疾風少女は浅黄色を翻す-7-









あれから数時間が経った大江戸病院

先ほどとは打って変わって静まり返っており、通路を歩く医者や隊士も疎らだ。

他のフロアと比べて薄暗く不気味な雰囲気の漂う地下の霊安室前で、

は両手足を投げ出すようにベンチに座っている。

目の前の霊安室からは泣くじゃ来る中年女性が出てきて、家族か誰かに連れたれてそのまま部屋を離れて行った。

そんな様子を横目で見つめながら、は拳をゴツッと額に当てて堅く目を瞑る。

「…大丈夫か?」

「近藤さん……」

上から降ってきた声に顔を上げると、目の前には近藤が立っていた。

開け放されたドアの合間から見える白いベッド

そこに横たわる人物の顔には白い布が被せられ、線香の匂いが廊下まで香ってきている。

「…お前のせいじゃない」

憔悴したを気遣うように肩に手を乗せ、近藤は霊安室から目を逸らした。

も自分に納得させるように何度か頷き、長い溜息をつく。

「屯所に戻ろう。山崎からもう1度詳しく報告を聞いて

 体勢を立て直す」

「-----------はい」

近藤はの肩から手を放し、部屋の中に向かって軽く頭を下げた。

もゆっくりと立ち上がり、静かに手を合わせてすぐにその場を離れる。








「……銀さん」

「あ?」

同時刻、桂が去った後の万事屋は重い空気に包まれていた。

深刻な顔で銀時を呼ぶ新八に、銀時は新聞に目を向けながら返事する。

「桂さんから聞いたこと…真選組の人たちに教えなくてもいいんですかね…?」

「何で俺たちがアイツらに教えてやらなきゃならねーんだよ。

 アイツらも一応警察なんだから調べついてるだろ。

 面倒事に巻き込まれるのはご免だぜ」

開いていた新聞を畳んでテーブルに放り、銀時は面倒くさそうに頭のうしろで手を組んだ。

「でも何か…僕達が護衛してる露子さんと真選組が護衛してる役人が親子って…

 偶然とは思えないんですけど……」

新八は不安そうに顔を伏せ、両手に持った湯のみの水面を眺めている。

「……………」

銀時はそんな新八を横目で見ながら椅子をぐるりと回転させ、

窓の外からどんよりと曇った空を仰いだ。






「……"大蛇"…それが今回の一件の犯行一派か…」

真選組屯所の広間には隊士が全員集められ、改めて山崎から捜査報告が聞かされた。

初めて耳にする組織の名前と形態に、隊士たちは戸惑いを隠せないでいる。

「今日死亡した役人の死因は点滴に薬物が混入していたことによる毒死…

 手術が終わって集中治療室に入ってからは隊士が四六時中見張っていたから…

 犯行が可能なのはたまに病室へ出入りしていた医師や看護師の内の誰かということになるな…」

近藤は腕を組み、険しい表情で見解を隊士に話してみせた。

が土方たちと駆けつけた時役人は既に心停止しており、そのまま息を吹き返すことはなかった。

その後の解剖の結果で毒物混入による毒死だということが分かったのだが、

その犯人は未だ特定していない。

「…最後の3時間に見張りをしてたのは俺達ですが…

 その間医師や看護師は30分ごとに数人出入りしていったので…特定は難しいと思われます」

の横に座っていた原田が右手を上げて発言する。

「攘夷志士や浪人だけじゃなく…一般市民まで組織に加わってるなんて…

 一体どうやってメンバーを確定したら…」

下手に座っていた山崎が膝の上で拳を握り締めて弱音を吐いた。

他の隊士たちも手の打ちようがない現実に困惑している。

「…とにかく、今日病室に出入りした医師と看護師を調べて全員から事情聴取だ。

 事情聴取は二番隊頼む。一番隊と三番隊は引き続き安東氏の護衛、その他は大蛇に関する情報集めだ」

「「了解!!」」

近藤の指示に隊士たちはいっせいに返事をした。




「…………」

夕餉までまだ少し時間があるので、は1人部屋に籠って考え事をしていた。


…30分置きに病室を出入りしていた病院関係者。

がそれを最後に確認したのは、近藤に声をかけられて屯所へ戻る数分前のことだった。

その時点で役人の病状に異常はなかったし、その後近藤が見張っていた間もそんな報告はなかった。

…だから考えられるのは最後に病室へ入った医者なのだが。


「……ダメだ…考えてもどうしようもない」

もう役人は死んでしまった。

話を聞くことは叶わない。

「…頭冷やしてこよう」

すっくと立ち上がり、玄関でブーツを履いて外へ出る。

屯所の門をくぐると


「あの」


「ん?」

1台の自転車が近づいてきてに声をかけた。

さんですよね?」

「?そうですけど…」

声をかけてきたのは飛脚だった。

自転車の後ろに郵便物のつまった鞄を積み、分かりやすく"飛脚"と書かれた帽子を被っている。

飛脚はの名前を確認すると、鞄から1枚の封筒を取り出してに差し出した。

「貴女宛てです。どうぞ」

「…あたし宛て?」

まさかまたストーカーから電話番号が届いたんじゃないだろうな。

そんな予感が頭を過ぎって、は目を細めながら封筒を受け取った。

だがわざわざ飛脚を使って公共手段で送ってくるということは普通の手紙なのだろうか。

「それじゃ」

「あ…ご苦労様です…」

飛脚は帽子を被りなおし、ぺこりと頭を下げて再び自転車を漕いでいく。

はそんな飛脚を見送り、首をかしげて封筒を見た。

(……もしまたストーカーからだったら配達記録洗いだしてカッターの刃入れて送り返してやる)

