「いらっしゃいませー」


朝のピーク時を過ぎたコンビニ

数人の少年が群れを成して店内に入ってくると若い女性店員がやる気のない声で挨拶をした。

店内に客は疎らで、店員もレジフードのフライドチキンを揚げることに集中している。

入ってきた少年たちは店の入り口でカゴを持ち、店員の目を盗むように店の奥へ歩いていくと、

きょろきょろと周りを気にしながらこそこそとカゴの中に商品を詰めていった。

何人かが1人の少年の手元を隠すよう立ち、その少年は小さなヘアワックスやスナック菓子を自分の懐へと詰め込んでいる。

少年たちは再びきょろきょろと辺りを見渡して誰にも見られていないことを確認し、

カゴに入った僅かな商品だけをレジに持って会計を済ませに行った。


「ありがとうございましたー」


少年たちの犯行など知る由もない店員はレジの商品を袋につめて少年へと手渡す。

少年はレジ袋を受け取り、何食わぬ顔で店を出ようとしたのだが


「………!」


自動ドアのマットを踏もうとしたところで、その横の雑誌コーナーから長い足が伸びてきた。

少年はその足に蹴躓いてドアの前にすっ転ぶ。

転んだ少年の懐からはヘアワックスやスナック菓子、小さなカップラーメンなど数点の商品が飛び出して辺りに散らばった。


「っま、万引き…!」


それを見た女性店員は慌ててレジにある非常用フットスイッチで自動通報装置を稼働させた。


「ちッ…!行くぞ!!」


少年たちは落とした商品を拾うことはせず、即座に立ちあがって逃げる大勢をとったのだが

少年を引っかけた長い足が今度はすぐ手前の新聞立てを蹴り上げてきた。

「ぅわ!!」

少年たちが身構えた時には既に遅く、アルミの新聞立てと数十冊の新聞がいっきに少年たちの体に降ってくる。

新聞立てと無数の新聞の下敷きになった少年たちの前に真っ黒な影が立ちはだかった。





「……バレバレなんだよお前ら」





真っ黒なつなぎと素足に草鞋

白いエナメルのベルトにはチョークバッグが引っかかっている。

色白の肌とその肌に近い色の綺麗な金髪が正午の日光に照らされてキラキラと光った。


「テメーらみたいなのがいるせいで…あたしが何回万引き犯に間違われたと思ってんだあァ!?」


八つ当たりにも似た勢いでアルミの新聞立てを勢いよく横蹴りする。

その剣幕とドスのきいた声に少年たちは思わずびくりと肩を強張らせた。


「…最近のコンビニは店の奥にも防犯カメラが設置してあるのが普通だ。

 おまけに店内の防犯機能も年々格段に上がってる。

 自動的に通報装置と連動させる非常スイッチがあるから店員が女1人でも逃げ切れる確立は低いんだよ。

 例えこのまま逃げられたとしても顔がバッチリ映ってるだろうから即効アウトってわけだ」


女はそう言って店の角に設置された防犯カメラを見上げる。

確かにこのカメラは店全体が見渡せるようになっており、従業員の部屋とモニターで繋がっているので

店の奥で万引きしていた少年たちの姿も記録されているだろう。

なぜただの客の女がそこまでコンビニの防犯設備に詳しいのか

少年たちや女性店員は揃って同じ疑問を抱いていたが、次の瞬間女の後ろの自動ドアが開いた。


「警察だ!」


店の外から「御用」の提灯を持った警察がどかどかと店内に入ってくる。


「万引き犯は?」

「あ、そ、その子たちです…!」


警察は一瞬少年たちより金髪の若い女に目を向けるが、

店員が慌てて床に倒れている少年たちを指差した。

すっかり逃げる気力を失っている少年の腕を掴んで起き上がらせると、店の前に停めてあるパトカーまで速やかに連行していく。

その様子を最後まで見送ったつなぎの女は深いため息をつき、そのまま店を出て行こうとする。


「あ、あの!」


若い女性店員は慌てて駆け寄って女を呼び止めた。

「ありがとうございました!あの、よければお名前教えてもらえますか?

