昔話は多少脚色する-前編-











夜の8時を過ぎた頃、賑わう夜の街を横目に一台のスクーターが川沿いの堤防を走る。

昼間であれば犬の散歩やジョギングしている人が通りそれなりの往来がある道だが、

今はほとんど人通りがなくひっそりとしていた。

スクーターの運転手であるは速度を落としながら携帯を開いて時間を確認する。

上司に見つかれば罰金ものだが幸い今は周囲に人がいない。


「…結構遅くなったな…」


今日は屯所に幕府のお偉いが大勢来るからと朝早くから大掃除に追われていた。

終わった後も後片づけを手伝っていたらこの時間になってしまったのだ。


(まぁそのおかげで明日は休んでいいって言われたし…昼まで寝よう)


携帯をポケットに戻しながら再び速度を上げようとすると、

土手の下から向こう岸にかかっている橋の下にぼんやりとした灯りを見つける。

速度を緩めて近づくとそれは屋台の灯りだった。

周囲に街灯や建物がないから特に目立って見えたのだろう。


「…久々に飲んで行こうかな」


昔は酒と煙草を主食にしてきたようなものだったがこの職についてからは何となく酒から離れていた。

橋の手前でスクーターを停め、エンジンを切ってヘルメットを外す。

帰りは押して帰ればいいしと見た目とは裏腹に律儀なことを考えながら鍵をポケットに突っ込み、

橋の下の屋台に近づくと暖簾の合間に先客がいるのが見えた。


「らっしゃい」


暖簾を上げると髪の薄い老人がせっせとおでんを煮込んでおり、長椅子には1人の客が焼酎のグラスを片手におでんをつついている。

「焼酎。ロックで」

「はいよ」

腰をおろしてテーブルに頬杖をつくと、視界に入ってくる先客に見覚えたあることに気付いた。

くるくると四方八方にハネた目立つ銀髪

片方だけ袖を通した着物



「…………あ」



が呟くと、男も顔を上げてを見る。


「お前…こないだのスクーター泥棒ヤンキー」


男は既に出来あがっているのか顔を少し赤くしてを指差した。

確か…万事屋だか何だか胡散臭いことをしている…坂田銀時、とか言ったか。


「泥棒じゃねーし。むしろスクーターの被害被ったのこっちだから」


は出てきた焼酎に口をつけながら顔をしかめる。

「なんだお前、警察がこんなトコで飲んでていいのかよ」

「どこで飲もうが勝手だろ。あたしは警官じゃねーから、細かい規則とかないんだよ」

キャバクラに遊びに行ってる上司がいるぐらいだから、隊士にだって飲食場所の細かい制限はないはずだ。

適当に頼んだおでんを食べながら煙草を取り出し、口に銜えて火をつける。

店主が灰皿を差し出してくれたので礼を言って受け取りながらスパーッと煙を吐いた。

「ヤンキー雇うなんざ警察も末だな」

「うるせーよ」

灰皿に灰を落としながら頬杖をついてため息をつく。


「…つーか、万事屋って儲かんの?胡散臭くて依頼とかなさそうだけど」


再びグラスに口をつけて彼の職業について問いかけてみた。

…確か、万事屋だとか言っていた気がする。

銀時も同じ焼酎を飲みながら横目でを見た。


「まぁ…その時によるなぁ…スッゲー金持ちからデカイ仕事を受けた日は週に焼き肉とスキヤキ出来るぐらいだけど…

 全く仕事ない時は毎日3食豆パンだったりするし…」

「…何だその落差」


グラスを片手に顎を掻きながら生々しい食生活を口にし始めた。

はそれを聞いて眉をひそめる。

自分も決して裕福な生活を送っているわけではないが収入は安定しているので、食べるものに困ったことはなかった。

増してや毎日3食豆パンだなんて。


「ウチに食費が人の倍以上かかるのがいるからな。稼いでも家賃と食費でパーよ」


肩を落としてやれやれと溜息をつく銀時。

は首をかしげて煙草を銜える。


(…ガキでもいんのか?)


養っている人間がいるようには見えないが、彼の言いぶりからどうやら同居人がいるらしい。

詳しい年齢は分からないが外見年齢は自分より少し上ぐらいなので、

結婚して子供がいてもおかしくないのかもしれない。


(つーかガキいんならこんなトコで飲んだくれてんじゃねーよ…)


