KEEP OUT!
-前編-







「あーっ今日もよく働いたァ!」

夕暮れ

茜空に烏の鳴き声が響く時間に、はパトカーの運転席から降りて大きく伸びた。

「どこが働いたってんでィ。

 見回りしながら食いまくってただけじゃねーか」

助手席から降りてきた総悟は冷ややかな視線をに向けながら足早に屯所の門をくぐる。

「働いたよ。ラーメン屋で騒動起こしたチンピラを拘置したじゃん。

 っていうか一緒になって食ってたのはアンタも一緒だしね?」

はその後を追いながら溜息をつく。

今日の市中見回りは総悟とペアで、事件がないのをいいことに

昼飯にラーメンを食べ、3時に駅前でたい焼きを食べ、帰ってくる途中で豚まんを買って食べた。

こういうことは今に始まったことではなく、この2人で見回りに行くと必ずこうなるのだが。

「あ、いい匂い」

広間から香ばしい夕餉の香り。

焼き魚だろうか、は目を瞑って鼻を利かせた。

先ほど豚まんを食べたばかりだということも忘れて今夜の夕餉を想像していると

「ッ」

背後に一瞬の視線を感じ、は反射的に勢いよく振り返った。

「…………」

後ろには屯所の門が聳えているだけで他には何もないし誰もいない。

シンと静まり返った夕暮れの景色の中で、少し遠くに子供たちの声が聞こえるだけだ。

「?どうした?」

急に立ち止まったを不思議に思った総悟も振り返る。

「……ううん…何でもない…」

(…誰かに見られてたような)

幼い頃から剣術を身につけ、視線や殺気には敏感なはずなのだが。

気のせいか、とも気を取り直して玄関に上がった。




---------それが気のせいなどではなかったとが知るのは、




少し後になってからだ。







翌日

「行ってきまーす」

朝食を終え、元気に挨拶しながら屯所を出る

他の隊士もぞろぞろと屯所を出て、それぞれパトカーに乗って見回りへ向かう。



縁側から土方の声がして、は立ち止まって振り返る。

「俺ちょっと片付けなきゃなんねー仕事があるから、後から行くわ。先に1人で言って見回りしてろ」

今日は鬼の副長とペアで巡回。

土方はそう言って銜えていた煙草の煙を吐く。

「はぁーい」

「サボんなよ」

「土方さんもねー」

上司に向かって無礼極まりない言葉を投げかけながら、は足取り軽く屯所の門をくぐっていく。

土方は呆れるように溜息をついて自室へ入っていった。

屯所を出たは、壁に横付けしているパトカーに乗り込んでドアを閉める。

「ちゃんと真面目に見回りしますよーっと…」

キーを回してエンジンをかけようとすると


「……………ん?」


助手席の座椅子に、何か置いてある。

「何だこれ」

左手で手に持ったのは、白い封筒。

表面には手書きで「様」と書かれている。

(あたし宛て…?)

