近藤さんは厄介なものを呼びよせる。
…俺はそう思っている。
呼び寄せたものの善し悪しなんか気にしないで取り込んでしまっているから、
あの人自身全く自覚がないのだろう。
来るもの拒まず、去る者追わず。
だが来たものは必ずといって良いほどあの人の人柄に惹きこまれて、
気付けばあの人の周りはあの人を慕う奴らでいっぱいになっている。
ウチの隊士がいい例だ。
だが「慕う」というのにも色々な形があるのだということを
俺はあの女に会って実感した。
ヤンキー掃除婦と俺。-土方十四郎-
「「ハー…」」
締め切った副長室で2人が同時に吐いた息には白い煙が交り、
同じ匂いが立ち込めてもくもくとゆっくり天井に上っていく。
隅の机に置かれたアルミの灰皿は吸い殻で溢れていて、入りきらなかった短い吸い殻の数本が机に転がっていた。
「オイ吸い殻零れてんぞ。ちゃんと入れろ片すの面倒だから」
「しょうがないじゃないッスか。2人で吸ってんだからそりゃいっぱいにもなるでしょ」
机を挟んで向かいに座る女はあぐらを掻いたまま机に頬杖をついた。
仕事着にしている黒いつなぎの袖と裾をまくり、背中につく金髪を後ろで1つに束ねて
いつもは真ん中で分けている鬱陶しい前髪をピンで横に留めている。
掃除中はつなぎの上から着ている割烹着を膝の上に丸めて完全に寛いでいた。
「デカい灰皿買ったらいいんじゃないスか。外に置いてるようなやつ」
「テメーが一緒に吸うことなんざ考慮してねーんだよ。
ったく…総悟が「喫煙者は全員副長室で」なんて馬鹿げた決まり作らなきゃこんなことには…」
全員、といってもこの屯所では喫煙者は俺とコイツぐらいだ。
それを知っててあのヤロー俺の部屋を喫煙室みたいにしやがって。
2人揃って新しい煙草を銜えて火をつけ、同時に白い煙を吐き出す。
2人が同じ銘柄なものだから机に置かれた煙草はどちらがどちらのものかはっきりしないが、
どちらの箱も平等に半分ぐらい減っていた。
「別にいいじゃないスか。あたしも掃除した廊下とか灰で汚されちゃたまんないし。
ここ喫煙室にすりゃ掃除も1箇所で済んで楽だし」
「喫煙室じゃなくて俺の部屋だっつの!」
「その代わりちゃんと掃除してるでしょ。畳に落ちてた灰とか、しっかり雑巾で拭いてるんスよ」
女はそう言って既に意味のない灰皿へ更に灰を落とす。
俺は煙草を銜えたまま自分の部屋を見渡した。
彼女は週に1度、隊士たちの部屋に掃除に入る。
「床に置いてあるものはゴミと見なして捨てっからそのつもりで」と彼女が朝礼で言えば、
隊士たちは慌てて部屋に戻り触れられて困るものは押し入れに突っ込んで掃除が始まる。
男所帯だからだらしのない生活も仕方がないとは思っていたが、やはり部屋は汚いよりは綺麗な方がいいだろう。
近藤さんもそう言って笑っていた。
…だから俺もこの女のしていることには口出しをしない。
実際、掃除された部屋や廊下は見違えるほど綺麗だからだ。
「…喫煙者は肩身の狭い世の中になったモンだな…」
「そうスか?あたし結構どこでも吸いますけど」
俺が額に手を当てて深いため息をつくと、彼女はあっけらかんと答えた。
俺は顔を上げて怪訝な顔で女を見る。
「…それ今度俺の前で言ったら罰金とんぞ」
「ウザ。携帯灰皿持ち歩いてるんスから、多目にみて下さいよ」
副長に向かって「ウザ」とか言いやがったコイツ!
