江戸城衝突まで残り20分

3階大ホール


「……解せねぇな」


露子を人質にする瀬高の前に立ちはだかる土方は目を細めて静かに口を開いた。

瀬高は露子の白い首筋にビンと張った刃を突きつけ、

顔は真っ直ぐ土方に向けている。

「攘夷派のテメーらが幕府と心中たァ滑稽じゃねーか。

 今頃将軍は城から逃げ終わってるぜ」

先ほど無線に近藤から入った緊急報告。

何人か無線を外していた隊士もいたが、恐らく今は全隊士が知っているだろう。

これほど大きな船が城に近づけば誰しも不審に思うのが普通。

加えて先ほど近藤が松平に状況を説明した為、将軍家は城の外へ非難している。

「…分かってねぇな」

瀬高は顔を伏せて笑う。

「俺たちがこの船で、城に突っ込んで死んでこそ意味があるのさ」

余裕の笑みを浮かべる瀬高の言葉に土方は眉をひそめた。

「幕臣・安東茂左衛門を含む乗客600人を乗せた幕府の所有物である客船が江戸城へ衝突。

 当然、真選組が乗っていながらテロを未然に防げなかったのかと抗議が起こるだろうな。

 将軍が死ぬより一般人600人が死ぬ方が幕府の無能さを世に広げられるってもんだ。

 テメーらも一緒に死ねば大蛇の存在を口外する人間もいねェ。

 第一、国民を守れなかった警察の言うことなんざ誰も信じねーだろうがな」

「…その為なら自爆テロも苦じゃねぇと?」

狂っている、と土方の表情が歪む。

あくまで将軍や城ではなく、結果として一般人を守れなかった幕府に対して矛先が向けられている。

それは一種の賭けであり、自分たちの死後はどうにも確認できない不確かなものだ。


「させませんよそんなこと!!」


粗方客を片付けたのか、神楽と新八もステージに駆け上がってきた。

瀬高は横目で2人を見る。

「そんなこと言ってもな、今頃自動操縦に切り替わって進路は江戸城に定まった。

 飛行船の操縦知識の無ェお前らにそれを停める術はねェだろう?