誰かが郵便受けから取って自分に渡しそびれたんだろうか。

そう思って首をかしげながら封を切った。

中に入っていたのは、薄っぺらい紙が1枚。

「……電話番号?」

紙の真ん中には、誰のものか分からない電話番号が手書きで書かれていた。

は眉をひそめる。

「…ダイレクトメールかなんかかな…?」

悪戯か、と思い直し、封筒をぽいっとダッシュボードに投げ入れる。

気を取り直してエンジンをかけ、シートベルトを締めてパトカーを発進させた。



----------がパトカーを発進させたすぐ後、

その場に踏み込む1つの影があったことには気づかずに。




「おーいトシー」

自室で仕事を片付けている土方のもとに近藤がやってきた。

手には1枚の報告書を持っている。

「何だ?」

土方は銜え煙草で目の前の書類に目を通しながら生返事をする。

近藤はその斜め後ろに座り込んであぐらをかき、

頭を掻きながら右手に持っている報告書を睨むように見つめた。

「いやー大江戸警察からの報告書なんだけどさ。最近このあたりで不審人物の目撃情報があるんだと」

「不審人物?」

近藤の言葉に方眉をひそめ、土方はくるりと振り返って近藤を見る。

近藤は頷きながら手に持っていた1枚の紙を土方に差し出した。

土方は銜えていた煙草を灰皿に置き、紙を受け取る。

「"昨夜9時40分過ぎ、新宿駅周辺で不審人物の目撃情報有り。

 黒っぽい服装・大柄で帽子を目深に被った中年男性と思われる。

 帯刀はしておらず、目立った荷物も持っていなかった。

 駅周辺を行ったり来たりしていたところを大江戸警察が職務質問したところ、

 路駐自転車を奪って逃走。その後かぶき町でも目撃情報があったが、未だ発見出来ず"」

報告文を最後まで読み、再び煙草を銜える土方。

「…帯刀してねーっつーことは、攘夷浪士じゃねーってことだろ」

「多分な。でも一応捜査に協力しくれってさ」

「協力っつったって…なんか起きねーことには動きようがねーしな…」

土方はそう言って面倒くさそうに頭を掻き、報告書を机の上に放った。

「まぁ市中見回りついでに目を凝らすってことでさ。

 相手が一般人なら刀を抜くわけにもいかんし」

「そうだな」







「あ----------っやっぱ1人で見回りって楽だなぁ!!」

パトカーを降り、適当に江戸の街をブラつきながらは大きく伸びをした。

楽だと言っても、基本誰と見回りをしているときでもこんな感じなのだが。

(昨日は昼にラーメン食ったから…今日は丼物がいいなァ)

早くも仕事そっちのけで昼食のことを考えていると


「ッ!!」


背後に視線を感じ、勢いよく振り返る。

「………………」

だが後ろには多くの人が行き来しているだけで、

自分を見ているような怪しい人物は見られなかった。

(…昨日の視線と一緒だ)

の表情が曇る。

(また攘夷志士かな…いや、それにしては…)


殺気、という視線ではなかった。


ただ、凝視されているような熱視線。

(こないだの件からマスコミの視線も痛いしなァ…

 ひょっとしたらまた物好きな記者が何か起こさないかって張ってんのかも)

そういう時はヘタに相手を刺激するのは返って荒波を立てる。

はそう判断して適当にやり過ごすことにした。

(普通に過ごしてりゃ飽きて帰るだろ)

そう思い、見回りを再開する。

すると反対方向から同じ隊服を着た人相の悪い男が歩いてきた。

「土方さん」

「ちゃんと仕事してんのか」

銜え煙草で歩いてきた土方はの前で立ち止まり、サボり常習犯の部下を睨む。

「ちゃんとしてます。お昼何にしようかなーなんて考えてませんデスヨ?」

「何で片言なんだよ」

土方ははぁっ、と乱暴に溜息をついて頭を掻いた。

はその横に並び、思い出したように懐から先ほど見つけた封筒を取り出す。

「そうそう土方さん。これなんですけど…」

「あ?」

に差し出されたのは白い封筒。

真ん中に手書きで「様」と書かれていた。

「お前に手紙か?」

「いやあたしもそう思ったんですけど…中身がこれだけなんですよね」

はそう言って封筒の中から電話番号が書かれた紙を取り出す。

土方はそれを受け取って睨むように見つめ、眉をひそめる。

「……なんか変な出会い系サイトからの勧誘じゃねーの?」

「だっておかしくないですか?あたしがパトカーに乗ったら助手席にあったんですよ?

