疾風少女は浅黄色を翻す-5-










地下都市・アキバNEO

上層街とは違う異質な空気が漂う機会街。

様々な人種が行き交う雑踏の中に、ひっそりと溶け込んでいる1人の男がいた。


(……ここに潜入して2日目か…)


真選組監察方・山崎退。

組の中で最も地味で、どこにいても違和感なく空気に溶け込むことの出来る男。

連続幕吏殺害に関わる攘夷志士の情報を掴んで来いという土方の命令で、

再びこの地下都市に潜入捜査にやってきた。

攘夷志士になりすまし、浪士たちに話を聞いて回ること2日。

なかなか有力な手がかりが見つけられずに右往左往していたところだった。

(参ったなぁ…こんなに時間かけて何も見つかりませんでしたーじゃ副長に殴られるし…

 桂はいなくて情報つかめないし…)

穏健派に変わった今も変わらず攘夷活動を続ける桂はどうやらこの2日不在のようで、

詳しく話を聞きだすことも出来なければ、所在を掴むこともできない。

猫背でとぼとぼと路地を歩いていると、

「オウ新入り。どうした暗い顔して」

後ろから声をかけてきたのはこの街に潜伏する攘夷志士。

桂一派の一員で、無事潜入できたのも最初に彼らと接触できたからなのだ。

「あ…イエ、そういえば最近桂ー…さんの姿を見てないなぁと…」

普段呼び捨てにしている敵に敬称をつけることに躊躇いながら、

山崎はしどろもどろに答える。

「桂さんなら今起こっている連続幕吏殺害事件のことで調べたいことがあると

 数日前から外しているぞ」

「え…っほんとですか?」

寝耳に水だ。

まさか攘夷志士があの事件について調べているだなんて。

穏健派の桂一派があの事件に関わっているとは最初から考えていなかったが、

幕吏が死ぬことはどっちみち彼らにとって有利なのではないか。


「何でも蛇が動き出したらしい」


「ッ!」

"蛇"という単語に山崎は目を見開いた。

「奴らしばらく身を潜めていたからな…」

「人数も相当増えたらしい。…また高杉一派との抗争のようなことにならなければいいが…」

浪士たちは神妙な面持ちで顔を見合わせている。

「っす、すいません!その話、詳しく聞かせて貰えませんか…?」









同時刻

かぶき町・万事屋銀ちゃん前


ピンポーン


ピンポーン


万事屋銀ちゃんの玄関前に立つ1人の男が、

数秒置きに何度かチャイムを押している。

「…全く…この非常事態に一体どこに行っているんだ銀時は…

 なぁエリザベス」

背中につくほどの長い黒髪

奇妙な白い生物を隣に連れた優男

狂乱の貴公子・桂小太郎。

激動の時代を駆けた攘夷志士であるとともに、銀時の友人でもあるこの男は

かつて共に戦を戦った男を訪ねてきたのだがどうやら家の主は留守のようだ。

再びチャイムを鳴らそうを指を伸ばすと


「銀時たちなら出掛けていないよ」


階段下から年配女性の声。

下を見ると1階にスナックを構えるママのお登勢が煙草を銜えながら2階を見上げていた。

桂もたまに足を運ぶスナックなので、このママとはちょっとした顔見知りでもある。

「どこへ行ったか聞いているか?」

「さぁね。なんか仕事らしいよ。

 昨日も早くから3人揃って出てったし…」

「仕事だと?どうせロクな報酬にならん猫探しか何かだろう…

 まったくこっちは緊急を要するというのに…」

着物の袖口に手を入れ、勝手な想像をしながら溜息をつく。

そして奇妙な生物・エリザベスを連れて仕方なくその場を後にした。






大江戸病院・集中治療室

手術室からほど近い特別個室の前に、黒い隊服をきた男たちが数人がかりで張り込んでいる。

全員が帯刀しており、安全なはずの病院内に異質な空気が立ち込めていた。

は病室から近いベンチに座って一夜を明かし、ぼーっと一点を見つめている。



聞きなれた声が聞こえたと同時に顔を上げると、

ベンチの横には近藤が立っていた。

「お前は帰ってちょっと休め。一晩中見張りしてただろ。

 後は俺がやっとくから」

そう言っての肩を叩き、厳重な警備を立てている病室前を見る近藤。

瀕死の重傷を負った役人の男は未だ容態が安定せず、

万が一のことを考えて真選組が交代で見張りにつくことになった。

第一発見者であり、男をここへ運んできたもその為一晩を病院で過ごしたのだ。

「でも…安東の護衛は」

「総悟たち一番隊に任せてる。お前のことは総悟に言っといたから安心して休め。

 屯所にはトシが待機して山崎の報告を待ってる。

 潜入捜査に出て3日目になるが…何の連絡も寄越さないからな」

近藤はそう言って表情を曇らせ、腕を組んで浅い溜息をつく。

「………あの、近藤さん」

「ん?」

は昨夜のことを思い出し、昨夜言いかけたことを再び切り出した。

「あたし、犯人の顔は見てないんですけど…

 妙な武器を見ました」

「…妙な武器?」

近藤は片眉をひそめてを見る。

「…長くて自由自在に曲がりくねる…鞭のような日本刀……」

は暗闇で見たものを思い出すように記憶を辿り、

言葉を選びながら説明した。

自分でもおかしなことを言っているのは分かっているが、それでも確かにあの時見たものは

長く平たい、鞭のように曲がりくねった刀。

近藤はそれを聞いて更に眉間のシワを濃く刻んだ。

「鞭のような日本刀だと…?そんなもの存在するのか?」

「…分かりません…でも確かに月明かりに反射した時の銀色は日本刀でした。

 鞭のように…蛇のように…刀の常識を超えた存在…」

暗がりだったので明確ではないが、物心ついた頃から日本刀を振ってきたは間違うはずがないと思っていた。

近藤は大きく肩を上下させ、考えるように呻り声を上げて顎髭を手で触る。

「…分かった、本庁に掛け合って調べてもらう」

「お願いします」

はぺこりと頭を下げ、静かにベンチを離れた。

明るい病院内の照明が目に染みて眩しい。

途中何分か仮眠はとったが、ほとんど徹夜に近いので頭はボーッとする。

(…屯所でちょっと寝たら…総悟たちと合流しよう)