 ま、俺も他のクルーも最低限の知識しか詰め込んでねェから、停止方法は知らないんだけどな」



「可哀相なのは…まったく無関係なこの子、かな!」



そう言って自分の前で盾にしていた露子の肩をぐい、と引っ張り

その反動で彼女の背中を押して刀を構えている土方に向かって勢い良く突き飛ばした。

「ッち!」

土方は咄嗟に右手を下ろし、飛ばされてきた露子を左手で保護する。

その隙を突いて瀬高は鞭状の細い刃を振り切った。

神楽と新八が素早く露子を避難させると、土方の眼前に撓った刃が猛スピードで近づいてくる。

即座に刀を構え直した土方は瀬高の太刀を弾いたが、

細い刀身とは思えぬ威力に土方の体は後ろへ飛ばされた。

テーブルにぶつかる手前で踏み留まり、地面を蹴って瀬高との距離を詰める。

再び振り下ろされた刀身の行き場は不規則に角度を変え、土方は寸前でその刃先を避けながら瀬高の間合いに入った。

瀬高が手首を僅かに動かすと刀身はぐにゃりと曲がって土方の背後に迫る。

細く鋭い刃先が背中を捕らえた刹那、土方は左手で腰の鞘を抜き、右手は真っ直ぐに瀬高の顔面へと突き出した。

「ッ!」

瀬高の刃が鞘に食い込んでその動きが制御されると同時に眼前に迫った土方の刃。

咄嗟に身を引いたが間に合わず、次の瞬間瀬高の左肩口と耳の端から血が噴き出る。

純白のクルーの制服はみるみるうちに赤く染まっていく。

「…はッ。江戸城に追突する前に死ぬかもな」

左手の鞘で瀬高の太刀を防いだまま土方はニヤリと笑った。







疾風少女は浅黄色を翻す-最終話・前編-









「…自動操縦に切り替わったみてェだな」

3階デッキで高千穂は総悟と対峙しながらチラリと手すりの下を見た。

船の真下には江戸の街が広がり、2人からは死角になっているが船は確実に江戸城へ近づいているらしい。

自動操縦に切り替わったというが乗っている側としてはこれといって変化は感じられない。

総悟も横目で外を見る。

いつの間にか海風の匂いは消えて、排気ガスの臭いが漂ってきていた。

「……国と心中たァ悪趣味な話だ。もしこれが江戸城に突っ込めば警察が乗っていながらテロを防げず

 一般市民を見殺しにしたって攘夷派は黙っちゃいねーだろうからな」

彼等の説明を待つことなく、総悟は冷静に今回のテロの目的を話してみせる。

大蛇の目的は一字一句、総悟の言った通りだ。

「それどころか幕府、警察の信用はガタ落ちだろうな。

 まさにテメーらの目論んでる理想郷の出来上がりってワケだ」

「…随分冷静だな。あと20分もすりゃこの船は江戸城に突っ込むぜ?」

事態は計画通りに進んでいるにも関わらず、高千穂の額には汗が滲む。

…計画の成功を見ずして、自分は此処で死ぬかもしれないからだ。

「知ったこっちゃねーよ。将軍が死のうが攘夷派が暴れようが、ちっとばかし面倒事が増えるだけだ。

 例え乗客全員が焼け死んでも局長だけ護れりゃそれでいい」

総悟はそう言って再び刀を構えた。


「あの人がいる限り、テメーらの思惑通りにはならない」


緋色の瞳が手すりの手前で悠長に立ち尽くしている安藤へ向けられる。

安東は腕を組んだまま不敵な笑みを浮かべて総悟を見た。

「その近藤は操縦室に行ったきりだろう?

 どうやって助ける?」

「テメーらぶっ殺して無理やりにでも脱出ポッドに突っ込むしかねぇだろうな」

総悟は再び高千穂を睨み、左足を強く踏み込んでいっきに間合いに入った。

激しく音を立てて壁や地面にぶつかる瀬高の刀。

その合間を縫うように距離を詰める総悟その実力差は明らかだった。

安東は笑みを浮かべたままその場を離れ、近藤たちの駆けて行った通路を進んで操縦室を目指す。





3階操縦室



ピリリリリリリ



「はい」

携帯が鳴り、近藤は素早く通話に出た。

『俺だ。防衛庁の人間と連絡がとれた。

 回避方法が1つだけあるらしいから説明する。

 いいか、耳の穴かっぽじってよーく聞け!?』

電話の相手は松平。

近藤は携帯を左手に持ち替え、窓の正面に立つ。


『自動操縦を解除して、その船を手動で上昇させる』


「解除…?」

松平が切り出した回避方法を聞き、近藤は眉をひそめた。

「けどとっつァん!連中は自動操縦の解除は出来ないって…!」

『大和丸の機関室にはハイジャックなんかの緊急用に運転装置が取り付けられてるらしい。

 それを使って操縦を手動に切り替えろ』

「手動って…切り替えた瞬間操縦が必要になるんじゃないですか…?」

近くで通話を聞いていたが表情を曇らせた。

自動で操縦されていたものが手動に切り替わるのだから、

操縦士による操縦がなければ船はどこへ落ちるか分からない。

『そうだ。だから自動操縦を解除して、激突の恐れがない高度までテメーらの誰かがレバーを握れ!

