二兎を追うものは一兎に咬まれる











「ふわぁ…ぁああ……」


顎が外れそうなほど大きく口を開けてあくびすると生理現象で目尻から涙がにじみ出てきた。

夏の夜風に揺れる髪を押さえ、ふいに視線を移した先にはまんまるの満月。

は涙を指先で拭いながら恨めしそうに月を睨みつける。


「…こんな月が綺麗な晩にターミナル警備たァ…あたしもつくづくクジ運ないな」


幻想的な夜空に心はせたのも一瞬、周りを見渡せばゴウンゴウンと耳障りな音のする精密機器。

さっきまで引っ切り無しに宇宙船が出入りしていたその出航口も今は静かなものだ。

今夜のターミナル夜間警備は一〜三番隊に任されていたが、その隊を更に半分に割って

今日の便で地球へやってくる幕府お得意の天人の護衛へ回っていた。

総悟たちは局長・副長とともに護衛側へ。

はジャンケンで負けて退屈なターミナル警備につくハメになってしまった。


(いやお上が料亭で美味いメシ食ってんの指咥えて見てんのも腹立つけどさー…)


頭を掻きながら携帯を開くと時刻はもうすぐ午後十時を指そうとしている。

携帯を閉じようとしたところで画面が光り、着信音が鳴った。


「もしもーし」

『おう、巡回ご苦労。そっちはどうだ?』

「静かなモンですよ。まぁ平日ですし、こんなもんなんですかね」


電話の向こうの近藤と話しながら機械音だけが聞こえるターミナルの機関室を見渡す。

『だろうな。こっちもそろそろ片付きそうだから引き上げて来い』

「はーい」

手短に通話を消るとさっさと帰り支度を始める。

今夜の晩御飯なにかなーなんて考えながら他の仲間との通信に使っていた無線のコードを引っ張って、

電源を切りながら適当にポケットに押し込んだ。

これより先はターミナルの警備員が引き継いでくれるだろう。

機関室を出て狭い螺旋階段を下っていると



「………?」



下からゴドン、と鈍い音が周囲の機器に反響して上まで響いてきた。

は踊り場で立ち止まり、手すりを掴んで下を見下ろす。

ほとんどの照明が消され懐中電灯を頼りに歩いているこの空間では下で何が起こっているのは分からない。

だが明らかに機械が発する音ではなかった。


(…他のみんなも引き上げるところかな)


足早に階段を下りてみたが人の声はしない。

それどころか地上へ降り立った瞬間に嫌な空気がたちこめている。

異変を感じたは懐中電灯を消し、非常口から外の裏口へ通じる通路へと出た。

吹き抜けになった通路の左右にはこれから運ばれていくたくさんの貨物。

その貨物の合間に目を配りながらなるべく足音を立てないように歩を進めた。


(……誰か、いる)


そしてそれは仲間の気配ではない。

そう確信した瞬間、少し離れた貨物の間から何かが伸びているのが見えた。

「っ」

それが足だと分かった瞬間、はその貨物目指して駆け出していた。

廊下の突き当たりまで走り、積み上げられた貨物の間で見た光景に目を見開く。

薄暗い空間でもはっきりとわかるほど、その通路は人で溢れていた。


だがその全てがぐったりと床に倒れこんでいる。


(天人…!?)

暗闇に目を凝らして見ると、床に倒れているのは全て天人だ。

は再び懐中電灯を照らそうとしたが、通路の奥に気配を感じてそれを止めた。

狭い通路で折り重なるようにして倒れている天人の波の先

こちらに背を向け佇んでいる人影が1つ。

は目を細めながら懐中電灯を付け、その影の背中を照らす。

小柄に見えたその影はもう夜も更けたというのに傘を広げて頭を隠していた。

深紫色の番傘は暗闇に同化して影と一体化している。

というか、今日は日中も雨など降らなかったはずだが。


「ちょいとそこの人。こりゃーアンタの仕業か?」


はそう言って胸の警察手帳を取り出しながら傘に近づく。


「ちょっと署まで同行…」


その瞬間、その傘が閉じられたかと思うと鋭利な先端が眼球目がけて勢いよく飛んで来た。


「ッ!!」


咄嗟に抜刀して目の前で盾にした刀の刃にしっかりぶつかっている傘の先端。

それは通常の傘の先端とは明らかに違う攻撃的な形状で、

真ん中に開いている穴は銃口のようにも見えた。

懐中電灯が音を立てて足元に落ちると明かりがフッと消える。



「……こりゃ驚いた。女の侍か」



傘の後ろに覗く紅梅色の髪。

ふわりと揺れた三つ編みと風に乗って聞こえた柔和な若い男の声。

「…"武装警察真選組"…"一番隊・"……って読むのかな?