俺は口元をひくっとひきつらせながら女を睨む。
-----こいつがこの屯所で働き始めて数年が経つが、ここへ来た頃はそりゃあ酷いものだった。
口の聞き方もロクに知らず、よく隊士たちと揉めて騒ぎになったものだ。(特に総悟と)
十代の頃は江戸のレディースを仕切っていた総元締めだったと聞いたが、
その名に相応しく血の気が多くて俺以上に沸点が低い。
屯所の女中もビビっちまってなかなか仕事にならず、俺が何度近藤さんに抗議したか知れねぇ。
…だが仕事を教えてみれば覚えは早く、やることを決めるとそれを徹底的にこなすので、
「掃除婦」として立場が確立するまで時間はかからなかった。
仕事に慣れると徐々に女中たちとも打ち解けていき、彼女も二十歳を過ぎて落ち着いてきたのか隊士と揉めることもなくなった。
(未だ総悟とはいがみ合いが絶えないが)
「……お前いつから煙草吸ってんだ?」
手近にあったテレビのリモコンを握って電源を入れ、適当にチャンネルを回しながらどうでもいいことを聞いてみる。
女は突然点いたテレビの音に顔の向きを変えながら首をかしげた。
眉間にシワを寄せながらわざわざ両指を使って頭の悪い数え方をして、数秒後に俺を見上げる。
「…じゅう……さん…くらい、ですかね…?」
「…聞いた俺が馬鹿だった」
その年で喫煙歴10年か。
「副長だってどうせ元服前から吸ってんでしょ」
「バカ言え、俺はちゃんと元服してから吸ったよ」
「しょうがないじゃないスか。族入りしたのが13だったんだから」
周りが吸ってるから吸う、そういうモンでしょ若いうちは。そう言ってスパーっと白い煙を吐き出した。
これでも遅い方ッスよ、と言い加えて。
…こいつ目の前にいるのが武装警察の副長だって分かってんのか。
(…今更とやかく言う気もねーけどよ…)
自分だって彼女の生き方を咎められるほど立派な生き方をしてきちゃいないし、
彼女同様あの人に出会わなければどうなっていたか分からない。
そういった点で、自分と彼女は少し似ているのかもしれないと思った。
「物好きだなお前も」
点けておいてテレビにはほとんど目を向けず、BGM程度にして女に向かって言い放った。
女はただでさえ人相の悪い顔を更にしかめて首をかしげる。
「族抜けして警察の下で働くなんてよ」
ドラマや小説ではよくある話かもしれないが、実際しっかり公正して社会復帰出来る奴ってのは限られる。
一度そっちの世界に足を突っ込んだ人間は再び何らかの形で舞い戻ってしまうパターンが多い。
この仕事をしてきてそういう人間を何人も見てきた。
女は短くなった煙草を潰し、その指でボリボリと頭を掻く。
「……別に、警察の下とかそういうのは、どうでもいいんス」
そのまま頬杖をつき、遅れ毛をくるくると指に巻きつけながら斜め下を見た。
「…たまたま、警察だったってだけで」
枝毛を探すように自分の痛んだ金髪を見つめてさらっと言い放つ。
"あの人がいたのが。"
…後に続く言葉をなんとなく予想した俺は何となくおかしくなって、女に気付かれないように笑った。
「…さて、と。そろそろ休憩終わるんで。邪魔しました」
すっくと立ち上がると丸めていた割烹着を広げて袖を通し、障子を開ける。
すると
「おっ、ここにいたのかトシ」
丁度よく戻ってきた近藤さんがひょっこりと顔を出した。
女はぺこりと浅く頭を下げてそのまま部屋を出て行こうとしたのだが、
近藤さんは大きく開けながらその肩をがしりと掴んで引き留める。
「、とっつぁんに京の有名な菓子貰って来たんだ。食ってけ!」
「あ、いや…もう休憩時間終わるんで…」
甘味が好きな彼女にとっては願ってもいない誘いだが、彼女は律儀にそれを断ろうとする。
「じゃあ局長命令だ、10分延長!女中になんか言われたら俺が説明しとくから!なっ!」
「え、いや、あの…」
近藤さんそう言って強引に彼女を部屋へ引き戻した。
無理やり座らせてテーブルに菓子を広げると、煙草の匂いが充満していた部屋はいっきに甘ったるい香りが立ち込める。
いやここ俺の部屋なんだけど。
広間じゃねーんだけど。
…元レディース総長の彼女もこの人の言うことには弱いのだと、俺は知っている。
そして何より、この女が少しぎこちなくはにかむ顔はこの人がいる時でないとまずお目にかかれない。
(…厄介なモンだ)
この人が拾ったモンってのは、どいつもこいつも。
土方さんはあれで結構キレイ好きですから、自分で落とした灰とかはマメに集めて掃除してると思います。
ヒロインはそれを濡れた新聞紙で拭く上級者(笑)
女中の休憩室ではなんか悪いので吸わない。専ら副長室に屯です。灰皿は常に飽和状態。
一応年上には敬語を使ってますが土方さんへの敬語はまるで敬意がないです。
同じ銘柄って設定だけどあの人一体何吸ってるんだろ!!