疾風少女は浅黄色を翻す-3-









近藤から電話を受けて僅か数分後

は本庁前に来ていた。

幕吏殺害の事件が相次いでいるためか、正門の警備はいつもより厳重で

駐車してあるパトカーが次々と出入りして慌しい。

(…本庁ってあんま来ないからなー…ヘタに上の連中に会いたくないし…)

入り口で立ち止まり、目の前に聳え立つ立派なビルを見上げて眉をひそめた。

すると


「何ボサッと突っ立ってんでィ」


後ろから総悟の声。

「総悟」

総悟はを追い越し、自動ドアをくぐって中へ入っていく。

もそれについて歩いた。

2人が中に入って辺りを見渡すと、ロビーに一際柄の悪い3人の男が立っているのが見える。

「よう、来たか」

総悟とに気づいて近寄ってきたのは、白髪交じりのオールバックにサングラスといったヤクザ風の中年男性。

というかほとんどヤクザにしか見えないこの男こそ

警視庁のドン・真選組の上に立つ松平片栗虎だ。

にとっては父親代わりのような存在であり、松平もを本当の娘同様に可愛がっている。

近藤と土方も遅れて歩いてきた。

「何したのとっつァん、わざわざ本庁まで呼び出したりして」

「ああ、今回お前らに護衛をしてもらいたい役人がいてな…」

首をかしげるに松平が答えかけたその時、

奥から黒い羽織を着た役人が数人、こちらに向かって歩いてきた。

それに気づいた松平が立ち止まって浅く頭を下げたのを見て、4人も頭を下げる。

「これはこれは真選組の皆さん、お早いご到着で」

松平の前に立ち、4人を見て笑う中年の幕吏。

近藤と土方は顔を上げ、背筋を伸ばして再び丁寧に頭を下げた。

だがと総悟はその幕吏に見覚えがない。

「……ヒソヒソ…誰…?」

「さぁ…?」

そんな2人を見てと総悟は小声で耳打ちをし合う。

「期待しているよ。近藤君」

「は」

名指しされた近藤は顔を上げてびしっと敬礼した。

中年の男は5人を追い越し、颯爽と正面口を出て行く。

「……誰ですか?」

と総悟は閉まった自動ドアを見て首をかしげた。

「安東茂左衛門。開国と同時に任についた古株でな、

 真選組を正式に幕府の下に置くと決まったときにも色々

 手助けしてくれたのよ」

松平はそう言って懐から煙草を取り出し、口に銜える。

道理で、近藤や土方が姿勢を変えるはずだ。

それを知らない2人は興味なさそうに「ふーん」と適当に頷いた。

「期待してる…って…護衛してもらいたい役人ってのがあの人なの?」

「ああそうだ。今週末、安藤氏を中心に取引先の天人重鎮を集めた会合が開かれるのよ。

 そんな最中にこんな事件が起きちまっただろ?

 さすがに護衛をつけた方がいいって、上から言われちまったのさ」

白い煙を吐きながら喫煙所へ足を進め、設置されている灰皿に灰を落とす。

「そんなこと言い出したら幕吏全員に護衛つけなきゃならなくなるけどな」

その横で土方も呆れたように煙草の煙を吐いた。

だが命令が下ったからには仕事をこなさなければならないのが警察だ。

誰を護衛しようが護衛する幕吏がどんな人物だろうが興味のないは、

先ほどさっちゃんに言われたことを思い出していた。



『のごきりのような凹凸のあるものじゃないかしら』



(……のこぎりで首切断…?これってもはや猟奇殺人の域じゃない?)

