kiddy in the war








裏庭ではためく洗濯物

今日は天気がいいからよく乾くわ、と言って張り切っていた女中の言葉通り、

午前中に干された隊士たちのワイシャツは大方乾いて涼しげに揺れていた。

生温かい春風が吹き抜ける縁側で、晴天を喜んでいるのは女中だけではない。


「…あー…畳引っぺがして天日干ししてぇなぁ…」


広間に掃除機をかけていた掃除婦が畳を睨みつけてぼそりと呟く。

掃除機をかけて雑巾がけをした後、細かな網目を綿棒で掃除したが職業病なのかまだ納得がいかないらしい。

剥がそうと思えば剥がせるだろうがまた今度にしよう、と掃除機のコンセントを抜いて広間を出た。

「洗剤の買い出しに行くか」

後ろで束ねていた金髪を解き、割烹着を脱ぎながら掃除機を持ち上げる。

すると隊士たちが見廻りで出払っている屯所の廊下に突如どかどかと足音が聞こえてきた。


「真面目に仕事してっかヤンキーメイド」


銜え煙草で廊下を歩いてくるのは白髪のオールバックにグラサンという強面の男。

は脱いだ割烹着を丸めながら浅く溜息をついてチッ、と舌打ちする。

「メイドじゃねぇって何回言ったら分かるんだこのヤクザ長官。

 廊下磨いたばっかなんだから灰落とすんじゃねーぞ」

「んだよメイドも掃除婦も大して変わんねぇだろ。フリッフリのメイド服を制服にされなかっただけ有難いと思え」

警視庁のドンであり、真選組の直属上司でもある松平は広間に入って灰皿に煙草を押しつけた。

灰皿もさっき吸殻を捨ててきれいにしたばかりなのに、と松平を睨みつけるが注意するのが面倒になって腕を組む。

「局長たちならまだ見廻りから戻ってねぇよ。もうすぐ戻ってくると思うけど」

「あぁ?こんな時に使えねぇなあのゴリラ…ま、この際お前でもいいや」

「何が?」

が怪訝そうに首をかしげると、松平は自分が歩いてきた廊下を振り返ってきょろきょろと周囲を見渡す。

「あれ、どこ行った…オーイこっち来い」

松平はそう言って姿の見えぬ誰かに声をかけた。

は首をかしげたまま廊下の先に目を凝らす。

「……あ?」

柱の影からひょこっと顔を出したのはこの屯所に似つかわしくない姿。


「…孫?」


はその姿を指差して視線を松平に戻す。

柱に隠れてこちらをじっと見つめているのは7〜8歳の少年だ。

小奇麗な身なりと切り揃えられた髪型から育ちがいいんだろうな、とは想像できるが

なぜ松平がこんな所に子供を連れてきたのかは全く分からない。

「バーカ言え栗子に子供なんざ出来てたまるかそんなのパパは許しません。

 同僚の子供でよ。仕事場見せてやって欲しいって頼まれたんだが…ゴリラいねぇとどうしようもねぇな」

隊士がいない屯所はただの広い屋敷だ。

稽古場や拷問部屋を見せたところで子供はさほど興味を示さないだろう。

も掃除以外で隊士たちの使用スペースに入ることはないから警察内部に詳しいというわけではない。

「帰ってくるまで待てば?」

「俺だってそんな暇じゃねーんだよ。つーわけでお前頼むわ」

「馬鹿言えあたしだって暇じゃねーんだよ。テメーで引き受けた面倒事だろうが、テメーで処理しろ」

丸めた割烹着を小脇に抱え、取り出した煙草を銜えながらその場を去ろうとする。

だが松平がその肩をむんずと掴んで引き寄せた。

「まぁ待てよタダでとは言わねぇ。俺が勘定方に掛けあって特別ボーナス出してやる。

 悪い話じゃねぇだろ?1日ガキの面倒みてくれるだけでいいんだ」

「ざけんな!金で吊るとかお前それでも長官か!?」

「おじさんも色々大変なんだよ!いいのかお前、お上の言うことにタテついたら組ごと潰されんぞ!?」

「あたし隊士じゃねぇし!!」

逆に松平の胸倉に掴みかかって襟のスカーフを締め上げる。

隊士でもないただの掃除婦が警視長官にこんなことをしては即刻クビなのだが、

似たような気質だからかこの長官がを咎めたことはなかった。

その辺りの大きさというか適当さが隊士たちに慕われる理由なのかもしれない。

「お前近藤に借りあってここにいるんだろうが!!」

「今局長関係ねぇだろ!!離せこの不良長官ッ!あたしは洗剤買って帰るんだよ!!」

「お前のミスは近藤のミスだ!これで洗剤買ってきていいから!!

