夏のビキニも男のロマン
-前編-









7月下旬・江戸某所


「………あっつ…」


パトカーの運転席に座り窓を全開にして項垂れる7月の昼下がり。

はサイドブレーキを踏んだ状態でハンドルに寄りかかり、

額にじわりと滲む汗を隊服の袖で拭った。

駐車したすぐ横の木からは蝉の鳴き声がけたたましく響いている。

…夏が終わったら死んでしまうというのに、よくもまぁこんなに元気に鳴くものだ。


"今日の最高気温は江戸で35度を記録するでしょう。

 8月上旬並みの夏日となりそうです。皆さん暑さ対策をしっかり整え、

 熱中症などに十分注意しましょう"


車のラジオから聞こえるお天気情報。

左耳から入って右耳から抜けていく。そんな感じ。


"いよいよクールビス本番、といったところですね。

 なるべく薄手の着物を着て、エアコンは23℃を維持しましょう"


「なーにがクールビズだよ…あたしたちにゃあそんなもんないっつーの」


そう言ってエアコンの温度を18℃ギリギリまで下げた。

首元にも汗が滲んできている。

こんな服を着ていれば当たり前だ。

首元までしっかり閉まった襟

おまけに日差しを100%吸収する黒で厚手の生地

丈夫で機能性はばっちりだが通気性がまるでない。

「総悟の奴あたしの夏服も考案してくんねーかな…」

ハンドルに両手を乗せて頭をがっくりと下げる。

袖をかっ裁いただけのロッカー隊服は勘弁して欲しいが、今はそれに逃げたくなるほど暑さに参っていた。

すると


「オイ。1人で涼んでんじゃねーよ」


運転席の横に立つ土方。

彼も同じように暑いらしく、ジャケットを脱いでワイシャツとベスト姿になっていた。

「だってこんな暑い日に巡回なんかやってられませんもん…」

「文句言ってねーで仕事しろ仕事」

外から運転席のドアを開け、の腕を引っ張って無理矢理パトカーから出す。

「ぅわっ、日差し暑ッ!!」

ジリッ、と容赦なく頭を照りつける日差し。

車内の空気と一転、もわっと暑苦しい空気が街に立ち込めている。

「日焼け止めとか塗ってないし…またハーフパンツ焼けする…」

「足涼しいんだからいいだろ」

横を歩く土方は呆れ顔で目を細めた。

「貸してあげましょうか?TO●IOデビュー当時の長●智也になれますよ」

「いらねーよ」

「ブーツやめてビーサンにしようかなぁ…つーかもう上着脱いでいいすか」

はそう言って襟の第一ボタンに手をかける。

土方が即座にその手をがしりと掴んだ。

「テメーはもう少し恥じらいっつーモンを持てっつったろうが」

「だったらそのベスト平隊員にも作って下さいよ。

 ほら、あたし夏は下タンクトップだから。無問題」

「そういう問題じゃねーんだよ。警察がそんな格好…」



「いやぁ、今日も暑いなー」



背後から聞き慣れた声。

2人が同時に声に振り向くと、案の定ノースリーブ隊服で涼しげに近藤が颯爽と歩いてきた。

こんなに暑いというのに涼し気な顔の総悟も一緒。

もちろん彼は上着も脱ぐことなく通常の隊服を着ていた。

「「……………」」

土方とは怪訝な顔で近藤を見る。

すると


「おーう、オメーら暑い中ご苦労だなー」


更に聞き慣れた声が聞こえてぐるりと振り返ると、

立派な上着をノースリーブに変えた松平が煙草を銜えてベンツから降りてきた。

「…土方さんあたしやっぱ脱ぐのやめます」

「そうしろ」

は外した第一ボタンを閉め直す。

とりあえずコイツらと同類だと思われたくない。

オメーこのクソ暑いのにミニスカポリス活用してねぇのか」

「活用できるわけねーだろあんなモン。大して涼しくもなんともないんだよ。

 つーかいい加減夏服作ってよ!デザインそのままでもっと通気性良くするとかさぁ…

 マジ熱中症になり兼ねないんだけど」

ジーワジーワと鳴く蝉

太陽は丁度真上に位置する時間

頭を照りつける日差しが体温を上げて思考回路を低下させていく。

ロッカー夏服を愛用していない隊士は毎年こんな感じだ。

「そーさなぁ…やっぱりオジさん的にはベストに青いシャツと緑のネクタイで

 黒いミニのタイトスカートなんか…」

「とっつぁん!」

一般的な婦警の夏服を思い浮かべる松平の横で近藤が声を出す。

「俺ァミニスカなんて破廉恥なものは提案しない。清楚に可憐に!」

近藤がそう言って出した1枚のイメージ図。

「ワンピースを提案する!!」




ズシャッ!!!