 そこから再び自動操縦に切り替えろ!今防衛庁の別の船が上空で待機してる。

 大和丸が上昇したところで橋を渡して乗り込むよう指示をした!……でいいんだよね?』

電話の向こうでは松平が何やら近くの人間に確認をとっている。

恐らく防衛庁の人間が傍にいるのだろう。

「…誰かが操縦室に行って自動操縦を解除して、

 残った連中で船を操縦しろってことか?」

『そうだ。それしか方法は無ぇ』

近藤が作戦を繰り返し、傍にいたと山崎の表情も堅くなった。

これまで何度も危機に直面してきたが、

全く知識のない船の操縦をする破目になるとは思いもしなかったからだ。

近藤は覚悟を決めたように大きく深呼吸する。

「-------分かった。やってみる」

『健闘を祈るぞ近藤』

そこで近藤は通話を切り、携帯をポケットに押し込む。



「…あたしが機関室まで行きます」



一瞬シンと静まり返った操縦室に、の声が響いた。

ちゃん!その怪我じゃ機関室まで走るのは無理だよ!」

山崎が慌てて釘を刺す。

だがは迷いの無い目でまっすぐ近藤を見た。

「…万が一のことがあって真っ先に破損するのは機関室です。

 その時は近藤さん、脱出ポッドで逃げて下さい」

はそう言って操縦室の隅に2着用意されている脱出ポッドを指差す。


「だから貴方はここでご指示を」


これまでにない真剣な目つき。

万一この船が江戸城へ衝突するようなことがあれば、一番先に火の手が上がるのは下層にある機関室だ。

監察方である山崎はこれからも近藤をサポートしていかなくてはならないし、

は今動ける隊士の中でそんな場所に行けるのは自分だけだと判断した。

近藤はそんなを見てしばらく考えた後、何度か頷く。

「…分かった。頼む」

「っ局長!!」

山崎は何を言うんだという顔で近藤を見る。

ここから機関室までは走っても10分はかかる。

デッキからここまで走ってくるのも一苦労だった

10分で機関室まで行けるとは思えなかった。


「……万事屋」


近藤はの横に立つ銀時へ目を向ける。

「…これは依頼だ。報酬なら後でいくらでも払ってやる。

 だから、と一緒に機関室へ行ってくれ」

それはを機関室へ連れていってくれ、と同じ意味だと銀時は捉えた。

と山崎は僅かに目を剥いて銀時を見る。

「……………」

銀時は面倒くさそうに頭を掻きながら、フーッと長いため息をついた。

「ったく…死んだら報酬もクソもねーだろーが」



「テメーらと心中なんざご免だ。後でキッチリ払ってもらうぜ」



そう言って操縦室のドアを開け、を見る。

は堅く頷き、近藤の傍を離れた。

「機関室に着いたら連絡入れます!」

そして2人は操縦室を出て、機関室へ向かい通路を駆けて行く。

「……信じて待とう」

近藤は操縦席に座り、もう間近に迫った江戸城を見据えて言った。




操縦室を出た2人はとにかく下り階段を探して走る。

操縦室は2階の甲板側に位置し、機関室へ向かう下り階段は端まで行かないと無い。

山崎の心配通り、左腕を押さえたは銀時の3メートル程後ろを走っていた。

銀時は前で立ち止まり、しゃがみながら後ろの声をかける。

「乗れ!」

「……すいません…っ」

が銀時の背中に乗ると銀時は立ち上がり、

を背負ったまま再び走り出した。

「ちと揺れるが…飛ばすぞ!」

「はい!!」






3階大ホール

ステージの上では細く長い鞭状の刃が激しく暴れ周り、その中心には土方がいた。

刀を振り回す瀬高も左肩に重症を負っているが、

土方も避けきれなかった刃であちこちに切り傷を作っている。

だが土方には動作もないことだった。

周囲にいた600人を超える乗客は他の隊士が制圧した。

武器を持っているのはこの男だけ。

いくら暴れようが、例え勢い余って殺そうが問題ないのだ。

「岩砕」と称されたその鞭状の刃はサーベルのような細さでありながら周囲の障害物を全て紙切れのように切り裂いていく。

土方はその刃先の軌道をしっかり読みながら確実に瀬高に近づいた。

距離を詰めて瀬高の胸元でぶつかる2つの刃。

火花が散ったのも束の間、土方は右足で素早く瀬高の左膝裏を打ちに行った。

「っ!?」

つま先を相手の膝裏に叩き込んで脚払いする。

瀬高がバランスを崩したところで左手は相手の右手首をしっかりと掴んだ。

そのまま右手を捻り、倒れこんだ瀬高をうつぶせに勢いよく押し倒す。

