「…っはぁッ…はぁっ…ハッ…!」

銀時と2人で操縦室を目指すは、左腕を押えて精一杯のスピードで通路を走っていた。

呼吸をする度嫌な痛みが走る肋骨。

確実に何本かイカれているだろう。

左腕はほとんど感覚がなく、上着の中で血まみれの包帯がまとわりついている感触が気持ち悪い。

自分では精一杯の全力疾走なのだが、実際は普段の半分ほどのスピードしか出ていない。

先を走っていた銀時はそれを見かねての横に戻ってきた。

「…ったく…片付いたらまたパフェ奢れよ!」

そう言っての右腕を自分の肩に掛け、スピードを上げて再び走り出す。











疾風少女は浅黄色を翻す-21-












「…そういやまだ名乗ってなかったな。

 俺は高千穂。大蛇・棘の高千穂」

デッキで総悟と対峙している大男は高千穂と名乗り、

無骨な凹凸を見せる刀でバシッ、と地面を打ちつけた。

丈夫な造りをしているデッキのタイルだが、あまりに鋭利な凹凸に打ち付けられると皹が入って細かな破片が宙を舞う。

その刃がイバラのように見えることからこの男の異名が付けられたのだろう。

「これが大蛇の原点…頭があの村田仁鉄に打たせた幻の刀だ。

 本当はこれであの女隊士の肉を刻んでやりたかったんだがなァ…

 ま、お前も女みてーな面してるから、似たような感触で斬れるんかな?」

体格に似合わずベラベラと話し出す男を目の前に、総悟は至って冷静だった。

色白の肌に色素の薄い髪は周囲の景色に同化してしまいそうな儚さがあるが、

その緋色の瞳が放つ眼力と全身から漏れ出す圧倒的なオーラには高千穂も気づいていた。

だからこそ喋らなければこの男の動きが読めないのだ。


「…試してみりゃーいいだろ」


その男が口を開いたその瞬間には、高千穂の前から青年は消えていた。

「ッ!?」

まさに目にも留まらぬスピードで間合いを詰めてきた総悟は一瞬にして高千穂の死角に入り、

僅かに屈んだ状態で男の顎の下から勢いよく刀を薙ぎ払う。

「…くっ」

それを目で追うのがやっとだった高千穂は咄嗟に右手首をスナップさせて鞭状の刃を撓らせた。

振動して波打った刃は総悟の頚椎目掛けて飛んでいく。

だが総悟はそれを冷静に避け、再び地面を蹴って大男の頭を飛び越えるとその巨大な背中に回りこんだ。

今度はその動きが全く見えず、高千穂が体を振り切ろうとした時にはもう遅い。

銀色の光線にしか見えなかった太刀筋が眼前に迫り、次の瞬間少し遅れて脇腹に激痛が走った。

「………ッぐ!」

衝撃と共に後ろへ弾き飛ばされる巨体。

自分の半分以下の体格しかない男に、身長2m、体重100kg近くある大男が飛ばされている。

高千穂は壁にぶつかる手前で両足を地に着け、何とか踏みとどまって総悟と距離をとった。


「…どうした。これじゃ俺どころかあの女隊士斬るのだって難しいぜ?」


長い前髪から覗く緋色の目は冷徹ささえ感じるが、その口元は楽しそうに笑っている。

(コイツ……!)

左手で腹を押さえ、脂汗を滲ませながら高千穂は総悟を睨んだ。

総悟が再び刀を自分の前に構えるとその表情から笑みは完全に消え失せる。





「女ァ斬りてぇなら豚肉でも買って切ってろ」



 