が抜刀した刀がイメージ図を貫いた。

「…その思考が清楚でも可憐でもねーんだよ」

現在着ている隊服の裾をそのまま伸ばしたようなワンピース。

そのイメージ図は切り刻まれてひらひらと道に落ちていく。

がっくりと肘をついて落ち込んでいる近藤を総悟が肩を叩いて慰めた。

「夏服もないし休みとれなくて海にも行けないし!!

 真選組に涼しさを求めるなっつーの!?」

「あぁぁもう暑いんだから騒ぐな鬱陶しい」

開襟のシャツをぱたぱたと仰いで土方が眉間にシワを寄せると


「そんなに海に行きてーなら連れてってやるよ」


ふーっと煙草の煙と吐きながら警視庁のドンがさらっと言って退けた。

威厳溢れるヤクザ顔を台無しにするノースリーブ制服で。

その場にいた全員の視線が松平に集まった。







江戸某海水浴場



「「「………………」」」


背後の松林から聞こえるジーワジーワと煩い蝉の鳴き声

正面からはどよどよと人々のざわめき声

砂浜の白い部分と探すのが大変なほどビーチは人で溢れかえっている。

真夏の日光を反射する砂浜を歩いている人々は皆水着姿で、

そんな中に全身真っ黒の隊服をまとった男女が数名佇む姿はとても目立っていた。

江戸に住まう人間なら誰しも一度は目にしたことのある真選組隊服を、まさか海水浴場で見ることになろうとは思っていないのだろう。

水着姿の若い女性たちは怖がってそそくさと逃げていった。


「…なに……なんだって世間がワーキャー夏を満喫してる所に

 こんな暑っ苦しい格好で乗りこまきゃならないの」


はひくっと口元を引きつらせて大衆を睨みつけた。

暑さで機嫌が悪いのもあるが、海面に反射した光が眩しいのもある。


「今日栗子が彼氏とここに来るらしい。

 友達と行くとかぬかしてやがったが、ありゃ間違いなく彼氏とだ。

 昨日の夜着ていく水着悩んでたのオジさん見ちゃったもの」


こめかみに血管を浮き立たせるの横で松平は懐から双眼鏡を取り出し、

きょろきょろと周りを見渡した。

その光景も怪しいし、娘の部屋を覗き見する警察もどうかと思う。

「……で?そのデートを見張れってか?」

「ビーチは男を獣に変える。男女が薄布一枚隔てて一緒にいるなんざ何が起こっても不思議じゃねぇ。

 栗子の素肌に指一本でも触れようものならこの松平片栗虎が蜂の巣にしてくれる。

 オジさんだってビーチじゃ年甲斐もなく獣になっちまうもの。

 そーれを年頃の男女が一緒にいてみろお前、過ち起こすぞ。かーならず起こすぞ」

呆れた顔でが言うと、松平はどこに持っていたのかライフルを構えた。

「アホらし。そんなのその辺の暇な奴にやらせとけよ。

 こちとら武装警察なんだから一般人に刀向けるわけにいかねーだろ。

 だいたいこんな格好でウロついてたら客ビビらせるだけじゃねぇか」

土方は正論を言って早々に帰る準備をする。

確かにビーチを歩く人々はみな水着で海水浴を楽しみに来たのに、

泣く子も黙る真選組が隊服姿で歩いていては客を怖がらせるだけだ。

超個人的なことで真選組を使ってくるのはいつものことだが、今回のはいつもに増して酷い。

すると松平は手に持っていたアタッシュケースを砂浜に置き、

厳重なロックを解除してアルミの蓋を開けた。

「だから今日はテメーらに武装を辞めてもらう」



「そんでこれ着ろ」



松平が取り出したのは男物の黒いビキニ。

ゴムの部分が黄色く縁取ってあったが、

股間に大きく白字で「真」とプリントされている。


誰が着るかァアアアア!!!!もう警察でもなんでもねぇだろ!!ただの変態だろ!!!」


「心配すんなトシ。「真」部分は個人に合わせて大中小と用意してあっから」

「いらねーんだよそんな心遣い!!その自己主張がもう真でも何でもねーよ!!」

「とっつぁん俺は大で」

「っ着るのかよ!!」

いそいそと隊服を脱いで水着を履く準備を始める近藤。


「お前はこっちだ


松平はそう言って更にアタッシュケースから1着の水着を引っ張り出してきた。