鞭状の刀はガシャンと音を立てて地面に落ちてしまったが、

神楽がその隙を突いて刀に近づき、柄を蹴飛ばして瀬高の手から刀を遠ざけた。

「…っこ、の……!!」

土方は暴れる瀬高の右手を背中で捻り、右手の刀を相手の左肩に勢いよく突き刺す。

「ぐぁッ!!」

刀は瀬高の肩口を貫通し、床と垂直に刺さった。

返り血が顔に飛ぶのも気にせず、土方は近くにいる隊士に向かって大声を出す。

「手錠!!」

「は、はい!」

隊士は慌てて胸元から手錠を取り出し、土方に手渡す。

土方は受け取った手錠で瀬高の両手を背中ごしに拘束した。

しっかりと手錠をかけたのを確認してから刀を抜き、瀬高の上から退く。

「…テメーらの頭とっ捕まえたらまとめて吊るし上げてやるから覚悟しとけ」

頬から滲んできた血を手で拭い、懐から取り出した煙草を銜えて瀬高を見下ろす。

手錠を背中でかけられている上に左肩と床を刀で繋がれて身動きのとれない瀬高は、

それ以上無駄に抵抗しようとは思わなかった。

「……あと10分足らずで何が出来る」




「全員腐った国をブッ壊す弾丸になって死ぬんだよ!!!」





江戸城衝突まで残り10分

を背負った銀時は猛スピードで1階の通路を駆け抜けていた。

背中にしっかりとしがみつくは痺れて感覚のなくなってきた左手に何とか力を入れ、

揺れるたびに軋む肋骨の痛みに耐えていた。

「オイ生きてっか!」

銀時は全力疾走しながら背中のに声をかける。

「…っ大丈夫です…!あたしに構わず急いで下さい…!」

白い着物にしっかりと掴まり、痛みを堪えるように背中に顔を埋めた。







『こんにちは』








脂汗が滲み、気が遠くなっていく意識の中で何故か遠い昔のことを思い出していた。






が丁度11の時のことだ。

近藤の道場に住み込んで数日したある日突然後ろから声をかけられ、はビクリと肩を強張らせる。

優しい女性の声い振り向くと、後ろに立ってたのは色白の若い女性。

色白の素肌に色素の薄い髪

くっきりと大きな瞳はとても柔らかく優しそうで、

消えてしまいそうな儚い印象を与えるその女性はを見てにっこりと微笑む。

『ごめんなさいね驚かせてしまって…

 私、沖田総悟の姉で沖田ミツバです』

ミツバと名乗った女性は口に手を当てて上品に笑い、の横に腰を下ろした。

『…総悟の…?』

この道場では近藤の次に知り合った同い年の少年。

勝気で負けず嫌いな性格は自分とよく似ており、些細なことで喧嘩になることがしょっちゅうだ。

だが門下生の中では一番多く剣を交えている相手であり、

同い年ながらは彼の実力に一目置いているところもある。

そういえば姉がいると言っていたような気がするが、

顔立ちは似ているけど雰囲気は全く違うな、とは少し驚いてミツバを見ていた。

『いつもそーちゃんと仲よくしてくれているみたいでありがとうね。

 家に帰ってくるとそーちゃん、いつもあなたの話をするのよ』

ミツバはそう言ってふふっと笑う。

何を言われているかは容易に想像はついた。

アイツは後から入ってきたのに生意気だとか、

茶菓子の取り合いになったとか、騒ぎすぎて2人して土方の拳骨を喰らったとか。

『……あたし…まだ総悟から1本も取ったことないんです』

『ごめんね、あの子女の子相手でも手加減ないんだと思うの。

 でもそれだけ、あなたをライバル視してるのかもしれないわね』

確かに総悟はいつも容赦なく打ち込んできて、はいつも1本もとれずに負けてしまう。

『…総悟は…あたしとちゃんと本気でやってくれます。

 他の人は…あたしが女だからケガさせちゃだめだって手かげんするし…

 稽古しにくそうだもん』

今のところ、道場で相手に加減をしないのは総悟だけだ。

他の門下生はまだ幼い少女と稽古をすることに抵抗があるらしく、

近藤が連れてきただけに何かあってはまずいと手を抜いている。

ミツバは少し間を置いたあと、寂しそうな表情を浮かべてを見た。


『…ご両親を亡くして、大変だったでしょう?』


は顔を上げてミツバを見上げる。

このご時勢では珍しくないことだ。

総悟も昔に両親を亡くしたと言っていたし。

『一緒にいるのが近藤さんたちだから安心しているけど…

 男性の中に女の子1人でしょう?もし何か困ったことがあったら何でも私に言ってね。力になるわ』

ミツバはそう言って白い手をそっとの小さな手に重ねる。