ストーカーが考えそうな物騒なことを思いながら、

封を切って中身の紙を取り出す。

「…………ッ」

紙の文面を見た瞬間目を見開き、血相を変えて屯所の中へ戻った。



バタバタバタバタバタ…



「…あ、ちゃん。今飛脚が来てたみたいだけど何…」

廊下ですれ違った山崎を完全にスルーし、そのままの速度で突っ切って勢いよく自室に飛び込む。


バンッ!!!!


「………?」

人に見られたくない郵便物だったのか?と首をかしげながらも、

山崎はそれ以上詮索することなく廊下を通り過ぎた。

「……………」

は締め切った障子に寄りかかり、右手に握り締めた紙を再び開く。



真選組女隊士に告ぐ

本日午後十一時

最初に幕吏の死体が上がった川原へ1人で来い。

これが破られた場合、今度は近藤勲をターゲットにする



白い紙には機械的なワープロ文でに宛てた脅迫文が打ち込まれていた。

そして文面の左端に蛇のシルエットと思われる模様が描かれている。

「……………」

は紙をぐしゃりと握り締め、その目に殺気を宿らせて真っ暗な部屋の中を見つめる。








「………………」

夕餉の時間

広間に隊士が集まり、それぞれが美味しそうな匂いを漂わせるご膳と向き合って楽しそうに食事をしている中、

は右手に箸を持ったまま眉間にシワを刻んで一点を見つめていた。

「…おいの奴どうした?」

「さぁ…」

上座に座る近藤と土方もさすがにそんな彼女の異変に気づき、首をかしげてを見る。

いつもなら誰より先に広間に来て、誰より先に完食しているはずだから。

そんなの横に座る総悟がの皿からメインであるサンマの塩焼きを箸で持ち、

そーっとの鼻に近づけた。



ぴとっ



あっつァっ!!!!



ほかほかと湯気立つサンマの尖った頭が、の鼻の入り口に直撃。

は声を上げると同時に箸を投げ出し、横の山崎にぶつかって倒れた。

「なっ…何すんのぉぉ!?」

「飯も食わないでボケッとしてるからだろィ。折角のサンマが冷めちまう。

 食い物粗末にすんなって母ちゃんに教わらなかったのかィ?」

「粗末にしてんのはテメーだよ!!!」

赤くなった鼻を押さえ、は涙目で総悟を怒鳴りつける。

そこで上座に座る近藤と目が合ったは、思わずバッ、と顔をそらした。

「?」

反対に逸らされた近藤は首をかしげる。

「…食欲ないんで、あたしもういいです」

そう言ってすっくと立ち上がり、上座に向かって頭を下げた。

総悟に「残り食べていいよ」と言い残し、静かに部屋に戻っていく。



「…………………」

はポケットの中でぐしゃぐしゃに丸めた紙を取り出し、

広げて再び文面に目をやる。

は迷っていた。



…誰かにこれを、伝えるべきだろうか。




がこの手紙を仲間に見せられずにいるのは、ただでさえ警察内がピリピリしているのに

自分の名前を出して脅しにかけられたことを知られたくなかったからだ。

言ったとしても近藤は安東の護衛が最優先だと言うだろう。

(せめて土方さんには…)

拳をゴツ、と額に押し付け、目を瞑って考えていると


「おい」


ふァい!?

頭に浮かべていた本人の声が障子越しに聞こえ、は素っ頓狂な声を上げる。

「なっ…何ですか土方さん!」

は慌てて紙を丸め、障子の方を向いた。

…何となく障子を開けずに。

「…てめぇ何か隠してんだろ」

「っ」

土方もまた無理に障子を開けようとはせず、部屋の前に立ったままドスのきいた声でを問いただす。

はびくりと肩を強張らせた。

「…何でもないですよ?」

「お前が何でもねぇって言うときは何でもある時なんだよ。

 何年一緒にいると思ってやがる。馬鹿にすんなよ」

…相変らず鋭い。

足元に落とした手紙を見下ろし、は覚悟を決めたように深呼吸する。

「……何でもありません。折角助けた命を守りきれなくて…ちょっと動揺してるだけです。

 ちゃんと気持ち切り替えてかかるんで、心配しないで下さい」

手紙の内容を土方に話すことなく、は落ち着いたトーンで障子の向こうへ言った。

土方は煙草を銜えたまま障子を睨むが、

それ以上に問いただすことはなかった。

「……………そうか」

それだけ言って煙草を指で持ち、煙を吐きながらの部屋を離れる。

ははーっと長い溜息をついて肩を撫で下ろした。

だが右手は強く畳に爪を立て、瞳孔が開いた瞳で壁に立てかけてある刀を睨む。






To be continued