 あぁ、じゃあ幕府の人間か」

「っな、」

男が左手に持って見ているのはの警察手帳。

さっきまで確かにこの手に持っていたはずなのにいつの間に。

は柄を両手で握って力任せに男の傘を弾き、大きく後ろへ飛んで距離をとった。


「丁度よかった。上から部下の不始末の後処理を任されたんだけど、思いの他早く終わっちゃって暇してたところなんだ。

 暇つぶしに付き合ってくれないかな?お嬢さん」


男はそう言ってにこにこと笑い、警察手帳をに向って投げて寄こす。

は手帳を受け取って懐に仕舞いながら改めて男を睨みつけた。

外見年齢は自分や総悟と同じか少し上ぐらいだろうか。

鮮やかな紅梅色の髪を三つ編みで1つに結わえ、黒いチャイナ服を纏う優男。

常に浮かべた笑顔とは裏腹に全身から只ならぬオーラが滲み出ている。


「…兄さん何モンだ?」


明らかに攘夷志士やそこらの浪人とは違う。

第一目の前の男は腰に帯刀をしていない。


はそんな男を見てはっと気付いてしまった。

肌色というより純白に近い透き通るような肌。

そして何より、雨など降っていないのに男が持っている傘が決定打になった。



「…っアンタ…夜兎か…!?」



まさか。

夜兎と言えば宇宙最強の戦闘族。

確かその中でも伝説の掃除屋と名高い星海坊主は、前に一度屯所に来ていたのを見たことがある。

神楽を含め絶滅寸前の種族が自分の周囲に2人もいたことに驚いたというのに、

まさかこんなところで偶然職質をかけた男が夜兎族だとは。

は奥歯を食いしばりながら周囲に倒れている天人を見下ろす。


「ちッ…天人同士のイザコザか……放っときゃよかった」

「まぁそう言わないで相手してよ。

 大丈夫、俺は女は殺さない主義だから」


女を気遣った言葉にも聞こえたが、それは逆にを沸点へと近づけた。

「…あたしを普通の女と思わない方がいいよお兄さん」

誰より女という括りで区別されることを嫌う女隊士はにやりと笑いながら再び刀を構える。

それを聞いた男もうれしそうに笑った。

「へぇ、そりゃー楽しみだな」

男が構え直すが早いか、は両手で柄を握って刀を振りかぶり全体重をかけて男に向かって振り下ろす。

だがその太刀は男が再び振り上げた丈夫な傘によって吸収されてしまった。

全身で突っ込んだので両足が地面から浮いたが、これ以上押すことは叶わないと判断した

即座に後ろへ飛んで大勢を整え直す。


「……成程」


男も傘を下ろし、近くの壁に立てかけて手首をゴキリと鳴らしながらに近づいた。

「確かに、戦場を知ってる目だ」

ギラリと光る刃の向こうに見えるの眼を見て、男も細めていた目を開く。

はいつでも地面を蹴れるように神経を尖らせていたが、

頭ではこれからどう戦おうか必死に考えていた。


(…総悟が神楽ちゃんと戦りあってんの見たのってただの取っ組み合いだったしな…)


参考にはならない。

天人と戦ったことはあるが、夜兎を相手にしたことなど当然だがこれが初めてだ。

出会える確立自体かなり低いだろう。

はちら、と目線を夜空へ向ける。

夜は更けたばかりで開けるまでにはまだ随分時間がある。

「…このまま朝日が昇るまで付き合ってやるから太陽さんさん浴びて干からびてくんねーかな…?」

「はは、面白いこと言うねお嬢さん」



「大歓迎だよそういうの。…ま、君が朝までもつなら、だけど」



そう言って今度は男の方が先に地面を蹴った。

目にも止まらぬ速さで間合いまで詰めてくると、足が地面から離れるか離れないかというところでその右足が顔面に迫ってくる。

「ッ」

刀を前に出すには間に合わず、は咄嗟に刀の柄と左手を顔の前で交差させた。

ゴッ、と鈍く大きな音と威力に体が数十センチ後ろへ押される。

男はそのまま右足を振りきると、体を半回転させて続け様に左足をの腹目がけて叩きこんだ。

「、がッ…!」

腹筋を固める間もなかったのみぞおちに黒いブーツが減り込む。

巨大な鉛球でも直撃したかのような威力はいとも簡単にの体を吹き飛ばし、

数十メートル後ろの壁に勢いよく叩きつけられた。

「っ、げほっ!ゴホッ…!ゴホッ!!」

右手から刀が離れてしまいそうなのを何とか堪え、捻じれ切れそうなみぞおちを左手で押さえる。



(……ッなんつー力だこいつ…ッ)



