疾風少女は浅黄色を翻す-20-












「どうなってる!」

「っ副長…!それが…」

来た道を戻り、再びホールへやってきた土方。

だがそこの広がる光景は先ほどとは全く違うものだった。


「……?なんだ…?客共静まり返ってんじゃねーか…」


先ほどまでは確かに無線にまで届いていた客の怒号が今は全く聞こえない。

隊士たちに詰め寄って怒鳴りつけていた客たちも全員が無言になっており、

その視線はなぜか奥のステージへ集中していた。

「先ほどの銃声を聞いて全員がいっせいに大人しくなって…」

原田は困惑したように報告する。

つい先ほどどこからか聞こえた銃声。

それはこのホールにも届いており、それを聞いて瞬間客たちはいっせいに静まり返ったのだという。

不気味なほどの静けさだった。

するとその瞬間、消えていたはずのステージのライトがいきなり点灯した。


"皆様、大変長らくお待たせいたしました。

 本日のパーティーのメインイベントです"


そしてどこからともなくホール内にアナウンスが流れて出す。

「ッオイ何勝手な真似して…!」

土方が慌ててステージへ詰め寄ろうとすると、

ステージ脇から出てきたスーツ姿の男性2人組が白い布の掛かった大きな台車を運び出してきた。

ガラガラと音を立てて運ばれてきた台車はステージの中央で停められる。


「メインイベントに間に合ってよかったなぁ。土方十四郎」



客の中からアナウンスと同じ声。

土方はすぐに刀の柄を握って構えた。

客の波を分けて前に出てきたのは、白い制服を着た若い男のクルーだ。

その真っ白な制服には真っ赤な返り血は付着している。

それを見た瞬間に土方は直感した。

「……テメーか、機関室で隊士をやったのは」

「配置はよかったけど注意力が散漫だったと思うよ。

 安藤とその周りを気にするあまりネックだった一般人まで注意が回らなかったようだ」

他の隊士たちも抜刀して一斉に男に刃を向ける。

若い男はそれでも余裕の笑みを浮かべながらステージを見た。

「------考えたことはないか?これまでに殺された幕吏の刎ねられた首は、

 一体どこへいった?」

男の言葉に土方は目を細める。

…そういえばそうだ。

最初の死体が見つかった時から大江戸警察が刎ねられた首の行方を探してはいたが、

幕府に恨みを持つ猟奇殺人なら刎ねた首の必要性はないとあまり重要視していなかったから。


「このパーティーはな、・ ・ ・ ・
「このパーティーはな、見せしめなんだよ」



「何…?」

土方が片眉をひそめると、荷台の傍にいた男が台に被せられている布を掴んだ。

そして





「「「ッ…!!」」」





退けられた布の下から覗いた、4つの丸い物体。



隊士と、遠くで見ていた万事屋の2人はそれを見て目を見開く。



長方形の台の上に整然と並べられた4対の首。



それはいずれも、これまでの事件で殺害されたと思われる幕吏のものだった。



豪華絢爛なパーティー会場の中、あまりに悲惨で無骨な見世物。

白目を剥き、定まらぬ視点の動かぬ体の「一部」は

まるで置物のように当たり前にその場所に飾られている。

それだけで十分異様なのに、この会場にはもう1つの違和感があった。








…この晒し首を見ても、周りの客が誰一人として悲鳴を上げないこと。









「………まさか」

呟く土方の頬に冷や汗が伝った。



「…そう、そのまさかだ」



男の言葉で、周囲の客がいっせいに隊士たちに視線を集める。




「この船に乗っている客は、

 お前ら以外全員が大蛇のメンバーだ」




「初めまして真選組。俺は瀬高。岩砕の瀬高」




瀬高と名乗る若い男はにこりと微笑み、背中の鞘から鞭状の刀を抜く。

「志摩はあの女隊士を仕留めることは出来なかったけど、

 相当の重症らしいね?」

シャラリとしなやかに鞘から抜かれた刀は幅が普通の日本刀の半分ほどしかない。

サーベルのような細さに、鞭のように撓る刃。

それがなぜ「岩砕」と称されるのか、今の段階では分からない。

「ホントは俺があの娘とやりたかったんだけどね。

 イカれた医者がどうしてもっつーから譲ってあげたわけよ」



「…武器を持たない一般市民に刀を向けられるなら、かかっておいで」



瀬高がそう言うと、彼の周りにいた一般客がいっせいに彼の前に出た。

土方も抜刀して刀を前に出すが、他の隊士たちも冷や汗を滲ませてそれ以上は踏み込めずにいる。