焼酎をすすりながら呆れ顔を浮かべる。


「明日入ってるのは猫探しの仕事だから大した報酬にならねーし…」


飲みきった焼酎のグラスをゴン、とテーブルに戻し、ガシガシと頭を掻きながらそのままテーブルに突っ伏せた。

「このご時世仕事があるだけいいんだから贅沢言ってらんねーだろ」

「そりゃ分かってんだけどよー…」

もっともなことを言うの言葉に銀時は突っ伏せたままぼんやりとした口調で答える。

ヤンキーがいい大人に説教するなんて滑稽な話だ。

だがその後数秒応答がなく、不思議に思ったは結び白滝をちゅるりとすすって横を見た。


「……おい」


突っ伏せたまま微動だにしない銀時に声をかけるが、やはり応答がない。


「…おいって」


思わずその肩を揺するとその肩が吐息で幽かに上下していて、

ごろんとこちら側に向けた首は完全にテーブルを支えにしている。

おまけにその口からはだらしなく涎が垂れてきていた。


「あぁぁ困るよお客さんここで寝られちゃあ」


店主は困ったように頭を掻いて客席側に回ってくる。

「潰れんの早ぇなオイ…」

「いやこの人かれこれ3時間前から飲んでるから…」

「3時間!?1人で!?」

…つい先ほど3食豆パンだとかぬかしてやがったくせに。

典型的なダメな大人の例だ。

いや自分も世間に誇れるような生き方はしていないが、多分この男よりはマシだ。

絶対マシだ。

「お客さんこの人の知り合いかい?悪いんだけど連れて帰ってくれないかな?

 このままじゃ店閉めらんないよ」

「え、いや別に知り合いっていうんじゃ…」

は慌てて首を振ったがつい先ほどまで並んで話をしていたのだから全く知らない人です、では済まない。

以前名刺は貰ったから一応店の住所も分かるのだが。


「………………」


(…こないだ原チャ借りたしな…)


舌打ちをしてから大きなため息をつき、頭を掻いて銀時の右肩を引っ張る。

そのまま右肩を担いで立たせると懐に手を入れて中を探った。


「…あ。あったあった。オヤジ、2人分」


抜き取った財布から2人分の代金を支払い、軽い財布を再び懐に戻す。

今の代金を引いたらジャンプも買えない小銭だけが残っていた。

金ないなら飲みに来るなよ…


「ったく…酒1杯と結び白滝しか食ってないのに割に合わねぇんだよ…」


よいしょ、と自分より大きな男の肩を担ぎ上げて店を出ると階段を上ってスクーターを停めた位置まで戻ってきた。

屋台にいた時間およそ10分。

今日は飲むなという暗示か。


(原チャは…後で取りに戻ってこよ…反対方向だし)


銀時の肩を担ぎ直しながら自分の懐に手を入れ、つい先日この男から受け取った名刺を取り出した。

「万事屋銀ちゃん 坂田銀時」と書かれた左隅に小さく住所が書かれている。



「…かぶき町…」



名刺に書かれた住所を呟く。

個人的にあまり行きたくない場所ではあるが、どうやら店はかぶき町にあるらしいので行かなくてはいけない。



(…昔の知り合いに会わないうちにさっさと戻って来よう)



「………ぅ、ぷ」

「っオイ!吐くなよ!?吐くならその辺の草っぱらで吐け!あたしの仕事着にかけんな!!」







午後9時・かぶき町


「いやーっ今日のお通ちゃんのライブ最高でしたね!隊長!」

「特に新曲の「お前のじいちゃん天下り」超よかったッス!」


青い半被姿を着た10代〜20代ぐらいの若い集団が夜のかぶき町を練り歩いている。

グレーの袴に真っ青な半被

頭には白い鉢巻き

半被と鉢巻きにはハートに「お通」と書かれていて、「寺門通親衛隊」とも書かれていた。

一目でアイドルか何かの追っかけだと分かるコスチュームだ。


「今の政界を皮肉った歌詞がいいんだよなープロデューサーいい仕事してるよこれ」


隊長と呼ばれたのは、眼鏡をかけた地味な少年だった。

アイドルのCDジャケットを眺めて恍惚とした表情を浮かべつつ、

すっかり夜が更けたかぶき町の空を見上げる。


「遅くなっちゃったな…銀さん達ちゃんと夕飯食べてるといいけど…」


少年が心配そうに呟くと

「………ん…?」

前方から今口に出した男が歩いてくるのが見えた。


「銀さん……?」


目立つ天然パーマの銀髪

だが銀時は1人ではなく、誰かに肩を担がれて自分の足で歩いている状態ではなかった。


「銀さん!何してんですか!!」


自分たちに駆け寄ってきた少年を見ては立ち止る。

名前が銀時だから年下には「銀さん」と呼ばれているのだろう。


「お前、コイツの知り合いか?」

「え、あっハイ!一緒に万事屋やってて…」


眼鏡の少年はに驚きながらも担がれた男を心配していた。

こんな真面目そうな少年がこの男と一緒に働いていることに疑問を感じたが、

とりあえずこの男の知り合いがいて安心した。

「丁度いいや。飲んでて先につぶれちゃってさ。家…どこ?この辺だと思うんだけど」

「ここの2階です。こっちにどうぞ!」

少年はそう言ってすぐそこのスナック風の店の2階に続く階段を上っていく。

は銀時を担ぎ直してその後を追った。

2階へ上がると確かに「万事屋銀ちゃん」と大きな看板が掲げられている。

少年が先に店の戸を開け、「中にどうぞ」と言って慌ただしく草履を脱ぎ捨てた。


(…意外に)