決してガタイがいいわけではない。

背丈は総悟と同じぐらいだし体格に至っては自分よりヒョロいんじゃないかと思う程だ。

顔を上げて大勢を整え直そうとしたが、眼前に紅梅色の髪と長い腕が迫ってきた。

「ッ!!」

の顔目掛けて伸びてきた男の手は間一髪で避けたが、

生身の白い腕は背中の壁に減り込んでコンクリートを破壊する。

刃物のような手刀が横切ったの頬が切れて血が出ると、

時間差で髪紐も切れて右横で結わえていた髪が肩に下りた。


「…あたし警察だから色んな奴から恨み買ってるけどさァ…

 夜兎に喧嘩売られる覚えはねぇなぁ…!」

「俺もケーサツに喧嘩売るのは初めてかもしれないなー」


の顔の真横に減り込んだ腕をずぼりと抜くと壁には大きな穴が開いていたが、

男の腕は傷一つついておらず綺麗なままだ。

は右手の刀を一瞬パッと放すと、その脇で男の腕を挟む。

脇を締めて男の関節を肘で押さえつけると相手の骨がミシリと軋む感覚。

そのまま一旦放した刀を床で掴んで男の脇腹を目掛けて振り切った。

だが


「なっ」


振り切ったはずの刀は堅い金属にでもぶつかったようにそれ以上進まなくなった。

の太刀を止めたのは金属でも何でもない、男の素手。

刀身の刃裏を右手の平で止め、そのままほとんど力を入れずに手を押し出すと



「っ!」



刀は簡単に折れて砕けてしまった。

刃毀れしていたわけではない。

安物だったわけでもない。

だがそれは目の前の男の素手によって折られてしまった。

砕け散った刃の破片の向こうに綺麗な碧眼な覗く。

「………っ」

は即座に柄を放し、膝を曲げながら背中を壁にぴったりとつけて

その反動で男の顔面目掛けて蹴りを入れる。

男が立ち上がって避けると同時にも立ち上がって地面を蹴り、

懐から実弾が一発だけ入った銃を抜いて男に向けた。


「………っ地球人をナメるな宇宙人が!!!!」


引き金に力を込めたと思ったが、鉛色の銃口が男の手に覆われたと思った瞬間に引き金が動かなくなる。

ぐい、と手首ごと右手を捻られるといつの間にか拳銃はバラバラに破壊されていた。



「----いい動きだ。俺が戦った地球人の女の中じゃダントツだよ。

 …でもちょっと」



「重さが足りないかな」




目の前にぐわっ、と伸びてきた手。

それは避ける暇なくの右肩をがしりと掴み、長い指はそのまま力を込めて肩骨にめり込む。





ゴギン





嫌な音が耳元で聞こえると同時に右肩の筋がブチリと切れた感触

遅れて皮膚の内側で骨がイカれた気持ち悪い感覚が痛みとなって襲ってきた。


「……ッう、あ……っ!!!」


その手は肩を手放すことなく、の体ごと地面へと叩きつける。

は痛みに顔を歪ませながらも咄嗟に左足を振り上げ、

一緒に倒れてきた男の腹めがけて爪先を叩き込んだのだが

ブーツの先端は男の左手によって軽々と受け止められてしまった。


「大丈夫、いくら地球人でも肩砕けたくらいじゃ死なないよ」


右手で肩を掴み、左手で足を押さえながらを跨ぐ男はにっこりと柔和な笑みを浮かべてそう言った。

そんな男を見上げるの顔には脂汗が滲み、痛みで気が遠くなり始めている。

男が右手に体重をかける度にビシビシと嫌な痛みが脳天から爪先を一気に貫いた。


「…………ッ!!」


声にならない痛みを喉に押し殺し、力を振り絞って開いていた左足を振り上げて男の右肩にかける。

「お」

肩の痛みに耐え、制止されている右足を支えにして腿の力だけで男の体を押し上げた。

男の手から離れて自由になった両足を自分の頭上まで持ってくると、

そのままぐるんと後転して男と距離をとる。

だらんと垂れ下がった右腕を押さえて起き上がると、鎖骨と腕を繋いでいた骨はほとんど機能しなくなっていた。

足元に落ちている刀の柄を蹴り上げて左手で掴んだが、その刀身は既になくなっている。



「………くそ…ッ」



左腕でも刀を握れるように鍛錬をしてきたつもりだが、左腕で相手できる敵ではない上にまず刀身がない。



(…やべぇなこりゃ…死ぬか…?)