 まるであたしがあのパトカーに乗るの知ってたみたいな…

 隊士の誰かかなーと思って携帯で番号見たけど、誰とも一致しなかったし…

 なんか気持ち悪いなーと思って」

気持ち悪い、と言いつつ表情はいたって冷静。

それほど重要なことではないようだ。

「お前最近また名前知れてきてっからな。

 なんかのイラズラだろ」

土方は他人事のようにそう言って、紙をに返した。

「…まぁ、それならそれでいいんですけど」

真選組に所属したてのころはこういった悪戯はよくあることだったし、

顔や名前が世間に知れてきた今では尚更だ。

…だけど

(…なんか…変な感じすんだよなぁ…)

腑に落ちないモヤモヤを胸に抱いたまま、は土方と共に見回りを始めた。

-------視線を感じた背後から、今まで隠れていたかのような影が出てきたことに気づかずに。








「ただいまぁ」

日が暮れた頃屯所に戻ってきたは、ブーツを脱いで玄関に上がり、

そのまま真っ直ぐ自室へと向かう。

(結局あの後視線は感じなかったなーやっぱ飽きて帰ったんだ。

 マスコミなんか真剣に向き合った方が負けだっつーの)

あれから数時間、土方と一緒に市中見回りを続けていたがあの視線を感じることはなかった。

今日は特に事件もなく平和だったので、途中で飽きて帰ってしまったんだろう。

安堵して自室の障子を開けると




ガラッ




「…………っな」


そして目をかっ開き、絶句する。




無残に荒された、自室。




タンスの中からは着替えや胴衣が飛び出て入り乱れ、

その上に飾っていたゴリラのぬいぐるみ(近藤からホワイトデーに貰ったもの)も

ごろんと倒れて畳にうつ伏せになっている。

業務中に切った領収書もきちんと整理してあったはずなのだが、

1枚1枚がバラバラになっており部屋のあちこちにバラ撒かれていた。

しかも畳には土足で上がったような足跡が多数。



そんな光景を目の当たりにしたの中で、血管がブチリと切れる音がする。



何じゃこりゃあぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!!




バタバタバタバタ…





バンッ!!!!






猛スピードで廊下を駆け、勢いよく広間の襖を開けると、

中では隊士が何人か寛いでいた。

隊士の全員がの方を向いて呆けた顔をしている。

「どうしたのちゃん騒がし…」


ドスッ!!!


入り口の付近でジャンプを読んでいた山崎の言葉を最後まで聞くことなく、

は抜刀した刀を畳に垂直にブッ刺した。

ギャアアアァァァァ!!!!何してんのぉぉぉお!!!??

刀身はあぐらをかいていた山崎の足の間をすり抜けるように畳を貫通している。


「………あたしの部屋ァ荒した奴誰だ」


瞳孔をかっ開き、ドスのきいた声で広間を見渡す

誰もがその表情に「ヤバイ」と察する。

「な…何のことぉ!?」

「とぼけんじゃねーよ。あたしの部屋がメチャメチャに荒されてた。

 テメー等の中に犯人がいるに決まってんだろーが」

女を全く感じさせない言葉使いに全員が全身の血の気を引かせた。

「しっ知らないよ!俺たちずっとここに居たし!!!」

「んじゃ誰がやったっつーんだよ」

畳に刺していた刀をズボッと抜き、その切っ先を山崎に向ける。

知らないからァァァ!!!

山崎は両手を上げ、涙目になって必至に弁解した。


「今ならマヨネーズをケツからぶっ刺して鼻から出した後半殺しで許してやるから。

 とっとと名乗り出ろ」


ええぇぇぇええええええ!!!!

「名乗り出れねーってそんなん聞いたらァ!!!」

「つーか物理的に出せねーだろ!!」

の理不尽な言葉に隊士たちは慌てて反論する。

鬼の副長ばりの瞳孔かっ開きな表情で隊士たちを見下ろす

その顔は女とか武士とかを超えてもう本当に鬼の形相だ。

「とりあえず全員アリバイ喋ってけ。

 まずはテメーだ山崎。お前一番人の部屋に忍びこむとか得意だろ」

「ち、ちちちち違うって!!俺ずっと居間でテレビ見てたよ!!」

手近にいた山崎の前に立ち、青ざめて首を振る彼の胸倉をぐわっと掴んでいとも簡単に持ち上げる。

「切腹よりマヨネーズの方がマシだろが。さっさと吐いちまえ。

 つーかお前一番地味なんだからお前に決まってる。

 目立たないで部屋に忍び込めるに決まってる」

「ちょっ、ちょっとォォォォォ!!!!