船内の大ホールは戦場と化していた。


正確には、血の流れていない戦場だ。


面積1000平方メートルを超えるホール内を支配する怒号。

その9割はパーティーに参加した乗客たちだが、700近い乗客たちに対しそれを制圧する真選組は1割にも満たない。

乗客たちはドレスやスーツなどの正装のまま武装した真選組に飛び掛り、十数人がかりで押さえつける。

ただそれだけだった。

だが警察である真選組とは一般市民の彼等が危害を加えてこない限り無闇に攻撃することが出来ず、

彼等を傷つけずに振り切ることに困難を極めていた。

例え武装していても真選組は30人あまり。

そして丸腰の一般人は600人強。

攻撃できないことを逆手に真選組の動きを制圧することはあまりにも簡単だった。

「ち…ッ!これじゃあ埒が明かねぇ…!!」

土方は飛び掛ってきた男の腹に峰打ちしたが、次から次へと波のように人は押し寄せてくる。

乗客の中でただ1人武器を持っていた男・瀬高はステージの上で高見の見物に勤しんでいた。

…無論、露子を人質にとったまま。

「…お嬢さん。これがキミの父親が望んでる世界の果ての姿だよ」

瀬高は自分の前で盾にしている露子に向かって冷静に話しかける。

だが露子は首元に刃を突きつけられた状態でとてもじゃないが話を聞いている余裕はなかった。

理解できるのは、誰よりも信頼していた父親に裏切られたということ。

「面白いだろ?正義を振りかざして攘夷浪士をブッた斬ってきた幕府に

 今度は日本国民が牙を向けるんだ。将軍も城もいまや只のお飾りだけど、

 一応もともとは象徴だったわけだしね。江戸がパニックになるのは必至だ」

瀬高はそう言ってすぐ横の台座の脚を軽く蹴飛ばした。

台座の上に無造作に置かれていた生首はバランスを崩して台の上で倒れ、

そのまま転がってゴドン、と床に落ちる。

既に硬直している頬が床で僅かにバウンドしてゴロゴロと2人の足元に転がってきた。

「………ひッ…」

自分の足元に近づいてきた生首を見て露子は思わず声をあげ、顔を逸らす。

髷は乱れ、骨が突き出た断面は生々しく繊維が壊れており僅かに異臭も放っている。

白を基調に飾られたパーティー会場の中では一際異様な"展示物"だった。

「……っどうして……どうしてこんなこと…!」

露子が震えてうまく動かせない口からどうにか言葉を搾り出した。

瀬高は彼女の首筋にピッタリと刃をつけたまま視線を下げる。

「…言っただろ?」




「見せしめなんだって」




ほわたァァァァァ!!!!

男たちの怒号が飛び交う中で少女の奇声が一際響く。

不恰好なチャイナドレスを翻しながら、神楽は次々と迫り来る乗客たちを容赦なく蹴飛ばしていった。

「土方さん!僕らなら暴れても客同士のイザコザで片付けられます!

 早く露子さんを!!」

露子を人質にしている男が自分たちでは手に負えないと思った新八は、

とにかく行く手を阻む乗客たちを片付けるのが先だと判断した。

「さっさとするアル!!あの子に何かあったらこっちの仕事もパーになるネ!!