呼吸をするだけで肩から全身に激痛が走る。

まともに身動きすらとれないとは裏腹に、目の前の三つ編みの男はにこにこと変わらず笑みを浮かべて

かすり傷1つ負っていない状態だ。

も役に立たない折れた刀を捨て、左拳を前に出して腰を落とす。


(…土方さん局中法度に加えてくんねーかな…

 "敵前逃亡は士道不覚悟でこれ切腹なり。ただし相手が夜兎族の場合は逃亡を認める"とかさぁ…)


いやでも総悟はめっちゃ神楽ちゃんと戦りあってたしな…

そんなことを思いながらも額に冷や汗と脂汗が滲み出てきた。

体のいうことはきかずとも、男を睨む目付きだけは鋭い。


「…いいね、その目。俺の知ってる男によく似てる」


男はそう言って嬉しそうに笑ったが鋭い碧眼の光に確かな殺気を宿らせてを見た。

そして再び両手を前に出して構えた、その瞬間



「そこまでだ団長」




突如割って入ってきた第三者の声。

ふと振り返ると背後に別の男が立っている。

鈍い金色の長い髪を夜風に揺らす中年の男。

はその気配に全く気付くことができなかった。


「よくここが分かったね、阿伏兎」

「分かったねじゃねーよこのすっとこどっこい。

 やけに時間かかってると思って様子見にきてみりゃ…何油売ってやがる」


男が阿伏兎と呼んだ長身の男も全身を黒いチャイナ服とマントに包み、大きな傘を携えていた。

だが左の袖が力なくだらんと垂れさがって時折夜風に揺れ、左腕は存在していないように見える。

は即座にその男にも殺気を飛ばして身構える。

阿伏兎は覇気のない目でを一瞥し、まるで興味がないとでもいうようにすぐ視線をそらした。

「やめとけ嬢ちゃん。怪我したくなかったら…ってもう十分してるな。

 死にたくなけりゃ大人しく帰んな。上に圧力かけられる前にな」

「……圧力…?」

男の妙な言い方には眉をひそめる。

「ったく喧嘩売る相手ぐらいよく見てくれ団長。

 幕府の人間にゃあまだ利用価値があるって上に言われたばかりだろう」

「そうだっけ?」

「興味のねーことは片っ端から忘れてやがんな…ったく都合のいい脳みそしてやがる。

 前に転生郷の売買に失敗したガマが幕府の武装警察に身柄押さえられたことがあったろ。

 どうやらこの嬢ちゃん、その1人らしい」

周囲に転がる天人の死体を適当に蹴飛ばして除け、阿伏兎はそう言って再びを見た。

はそれを聞いて昔の仕事を思い出した。

そしてそのガマが宇宙海賊と繋がっていたということも。


「…っお前ら…ッ春雨か…!?」


宇宙海賊春雨

攘夷派と並び幕府が危険視している集団の1つだ。

麻薬や銃器の違法取引、更には人身売買にも絡んでいる闇の組織。

その一部が幕府中央暗部と繋がっているということは兼ねてから噂されていたことだが、

それは幕府に仕える身分として決して表沙汰には出来ない真実だ。

ここでヘタに刺激をしては上からの圧力で真選組という組織自体を潰されかねない。


「そういえば君の名前は知ったけどこっちは教えてなかったか。
 
 侍には侍の礼儀ってのがあるんだろ?面倒くさいけど」


三つ編みの男は傘を拾って開き、肩にかけながらに笑顔を向ける。



「春雨第七師団団長、神威」



「それが俺の名前」



神威と名乗る男はそう言ってにっこりと笑った。



(…第七師団……ッ)



