屯所には嫌いな人物が2人いる。





1人はもちろん土方コノヤロー

1秒でも早くこの世から抹消したい。

つーか今すぐ煙草でもマヨネーズでも喉に詰まらせて死んでくれ。






そしてもう1人は








「おいそこどけクソガキ」







…女らしさの欠片も無ぇヤンキー掃除婦。











ヤンキー掃除婦と俺。-沖田 総悟-











よく晴れた昼下がり

自前のアイマスクで目を覆い、縁側に寝そべっていると背中に堅いものが当てられた。

横に立つ気配とドスのきいた低い声。

背中に当たった堅いものはシュコーッと機械的な吸引音を立てて俺の隊服の裾を半分吸いこんでいる。


「…隊服ダメんなったら弁償してくれんのか?」


アイマスクを額まで上げ、背中に当たっている掃除機を一瞥した。

掃除機を持っている女の表情は想像できるので見ないことにする。


「知るか。掃除中なんだよ。寝るならよそで寝ろ。仕事の邪魔すんな」


一旦掃除機の電源を切って半分吸い込んだ隊服を解放し、俺を避けて再び掃除機を稼働させる。

見ないつもりでいた女の顔が嫌でも視界に入ってきた。

鮮やかな金髪を1つに束ね、その遅れ毛がさらりと流れると白い耳にピアスが数個光って見える。

黒いつなぎに割烹着を着て掃除機を握る姿はかなりアンバランスだ。

…つなぎ自体汚れてもいい作業服なんだから割烹着重ねる必要ねーだろ。

視線に気づいたのか姿勢を戻して仁王立ちし、俺を睨み見下ろした。


「起きてんならどけっつの。あと掃除してねーのここだけなんだから」


長い前髪の合間から切れ長の瞳が覗く。

どうやら化粧はまだらしく奥二重の目はいつもより人相を悪くみせていた。

いや実際今は不機嫌なのかもしれないが。

仕方なく起き上がって十数センチ横によけると、俺がいた場所に素早く掃除機をかけた。


「ここだけなら後でやりゃいいだろーが」

「局長が戻ってくるまでに終わらせなきゃ意味ねぇだろ」


掃除機の電源を切ってコードを抜き、本体をずるずると引きずって突き当たりの用具庫に突っ込む。

廊下はピカピカなのに掃除機の戻し方がなんとも雑で、

本当に掃除以外のことは適当にやっているようだった。


「つーかお前女中のくせに態度デケーんだよ死ね」

「女中じゃねぇ掃除婦だって何べん言ったら分かんだクソガキお前が死ね。

 年下に敬語なんか使ってられっか。つーかお前こそ年上には敬語使え」


束ねた髪を解き、割烹着を脱ぎながら戻ってくるヤンキー掃除婦。

下ろした金髪は風に揺れて肩に降りた。


…近藤さんに公正されたんだかなんだか知らねーが、新入りのくせに態度のデカさは土方並だ。

態度のデカさに役職がついてこないから更にムカつく。

女中も掃除婦も同じじゃねーかと以前言ったら、料理は出来ないから掃除だけするんだと偉そうに言っていた。

正確な年齢は知らないが二十歳を少し過ぎたぐらいだったと思う。

割烹着を丸め、髪ゴムを手首に通して肩をぐるりと回しながら

つなぎのポケットから煙草を取り出した。



火をつけながら颯爽と後ろを通ると俺の嫌いな匂いがする。



…アイツが吸ってる煙草と同じ匂いだ。



「…女中が仕事中に煙草吸ってんじゃねーよ」

「もう帰るんだよ。あたしの仕事は掃除だけだから。

 つーか次女中っつったら掃除機でその直毛吸い込むぞ」


そう言って煙を吐くと縁側に一瞬白い靄がかかる。



「気楽なモンだな掃除婦は」

「羨ましかったら転職しろ」



とりあえず1本を吸いきってから帰るつもりらしく、

俺から数メートル離れて柱に寄りかかりながら一服を始めた。



「………お前」



再びその場にごろんと寝そべって俺が口を開くと、煙草を銜えたまま視線を横へ向けた。


「なんでヤンキーのくせに掃除婦なんだよ。ワケわかんねぇ」


俺は中庭を見たまま素朴な疑問をぶつけると、

吸いこんだ煙をゆっくりと吐き出してから面倒くさそうに頭を掻く。


「だから料理ができねーからだって言っただろうが」

「そうじゃなくて何でウチの掃除婦なんだっつー話だ。

 ウチより条件のいい働き口なんかいくらでもあるだろ」


一応警察だから公務員という形で聞こえはいいが、男所帯の屯所はお世辞にもきれいな職場とは言えない。

屯所に勤める他の女中たちは食事の準備と多少の家事をしていくが、

隊士が使うスペースは隊士が当番制で掃除をすることにしていた。

だから掃除婦という名目でならどこかの立派なビルに勤めた方がずっと楽だろう。


「別に条件なんかどうだっていいんだよ」


短くなった煙草を携帯灰皿に押しつけて鎮火し、向かい風に靡いた長い金髪を掻き上げる。




「あたしはあの人に恩を返さなきゃならない」




忌々しい煙草の匂いが薄れていくのと同時にシャンプーがうっすらと香った。

顔を上げて女を見上げたのは香りにつられたからじゃない。

断じてそうじゃない。



「……掃除でか?」

「そうだよ。自己満足だからな」



携帯灰皿を仕舞い、金髪を靡かせて颯爽と廊下を歩いて行く。


「じゃーなクソガキ。明日も仕事サボんなよ」


テメーがな、と言おうとしたが既に突き当たりを曲がっていたので言いそびれた。

俺はむくりと起き上がって額にかけていたアイマスクを外す。


「………………」


大股で歩いていくヤンキーの後姿から自分の寝ていた縁側に目を移し、

なんとなくフッと息を吹きつけて僅かな埃を飛ばした。

結局ここだけ掃除できてねーぞザマーミロ。



「ただいまー」



すると玄関がいっきに騒がしくなって、どかどかと数人の足音が聞こえてきた。

どうやら近藤さんたちが帰ってきたみたいだ。


「おっ、廊下ピカピカだなー!」


綺麗に掃除された廊下に足を踏み込みなり、近藤さんは嬉しそうに笑ってみせる。

「お帰りなさい」

「ただいま総悟。あれ、はもう帰ったのか?」

「ええついさっき。あのヤロー俺の前で堂々と一服して帰りましたよ」

彼女はいつも裏口から出入りするから正面口から帰ってきた隊士たちとは鉢合わなかったのだろう。

近藤さんはそれを聞いてハハ、といつものように笑った。


「いやしかし綺麗に掃除されたなー!靴下で歩くの勿体ねぇな!脱いどくか!」


近藤さんはそう言って笑いながら本当に靴下を脱いで部屋へ戻って行く。

…確かに、廊下は自分の姿が映せるんじゃないかというくらいピカピカだった。

俺があそこに寝そべる前にも一度掃除機をかけて、雑巾で磨いてから更に再び掃除機をかけていたからそりゃ綺麗にもなるだろう。



(…どうにもこうにも)



あの人の周りにゃ厄介者ばかりが集まるらしい。

…俺も含めて。







「…恩返し出来てんじゃねーか。微妙に」










実は掃除婦ヒロインはこの小説が初めて書いたもので、後々見たら総悟としか絡んでないから初登場には
向かないなと思って新たに書いたものが前作の「人は見掛けで〜」です。
どうも私が書くヒロインってのが総悟と非常に相性が悪いことに今更気付く。
年上っていうのを生かしてどうにか仲良くさせてやりたいと思います。