睦月の風に告ぐ








「あれっ」

いつもと変わらぬ朝。

山崎は朝食の並ぶ広間でいつもと違った光景に思わず声を上げた。

「副長ォ、局長とちゃんどこ行ったんですか?」

全員埋まっている席で、いつもあるはずの席が2つ、今日は抜けている。

上座の近藤と、その斜め・総悟の隣のの席がなかった。

いつもなら真っ先に席についている2人なのだが。

「朝早く武州に向かった」

土方は銜えていた煙草を指で持ち、フーッと煙を吐く。

「え、武州?急な出張ですか?」

山崎は首をかしげなから席につく。


の両親の墓参りだと」


煙草をトン、と軽く灰皿の縁に叩きつけて灰を落としてそう言うと、

各々雑談していた他の隊士も土方を見た。

「…ああ…もうそんな時期か…」

「早いなァ1年経つの」

隊士たちは顔を見合わせてしみじみと言葉を紡ぐ。

「でも何で局長も一緒に?今まではちゃん1人で帰ってましたよね?」

「知らねーよ。なんかアイツももう18だし、一度挨拶しとかないとみたいな
 
 ワケわかんねェこと言って一緒に朝出てった」

土方は呆れるように再び煙草を銜えて煙と溜息を一緒に吐いた。


(((…過保護だなぁ…)))


隊士もそれぞれ呆れるように溜息をついて全員が同じことを思う。







一方


「おぉーこっちは結構雪積もってんだなぁ」

武州の田舎町までやってきたと近藤。

この時期こちらに出向いてくるのが久しぶりだった近藤は、

辺り一面を覆う銀世界に感嘆の声を漏らす。

一方、毎年この時期墓参りに来ているはそんな近藤を横目に見ながら笑っていた。

「でも近藤さん、なんで今年に限って一緒に行くなんて言い出したんですか?

 わざわざ有休までとって」

寺の住職に挨拶を済ませ、墓地へと向かって歩きながらは近藤に問いかける。

「いや、お前も18だろ?いい区切りなんじゃないかと思ってさ。

 一応大事な一人娘をお預かりしてる身として挨拶しておかないとな!」

「そんな、嫁に貰うわけじゃないんだから」

張り切る近藤を見ては苦笑した。

実際、江戸へ移ってきて数年は毎年欠かさず両親の墓参りへ来ていたのだが

隊士の誰かと一緒にやってきたのはこれが初めてだった。

「…去年は色々あったしな。報告も兼ねて。

 野郎ならどうでもいいんだが、女はそういうの心配するだろ?

 俺だったら心配だぞ、大事な1人娘がムサい男所帯で暮らして剣振るってんのは」

ミニスカにさせられたり、覗き未遂にあったりお見合いさせられたり、

死にかけたりクリスマスも仕事だったり

「あははっ、確かに」

は笑いながらなだらかな坂にある墓地の奥に進み、墓石の前で立ち止まった。

「ここです」

"家"と書かれた小さな墓石。

他の墓石に比べると質素であまり目立たない場所にあった。

「立派なお墓は立ててあげられなかったんですけど」

両親が死んだ7年前、他に親戚もいなかった当時はこれが精一杯だった。

持って来た菊の花を花瓶に挿し、墓石の上に積もった雪を下ろし始める。

近藤は束ねた線香にマッチで火を点けて墓前に置いた。

そして2人は墓前にしゃがみ、同時に手を合わせて目を瞑る。

「………………」

「………………」

シンと静まり返った雪の空間にしばしの静寂。

数秒して、先に目を開いたのはの方。

が横目で近藤を見ると、まだ目を瞑って何やら必死に拝んでいるようだった。

遅れること数秒、近藤は目を開いてすっくと立ち上がる。

「よし、と。はご両親になんて報告したんだ?」

「え、包み隠さず全部。ミニスカも覗きもお見合いもぜーんぶ報告しました」

はしゃがんだまま近藤を見上げてニカッと笑った。

「…化けて出ないかな…」

近藤はバツが悪そうに顔をそらす。

「近藤さんは?」

「俺はとりあえず娘さんお預かりしてますよーってことと、

 毎日元気にやってますよーってことかな」

腕を組み、近藤は墓石を見下ろして笑う。

(…ホントに娘を嫁に貰う旦那の報告だな)