ざわり、と背筋を嫌なものが走る。

現在警察で掴んでいる情報では、春雨の中でも武闘派の団員が集まり危険視されているという第七師団。

別名「春雨の雷槍」と呼ばれる部隊の団長を、まさか夜兎族が務めているとは思わなかった。


「覚えても覚えなくてもどっちでもいいや。

 俺も次に君と会った時名前を覚えてるかどうか分からないし」


神威は足元に散らばる拳銃の残骸を見下ろす。

グリップにつけられた紫色の飾り紐は焦げて変色していた。

は奥歯を噛みしめ、こんなところで敵を見逃さなければならない状況を恨んだ。


「…このまま悠々と宇宙旅行出来ると思うなよ」


2人の夜兎を睨み、足元に捨てた刀身のない刀を拾って鞘に納める。

「いつか必ずあたしたちが暗部を暴いてテメーらをブタ箱送りにさせてやる」

「勇ましいねぇ。ご忠告感謝するよ」

神威は白いマントを羽織り、の覇気を受け流すようににっこりと笑う。



「じゃあまたね、おまわりさん。パトロール頑張って」



そう言ってひらひらと手を振り、その手で緩い敬礼をしてみせた。

こちらに背を向けて闇に消えていく2人の背中を最後まで警戒して見送っていたが、

足音が聞こえなくなった瞬間に緊張の糸が切れてその場にべしゃりと座り込んだ。


「…っはぁッ…はっ……つ---------…っ」


右肩を押さえようにも痛くて触れない。

脂汗が滲む額を左手で押さえ、懐から携帯を取り出してある隊士の番号を呼び出した。


「……もしもし山崎?あたし。

 アンタ今日近藤さんたちと一緒だっけ?…あぁよかった…

 悪いんだけどちょっと迎えに来てくんない…?ちょっとヤバイことになっちゃって…」




「…珍しいな。アンタが自分から地球人の女に喧嘩売るなんざ。

 強かったのか?」

ターミナルから程ない港を2人の夜兎が並んで歩く。

阿伏兎は横を歩く上司を見下ろして声をかけた。

「いや?確かに地球人の女の中では強いけど剣術自体は並みだし、当たりも弱かったと思うよ」

神威は前を向いて嬉しそうに笑ったまま答える。

それを聞いた阿伏兎は僅かに目を細めて首をかしげた。

「ならなんで」

「何となく。いやー面白いね侍ってのは。

 男も女も関係ないんだ」

「…アンタに何となくで喧嘩売られちゃーあの嬢ちゃんもさぞいい迷惑だったろうよ」

やれやれ、と頭を掻きながら溜息をつく阿伏兎。

まだ利用価値があるから殺すなと言われている武装警察の隊士を殺そうものなら上から何を言われるか分かったものじゃない。

口では女は殺さない主義だと言っているが、彼女が弱い女であれば躊躇なく殺していただろう。

「ケーサツに喧嘩売るのも海賊王への道を切り拓くには必要かもよ」

「必要ねーよ!確実に寄り道だろ!!」





同時刻・真選組屯所


「……どーしたそれ」

「………………」


広間に座る近藤は眉間にシワを寄せ、目を細めて向かいに座るを見る。

近藤を挟んで土方と総悟も座っており、3人にじーっと右肩を凝視されて穴が開きそうだ。

(いやもう穴開いてるも同然なんだけど)