こうなると攘夷志士などは関係なくなってきてしまう。

「よし、じゃあ一旦屯所に戻って態勢を整えよう」





同時刻

「あー…酷い目にあった」

と別れた後、なんとかさっちゃんを撒いて万事屋へ戻って来た銀時。

すなっくお登勢から2階へ通じる鉄製の階段を上って

スライド式のドアを開けると、玄関には3足の靴が並んでいた。

神楽の掃いている黒い靴と、新八の草履

そしてもう1足、女物の草履が綺麗に揃えられている。

「あ!銀さん戻ってきた!!」

客だろうかと銀時は首をかしげていると、奥で新八の声がして

バタバタと廊下を走ってくる音が近づいてきた。

「銀さんおかえりなさい。依頼したいって方が来てますよ!仕事ですよ仕事!!」

久しぶりの仕事にテンションを上げているのは、万事屋の庶務雑務をこなす志村新八。

の親友である志村妙の弟だ。

銀時がブーツを脱いで家に上がると、居間のソファーに1人の女性が座っていた。

「お待たせしました!責任者戻ってきたんで!」

新八がそう言ってソファーに駆け寄ると、女性は立ち上がって銀時に頭を下げる。

年齢は二十歳前後だろうか。

高級そうな着物を身にまとった清楚な若い女性。

いかにも儲かっていない万事屋の内装には不釣合いだが、確かに彼女が今回の依頼者らしい。

「どうも、責任者の坂田銀時です」

銀時は女性の向かいに腰を下ろし、テーブルに名刺を乗せた。

「安東露子と申します」

女性は再び深々と頭を下げる。

「ええと…依頼っていうのは?」

「……ここ数日で起こってる…連続殺人事件のことなんですけど…」

銀時の問いに、露子と名乗る女性は静かに口を開き始めた。

殺人事件という単語を聞いて、銀時は先ほどに聞いた幕吏殺害の事件を思い出す。

「ああ、あの幕吏が立て続けに殺害されてるやつ」

「ええ…そのことでちょっと…」

露子はそう言って不安そうに表情を曇らせ、膝の上で指を組んで顔を伏せた。

「露子さんのお父さん、幕府の役人みたいなんです。

 今度天人の重鎮を集めて会合開くほどの大御所らしいですよ」

横に座っていた新八が補足を入れる。

「じゃあもしかして依頼ってのはそのお父さんを監視してくださいとかそういう…」

「いえ…父ではなくて…私の護衛をして欲しいんです」

その言葉に3人は目を丸くしてしばし沈黙する。

銀時はの話を聞いて、そういう事件は専ら警察の仕事だろうから自分には全く関係ないことだと聞き流していたのだが、

まさか自分たちが事件に関わることになろうとは。

「事件を受けて警察は父に護衛をつけるらしいんですが…

 家族も狙われるかもしれないから、私も誰かに頼んだ方がいいって言われて…」

「いやあの…話の腰折るみたいですけど…

 そういうのって警察に頼んだ方がいいんじゃ?」

話を進める露子だが、銀時はそこで当然の疑問をぶつけた。

殺人事件とか護衛とか、一介の万事屋が請け負うには話が大きすぎる。

父親が警察に護衛されているなら、娘だって警察が護衛するのが自然の流れなはずだ。

「警察は事件の調査と幕吏の護衛で手がいっぱいだろうからって…

 父がこちらを教えてくれたんです」

露子の言葉に3人は顔を見合わせた。

そして3人同時にくるっと後ろを向いてヒソヒソと小声で耳打ちをし始める。

「ちょっとちょっと!!お役人にまで僕らのこと広がってるんすか!

 ヤバくないですか!!これうまく行けばかなりの仕事になりますよ!!」

「警察なんか目じゃないネ!大儲けのチャンスヨ銀ちゃん!!」

「だって役人の娘だろ?結構出すもん出してくるんじゃねーのコレ」

一通りそれぞれの考察を話したのち、再び3人同時に露子の方を向く。

「護衛を引き受けて下さるなら…これを」

露子はそう言って着物の袖口から分厚い茶封筒を取り出し、テーブルに乗せた。

封筒から僅かに透けてみえる福沢諭吉に、3人の目がギラリと輝く。

「「「やりましょう!」」」

息巻く3人は身を乗り出して声をそろえた。









こうして2つの事件は交錯していく









To be continued