 銀ちゃんに合わせる顔もないアル!!」

2人は客を気絶させるだけの攻撃をしながら土方の前を開けていく。

「……こっちから報酬なんか無ェからな」

土方はそんな2人を横目に、開いた道をすり抜けてステージへと走った。






は銀時に右肩を担がれ、なんとか2人揃って操縦室前までやってきた。

操縦に必要なクルー以外は強制的にホールに集められているため、

扉の前に見張りがいるということはなかった。

は銀時の肩から腕を外し、再び抜刀して扉の前に構える。

銀時は即座に右足でその扉を蹴破る。

中にいた3人のクルーは驚いていっせいに2人を見た。

は乱れる呼吸を整えながら刀を3人に向ける。


「…今すぐ港へ引き返して船を着陸させろ」


その刀は脅しではなかった。



目を剥いてを見ていたクルーだったが、そのうちの1人がニヤリと笑って懐から銃を取り出す。

そして取り出すと同時に引き金を引いた。

鼓膜を貫くような銃声。

弾丸はの真横を通り、ドアの横の壁にめり込んだ。

は素早くしゃがみ、前屈姿勢でクルーまで突っ込む。

第二の発砲をしようと指を引き金にかけるが、それより先にの右足が男の手に影を作った。

は振り上げた右足を男の手の上に勢い良く下ろす。

男は銃を落とし、床に転がった銃は銀時が遠くへ蹴飛ばした。

「早く船を港へ着けろ!」

はクルーの胸倉を掴み、逆にした刃をつきつけて声を荒げる。

「…はッ…無駄だ。この船は自動操縦に切り替わって江戸城に進路を定めている。

 もう誰にも停められない!!」

クルーは狂気じみた笑いを浮かべて操縦席のモニターを見た。

ソナーの画面の下には赤字で「AUTO」と記されている。

「全員将軍と心中ってこった!!ヒャハハハハハハハ!!!」

に胸倉を掴まれ、壁に押し付けられたままクルーは高らかに笑う。



「そいつァご免だな」



と銀時の頬に冷や汗が滲んだ瞬間、突如ドアの方から第三者の声が割り込んできた。

それはにとって一番聞き慣れた声。


「っ近藤さん…!」


ドアの前に立っているのは近藤と山崎。

近藤は部屋の中を見渡し、顎でクルーたちを指すと山崎が走っていって手錠をかける。

2つの手錠をそれぞれ片方ずつ3人の片腕にかけ、ドアを閉め切って逃げ道を塞いだ。

近藤はより先に銀時に目を向けたが、

彼がここにいることにさほど驚いてはいないようだ。

「…やっぱり来てたな万事屋。お前がいるってことは新八くんやチャイナ娘もいるわけだな…」

「好きにやれっつったのお前だろ。俺たちは俺たちの仕事してるだけだ。

 あの娘が無事ならテメーらがどうなろうと知ったこっちゃなかったが…

 そんなことも言ってらんねー状況になってきたしな」

銀時はそう言って大きな窓の外を眺めた。

既に船は海上を離れて江戸の上空をゆっくり飛んでおり、目的の江戸城は小さく正面に見えてきている。

「……………」

近藤はふぅ、とため息をつき、そこで初めてに目を向ける。

だがそれはいつもに向ける柔らかい表情ではなかった。



「……左腕を見せてみろ」



「ッ」

真顔の近藤。

は目を見開くと同時に横にいた山崎を見た。

「…ごめん、全部みんなに話した」

山崎は険しい表情で答える。

は目を泳がせ、下唇を噛み締めて顔を伏せた。

そして決心したように深いため息をつくと、左手の袖を掴んでゆっくり捲り上げる。

露になった傷口を見て、近藤は目を細めた。


白いワイシャツに滲む真っ赤な血。

その下の包帯も、何重にも巻いているにも関わらず白い部分が見つけられない程真っ赤に染まっている。

万斉に踏みつけられて緩んだ包帯の合間からは、未だにドクドクと血が溢れ出す大きな切り傷が多数見えた。


「……どうして黙っていた」


近藤は静かに口を開く。


「脅迫状のことも、怪我のことも、

 どうして俺に言わなかった」


低い声がを責める。

にはよく分かっていた。

普段は大らかでめったに隊士を叱ったりしない近藤が、自分に対して怒りを露にしていることを。

そしてそういう時は決まって、隊士を思って怒っているのだということも。



「……ごめんなさい」



はただ謝るしかしない。

「………………」

近藤は険しい表情のまま、その右拳を振り上げる。

それを見た山崎は慌てて止めに入った。

「っきょ、局長!!ちゃんは局長や副長に心配をかけまいと…!」

「黙ってろ山崎」

それでも拳を下ろそうとしない近藤を前に、山崎は何も言えなくなってしまう。

銀時も黙ってその様子を見ていた。

は殴られることを覚悟して堅く目を瞑る。



-----こつん



振り下ろされた拳は、軽い音を立てての頭に拳骨を落とした。

は恐る恐る目を開き、顔を上げる。


「…何が心労だ。そんなモンはな、お前をガキの頃から見てきて嫌ってほど感じてる。
 
 もう何度お前らに胃潰瘍にされたか知れんよ」


近藤はそう言って思い出し笑いを浮かべた。


「トシには何度も"いい加減仲間の死体踏み越える覚悟つけろ"って言われてるんだが…

 やっぱ俺にゃあ無理だ。出来ることなら仲間には死んで欲しくないし、怪我もして欲しくない」


そう言いながらスカーフを外し、血の滲むの左腕にキツく巻きつけていく。

武士らしからぬ言葉を吐きながらその大きな手をポン、との頭に添える。



「心配ぐらいさせろ。……仲間だろ」



いつもと同じ笑顔を見ての気持ちはいっきに楽になった。





------------近藤さんはいつだって








あたしの所為で、言われなくていい一言を言われ続けてきた。







女を隊士にするなんて何考えてんだとか


幕府の犬は女の力を借りなければならない程落ちぶれたのかとか



でも


その度に豪快に笑って「大丈夫だ」って、

「俺たちがいる」って