水着専用のハンガーにかかった黒い水着。

黒地に黄色でラインの装飾が入ったホルタービキニ。

下も腰のラインが黄色になった隊服カラーで、同色のショートパンツを重ねて履けるようになっている。

派手で露出の多い水着に比べればカジュアルで健康的だがは怪訝そうに目を細めた。

「オイなんでそっちだけデザイン重視なんだよ」

「ビキニは男のロマンだからだ。野郎はそっち着てろ」

「つーかデザインが本気っぽくて気持ち悪いんだけど」

土方と総悟以外の隊士がぞくぞくと水着に着替えていく中、は完全に呆れ顔だ。

「ロマンロマンって…だからこういうのは娘に着て貰えばいいわけでしょ!!

 今日見れるんだからいいじゃねーか!!」

「バカお前!!パパにも見せてくれなかった水着姿を初めて彼氏に見せるんだぞ!?

 ガキの頃一緒に海入って以来見せてくれたことのない水着姿をだなぁ…」

「気持ち悪ィんだよアンタ!!そのうちマジで捕まんぞ!!

 つーかあたし水着なんか着ないから!!」

は怒鳴りながら水着のかかったハンガーをべしっと砂浜に投げつけた。

「デザインが不満ならこっちはどうだ?」

松平が再びアタッシュケースから取り出した水着。

形状は同じだが両胸の真ん中に白地で「真」とプリントされている。

「これもな、お前に合わせて大中小あるから」

「死ねクソオヤジ!!無駄な自己主張やめろ!!」

「それ着ろィ。俺がオイルで背中に「私はペチャパイのメス豚です。生まれてきてすみません」って書いてやるから」

「テメーは黙ってろドS野郎が!!!」

総悟は涼しい顔でずいっとオイルを差し出してきた。

「それ着ろ。着なきゃ減給だ」

「お前バカだろ!!何回も言うけどマジでバカだろ!!!」







…そんなこんなで。


「あー…クソッ腹スースーする…」


更衣室から出たは腹を押さえてぶつぶつと文句を漏らした。

自慢じゃないが、自分は決して華奢な部類ではない。

毎日筋トレをしているのでむしろ筋肉質な部類だ。

ふにふにぷにぷに女の子らしい身体とは無縁だと思う。

だがそれを人様に晒せるかと言ったらそうじゃない。それとこれはとは話が別だ。絶対。

が戻ってくると、隊服のままの2人を含んだビキニ姿の隊士たちがいっせいにを見た。



・・・・・・・




・・・・・・・




…はぁ…。




そして隊士全員が心の底から深いため息。


何だその溜息はぁアアアア!!!!


「心底まな板だな…」

「いくらビキニでもあれじゃあなぁ…」

「幼児体系抜け出せてねぇんだアレ」

興奮どころか可哀相なものを見るような目でを哀れむ隊士たち。

彼女を小さい頃から見ているせいもあるだろうが、全く色気のない体系にも問題があるのだろう。

額に血管が浮き出てわなわなと震えるの肩を、総悟が後ろからポンと叩いた。

「まな板を誇って生きろ」

「…ッテメーら…!」



「焼きとうもろこしいらんかねー

 こんがり香ばしい焼きとうもろこしいらんかねー」



ブチ切れる寸前のの耳に、気の抜けた男の声が聞こえてきた。

「銀さん、やっぱり蒸して冷やしたとうもろこしの方がよかったんじゃないですか?

 こんな暑いのに焼きとうもろこしなんか売れませんって」

「バカお前、暑い時に熱いもの食うのが乙なんだろーが。

 冬のアイスしかり、夏のラーメンしかり。俺冷たいとうもろこしってなんか食う気失せんだよなー」

人ごみを掻き分けて歩いてくる白髪頭の男と眼鏡の少年。

首から箱を提げてまったくやる気のない口調で客寄せをしている。

「っていうか神楽ちゃん大丈夫ですかね?

 途中幻覚見始めちゃったから海の家に置いてきましたけど…」

「あいつァなんか食っときゃ治るだろ。とりあえず少しでも黒字にしとかねーと金入んねーぞ」

2人は歩いてきたところで奇妙な漆黒の水着集団に気づいて立ち止まった。




「………なにやってんの?」




To be continued