び込んだ。

「お前傘どうした」

「野良犬にあげてきました」

「何ワケわかんねーこと言って…オイそのまま座るな!シート汚れんだろうが!」

土方が注意するもは無視してずぶ濡れのままシートに座る。

パトカーが発進すると同時に運転席にいた総悟がタオルを投げてきた。

「ありがと。準備いいね」

「気にすんな。フロントガラスについた鳥のフン拭いたやつだから」

タオルで濡れた顔を覆ったところで素早くそれを運転席に叩きつける。

「車止めろ!!そのキューティクルフンまみれにしてやる!!」

「テメーの面ァもうフンまみれだろ」

「あーもううるせぇな!やめろ!総悟はちゃんとハンドル持て!!」

「あ、土方さん髪濡れてますよ拭いてあげます」

「濡れてねぇよ!ちょ、くっせ!お前もっかい雨に当たって顔洗って来い!!」

ターミナル上空に湛える雨雲が風に流され切れていく。

うっすらと覗く日差しはまだ雨雲に勝てそうもなかったが、視界は若干良くなって車内も蒸し暑くなってきた。

は拡声器を持つと後部座席の窓を全開にして上半身を外に出す。

「あー警察車両通ります!全ての車は左に寄って下さい!

 オイそこのヤン車!寄れっつってんだろうが!

 あとそのナンバープレート違反だから後で切符切るぞ!!」

少女は賛美も叱責も雨と一緒に背負い、それを惜しげもなく放り投げた。




前回アンケートに続き読みたい小説1位に選んで頂きました、真選組一番隊ヒロインです。
オリキャラなのにこんな支持を頂けて嬉しいです…!ありがとうございます!
どこまでも男らしい。そして銀さん大好き←
真選組の隊服は雨に濡れたまま放っておくと臭くなりそうですね。学校の制服みたいな。
主人公の主治医は銀さん記憶喪失の時に出てきた先生と一緒です。
あれ警察病院じゃなくね?とか気にシナーイ