「……あ、言い忘れたけど」


瀬高はそう言って客の波に戻っていき、

1人の女性の手を引いてきた。


「この子は、別だけどね」


連れてきたドレス姿の女性の肩を強く掴んで自分の前に立たせ、

右手の刀をその腹の前に添える。

「…っ!」

刀を構える隊士たちの背筋が凍りついた。

瀬高の前で盾にされたのは、安東露子。


「頭が急遽娘を連れてくるっていうから何かと思ったけど…

 こういう風に使わせてくれるとは思わなかった」


「でも光栄に思うといいよ。国の歴史的革命に携えるんだから」


あまりに物騒な行動とは裏腹に瀬高の口調は楽しそうだ。

刀を向けられた露子は顔を真っ青にしてガクガクと震えている。

ホールに集まった真選組が30人弱に対し、瀬高を含む大蛇のメンバーは500人。

今現在武器を所持しているのは瀬高1人だが、その周りを囲う武器を持たぬ一般人を傷つけずに戦うのは難しい。

土方が判断しかねて奥歯を噛み締めると

 


ほわたァァァァァ!!!!!




少女の奇声とともに大きな皿が宙を舞い、

露子を人質にとる瀬高の背後へと迫る。

瀬高は左手で飛んできた皿を掃い、皿は壁にぶつかって盛大に砕け散った。


「…へぇ、警察以外に潜入者いたんだ」


「しかも子供が2人」


目の前に立つのはチャイナドレス姿の少女と、不恰好なスーツ姿の眼鏡少年。

真選組の面々にはそれが誰なのかすぐに分かった。

「っテメーら何で此処に!!」

「勝手にしろって言われたんで勝手に露子さんの護衛させてもらってました」

「だらしないネお前ら。だからお前らに任せておくの不安だったアル」

緊迫していた空気が一転、土方はあまり会いたくない知り合いの顔をに驚いて刀を下ろす。

「あのもじゃもじゃどこ行った?」

「こっち頼むってホール出てったきり戻って来ないんです。

 そっちこそ近藤さんたちどうしたんですか?」

「…いろいろと面倒くせぇことになってきてな。

 説明してる暇はねーや」

新八はとりあえず手近にあったポールを手にとって構え、

土方は再び右手を上げて瀬高に向ける。

「お前らの事情なんか知ったこっちゃないネ。

 とりあえずあの子助けるのが優先アル。足引っ張んなヨ、チンピラ共」

「そりゃこっちの台詞だ。…丸腰の奴には手ぇ出すな。

 押えられたら峰打ちしろ。奴だけ狙え!」

土方の指示に後ろの隊士は「おぉー!」と返事をしていっきに客の波に突進する。






華やかなパーティーホールは一転、壮絶な戦場と化す。







同時刻・1階デッキ


銃声と共に武装した男が倒れ、男は右手に握っていた刀を手から離す。

はハンドガンを捨てて即座にその刀を拾い残っている浪士を斬りにかかった。

体を振り切って背後で刀を振りかぶった男を眼前にとらえ、

しゃがんでいる体勢から勢いよく刀をなぎ払う。

「…斬れ味悪っ」

男の脇腹を的確に斬ったが、やはり慣れた刀でないと扱いにくい。

「………、」

立ち上がろうとした瞬間、左腕と肋骨に走る激痛。

は思わずその場に膝をついて表情を歪めた。


「…大丈夫かよ」


バキッ、という鈍い音と共に周りの浪士が次々と倒れていき、

その合間から銀髪の侍が姿を現す。

「すいませんね、ほとんど任せちゃって」

「しょーがねーだろーが。例え小娘でも女が血まみれなのって気分悪いし?

 ってかもう十分血まみれだし?」

呆れるように肩の上で木刀を上下させる銀時。

は刀を拾った鞘に納め、肩を押えて苦笑した。

すると


『近藤だ!聞ける奴だけ聞いてくれ!!』


「っ近藤さん!」

イヤホンの抜けた無線から近藤の声が響く。

は慌てて音量を上げた。


『安東はこの船で江戸城にテロを仕掛けるつもりだ!!

 この船はもうじき江戸城に衝突する!!』


「「ッ!!」」

近藤の声を聞いた2人は目を見開いて顔を見合わせる。


『ホールにいる隊士以外で余裕のある者は至急操縦室へ向かってくれ!

 俺も今山崎と向かってる!』
 

そこで通信は切れた。

は慌ててデッキの手すりに駆け寄り、下の景色を眺める。

先ほどまで江戸湾の上空を飛んでいたはずの船は

いつの間にかビルが立ち並ぶ江戸の上空まで来ていた。

「…おいおいおいおい……ヤベーぞこりゃ…」

銀時の顔にも冷や汗が滲む。

「…………ッ」

は奥歯を噛み締め、踵を返して操縦室まで駆ける。

銀時も走ってそれを追った。





To be continued