は膝の上で頬杖をつきながら呆れた顔をしている。


「あとはやっぱ…何回も危険な目に曝してすいません、って」


笑顔は寂しそうなものに変わる。

は顔を上げ、近藤を見た。

「もしご両親が天国でお前を見てるなら、

 真選組で刀を振るって何回も死にかけてるお前見て心配してんじゃねぇかなって。

 真選組に誘ったこと、怒ってんじゃねぇかと思ってさ」

らしくもない弱気な発言に、は目を丸くしている。

それから再び墓石に視線を戻し、ゆっくり口を開いた。

「…そいつは違いますよ近藤さん」


「2人が怒るんだとすれば、アンタや真選組を護りきれずに死ぬことだ」


墓石を見たまま、ははっきりとした口調でそう言った。

近藤は目を見開き、を見下ろす。

「あたしは女だけど、それでも武士で、真選組だ。

 アンタに拾われたその日からこの刀をアンタの為だけに振るうことを誓ってきたんです。

 それを途中で放り出したなんて言ったら、2人はそっちの方が怒りますよ」




『願わくは、お前には『護る剣』を、奮ってもらいたいよ』




「死ぬことは怖くない。いつでも墓ン中入る覚悟が出来てる。

 父さんと母さんには親不孝だって言われるかもしれないけど、これがあたしの選んだ生き方だから。

 それなら2人もきっと許してくれます。いい人たちに拾われたなって、笑ってくれます。

 大事なモンを護って死ぬなら、あの2人は怒ったりしません。

 だからあたしがくたばっても、安心してあたしの屍を越えてって下さい」

はそう言って立ち上がり、近藤を見上げる。

「あたしはいつ死んでもいいようにこうして毎年墓参りに来てるわけで。

 でもアンタは生きなきゃならない。形振り構わず後ろなんか見ないで生きなきゃならない」






「あたしたちはその為に在るんですよ」







真っ直ぐ、強い目が近藤を見る。

それは凛として、とても澄んだ茶色の瞳。

近藤はふと、7年前自分に向かって決意を話してくれた幼いの顔を思い出した。

思い出して、表情が緩む。

「…お前、どんどんトシに似てくるな」

「え、そうですか?」

柔らかく笑いながら言った近藤には首をかしげる。

「ガキの頃から気性は総悟と似たり寄ったりで苦労したが…

 考え方はトシそっくりだ」

「褒めてんですかぁ?それ」

「褒めてる褒めてる」

腕を組み、近藤は嬉しそうに言った。

唇を尖らせ、腑に落ちない顔で近藤を見上げると

近藤はガハハと笑いながらの背中を叩く。

「…土方さんと話してると『近藤さんに似てきたな』って言われますよ」

「俺に?そうか?」

きょとんとした顔で首をかしげる近藤を見て、は呆れるように笑った。

「あたしって何なんですかもう、親の腹から生まれたのにムサい野郎共に似てるって」





だけどそれは自然と







心地よくて誇らしい







「いいことじゃねーか」

近藤もつられる笑い、わしゃわしゃとの頭を撫でる。

はくすぐったそうに片目を瞑ってはにかんだ。

「さて。そろそろ戻るか。みんなに土産買って帰ろう」

「はいっ」

墓の前を離れる近藤。

もそれを追って墓石に背を向ける。

手に持っていた刀を腰に差し、墓前を離れようとしてぴたりと立ち止まった。

「………………」

再び振り返り、小さな墓石に向かって深く頭を下げる。



----冷たい冬の風が一瞬だけ、温かくなったような気がした。



「おーいー!行くぞー!!」

「はーい!」

峠の下から聞こえた近藤の声に返事をして、は踵を返す。

「…いつ来れなくなるか、分からないけど さ」

右脇腹を押さえ、誰にも聞こえない声で呟いて静かに墓前を離れた。

隊服の襟を立てて寒そうに肩をすくめ、冷たい空気で澄んだ空を見上げる。






高く碧い場所にいる貴方たちと




今自分の周りを支えてくれる貴方たちに







どうかこの北風が、届けてくれますように










書きたいなぁと思っていたお墓参り。
そしてなんか近藤さん夢みたいになった。
ヒロインに近藤さんを「アンタ」呼ばせたいがために書いたっていうのもあります(笑)