 お釣りでジュースとアイス買っていいからお願いいいいい!!」

の手に万札を握らせて親戚のおじさんのようなことを言いながら縋るようににしがみ付く。


…そんなこんなで。


「…………………」

再び静かになった屯所。

は頭を掻いてチッ、と舌打ちする。

煩い元凶こそいなくなったが、厄介な置き土産はの横に佇んでいた。

(なんでもかんでも局長の名前出せば折れると思いやがってあのクソジジイ…!

 あんなんだから娘にも煙たがられるんだよ…!)

はぁ、とため息をついたが引き受けてしまったものはしょうがない。

「…ついて来い。とりあえず稽古場見せてやる」

そう言って廊下を歩き始めると少年も無言でその後をついてきた。

いつも会議をする広間は大して面白くはないし、そういえば拷問部屋は鍵がかかっているんだったと思い出した。

立ち入り禁止の場所というものはないが、隊士ではないが出入りしてあちこち触っていいわけでもないだろう。

そんなことを考えながら稽古場の障子を開ける。

「隊士はいつもここで鍛錬してる。素振りとか一本勝負とか」

綺麗に磨かれた床の方に注目して欲しいところだがそこは堪えて当たり障りのない説明をした。

少年は中に入ってきょろきょろと辺りを見渡す。

「拳銃はないの?」

「あ?ねーよそんなもん。皆腰に刀差して戦ってんだから」

「いまどき刀なんてダッセーの。松平のおじさんはカッコイイ拳銃持ってんだぜ」

生意気な態度にぴく、と眉が動く。

は正直、刀だの銃だのどっちがいいだの悪いだの興味はない。

武士道というものもよく分からないし。

だが真選組は近藤の実家の道場が始まりだったと聞いたことがあったので、

彼らにとって刀というものが非常に大事なものであることはよく知っている。

自分も現役時代は釘バットと鉄パイプが相棒だったのでどちらかというと長物贔屓なのが本音だ。

はため息をついて懐から携帯を取り出す。

「……あぁもしもし、局長ッスか。です。お疲れ様です」

『おうどうした、珍しいな。お前が電話してくるなんて』

「ええちょっと面倒なことになりまして……オイあんまその辺のモン触んな!」

近藤と話をしながら、稽古場に置いてある掛け軸をベタベタ触る少年を注意する。

『…どした?誰かいるのか?』

「あ、すんません…実は…屯所内が見たいってガキが来てまして…

 長官の知り合いの子供らしいんすけど…今屯所にあたししかいないんスよ。

 今稽古場を見せちゃいるんですが間が持たないんで…どうしたらいいスかね?」

右手で携帯を持ち、左手で少年の首根っこを掴んで引き寄せた。

はなせよ!とジタバタしているが現役時代と掃除婦業で鍛えた腕は子供を押さえることなど造作もない。

『うーん…じゃあお前その子供連れてこっち来れないか?