中はしっかりしてんだな。


短いが廊下があり、奥に広間があるようだ。

決して綺麗とは言えないが想像していた胡散臭いイメージとは随分違う。

トイレや風呂場らしきスペースも見え、万事屋の事務所というよりはちょっと広いアパートの一室のようだ。

も草履を脱いで玄関へと上がる。


「神楽ちゃん、銀さん帰ってきたよ」

「お寿司の手土産あるアルか!?」


眼鏡の少年が奥に声をかけると甲高い少女の声が聞こえてきた。

バタバタという足音と共に駆け出してきたのは、赤いチャイナ服を着た13〜14歳ぐらいの少女。

オレンジ色の髪を左右ぼんぼりで纏めた中国人スタイルで、

色白い肌と大きな瞳にまだあどけなさが目立つ。

少女はに担がれた銀時を見るなりピタリと立ち止まり目を細めた。



「…なんだ。女お持ち帰りしてきたアルか」



カタコトの日本語で辛辣な言葉を吐く。


(……なんだこのガキ)


この男の子供…にしちゃデカ過ぎる。


「ち、違うよ神楽ちゃん!その人、潰れた銀さんを運んできてくれたんだって!」


眼鏡の少年が慌てて戻ってきて補足を入れた。

っていうか…こいつらこの男の何なんだ…?

少年に促されて銀時をソファーに寝かせたは、怪訝な顔をしながら辺りをぐるりと見渡した。

応接用のソファーとテーブル

糖分と書かれた額の真下には窓を背にした一人掛けの椅子があり、

恐らくあそこに主である銀時が座っているのだろう。


「ありがとうございました。すいません銀さんが迷惑かけたみたいで…」


眼鏡の少年がそう言ってに頭を下げる。

「いやいいよそれは。っていうか…ここ、コイツの店なんだよな?

 お前らは?一緒に働いてるっつったけど…」

詮索するつもりはなかったがあまりに凸凹した3人組だったので念のため問いかけた。

警察に勤めているせいで無駄な正義感がついてしまったのか、

この少年少女があの駄目な大人と一緒にいる理由ぐらいは聞かなくてはと思ったのだ。


「僕ら3人で万事屋なんです。僕は志村新八っていいます。こっちは神楽ちゃん」


新八と名乗る眼鏡の少年はそう言って自己紹介すると、ソファーに座って酢昆布を銜えている少女を指差す。

神楽といった少女は「3人と1匹ヨ」と言って奥に丸まっていた大きな犬に飛びついた。(白い毛皮のソファーだと思っていたら犬だったようだ)


(…あの時沖田もコイツと普通に喋ってたしな…なんかあったらとっくにパクられてるか)


最近は子供を巻き込んだ物騒な事件も多いし、などと下世話なことを考えたがどうやらその心配はないらしい。


「…まぁいいや。邪魔したな」


奇妙な3人組だとは思ったがこれ以上干渉する必要もないと思い、早々に居間を出る。

「あっ、お、お茶でも飲んでいきませんか?お礼に…」

「いいよ。起きたら言っとけ。ガキ待たせてんのにいい年こいて飲んだくれてんじゃねーよってな」

草履を履いて新八に伝言を預け、店を出た。

外の階段でリーゼント頭の少年が不思議そうにこちらを見ていたが、特に気には留めずそのまま階段をおりる。


「……行っちゃった」


新八は戸を開けてその後姿を見送りながら呟く。

「銀さんも顔が広い人だけど…ああいう知り合いもいたんだな。

 見掛けは怖そうだけどいい人みたいだ」

「し、新ちゃん…!」

戸を閉めて中へ戻ろうとすると、階段の踊り場にいたリーゼント頭の仲間が駆け寄ってきた。

「新ちゃんあの女と知り合いなのか…!?」

「え…いや、僕じゃなくて銀さんが知り合いみたいだよ。

 タカチンあの人知ってるの?」

同じ青い半被をきたタカチンという友人はまるで化け物でも見たかのような顔をしている。

新八は首をかしげてタカチンを見上げた。



「知ってるどころじゃねーよ!族関係の連中じゃ有名な伝説だぜ!?」

「伝説…?」



店の階段をおりたは頭を掻きながらポケットの煙草を取り出して口に銜えた。

酒を1杯しか飲んでいないから酔ってもいないし、

夕飯を屋台で済まそうと思っていたのに結び白滝しか食べていないから腹も減った。


(厄日だな…)


ライターで火をつけようとすると、万事屋の下のスナックから客と女将が出てきた。


「また来ておくれよ」


年配の女将は客を見送って再び店に戻ろうとしたところで店の前を通ったに気付く。


「……アンタ…」


それが自分にかけられた言葉だと気付いたも立ち止まり、女将を見た。

そして見覚えのある顔に目を見開く。



「…バーさん」





To be continued