疾風少女は浅黄色を翻す-6-









「…で?テメーの頭の重傷度より緊急事態な話ってのは何なんだ一体?あ?」

万事屋に戻り、居間のソファーに腰を下ろす銀時。

ウサギの着ぐるみを脱いだ桂はその向かいに神妙な面持ちで座っていた。

新八はとりあえず桂とエリザベスに2人分のお茶を出し、銀時の横に座る。

「…先日から多発している連続幕吏殺害事件を知っているか」

桂の言葉を聞いて銀時は「なんだ」と思った。

つい先日真選組のにも同じことを聞かれたからだ。

あの手の事件は警察が調べて解決することだし、自分達には関係のないことだと思ったから。

「知ってるよ。テレビとか新聞でもうるせーぐらい取り上げてるし。

 それがどうかしたか?」

「警察の中には俺たちが犯人じゃないかと疑ってる奴もいるらしくてな…

 この数日俺なりに事件に関係している浪士を調べてみたんだ」

昔はテロを起こして攘夷運動をしていた桂だが、

今はすっかり穏健派に成り代わり、なるべく犠牲を出さずに国を変える方法を模索している。

だからあの事件が彼率いる一派の仕業でないことは分かりきっているのだが。

「そこで1つの武装集団の名前が挙がった」





「潜入期間中桂は留守だったんですが…その代わり奴の仲間から

 ここ最近1つの武装集団が動き始めているという情報を得たんです」

同時刻

山崎は土方とに向かって捜査の報告を始めていた。

「武装集団…?攘夷派の1つか?」

「いえ…攘夷派とも、浪人とも区別できない灰色の組織…」




「------------"オロチ
「------------"大蛇"」





「……オロチ
「……大蛇…?」

桂の口から組織の名前を聞かされた銀時は眉をひそめる。

桂は無言で頷く。

「蛇のように、横へ長く繋がった不透明な組織だ」

「…横へ長く…って?」

銀時の横で話を聞いていた新八も表情を曇らせて桂に問いかけた。

「組員が確立されていないんだ。我々のような攘夷派はもちろん、幕吏に首を飛ばされた元官僚、

 街を歩く浪人、そして更には武器を持たぬ一般市民でさえ大蛇のメンバーに加わっている」




「…何…それ……っ」

山崎の報告を聞いたは血相を変える。

「じゃあ誰が大蛇のメンバーなのか分からないってこと…!?」

はテーブルに手を着き、身を乗り出して山崎を見た。

山崎は険しい表情のまま無言で頷く。

「攘夷志士の間では…数年前にも大蛇に動きがあったことが確認されてたみたいなんだけど…

 周りの誰が組織の一員なのか分からないからヘタに刺激できないんだ」


『国民全て幕府の敵に回り、あらゆる情報機関は麻痺し、混乱の中で世界は崩壊する。

 混沌としたこの世界で、腐った無能な幕府だけが孤立した異様な世界。

 大蛇はそんな世界を望んでいる』


桂の仲間から聞いたことを思い出し、山崎の背筋が再びゾクリと凍りつく。

「首を刎ねるのは打ち首を、腹を半分斬るのは切腹を皮肉ったものだと言っていました。

 国と幕府に恨みをもつ人間だけが身分を越えて集まった武装集団…

 それが大蛇なんです」

山崎がそう言って真っ直ぐ土方を見る。

煙草を銜え、黙って山崎の話を聞いていた土方は眉間に濃いシワを刻み、

短くなった煙草を灰皿に押し付けた。






「蛇のように横長の組織…現場に必ず蛇の死骸を残し、

 蛇のように曲がりくねった武器を使う…確認できているのはそれだけで、

 具体的なメンバーの名前は知られていない」

桂はそこまで説明すると湯飲みを持ってお茶を口に運んだ。

「った…大変じゃないですか…!!

 もっと事態が大事になったら…江戸はパニックになりますよ!?」

取り乱す新八だが、銀時は至って冷静な態度で桂を見ている。

「…何でその話を俺にしに来たんだ?