 後で店長からお礼が…」

「いいよ別に…出勤前にジャンプ買おうと思って寄っただけだし」

女はそう言ってやる気のない様子で手をぶらぶらと振ってみせる。

だが何かを思い出したようにビタリと立ち止まり、振り返って店員を見た。


「……新聞、ダメになってるやつあったらここに請求して」


そう言って床に落ちている新聞を指差す。

女性店員は首をかしげて足元の新聞を見下ろした。

倒れたアルミ製の新聞立てと一緒に散らばっている大江戸新聞の一面


"お手柄真選組・攘夷浪士大量検挙"の文字


でかでかと一面を飾った写真には黒い隊服姿の真選組隊士が何名か映っていた。


「……真選組…?」


真選組なんですか、と問いかけようと店員は再び顔を上げたが、既に女は店の外に停めていた原付に跨って行ってしまった。

…警察というよりはむしろその警察に補導されるヤンキーというような印象なのだが。










人は見た目で判断しないこと。













武装警察真選組屯所

その名に相応しい立派な門構えだが、その門前に停められた原付から降りたのは逆に今出所してきただろうと言いたくなるような金髪の若い女だった。

ヘルメットを外すと肩につく鮮やかな金髪が靡く。

女は細い体系を隠すような黒いつなぎ姿で颯爽と屯所の裏口に回った。

隊士のほとんどが市中見回りに出ている屯所はいつもより静かだが、裏口から中へ入ると何人かの女中が忙しそうに歩きまわっているのが見えた。

丁度隊士たちが朝食を終えた時間帯だからその後片付けに追われているのだろう。


「あらちゃん、おはよう」


女に気付いた年配の女中は彼女の風貌に全く臆することなく、笑って声をかけた。

「おはようございます」

と呼ばれた若い女は覇気のない挨拶を返し、休憩所のハンガーにかかっていた真っ白な割烹着を手にとる。

黒いつなぎの上から割烹着に袖を通し、手首に引っかけていた髪ゴムで手早く金髪を1つに結わえた。

「隊士の連中、みんな見回りに出たんスか」

「ええ、何でも今日は天人のお偉いさんがくるって早くにターミナルに向かったみたいよ」

女中は洗い終えた食器をふきんで拭きながら壁時計を眺めた。

「じゃあ帰ってくる前にさっさと終わらせるかな…」

割烹着の袖を捲くり、首をゴキリと音を鳴らしながら廊下へ出て突き当たりの用具庫から掃除機を引っ張り出す。


「おやちゃんもう掃除始めたのかい?早いねぇ」


仕事をひと段落させた別の女中がそう言って廊下を覗き込んだ。

黒いつなぎに割烹着を重ねた奇妙な格好のヤンキーは、長い廊下にテキパキと掃除機をかけて歩いている。

「初めて来た時はおっかなくてどうしようかと思ったものだけど…

 今じゃすっかり板についちゃって。私らも見習わないといけないねぇ」

「昔はやんちゃしてたって聞いたけど…今あの子がああやって真っすぐ前向いて歩いていけてんのも近藤局長のおかげさね」

年配の女中たちはまるで孫を見つめるような朗らかな顔で女を見つめていた。






傍から見れば異様ともいえるその光景は、

数年前からすっかり屯所に馴染んでいた。







「----------あ」



長い廊下に掃除機をかけ終え、さぁ今度は床拭きだと意気込んだのだが、用具庫の前にしゃがみこんで短い声を発した。


「……マジックリン切れてる」


廊下を磨く時に使っていた洗剤が残りわずかだ。

今日の分ぐらいななんとかあるかもしれないが掃除は明日もしなくてはいけないのでこれでは足りない。


「…面倒くせぇな…買いに行くか」


重い腰を上げ、割烹着を脱いで髪を下ろす。

出社したばかりでまた外に出るのは面倒だが掃除に使う道具は常に万全でないと気がすまない。


「ちょっと洗剤買いに行ってきます」

「あ、ちゃん」


再び裏口から出て行こうとすると台所で作業していた女中が声をかけてきた。

「今朝かぶき町で強盗事件があったんですって。まだ犯人捕まってないみたいのよ。

 ちゃんなら大丈夫だと思うけど…気をつけてね」

「…かぶき町…まで行かないと思うけど…了解ス」

女中の心遣いを受け止め、は浅く頭を下げて屯所を出た。

…自分はあくまで警察内で働く掃除婦だから、例え強盗犯に出くわしても逮捕する権利はない。


(…公務員ヅラする気もないし)


