疾風少女は浅黄色を翻す-9-









!!」

あれからわずか15分後

が近藤に状況を連絡するとパトカーが数台すっ飛んできて、

真っ先に近藤が土手に降りてきた。

「近藤さん」

「お前怪我は!?怪我はないのか!?」

辺りに飛沫する血の跡を見て近藤はまず第一にの安否を確認する。

「大丈夫ですよ。これほとんど相手の血ですから。

 あたしはかすり傷ぐらいしかしてないです」

川原に座り込んでいたは苦笑しながら近藤を見上げた。

「びっくりしました、コンビニ行った帰りにいきなり襲われたから。

 ホント帯刀して出てよかったですよー」

そう言いながら左腕をぐるぐると回し、担架に乗せられる志摩を見る。

担架からはみ出した腕はだらんと垂れ下がっており、黒い体を覆うように布が被せられているので

息がないと判断されたのだろう。

「…そうか……とにかく無事でよかった…

 さっき病院から医師が1人行方を眩ましたって報告があったんだ。

 俺も最後に出入りした奴が怪しいと思ってたんだが…

 まさかこんなに早く動いてくるとはな…」

「普通に考えてあたしが一番狙いやすいですからね。

 加減できる相手じゃなかったんで…すいません、手がかり消しちゃって…」

「いいんだ。落ち着いたら奴等について気づいたことを教えてくれ」

「はい」

近藤はそう言って安堵した表情を見せると、の肩を軽く叩いた。

「後始末は俺たちがやっとくから戻っていいぞ。

 無事とはいえ無傷なわけではあるまい」

「じゃあお言葉に甘えて先戻らせてもらいます」

は手に持っていた刀を腰に差し、ざわめき立つ川原を離れて土手を上っていく。

近藤はそれを見送った後、志摩の遺体を運び出す大江戸警察と合流して後処理を始めた。

「………………」

は川原を離れ、足早に屯所へ急ぐ。


(……何とかバレなかった……っ)


近藤の前を離れた瞬間に緊張の糸が切れていっきに脂汗が浮き出てきた。

未だ残る眩暈と激痛に表情を歪めながら夜の街を駆ける。




---------隊服の下に着ていたワイシャツは脱いで左腕に巻き付けてある。

血が滲んでいた隊服は出来るだけ絞ったし、何とか左腕も動いてくれた。




出た時には真っ暗だった屯所は明かりが点き、

中も些か慌しく隊士が動き回っている。

は玄関でブーツを脱ぎ捨て、自分の部屋とは反対の部屋へ真っ直ぐ突き進んで行く。



ガラッ!!



灯りのついていた部屋の障子を勢いよく開けると、

浴衣から隊服に着替えている途中の山崎がこちらに顔を向けた。


「あ、ちゃんお帰り。お手柄だったみたいじゃ…」


はきょろきょろと辺りを見渡し、

彼の部屋に入って後ろ手で障子を閉める。

そして
は山崎の胸倉を右手で勢いよく掴んでぐいと引き寄せた。

な、何なに!!!!

「…黙って腕を診て」

「は!?」

真顔でドスの効いた声を出す

言っている意味が分からない山崎はとりあえず殴られないように顔の前で腕を交差させた。

すると


ボタッ…


「っ!?」

だらんと下がっていたの左腕から滴った真紅の血。

山崎は目を見開き、交差させていた手を退かして畳を見下ろした。

畳にじわじわとしみこんでいく真っ赤な血は、間違いなくの左腕から滴り落ちている。

中のワイシャツと厚い隊服の生地を通り越しているのだから、相当の出血量だろう。

「ちょっ…その腕どうし…モガッ!!」

は胸倉から手を離し、その手で山崎の口を塞ぐ。

「……黙って。騒いだらコロス。黙って診ないとコロス」

仲間脅してどぉすんのォォォォ!!!!

 みっ、診るから!!診るから離して!!