 言っとくけど警察の野郎共にそれ教えてお前らの疑い晴らしてやる義理はねーぞ」

「貴様の世話になろうなどとは思っておらんわ。

 ただ貴様も用心した方がいいということだ」

湯飲みを置き、再び腕を組む桂。

3人は首をかしげて顔を見合わせる。



「実は俺も昔、メンバーに加わらないかと誘いを受けたことがある」



「桂さんも!?」

「勿論断った。どうやらメンバーの中に攘夷戦争に関わっていた者もいるらしくてな。

 恐らくお前のことも知っているはずだ」

顔を上げ、真っ直ぐ銀時の顔を見る。

銀時も僅かに目を細めて桂を見た。

「奴らは危険だ。この街のどこに、一体何人潜んでいるか全く見当もつかない」




「攘夷志士、浪人、幕吏、天人…市民の中には医師や教員、裁判官などの中にもメンバーがいるらしいです」

山崎は神妙な面持ちで報告を続ける。

広間に不穏な空気が漂う中、は大変なことに気づいて勢いよく立ち上がった。

「……医師…って言った…!?」

立ち上がったは横に座る山崎を見下ろす。

山崎は冷や汗を流したままコクンと頷いた。

その瞬間は踵を返し、広間を飛び出して廊下を駆ける。

「オイ、どこ行くんだ?」

「病院です!!」

とてつもなく嫌な予感が、の中に駆け巡る。

土方もの言葉にハッと気づき、立ち上がってその後を追った。

「え、ちょっ…病院ってなんですか!?副長!!」

山崎も慌てて2人の後を追う。

は屯所前に停めてあるパトカーの運転席に乗り込み、

助手席と後部座席に土方と山崎が乗り込んだのを確認して即座にパトカーを発進させた。

警光灯を点けてサイレンを鳴らし、アクセルを強く踏んで猛スピードで大江戸病院へと向かう。





大江戸病院

今だ意識の戻らない役人の病室の前には2人の真選組隊士が張り込み、

すぐ近くのベンチでは近藤が座って待機している状況だ。

他にも数名の隊士がそのフロアをうろついていて、完全な厳重体勢といえる。

「点滴の交換に来ました」

白衣を纏った若い男性医師がドアの前に立ち、

手に持っている点滴を隊士へ見せる。

「どうぞ」

隊士たちはそう言ってドアの前を開け、男性医師は病室へと入っていく。

スライド式のドアは自然にピシャリと閉まり、

病室にはモニターの音が一定に響いているだけでとても静かだ。

役人は右腕に点滴を繋がれており、口には呼吸補助機をつけて静かに眠っている。

男性医師は手早く空いた点滴を取替え、新しい点滴の針を役人の血管に刺して繋いだ。


ピッ


ピッ


規則正しく動く波を見つめ、医師は白衣のポケットから1本の注射器を取り出した。

針が少し太めで、通常人に打つものとは違う形状。

医師はピストンを押して中の液を少し出し、注射器を点滴の袋に突き刺す。

今度は最後までピストンを押して液を完全に点滴の中に注入した。

注射器が空になったところで針を抜き、医者は注射器をポケットに仕舞う。

かかった時間、わずか3分。

そして何事もなかったかのようにベッドの傍を離れ、病室を出た。

「終わりました」

「ご苦労様です」

医師が隊士に向かって頭を下げると、近藤もベンチから腰を浮かせて挨拶する。

医師はそのまま颯爽と病室の前を離れて廊下を歩いて行った。



「近藤さん!!」



3人が病院へ着いたのはそれから僅か15分後のことだった。

…お前戻ったはずじゃ…?それにトシも…

 山崎!捜査から戻ったのか!」

仮眠をとるため屯所に戻ったはずのが、屯所で待機していた土方と共に廊下を駆けてくる。

3日前から潜入捜査に出ていた山崎が連絡を寄越さず戻ってきたことにも驚いた。

「被害者は!?」

「いやまだ意識が…」

戻ってないんだ、と近藤が言う前に、土方とは病室の前の隊士たちを押しのけて

勢いよくドアを開ける。






ピ----------------------------







モニターが発する、長い、音。

数分前まで一定に波を打っていた心電図が今は一直線だ。

その場の全員が目を見開き、立ちすくむ。

「…ッ早く医者呼んで来い!!」

「はっ、はい!!」

土方の指示で隊士は医者を呼びに走った。

呆然と立ちつくすの横を通り、近藤がベッドに走って男の胸に両手を当てる。

そして体重をかけて何度も心臓マッサージを施した。






病室を支配する音の中で、は何も出来ずにただベッドを見つめていた。






To be continued