 とんだ濡れ衣だよオイィィ!!!ってかちゃんキャラ違うから!!
 
 ちょっと冷静になってぇぇぇぇ!!!」

「これが…ッ
冷静でいられるかゴルァァァァァ!!!!!

遂には両手で山崎の襟を掴み上げ、自分の背丈以上に持ち上げて

そのまま放り投げようとする。

すると


ガラッ


「騒がしいな…何だ」

障子を開け、部屋に入ってきたのは土方。

「副長ォォォォ!!!ちょっと助けてください!!

 ちゃんが俺に濡れ衣を…」

「あァ?」

天の助けと言わんばかりに涙を浮かべて土方に訴える山崎。

土方は眉間にシワを寄せて部屋を見渡す。





は土方を含む隊士たちを自分の部屋まで連れて行き、

無残に荒された部屋の状況を見てもらった。

「…何だこれ」

「……帰ってきたらこうなってたんです。

 何も盗られてなかったみたいだけど…隊士の中の誰かに決まってます」

はそのままの表情で土方を見て、とりあえず冷静な態度で状況を説明する。

土方は何だ、と呆れるように溜息をついてポケットから煙草を取り出した。

「テメーの部屋なんざ知るわけねーだろ。

 どうぜ散らかして出てったの忘れてたんじゃねーのか」

「あたしは長年この男所帯で女1人でやってきてても、足の踏み場もねーぐらい部屋を散らかしたことはありません。

 あの封筒といい最近感じる視線といい…なんかおかしい」

眉間にシワを寄せ、苛立った表情の

「じゃあ何だっつーんだよ」

土方の言葉に、の目が光る。




「-----------ストーカーですよ、これ」





・・・・・・・・






「「「ギャハハハハハハハハ!!!!!」」

隊士がいっせいに腹を抱えて笑い出す。

「ストーカーって…!さすがに犯人も人選ぶだろ!!」

「お前…っ一丁前に!!」

「一丁前にって何だコラ!!!」

腹を押さえ涙目になりながら畳を転げまわる隊士を、は足を振り下ろしながら怒鳴りつける。

土方もやれやれと頭を掻きながら新しい煙草を取り出した。


ばしッ


銜えようとした煙草をが素早く奪う。

ずい、と距離を縮めて土方に迫る顔。

さすがの土方もそのオーラに気圧されて1歩たじろぐ。

「あたしが自分の部屋に他人が入った気配を間違えるとでも…?」

その目は戦いに入る前の鋭い目付きそのままだった。

「あたしが人の気配や視線を間違えるような三流だと思ってるんですか!?

 そんな三流に背中預けて戦ってんですか!!!」

物凄い剣幕で土方に迫る

土方は眉間に濃いシワを刻んだままハーッと深いためいきをつき、

額を押さえて呆れるように目を瞑った。

「…オイ山崎」

「はい…?」

漸くから解放されて伸びている山崎に声をかける。

「お前今夜の部屋の床下で張ってろ」

ええぇぇぇぇええええ!!!!何でですか!!

 今疑われたばっかなのに!!」

突然下された意味不明な任務に山崎も立ち上がって抗議した。

「しょーがねーだろ。部屋の前や中で張るわけにいかねーんだから、

 疑われたんなら汚名返上に丁度いいじゃねーか」

「ちょっ、アンタ他人事だと思って…!」



がしっ



必死に反論する山崎の肩を、後ろからが強く掴む。

そして瞳孔かっ開いた目で山崎を睨む。


「やれ」


ただ、一言。

山崎は真っ青になって強要された返事をするしかない。


「……やります…」





To be continued