の右肩は隊服の上から白い布で覆われており、その下には頑丈なギブスがつけられている。

トレードマークの横結いポニーテールも解け、右頬には不自然な絆創膏が貼ってあった。


「お前俺と電話してから何があった?攘夷志士にでも絡まれたか?」


…それならどれほどよかったか。

は近藤とは目線を合わせず、冷や汗を流しながら目を泳がせる。

部屋の外では山崎も冷や汗を流しながらその様子を窺っていた。

から電話をもらってターミナルに駆けつけてみれば、彼女は肩を砕かれ動けない状態。

誰にやられたと聞いても「天人にやられた」としか言わず、慌てて病院へ連れていったのだ。


「いやあの…て、テンション上がっちゃって…階段でジャーマンスープレックスの練習を…」

「何でテンション上がってそんな練習すんだよ!仕事しろよテメーはよォ!!」


かなり無理がある嘘を聞いて土方は半分腰を浮かせながら怒鳴った。

「いつか土方さんにかけてやろうと思って階段で練習したのが間違いでした」

「よーし上等だお前今すぐかけてみろ!かけれるモンならかけてみやがれ!!」

「大人げないですぜ土方さん。ほら、がだめなら俺が代わりにかけてあげますから」

怒鳴り散らす土方の横で総悟が立ち上がり、土方の両脇を抱えようと手を伸ばす。

暴れる土方と悠長にそれを制止しようとする総悟の横で近藤が浅い溜息をついた。


「…お前が何か隠し事をしている時は大抵なにか厄介なことが関わっている時だが、

 隠しているのは隊のためを思ってのことだと俺は信じている」


はそれを聞いて顔を上げ、近藤を見た。

近藤も顔を上げて真っすぐを見つめる。


「信じていいな?」


自分を見つめる真っすぐな目付きから顔を逸らさずに、はこくんと頷いた。

「…はい。…ありがとうございます」

「オイ近藤さん、甘いんじゃねーのかそれ」

「いいんだ。どうせ俺たちは面倒が起きる前に対処する頭なんざ持ってねーんだ。

 起きてから対処すればいいさ」

ぺこりと頭を下げるの向いで今にもジャーマンスープレックスを受けそうな態勢の土方が目を細める。

近藤は呆れるように笑いながらテーブルの上の茶を啜った。

「今日はもう休んでいいぞ。しばらくは巡回業務だけ当てることにする」

「すいません…ありがとうございます」

右腕を全く使えないはよろけながら何とか立ち上がり、再び頭を下げて左手で障子を開ける。

土方の悲鳴と何かが地面に叩きつけられる鈍い音を背後に聞きながら、は広間を出た。


「……………」


縁側から見えるのは夜空に浮かぶまん丸の満月。


(…誰だ月には兎が住んでるとか無駄にメルヘンなこと言い出した奴)


はそれを恨めしそうに睨みつけ、右に差し直した鞘から左手で刀を抜いた。

半分から先は綺麗に折られていて使い物にならない。

…また新調しなくては。

はぁーっと深いため息をつき、左手でがしがしと頭を掻いて部屋へ戻る。







翌日



「……どーしたのそれ」


かぶき町を巡回中に偶然会った万事屋トリオ。

さすがの銀時も眉をひそめ、怪訝そうにの右肩を見つめた。

「ちょっと…仕事でヘマしちまいまして」

「ヘマって…どんなヘマしたらそうなるんだよお前。

 どう見たって刀傷じゃねーだろそれ」

「まぁ骨折っつーか肩砕けてます。完全に。

 医者いわく治る頃には前より丈夫になるだろうってくらいバラッバラらしいですよ」

はそう言ってへらっと笑った。

「まぁ左手でもチンピラはっ倒すぐらいの腕力はあるつもりなんで、

 いざとなったら左1本でどうにかしますよ」

いつもは左腰に差している鞘を右に移し、鍛冶屋から借りてきた刀の柄を見て苦笑する。

「いいなーそのギブスカッケーなー銀ちゃん私も骨折したいアル」

「その辺に頭突っ込んで頭蓋骨骨折してこい。つーかお前折れてもすぐ治るだろーが」

白いギブスと大きな三角巾で肩を覆うを見て目を輝かせる神楽。

はそんな神楽を見て昨晩会った男の顔を思い出した。


「……神楽ちゃんさァ」

「?何アルか?」


首をかしげてを見上げる神楽。

「………………」




…お兄さんとかいたりする?





「……いや、やっぱいいや。ごめん何でもない」

はすぐに首を振って苦笑した。

神楽は反対側に首をかしげて不思議そうな顔をしていたが、

すぐに再びのギプスを見て「カッケーなーこれ」と物欲しそうな顔をしている。

「………………」


(…なワケねーじゃん。どんだけ地球狭いの)


自分の知り合いと昨晩戦った相手が親族だなんて、そんな偶然あるはずがない。


(…ったく、何が夜の兎だ。クレデターの間違いだろ)


溜息をついただけで右肩がバラバラになりそうだ。

いや実際粉々になったんだけど。


「アンタらも怪しい連中には気をつけて下さいよ。

 あんなん誰か守りながら戦える相手じゃないんで」

「…あんなん?」

「こっちの話です。それじゃ」

左手をぶらぶらと振りながら、はかぶき町の雑踏に紛れていった。


「………………」


銀時はそんなの背中を睨むように見つめ、

人ごみに消えて見えなくなると大きな江戸の空を見上げる。

晴天の空にターミナルを発った宇宙船が一機、ゆっくりと飛んでいくのが見えた。








やっとシリーズに出せた神威。
ヒロインをお嬢さんと呼ばせるかお姉さんと呼ばせるかで最後まで悩み、
総悟と兄ちゃんはどっちが年上だろうという話を友人として、兄ちゃんは20ないし20越えてて欲しいなー
という結果に辿り着いたのでじゃーお嬢さんで。というわけです
ヒロインと絡んでもヒロイン怪我しかしませんから、高杉よりも出現率が低いと思います(笑)
とりあえず出せて満足!