ヘルメットをかぶり、原付にエンジンをかけて近所のコンビニへと急ぐ。









江戸・ターミナルビル




ピリリリリリリ


ピリリリリリリ




「はいもしもし」


沢山の飛行船が出入りする発出口を警備していた真選組

土方は胸で鳴った携帯を取り出して通話に出る。

「…ああ近藤さんか。こっちは特に変わったことはねぇよ。そっちは?

 ………あ?強盗犯?」

口に銜えていた煙草を指に挟み、電話越しに聞こえた局長の言葉に眉をひそめた。

「朝方かぶき町であったやつだろ?まだ逃げてんのか。

 …ああ、分かった、こっちもそう人数いらねーし検問に向かわせるよ」

犯人たちが未だ逃走中なのは自分たち真選組が動いていないからなのだが、

土方は面倒くさそうに顔をしかめて手短に通話を切る。

「近藤さんですかィ?」

横にいた総悟がひょっこりと携帯を覗き込んできた。

「ああ。今朝の強盗犯、まだ逃走中だから隊士の半分を検問に回してくれってよ。

 大江戸警察も躍起になって探してるが見つからねーらしい」

「じゃあ一番隊検問行ってきます」

閉じた携帯をポケットにしまう土方の横で総悟は早々にターミナルを出る準備をし始めている。

「ちょっと待てお前はただ警備サボりてーだけだろ」

「やだなァ土方さん、俺はいつでも大真面目ですよ」

「嘘つけコラ!俺も行く!」

「土方さんまで検問に来たら誰がここの指揮とるってんです」

「いいんだよここにいたってどうせ何にも起こりゃしねーんだから!」


警察らしからぬ会話が飛び交うターミナルの麓

1台の黒い原付がコンビニ前に停車した。


(…洗剤買うだけだし鍵さしとくか)


シルバーのヘルメットを脱いでハンドルに引っかけ、

原付を降りて足早にコンビニの店内へ入る。

1日のうちに2回もコンビニに来なきゃいけないなんて面倒な話だ。

店に入るとすぐ左折して化粧品と隣接した日用品コーナーの前に立ち、使い慣れた洗剤を迷わず手に取った。


「--------あ」


くるりと向きを変えてレジに行こうとしたが、振り返ったところで後ろの雑誌コーナーが目に入る。


(…ジャンプ、今朝はゴタゴタしてて買えなかったな)


出勤前に近所のコンビニで買うつもりでいたが、予想もしない万引き事件に巻き込まれて結局買えなかった。

しかも棚に置いてあるジャンプは残り1冊。

がジャンプに右手を伸ばした瞬間



がつっ



反対側から伸びてきた別の手とぶつかった。


「「………あ…?」」


は反射的に横に立つ人物を睨みつける。

すると男も怪訝な顔でこちらを見下ろしていた。


左隣に立っていたのは銀髪の男。

地毛なのかパーマなのか分からないが、その銀髪は四方八方あちこちにハネている。

色白の肌と死んだ魚のようなどろんとした目には全く覇気がなかったが、

視線を下ろすとその腰に木刀が刺さっているのが見えた。


(…このご時勢に木刀…?)


は眉をひそめて再び男を見上げる。


「オイなんだねーちゃん。まさかこのジャンプ買おうってんじゃねーだろうな?」

「だったらなんだ。あたしが先に手を伸ばしたんだ。このジャンプはあたしが買う」


男はジャンプとを交互に見ながら喧嘩腰に言ってきた。

も負けじと男を睨みながら男の左手をバシッと掃う。


「おいおいおいおい、馬鹿言ってんじゃねーよ。絶対俺の方が先に手ぇ伸ばした。

 お前より0.01秒早く手を伸ばした」

「どこに証拠があるんだ?あァ?店員に言って防犯カメラの映像見せてもらうか?