---------そんなこんなで。


「…うわ…っこれ…奴と戦ってやったの……?」

上着を捲くり、腕に巻いていたワイシャツを取って山崎に傷を見せる

山崎は目を細めて思わず声を上げた。

ワイシャツは真っ赤に染まっており、それを退けると白く細い腕に大きな切り傷が互い違いに刻まれているのが窺える。

どれも深く、滲んでいる血はまだ固まり切らずにあふれ出して肌の表面に広がって行った。

「…油断した。蛇みたいな武器って聞いた時から警戒してたのに…

 全く動きが読めなかった」

は悔しそうに奥歯を食いしばり、志摩の武器を思い出して表情を険しくさせる。

「やっぱりちゃんと病院に行った方がいいよ…

 いくら止血したってこれじゃほとんど自由が利かないし…」

山崎はの怪我を見ながら当然の見解を話した。

応急処置として止血をすることは出来るが、この深手じゃいつものように自由に腕を動かすことは叶わないだろう。

「病院には行かない。いいから止血して痛み止めありったけちょうだい。

 あと一服盛られたから解毒剤も欲しい」

「…っちゃん!」

額に脂汗を滲ませて強がるを見かねて山崎も声を荒げた。

は右手で隊服のポケットから1枚の紙を取り出し、山崎に差し出す。

山崎は眉をひそめながらぐしゃぐしゃに丸められた紙を受け取り、広げてその文章を見た。

「……ッこれ…!!」

手紙に書かれたワープロ文章を見て山崎は血相を変える。

「…あいつ…近藤さんの名前出してあたしを脅してきやがったんだよ…」



「マジ許せない…ッ」



は親指の爪をガリ、と噛み、憎悪に満ちた目つきで自分の腕の傷を見た。

山崎も手紙とを交互に見ながら目を泳がせる。

「…それ…局長や副長には言ってないの…?」

「当たり前じゃん。ただでさえ安東の護衛に幕吏殺害が相次いでんのに…

 あたしが脅しにかけられて更に左腕が使い物になりませんなんて、

 2人の心労以外なにものでもないよ」

そう言って前髪を掻き上げ、はぁっと短い溜息をついた。

ちゃん…」

「だから、脅迫状のことも腕のことも誰にも言わないで」

山崎の手から手紙を取り上げてポケットに戻し、強い目で山崎を見る。

その表情に圧倒された山崎は何も言えなくなってしまった。

「…………分かった」

堅く頷き、の腕に目をやる。

「とりあえず止血するよ。でも解毒剤と鎮痛剤は併用できないから…

 とにかく解毒する。朝には引けると思うから、そしたら鎮痛剤打とう。

 …でも無茶はしないで」

「-------約束はできないけどね…」






翌日


「おはよーございまーす」

朝食の並ぶ広間にいつもの様に元気な声が響く。

「おう!昨夜はお手柄だったみたいじゃねーか!」

「さすがだなオイ!」

既に広間に集まっていた隊士たちは入ってきたを見て騒ぎ出した。

は右手でVサインを出しながら笑って席につく。

その顔には絆創膏がいくつか貼ってあるだけで、傍目には軽症に見える。

だがその隣に座る山崎だけが、彼女の容態を一番知っていた。

「いただきまーす」

いつものように両手を合わせ、平然と左手で茶碗を持って食事を始める

「………………」

山崎はそんなを横目に見ながら1人浮かない顔をしていた。



(あ------…ホンットに面倒な置き土産残していきやがったな…)



食事を終えたは廊下を歩きながら額を押さえて苦しそうに表情を歪めている。

毒は抜けたようだが鈍い頭痛が残っていた。

それに加えて鎮痛剤を飲んでいないのでどうやら傷口が炎症して発熱しているらしい。

(早いトコ山崎に鎮痛剤貰おう…)

額から手を離し、山崎の部屋へ向かおうとすると余所見していたせいで前から歩いてきた隊士とぶつかった。

「…あ、ごめ……」

は慌てて顔を上げる。



-------------げ。




目の前に立っているのは総悟。

両手をポケットに突っ込み、仁王立ちしてを見下ろしている。

(ヤバイこいつは鼻が利くから…)

「ごめん、余所見してた」

は素直にあやまり、その場を回避しようと総悟の前を離れた。

だが

伸びてきた総悟の手がの左腕を力強く掴む。


「ッ!」


は激痛に思わず表情を歪めた。

「……っ、な、何……?」

「何じゃねぇよ。腕どうしたィ」

脂汗を滲ませながらは総悟を見上げる。

総悟は左腕を掴んだまま真顔でを見た。

「はっ…何?何の話?」

「とぼけんな。もう秋だってのに随分暑がりじゃねーか。

 目ぇ充血してるし、顔土色してやがるぜィ」

額に滲む汗と、この距離で感じるの尋常ではない体温を総悟は見逃していなかった。

は脂汗と冷や汗を同時に流しながら総悟を見る。



--------誤魔化せない。



そう判断して、はふーっと長い溜息をついた。

「…山崎に止血してもらったから、もう大丈夫。

 鎮痛剤打てば手は動かせる。心配しなくてもアンタの足は引っ張らないよ」

コイツからしてみればの体調云々よりそっちの方が重要なのだろう。

はそう思って右手で前髪を掻き上げながら言った。

「それを聞いて安心した。これからって時に腕が使い物になりません、じゃシャレにならねぇや」

総悟はそう言っての手を離し、予想通りの言葉を返してくる。

「その様子じゃ近藤さんや土方さんにも言ってねぇんだろ?

 言えるわけねぇよな、お前の性格だと」

「………………」

図星をつかれては何もいえない。

あぁもう、小さい頃からコイツにだけは隠し事が出来ない。

「近藤さんお前に関しちゃ超がつくほど過保護だからな。

 面倒だけど言わないでおいてやるよ」

総悟はそういい残してのそばを離れる。

は腕を押さえ、そんな彼の背中を見送った。

「……痛…っ…あのヤロー思い切り掴みやがって…」

我慢していた痛みがいっきにズキズキと疼く。

痛みに表情を歪めながら、は山崎の部屋を目指した。





…これしき、凌いでみせる





顔を上げて前を見る瞳には、力強い光が宿っていた。







To be continued