『私のこと、姉だと思って頼っていいからね』



その手がの頭に乗せられて、微熱を帯びた。

その柔らかい笑顔に、優しい声に





泣きそうになったことを 覚えている





ちゃん』




江戸へ経つ日、身支度を整えたにミツバが声をかけてきた。










『……無茶をする人たちばかりだから…

 皆を……お願いね…』









「………………ッ」

堅く瞑っていた目を開き、まっすぐ前を見据える。

「此処だ!」

銀時は入り組んだ通路の途中で立ち止まった。

白い厳重な扉にら「操縦室」と書かれたプレートが付けられている。

銀時が右足で扉を蹴破ると、中には多数のパイプが複雑に入り組んだ空間が広がっていた。

2人が見たこともない精密機器が並んでおり、どれを触ると何が動くのか見当もつかない。

銀時の背中から下りたはすぐに携帯を取り出す。

「近藤さん!機関室に着きました!」

『そうか!機関室の奥に黒いパネルが並んでる場所があるだろ!?』

操縦室にいる近藤は自分の携帯を山崎に持たせて左耳に当て、

右手には松平と繋いだ山崎の携帯を持ちながらに指示を出している。

「黒い…あ!あります!」

機関室を見渡すと、入り組んだパイプの影に黒い基盤が並んだ空間が存在した。

基盤の上で緑色にメーターや数字が点滅して動いている。

『その右下に透明のカバーで囲ったレバーがあるはずだ。

 それを手前に引くと手動操縦に切り替わる!』

「分かりました!」

レバーは透明のカバーが掛かっており、

緊急用のためカバーを割らなくては使えないようだ。

は右手に携帯を持ったまま、左手を透明のガラスケースの上に翳し勢いよく振り下ろす。

割れたケースの切っ先で手が切れたが、は気にせず中のレバーを掴んだ。

もうほとんど自由の利かない左腕はぶるぶると震える。

すると


「…しっかりしやがれ」


レバーを掴むの手の上に、一回り大きな銀時の手。

は顔を上げて銀時を見る。

「これが終わりゃどこで寝ようがブッ倒れようが自由だ。

 だからここは踏ん張れ」

「……はい…!」

2つの手は強くレバーを握った。


「…近藤さん。引きます!!」


『いつでも来い!』





ガシャン!!





携帯の近藤に向かって声を掛け、レバーを勢いよく下ろす。

その瞬間、船体が大きく傾いた。

手動操縦に切り替わって船体が不安定になったその瞬間、

操縦室の近藤は両手に握った操縦レバーを思い切り手前に引いた。

山崎は操縦席の椅子に掴まりながらバランスをとり、目を瞑ることなく迫る景色をしっかりと見つめる。

真っ直ぐ江戸城を目指していた船体はその数十メートル手前で上昇を始め、

江戸城にぶつかることなく上空へ舞い上がっていく。







「ぅわッ!」

「何だ!?」

突然グラついた船体に驚き、再びホールが再びざわめき出していた。

"えー…ただいまより本船は手動運転に切り替わりまして安全な高度まで上昇します"

!?」

ホールに響いたのアナウンスに土方は思わず顔を上げてスピーカーを探す。

"振り下ろされねーようにその辺にしっかり掴まってろゴルァ"


「銀さん!!」
「銀ちゃん!!」


続いて聞こえたのは確かに銀時の声。

新八と神楽はぱぁっと表情を明るくした。

「上昇って…江戸城を避けたってことか…!?」

隊士たちは顔を見合わせ、ホールを出てデッキから外の景色を見下ろす。

先ほどまで目の前に迫っていた江戸城は船の真下にあり、

船はほとんど建物が届かない高度まで上昇したようだ。





「船…っ上昇してる…!」

機関室を出て通路の窓から外を見ると銀時も

確実に船が上昇しているのを確認していた。

聞こえるか!!』

右手に持ったままの携帯から近藤の声が聞こえる。

は慌てて携帯を耳に当てた。

『今もう一度自動操縦に切り替えた。船はもう大丈夫だ!!』

操縦室にいる近藤は右手にレバーを握り、

左側に立つ山崎に携帯を持たせて安堵の笑みを浮かべている。

中央画面には再び「AUTO」の文字が映し出され、船体は安定した飛行で江戸の上空を飛んでいた。


「……っよかった……」


はへなへなとその場に座り込む。

銀時も頭を掻きながら笑みを浮かべ、の右手から携帯を取り上げた。

「おーいゴリラ。テメー報酬忘れんなよ」

『お前ちょっと空気読め!!!』






後編へ