 それでも絶対あたしの方が早く手を伸ばした」


一冊のジャンプをめぐって小学生並の低レベルな争いが勃発しているが、本人たちは至って大真面目だ。


「俺だ」

「あたしだ」

「俺だっつの」

「あたしだっつってんだろ」


・・・・・・・・


遂に2人は1冊のジャンプを2人で鷲掴みにする。

沸点の低いのこめかみに血管が浮き出てきた。


「…なんだテメー。スチールウールみたいな頭しやがって。

 テメーの毛髪で台所キレイにしてやろうか?あァ?」

「俺のスチールウールは天然物なんですぅ。そっちこそなんだテメー、カスタードクリームみたいな髪しやがって。

 つーか台所綺麗にする前にテメーの方が全身から社会の汚れ的オーラが滲み出てんぞ」


そしてそのまま2人して競歩でレジまでジャンプを運ぶ。


「銀髪ナメんなよコラ。ぜってー金より銀の方が偉いもんね。

 ほらアレだ、俺ポケモンは金より銀の方が好きだもん。銀の方がカッケーもん」

「馬鹿言ってんじゃねーよ。メダルだって銀より金の方が上だろーが。

 金の方が高価だろーが。どう考えたって銀より金の方がカッコイイ」

「ホラ、アメリカじゃブロンズヘアとか言うだろ?ブロンズは銅だから銀より更に下じゃねーか」

「Σ(°Д°)ブロンズって金じゃないのか!?」



2人で1冊のジャンプを掴んでレジに並ぶ侍とヤンキー。

店員は困ったように異様な男女を交互に見つめている。


「つーかテメーどう見てもヤングマガジン派だろ。ジャンプなんて清い青少年のバイブル読まねぇだろ」

「人を見かけで判断すんな。テメーにゃコロコロコミックがお似合いださっさと手ぇ離せ」

「勘弁しろよ近所で売り切れててやっとここに行き着いたんだよ」

「今週合併号だから売り切れんの早いんだよ自業自得だろ」


なかなかジャンプを離さない手が薄い表紙にメリメリと爪を立てた


その瞬間






ゴシャッ





2人の右真横から鼓膜を破りそうな轟音。

そして遅れて吹きぬけてきた突風が金銀の髪を舞いあがらせた。

目線をそちらへ向けなくても視界に入ってくるのは、店の外から突っ込んできたそれに押し出されて変形している商品棚。

散乱した栄養ドリンクや日用品、新聞や雑誌

そして無残に砕け散ったガラス窓の破片

代わりにコンビニにあるはずのないものが店内に割り込んできている。




真っ黒なバンが、コンビニに突っ込んできたのだ。




幸い店の窓際に客はおらず怪我人はいなかったが店員の1人は慌てて外に出て行き、もう1人は警察に電話しているようだった。

木端微塵になったガラスが車のボンネットにパラパラと落ちて、

車輪止めに乗り上げた前タイヤからはプシューッと空気が抜ける音がしている。


「…何だ今日は。コンビニ厄日か?」


だがはそんな様子を見ても全く動じず、その隙に白髪頭の侍の手からジャンプを奪い取った。

「あ!おい俺のジャンプ!!」

律儀に無人のレジにジャンプと洗剤分の金を置き、そのまま何事もなかったかのように店を出ようとしたのだが


「………あ…?」


店に突っ込んだ車から2人組の男が慌てて出てくると、間一髪直撃を免れていたの原付に跨り始めた。

は買い物はすぐ済むから、と鍵を入れたままだったことを思い出す。

2人は慣れた手つきでエンジンをかけ、あっという間にの原付で走り去っていってしまった。



「…っあたしの原チャ!!!!」



は店を飛び出し、隣に停めてあった「銀」の字の白い原付に飛び乗る。

「オイオイオイオイ!!俺の原付!!!」

後を追ってきた銀髪の侍は慌てて後部座席に片足を乗せ、の肩をぐいと引っ張った。

だがこちらも鍵を差したままにしていたようで、はそのままエンジンをかけていっきにアクセルを回す。

Σ(°Д°)あわばばばばばばばば!!!

