雪が降って少しでもテンション上がらなくなったらもう年だと思え
-前編









「あーぁ…」

江戸の街をいつものように隊服で歩くは、深いため息をついた。

息を吐くと白い靄が浮かんで消える。

今日の江戸の街は、1年の中でも特別賑わっていた。

あちこちで点滅している色とりどりのライト。

赤と緑のリボンやベルの装飾。

サンタやトナカイの被り物をしてティッシュを配る人。

ジングルベルやきよしこの夜のBGM。

なんたって今日は

「…クリスマス一色だし…」

クリスマスケーキの店頭販売

「ケーキ美味しそうだし…」

すれ違うのはカップルばかり。

「周りカップルばっかりだし」



「…隣にいるのこんなのだし」




「こんなのってどんなのだオイ。言ってみろコラ」

はーっと肩を落とす

その両側を歩く土方と総悟。

土方は血管浮き立たせてを見下ろし、総悟は途中で買ったホットの缶コーヒーを悠長に飲みながら歩いている。


12月25日。


家族連れやカップルで賑わう江戸の街を、帯刀した男女が不機嫌面で歩く姿は実に滑稽だ。

「なーんでクリスマスだってのに…市中見回りなんかしなきゃないないんスか…」

「毎年俺らにクリスマスなんかねーだろ。

 今さら何言ってんだよ」

肩を落とすの横で、土方は当たり前のように言って退ける。

「こういう浮かれた行事で浮かれた馬鹿な連中が、こぞって騒ぎ起こすんだろ。

 攘夷志士も然り、こういう時こそ見回り強化しねェとならねーだろうが」

煙草を指で持ち、フーッと煙を吐いて呆れるように言った。

「…土方さん一人身だから予定ないんでしょ」

「うるせーよ。テメーこそ彼氏いねェから見回りに引っ張られたんだろ」


・・・・・・



2人はしばらく黙り込み、ヒュウッと吹き抜ける冷たい風に肩をすくめた。

「……今度合コンでも設定しません?」

「…考えとく」

真顔のに土方も煙草を銜えながら答えた。

すれ違うカップルは腕を絡めてとても楽しそうに見える。

僻むつもりはないが、国民的行事のこんな日まで仕事とはさすがにうんざりしてきた。

(…妙ちゃん家でお鍋するからどう?って誘われたんだよなぁ…

 万時屋の連中と九ちゃんとかも来るからって…なのに仕事だって断っちゃって…

 惜しいことした…)

ハーッと溜息をついて肩を落とすと

「そういや今日8時から歳末ドラマ2時間スペシャルやりますよね」

思い出したように総悟が口を開く。

「マジでか!」

「やべ、録画予約してくんの忘れた」

バッと顔を上げて目の色変える

「さっさと片付けて帰んぞ」

「「はいよー」」

土方の言葉に2人やる気のない返事をすると



キャアァァァァ!!!!



「「「ッ」」」

早速、というべきか。

人込みの中に女性の悲鳴が響く。

3人は声のした方向へ走り、1軒の店の前を囲う野次馬の前で止まった。

「何事だ」

土方は野次馬の1人に問いかける。

「客の浪人が酔っ払って店員に殴りかかったみたいでさァ」

野次馬の男は居酒屋の中を指差して答えた。

面倒くさそうに溜息をついて前髪をかき上げる土方。

そんな土方をさしおいて、総悟とは無言で店へ近づいていく。

「あ、オイ!こんな日にあんま派手な真似すんじゃ…」

土方が右手を伸ばしたのも遅く、





ゴシャッ!!!






2人の強烈な跳び蹴りが店のドアを蹴り壊した。

間髪入れず総悟が先に店の中に入り、

ズンズンと歩を進めて奥で店員の胸倉を掴んで立っている浪人に近づく。

「何だァ!?幕府の犬が…」

酔っ払って息巻く浪人の顔に、総悟は右手の人差し指と中指を勢いよく伸ばした。




ガッ!!!




フガッ!!

浪人に強烈な鼻フック。

「傷害容疑及びおまわりさんのクリスマス潰した容疑で逮捕ー」

「フゴッ…!!フガゴゴ!フガッ!」

ジタバタ抵抗しながら、浪人は腰の刀を抜こうと柄を握る。

そこで




ゴッ!!!





総悟の後ろから飛んできたの足の裏が、浪人の両目をめこっと潰した。

鼻フックから解放されたと同時に、目に痣と鼻血を噴出して浪人は後ろのテーブルへ倒れる。


ガシャーン!!!