 パトカーに乗せて市中見回りに同行させればなんとかなるだろ』

「分かりました。じゃあターミナルの前で」

そう言って通話を切り、少年を肩腕で抱え上げて踵を返す。

「はなせよ!どこ行くんだよクソババア!」

「あーうるせぇうるせぇ、いいトコ連れてってやるから大人しくしてろクソガキ」

玄関で草履を履き、少年の草履と壁にかけてあるパトカーの鍵を1つ持って外に出た。

屯所前に停めてあるパトカーの後部座席に少年を乗せ(ほぼ放り投げ)、

自分は運転席に乗ってエンジンをかける。

「ピーポーピーポーっての鳴らせよ!」

「事件じゃねぇのに鳴らせるわけねぇだろ。シートベルト締めろ、ひっくり返っても知らねぇ、ぞ!」

そう言って自分がしっかりシートベルトを締めてから勢いよくアクセルを踏む。

後ろで「わあ!」と声がして座席に何かがぶつかったのを感じたが、構わず前を向いて運転を続けた。

「おまえ、ふりょうなんだろ!父上が言ってたぞ!髪が金色の奴はろくな奴がいないって!」

「お前も下の毛が生えて親が鬱陶しくなってきたら金色にしたくなるよ」

「ならねぇもん!おれ、父上と同じ立派なおやくにんになるから!」

「あー立派立派。どこまでも可愛気ねーな…」

ちっ、と舌打ちして赤信号で止まり、窓を開けて煙草を銜える。

「じゃあ何でそのご立派な父上の所を見学に行かなかったんだよ?」

「、それは…」

ライターを近づけて外に向かって煙を吐く。

後ろで少年が言葉に詰まったので不思議に思ってバックミラーを見た。

少年はしっかりシートベルトを締めていたが、俯いて袴をぎゅっと握りしめている。

「ははーん、父上に「忙しいから他行け」って言われたんだろ」

「ち、ちがう!」

「なんやかんや言っても役人ってのは自分が可愛いんだよ」

「父上はそんなんじゃない!おまえの親のことだろ!」

「知らねーよ親いないし」

短い足が運転席の座席をげしっと蹴る。

は煙草の煙を吐きながら目を細めた。


「じゃあおまえわるい子だから捨てられたんだろっ!」


キキィッと高い音がしてパトカーが急停止した。

シートベルトをしていた少年もさすがに頭を運転席にぶつける。

「-------降りろ」

は煙草を潰して車を降り、後ろのドアを開けて少年を引っ張りだす。

掴んだ首根っこをぽいっと放り投げた先には近藤たちが集まっていた。

「おう、来たか。悪いな頼んじまって」

「いえ。相当扱いにくいっすから、気をつけて下さい」

それじゃ、と再びパトカーに乗りこもうとすると、つなぎの袖を下からぐいと引っ張られた。

「おまえもこいよ!むせきにんだぞ!」

「あたしはお前と違って忙しいんだ。ガキの社会科見学になんか付き合ってられっか」

少年の手を振り解こうとしたが近藤が割って入ってくる。

「まぁまぁ、俺が許すからもう少し一緒にいてやらんか。

 この子もお前に懐いているようだし」

「なついてねーよゴリラ!!」

「…テメー局長にナメた口聞いてんじゃねーぞ…」

近藤にまで生意気な態度をとる少年を前に、もともと捲ってある袖を更に捲り、

指をボキボキと鳴らして少年に詰め寄る。

再び近藤が慌てて「まぁまぁ!」とて止めに入った。

「とりあえずパトカーで市中見回りをしよう」

「お前運転な」

「は!?ちょ、運転手じゃねぇんだぞ!」

近藤が少年の手を引いて後部座席に乗り、土方もそれに続いて沖田は当たり前のように助手席のドアを開ける。

「お前が一番下っ端なんだから当然だろ」

「…下っ端も何もあたし隊士じゃねーっつの…」

どいつもこいつも…と文句を言いながら渋々運転席に回りパトカーに乗り込む。

「かぶき町に向かってくれ。あの辺りは攘夷浪士の溜まり場になってるからな」

「…いいんスか、ガキ連れてかぶき町とか」

「まぁそうそう変なことも起こらんだろ。こないだ大量検挙したばっかりだし」

ルームミラーを直しながらパトカーを発進させる。

大型連休だけあってターミナルに続く大きな道路は渋滞気味だ。

裏道を通ろう、とはウィンカーを上げて左へハンドルを切った。

「つまんねーの。真選組ってひまなんだろ!チンピラ集団だって、父上が言ってたぞ!」

「うるせーガキだな、口にチャイルドシート締めてやろうか?」

「ますます印象悪くなるからやめてぇ!!」