後ろにいた男は慌ててもう片方の足をステップに乗せ、身軽に後部座席に飛び乗った。

「てめっ、こらヤンキー女!!俺のジャンプと原付返せ!!」

「ジャンプはあたしが買ったんだからあたしのモンだ!

 テメーのボロ原付よりあたしの原付なんだよ!」

男の原付で後ろにその持ち主を乗せ、法定速度をまるで無視しどんどん速度を上げていく。

だがその前を走る自分の原付はそれを上回る速度で江戸の街を疾走していた。

「なんかお前の原付速くねぇ!?」

「ち…ッ風感じたいからって改造するんじゃなかった…!」

こんな時はエンジンを改造した自分の原付の速度を恨む。

の原付は知り合いのバイク屋にちょっと改造してもらって最高速度が通常より速い。

立派な違反車だ。

しっかりと歯を食いしばりアクセルを限界ギリギリまで回すが、2人乗りでは速度も限度がある。

「……っちょっと降りろよテメー重いんだよ!!」

「誰の原チャだと思ってんだこのアマ!!テメーが降りろ!!」

2台の距離はどんどん離れて行く。

すると



「そこのノーヘル原付2台停まりなさい。そこの原付2台停まりなさーい」



原付の右隣にパトカーが横付けされて助手席のドアが開き、拡声器から気だるそうな声が聞こえてきた。

「…あれ、旦那じゃないスか。何してるんです。つーかスピード違反なんで停まってくれませんかね?」

助手席から顔を出したのはつい先ほどターミナルから引き上げてきた一番隊の沖田。

沖田は後ろに乗る男に見覚えがあるようで拡声器を使ったまま男に話をかける。

「運転してんの俺じゃねーし!!つーかこの女に原付泥棒にあってんだよ!

 こっちの女先にしょっぴいてくれ!!」

「は……?」

そういえばなんでこの男が運転してないんだろう。

そう思って沖田は運転席に目を向けたが、限界速度で原付を運転する女を見てもさほど驚かなかった。


「おいテメーこんなトコで何してる。仕事どーした」


それどころか女のことを知っているような口調で話しかけた。


「……あれ知り合い?」


銀髪の男は怪訝な顔でパトカーと原付の運転手を交互に見る。

「知り合いっつーかコイツァうちの…」

「今それどころじゃねーんだよ!!あたしの原付盗まれたんだ!!