再び客から悲鳴が上がり、テーブルは壊れて皿やグラスは無残に音と立てて割れた。

残っていた料理は飛び散って、事態は2人が入ってくる前より悪化している。

あんぐりと口を開けて事態を見ていた土方はべしっと自分の額を叩いて深いため息をつく。

「店の損害はここに請求してください」

はそう言って居酒屋の店主に請求書を手渡す。

宛名には「土方十四郎」の文字。

オイィィ!!何やってんだ!!ほとんどテメーらがぶっ壊したんだろうがぁ!!!」





同時刻

「あー…重てぇなーったくよー…」

ブツブツ文句を言いながら、両手にスーパーの袋を持ってかぶき町を歩く銀時。

「文句も言ってられませんよ銀さん。

 姉上の稼ぎがなきゃ、僕らまた豚肉でしゃぶしゃぶになる所だったんですから。

 買い出しくらい手伝わないと」

その横を歩く新八も両手に同じスーパーの袋を持っている。

その中身は牛肉や新鮮な魚介類など、実に豪勢だ。

「ま…言うこと聞いときゃ、とりあえず飯にはありつけるしな」

「姉上たちもそろそろケーキ買って戻ってきてるんじゃないですかね」

足取り軽く、賑わうかぶき町を歩いていると


「そこのお兄ちゃんたちちょっと寄ってかない?

 可愛い子いっぱいいるよー選びたい放題だよー」


前方のキャバクラ前に、赤と白のコスチュームでサンタに扮した長髪の男が1人。

看板を持った白い変な生物を連れて立っている。

「………何してんだヅラ」

銀時は目を細めて立ち止まった。

「ヅラじゃないサンタクロースだ」

「桂さん大変ですねこんな日まで…」

新八は苦笑して桂を見上げる。

「クリスマスだか何だか知らんが揃いも揃って浮かれおって。

 こうも人が多くては煩くて敵わん」

「おーい自分の格好鏡で見てみろ。テメーが一番浮かれてんだよバーカ」

腕を組んで周りの人込みをウザったそうに睨む桂。

銀時はそんなサンタを蔑んだ目で見つめた。




その頃

「あーもう帰りたーい!!」

さっきの店には別の隊士がパトカーで駆けつけ、浪人は逮捕されて本庁へ送られていった。

3人はもっとも注意が必要とされるかぶき町の中を歩いている。

「…頼むからもう面倒事起こすな」

土方は額に手を当てて深いため息をついた。

「あ。万事屋の旦那だ」

前を歩いていた総悟が立ち止まり、前方を指差す。

キラキラと光るネオン街の端に、一際目立つ銀髪の男。

その横にいるのは恐らく新八。

「ホントだ。オーイ旦那ァー!」

は少し声を大きくして、その背中に声をかける。

声に気づいた2人は振り返った。

「あ、さんだ。土方さんと沖田さんも…」

「オイヅラ、やべェんじゃねーのか?」

「心配要らぬ。俺は今サンタクロースだ。

 馬鹿な芋侍ごとき欺いてみせるわ」

桂はそう言って白い着け髭をしっかりと口に接着させる。

「こんばんは。姉上残念がってましたよ。

 さん来られなくてって」

「あたしも行きたかったんだけどさーこの通り仕事で」

新八は近づいてきたを見て苦笑する。

は頭を掻きながら面倒くさそうに答えた。

「羨ましいだろコノヤロー役人サンは大変だなぁ?

 こんな日まで仕事たァご苦労なこった」

銀時はニヤニヤと笑いながら嫌味ったらしく土方にスーパーの袋を見せびらかす。

「うるせー万年暇人が。テメーらがクリスマス平和に過ごせんのは俺らが働いてっからだってこと忘れんな」

「何お前、何働いてんの?クリスマスに何貢献してんの?」

中学生のような口喧嘩を始める2人をよそに、総悟がサンタクロースに気づく。

「お兄さんも仕事ですかィ。ご丁寧にクリスチャンの陰謀に乗っかってサンタの格好たァ

 ご苦労なこった」

赤い帽子を目深に被り、口元と顎に白い髭をつけた桂にはさすがに気づいていない。

「ええまぁ。警察も大変ですね」

桂は堂々と答える。

(…欺かれるんだ)

新八は少し呆れ顔。

「クリスマスに家でピザが食えるのは寒空の下ピザ屋が齷齪配達してるからで、

 クリスマスケーキが食えんのはケーキ屋が寝る間惜しんで生クリーム泡立ててるからですよ。

 市民がクリスマスを楽しめんのはクリスマスに働いてる奴がいるからだってことを忘れちゃいけねー」

は腕を組んで力説した。

貧弱なサンタクロース(桂)もうんうんと頷く。

「でももうクリスマスなんか関係なくなっちゃったし、

 せめてもの記念にサンタさんと写真でも撮ろうかな。

 お兄さん、一緒に一枚お願いできます?」

はポケットから携帯を出した。

「や、ちょっと僕忙しいんで写真はちょっと」

「いーじゃねェかお兄さん写メの1枚や2枚すぐ終わりやすぜ」

何とか逃れようとするサンタ(桂)の手を掴む総悟。

(ヤバイ桂さんこれ以上は…!)

新八がハラハラして見ていると、後ろでギャーギャー騒いでいた銀時と土方が

胸倉を掴みあってこちらに倒れてきた。

「だっ!離せこのッ!!」

「そっちが離せ!!」

ヨロけた銀時が伸ばした右手が



ブチッ



サンタ(桂)の顎鬚を引っ張って、完全に剥がれた。

新八の顔が青くなる。

総悟とは暫く目を見開き、同時に腰の刀を握った。



かーつらァァァアアアアア!!!!









To be continued