言って くれた





あたしは何度


その言葉に救われたんだろう








「………っごめん…なさい……」

緊張の糸が切れたの目に涙が滲む。

近藤はわしゃわしゃとの髪を撫で、柔らかく笑った。

銀時と山崎も顔を見合わせて呆れるように笑う。

「…しんみりすんのはここまでらしいぜ。

 どうやら時間がねぇ」

窓の外を見た銀時は目付きを一転させて口を開いた。

先ほどより確実に江戸城が近づいている。

「江戸城衝突まであと30分てとこだな…」

手錠をかけられたクルーが不敵に笑いながら言った。

「自動運転に切り替えたらもう手動じゃ進路変更は出来ないように設定してある。

 この船は爆発する以外に停まる術はないんだよ!」

乗客600人以上。

隊士や大蛇関係者の幕吏を含めば700人にも上る。

そんな人間を乗せた巨大客船が江戸城に衝突なんてすれば、それこそ江戸中がパニックに陥るだろう。

「…山崎こういう装置触ったことあるか?」

「いえ全く…コックピットを間近で見ること自体初めてです」

顎を撫でながらモニターを見る近藤は山崎に問いかける。

山崎も船や飛行機の知識などあるはずもなく首を横振った。

「オイお前万事屋なんだから船とかこう、触ったことあんじゃねーのか?」

「無茶振りすんじゃねーよゴリラ。万事屋っつったってこんな軍規模なこと出来るわけねーだろーが。

 テメーらこそ警察なんだからなんかこう、空から人救助する方法的なの知ってんじゃねーのかよ」

国家危機を目の前に近藤と銀時は醜い争いを始める。

すると


ピリリリリリ


近藤の胸の携帯が鳴った。

他の隊士は今それぞれの場所で対応に追われているはず。

こんな時にわざわざ携帯に掛けてくるのは隊士ではないと近藤は眉をひそめた。

「はい」

や銀時が注目する中通話に出ると、携帯の向こうからは聞き慣れた中年男性の声が聞こえてくる。

「……とっつァん?」

電話の相手は松平だった。

その名前を聞いてと山崎は目を剥く。

『おいおい!どうなってやがんだゴリラ!!

 てめーらが乗ってる大和丸よォ!何だって江戸の上空飛んでんだよ!!

 江戸湾回って終わりじゃなかったのか!?』

電話の向こうの松平は珍しく慌てている。

それは当たり前だ。

江戸の上空を飛ぶはずのない船が、まっすぐ江戸城を目指して飛んでいるというのだから。

「とっつァん!早く将軍を城から非難させてくれ!!

 大和丸は江戸城に突っ込むつもりだ!!」

『突っ込……
はあァァァァ!!!???

「だから早く!!城の人間を非難させてくれ!!」

音声が割れるほどの絶叫。

ヤクザ長官が驚くのも無理はない。

「それから船とか飛行機とか、そういう機械詳しい人間いたら繋いでくれ!

 船が自動操縦に切り替えられちまって手の打ちようがねぇんだ!!」

目の前の窓から見える江戸城をまっすぐ見据え、額に汗を滲ませながら近藤は報告を続ける。

現場のただならぬ空気を察した松平は冷静に事態を受け止め、即座に次の行動を判断した。

『…分かった、確保できたら折り返し連絡する。

 城下の住人にも避難勧告出しとくからそれまでどうにか繋げ!!』

最後はかなり無責任に終わらせ、そこで通話は切れた。

も額に冷や汗を滲ませながら見慣れない操縦機器を前に表情を曇らせる。






同時刻・上層甲板

船内の抗争から離れたこの場所に、上空から別の船が一隻近づいてきていた。

武装された漆黒の船は大和丸に向かって橋を伸ばしながらゆっくりと横に空中停止する。

人が2人ほど並んで通れる幅の橋は船首にしっかりと固定され、2隻の船を完全に繋いだ。


「…あの女隊士はどうした?」


船首に立っていた高杉は後ろから歩いてきた男の気配を感じ、

横付けされた船を見ながら口を開いた。
 

「…海へ落としたと思ったが…白夜叉に助けられたようでござる」


高杉の後ろへ立つ万斉は頬の切り傷を擦り、

その手でライダースコートの汚れを掃う。

その答えを聞いた高杉は特に驚くことなくフッと鼻で笑った。

「懲りねぇな、あいつも」

昔の知り合いを馬鹿にするように笑い、袖口から取り出した煙管を銜える。

「とりあえずもう此処に用は無ぇ。

 は死に損ねた、加えて銀時が来てるなら奴らの計画もここまでだ」

「…白夜叉はともかく、あの女隊士はさして障害になるとも思えぬが?」

自分たちの船へ続く橋を渡りながら万斉は高杉を見下ろした。

高杉と共に攘夷戦争を戦った坂田銀時を危険視するならまだしも、

剣術自体は並程度の女隊士をこの男が気にかける理由が分からない。

万斉はサングラスの奥で僅かに目を細めた。

「…お前も無傷で帰って来たんじゃねーんなら、少しは解んだろ」






「所詮、蛇に犬は噛み殺せなかったってことだ」







ゆっくりと吐いた煙管の煙はふわりふわりと青空に溶けていく。





「…脱出ポッドはどうなってるんですか?

 多分乗客人数が乗れる分は確保してあると思うんですけど。

 客共どうにか気絶させて押し込んで…要は武器持ってる奴以外死ななきゃいいわけでしょ?」

は近藤に向かって警察らしからぬ提案をした。

近藤は腕を組んで唸る。

「ホールに集めた乗客はトシたちが対応してくれてる頃だ。

 俺がデッキを離れる時総悟が来て…その時点でまだ安藤はデッキにいた。

 相当あちこちに乗員が散らばってるぞ」

隊士を含めるとこの船に乗っているのは700人近く。

その全ての乗員をいちいち脱出ポッドに乗せるには時間が無さ過ぎる。

その場の4人は再び黙り込んでしまった。








700人の乗員を乗せた船は、着実に将軍の住まう江戸城へ近づいていた。









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