 さっさと追えよクソ警察!!!」

アクセル全開で前の原付を追うとご丁寧にその速度に合わせて横付けしているパトカー。


「そのクソ警察に勤めてんのテメーだろうが」


今度はパトカーの後部座席の窓が開いて煙草の煙がその合間から流れてきた。

「コンビニに突っ込んだ車、逃走中の強盗犯だ。

 お前警官じゃねーくせにお手柄じゃねーか」

「知ったこっちゃねーッスよそんなん!!どうでもいいから早く…」

2人乗りでアクセル全開の原付はさすがに悲鳴を上げている。

がパトカーに向かって怒鳴っていると、後ろに乗っていた男がの肩に掴まりながら座席の上に立って腰の木刀を抜いた。



「…何が何だかよく分からねぇが…アレ停めりゃ俺の原付も戻ってくんだろ?」



男はそう言って握った木刀を振りかぶり前方の原付めがけて勢いよく放り投げた。


「オイあたしの原チャに当て…!」


…んなよ、と言おうとしたが既に遅い。

木刀は高速回転しながら宙で放物線を描き、運転している男の頭に命中しての黒い原付はそのまま横転した。

はあんぐりと口を開け、徐々にスピードを緩める。

逆にパトカーは速度を上げて倒れた原付の前に先回りして停止した。

運転手は倒れた原付の下敷きになり、後部座席の男はガードレールにぶつかっていたがどちらも軽症のようで懲りずに逃げる体勢をとり始めているが

はそんなことお構いなしに白い原付を乗り捨てて自分のバイクに駆け寄った。





…そんなこんなで。





「……万事屋銀ちゃん…坂田銀時……」





男たちが連行されている間、は受け取った名刺を見つめて怪訝な顔をする。


「まぁあれだ。店に車が突っ込んだのは不運だったし、それでお前の原付が盗まれたのもまた不運。

 俺は巻き込まれただけだけど?職業柄なんでもやっちゃうから腕のいい塗装工紹介しちゃってもいいよっつー話」


銀髪の侍、もとい坂田銀時と名乗る男はそう言って取り戻したの原付を指差した。

横転し漆黒の原付は下になったボティーの塗装が若干禿げている。

は再び名刺を見て目を細めた。


「…塗装禿げたのテメーのせいだし…つーか何でも屋ならテメーが塗装しろよ胡散臭ェーな…」


とりあえず貰った名刺をポケットに仕舞い、愛車のグリップを撫でる。

「……つーか、お前こそなに?あのチンピラ警察の知り合い?」

銀時はパトカーの周りで後処理をしている真選組の面々を見て眉をひそめた。

どうやらこの男も真選組とは顔見知りのようだ。

「いや知り合いっつーかあたし真選組で…」

「オイ。テメー仕事どうした。とっくに出勤時間過ぎてんだろ」


「、あ!!!!」


パトカーから土方に声をかけられ、は大きな声を出す。

掃除の途中で洗剤を買いに来ていたのを忘れていた。

1時間近く時間を無駄にしてしまった挙句、肝心な洗剤はコンビニに置いてきてしまった

「やっべ掃除途中だ…!」

本職を思い出し、慌てて原付に乗りこんでエンジンをかける。



「あたし



ステッカーをごちゃごちゃ貼ったヘルメットをかぶり、取り急ぎ男に名前を名乗る。



「真選組で働いてる、ただの掃除婦だよ」




そう言って原付を走らせ来た道を戻って行った。

銀時は走り去る黒い原付を見送り、ボリボリと頭を掻いて小首をかしげる。


「………掃除婦って…あのナリで?」


黒いつなぎに金髪を靡かせて原付を疾走させる後姿は掃除婦というか、ただのヤンキーにしか見えない。

だが顔見知りの真選組も彼女を知っているようだし間違いないのだろう。

…人は見掛けによらないとは正にこのことだ。


「……ジャンプ探しに行かねーとな…」


散々コキ使われた愛車の原付に跨り、白いヘルメットをかぶってとは反対方向へ走り出した。







その日の午後


なんとか一通り仕事を終えたは屯所の中庭で原付に車用の塗装スプレーをかけていた。

三角巾で口を覆い、禿げた部分に満遍なくスプレーを吹きかけていくと何とか白い部分が隠れていく。


(あークソッ…あの天パ次会ったらタダじゃ…)



「………………」



(…じゃなくて…もうパンピー巻きこんで喧嘩はしないって、あの人と約束したじゃん)



既に沸騰し初めている自分に嫌気がさして、額を押さえながら深いため息をついた。

だがこればっかりは性分だしすぐに直せるわけではない。





"お前見た目より真っすぐっぽいからさ"







ちゃんと自分の足で歩いていけるって信じてるよ俺は。






「………歩けてるのかね」





スプレーが乾くのを待ちながら少し離れた場所で煙草を銜え、火をつける。

そして何気なくつなぎのポケットから先ほど受け取った名刺を取り出した。

胡散臭い男の顔を思い浮かべながら煙草の煙をフーッと吐きだす。





秋の高い空にぼんやりと消えていく紫煙は冷たい空気に溶けて消えた。







またもや思いつきで生まれた真選組固定新ヒロインです。
えー今度は見て分かる通りヤンキーですね。元ヤン。そして掃除婦。
ガラ悪いのにキレイ好きっていうキャラが面白いかなーと思って生まれた彼女です。
敢えて近藤さんを出さなかったので、これから追々深いところを書いていけたらなーと思ってます。
性格は隊士ヒロインより派手ですが仕事が地味なので派手なストーリーにはならなそう(笑)
お付き合い頂けたら嬉しいです!
煙草銜えながらラッカースプレーさせたかったんですが、それってチュドーン!って行くんじゃね?と思って断念(笑)