後部座席にだらしなく座ってばたばたと足を動かす少年。

前を向いたまま喧嘩を買う沖田に近藤が涙目で訴える。

「事件はない方がいいだろ?警察が暇なのは平和な証拠だ」

近藤が苦笑しながら少年に言い聞かせるが少年はつまらなそうに唇を尖らせた。

「んなこと言って、攘夷浪士に襲われて泣きベソかいても知らね………、!」

があくびをしながら片手運転に変えた瞬間、

細いT字路の突き当りから突如黒いバンが飛び出してきた。

は慌てて急ブレーキを踏む。

「何だ!?」

ぶつかる寸前のところでバンも急停止し、こちらがパトカーを降りる前に中からぞろぞろと怪しい集団が降りてきた。

着物姿だが黒い目なし帽で覆っていて素顔を見ることが出来ない。

各々が銃や刀を携えており、あっという間にパトカーは囲まれてしまった。


「………ほら見ろ…」


は思わず目を細めた。

、子供と一緒に中にいろ」

「このまま轢いちゃダメすか」

「ダメッ!!絶対だめっ!!」

後部座席から近藤と土方が降り、沖田も面倒くさそうに助手席から降りた。

は念のため全てのドアにロックをしてハンドルから手を離す。

「ほら、待ちに待った事件だ。楽しいだろ?」

そう言いながら煙草を取り出して口に咥え、後ろを振り返る。

案の定というべきか少年は足元にしゃがみ込んで青い顔をしていた。

は座席の後ろに手をまわしてその首根っこを掴み、助手席まで引き寄せる。

「暇な警察はいねぇし、チンピラが守ってんのがこの町だ」

煙草の火をつけてふーっと煙を吐く。

パトカーの前では3人と浪士たちが何やら口論をしているが、その中の1人がパトカーまで走ってきて運転席の窓を勢いよく叩いた。

「おい女!テメーも降りろ!!ガキもだ!!」

窓に銃口をつきつけながら車内にいても聞こえる大声で窓を叩いてくる。

少年はひっと喉を鳴らしてついに涙目になってしまった。


「泣くな」


は煙草を銜えたまま少年の頭に手を乗せる。


「男の子だろ」


ゆっくりと窓を下ろし、半分ほど開いたところで銃を持った腕が捻じ込まれてこめかみに突きつけられた。

少年はのつなぎを強く握りしめて小刻みに震えている。

だが下唇を噛みしめて泣くのを必死に堪えているように見えた。

「降りろっつってんだろうが!」

「子供に物騒なモン見せてんじゃねぇよ」

ふうっと煙を吐いて煙草を指で持ち、その煙草をそのまま男の額に押しつける。

目なし帽がジュッと焦げる音がして男が「あっつァ!!」と飛び退くと、ドアのロックを解除して勢いよくドアを外側へ開け放した。

ドアに跳ね飛ばされた男は横のゴミ置き場に突っ込んで地面に倒れる。

車を降りて男が落とした銃を拾うと、既に3人が他の浪士たちを片づけてバンの中に押し込んでいた。

「ケガないか?」

「大丈夫です。あっちがチビったかどうかは分かりませんけど」

はパトカーを親指で差しながらゴミ置き場に倒れた男を引き摺り、男と銃を近藤に引き渡した。

「怖い思いさせちまったなぁ」

「いい勉強になったんじゃないスか。これに懲りてナメた口利かなくなれば」





数日後

「……よし、と」

見事な五月晴れの午後、は先日の希望を叶え広間の畳を剥がして中庭で天日干しにしていた。

雇われ掃除婦がやる掃除の枠を越えてしまっているが、本人は干した畳の前で満足そうに仁王立ちする。

ちょっと一服、と縁側に腰をおろして煙草を銜えると、玄関の方からどかどかと足音が聞こえてきた。

…隊士たちが見回りから来るにはまだ早いはずだが。

床に手をついて体を倒しながら廊下の先を覗くと、先日厄介事を持ってきたヤクザ長官が歩いてきた。

「…あからさまに嫌そうな顔すんな。さすがにおじさん傷つくぞ」

眉根を寄せて怪訝そうな顔をするを見下ろし、松平も目を細める。

「何の用だよ…子守りならもう勘弁してくれ」

「それなんだけどよ…あのガキ家に帰るなり「おれ大きくなったら金髪の警察官になる!」って

 言ったらしいぞ。お前なに吹きこんだんだ?」

「……………は?」







すごい久々掃除婦。5月5日に上げましたが土方の出番がありません(笑)
長いこと途中で放置してたので当初書きたかったことと違う気がする…
なんかとりあえずヒロインと子供を絡ませたくて書きました。
と思ったら子供とばっか絡んでて真選組とほとんど絡んでないっていう。