「ふわぁぁああああ〜…」

よく晴れたかぶき町に間の抜けた欠伸が響く。

大きな白い犬を連れた万事屋一行は自分達の仕事場に戻るため家路を歩いていた。

「これで今日の仕事は終わりですね」

朝早くから出かけた露子の見張りに出ていた3人だったが、

正午過ぎにはその用事が終わってかぶき町へと戻ってきたのだ。

「毎日暇なのもアレだけどさー…こう毎日毎日お嬢様の日常生活を監視するってものアレじゃね?

 いや滅多に見らんねーものだから今のうちに拝ましてもらうってのもアリなんだけどさァ…」

毎日これといって何をするわけでもなく、露子の日常生活を遠目から見張り、

その周囲に不審な人物がいないか監視する。

その単純作業に飽きてきた銀時は欠伸で出た涙を拭きながら愚痴を零した。

「それが依頼なんだからしょうがないでしょ。

 他に仕事もないんだし、1つの仕事で2か月分ぐらいの報酬になったんだからいいじゃないですか」

「なんっかなぁ〜ゴリラとマヨラー絡んでる時点で面倒事になりそうな気がすんだよなぁ〜」

銀時はそう言ってガシガシと頭を掻きながら2度目の欠伸をする。

その時


「やっと見つけたぞ銀時」


聞き覚えのある声と同時に後ろからガシッ、と銀時の肩を掴む手。

3人が振り返ると


「「「・・・・・・」」」


「全く、この緊急事態にどこで何をしていたんだ貴様は」

聞こえてくるのは確かに聞き慣れた声なのだが、

3人の後ろに立っていたのはまったく見慣れぬ影だった。

ショッキングピンクで毛足の長い寸胴のウサギの着ぐるみ。

口の白い毛は汚れていて髭も曲がった随分年季の入った着ぐるみは、

右手にキャバクラ客寄せの看板を持ち、左手に大量の風船を持っている。

3人は冷めた目でショッキングピンクのウサギを見つめる。

「……あの、桂さんですよね?」

耐えかねた新八が冷や汗を流しながら口を開いた。

「桂じゃない『倶楽部ばにぃ』のマスコットばーにぃちゃんだ
ゴッファ!!!!

薄汚れたウサギは銀時と神楽に強烈な蹴りを喰らって後ろに倒れる。

「着ぐるみって嫌いなんだよなー暑苦しいし。

 バニーガールは大好物なんだけどよー」

「銀ちゃんこのウサギなんか臭いヨ」

倒れたウサギを容赦なく足蹴にする2人。

ちょ、ちょっと見てホラ!!皆の桂お兄さんだよホラ!!!

ウサギは慌てて着ぐるみの頭を脱ぎ、中の人物は素顔を露にした。
 
中から覗く鬱陶しい長髪を見て3人は更に目を細める。

ウサギ、もとい桂は起き上がって汚れを掃い、腰に手を当てて溜息をつく。

「緊急事態だ銀時。大事な話がある」

「…いや、オメーの格好の方が緊急事態だよ」







同時刻

「ただいまぁー」

やっと屯所に戻ってきたは疲れた足取りで玄関に上がり、

廊下を歩いて広間へと向かう。

開け放された広間の敷居から、もくもくと煙草の煙が立ち上っているのが見えた。

「戻りましたぁ」

中にいる人物が分かっているはひょこっと顔を覗かせて広間の中を見る。

テーブルの傍には土方が座っており、こちらに背を向けて刀の手入れをしていた。

「山崎から連絡ありました?」

打ち粉をする手を休め、土方は僅かに顔をへ向ける。

「いや。ったくあの野郎どこで何やってやがる…」

潜入捜査ゆえ、こちらから連絡をするのは避けたい。

イライラした様子で煙草を潰す土方を見て、も軽く肩を落とす。

手がかりが乏しい以上、唯一の頼りは山崎の捜査報告なのだから。

「30分仮眠とったら総悟たちと合流するんで」

「寝過ごすなよ」

は頭を掻きながら踵を返した。

すると



バタバタバタバタ…




副長ォォォォォ!!!!!

慌しい足音と共に土方を呼ぶ叫び声。

は立ち止まって振り返り、土方は眉をひそめて廊下へ顔を出した。

廊下をドタドタと走ってくるのは…

「「山崎!」」

3日前から潜入捜査に行っていた山崎。

「山崎ィ!テメー1回も連絡よこさねーで何やってんだ!!」

土方は廊下に出てまず山崎を怒鳴りつける。

「すいませんちょっと連絡入れる暇がなくて…

 それより大変なんです!!幕吏殺害事件の手がかりが…!

 "蛇"が意味するものが分かったんですよ!!!」

「「ッ!!」」

取り乱した山崎の言葉に2人は目を見開いた。







To be continued