疾風少女は浅黄色を翻す-19-











華奢な体は舳先から外へ投げ出され、海の上に放り出される。

衝撃と風圧で髪ゴムが切れ、解けた黒髪が風に舞った。

落ちていくを見下ろし、万斉は静かに刀を鞘に納す。





空を仰ぎながら海へと落ちていく意識の中で、


の目には遠くに立つ近藤の後姿が映っていた。








----------------…近藤さん








「………ごめんなさ…」









瞼が下がり、落ちていく体は重力に逆らう気力も無くなった。


すると


「!」

舳先の真下、僅かな通路を真っ直ぐ走ってくる人影。

銀色の髪を揺らしながら猛スピードで走ってきたその男は、

自分の真上から落ちてくるに両手を伸ばし、飛び上がりながらその体を受け止める。



ドサッ!!!



海へ落ちるところだったの体を引っ張り、自分の肩に担ぐように抱きかかえた。

は薄れていた意識をいっきに引き戻される。

「…っ旦那…!!」

の上半身を肩で支え、片腕での両足を抱える銀時。

「なーにやってんだお前!」

「旦那こそここで何して…っ」

銀時はを抱えたまま通路を走る。

デッキにいた万斉はその姿を見下ろし、目を細めた。


「………白夜叉」


「仕事だよ仕事!テメーら勝手にしろっつったから安藤の娘の後ついて来たんだよ!

 そしたらなんか面倒なことになってきやがったなオイ!」

「っそうだ安東…っ安東露子は無事ですか!?」

今一番安否を心配すべきは彼女だ。

は慌てて銀時の肩で体を起こす。

「大丈夫だろ。ホールで神楽と新八待機させてるし、

 なんか真選組もゴリラから命令入ったんだか知らねーけど

 客1箇所に集めてホール封鎖してた」

(……近藤さん気づいたんだ…よかった)

銀時の言葉にひとまず安堵し、胸元から無線のマイクを引っ張ってきた。

マイクを口元に持ってきて大きく深呼吸する。

「一番隊より全隊士へ!一番隊より全隊士へ!」

銀時に抱えられて細い通路を走りながらは真選組の全隊士に向けて発信した。


「っ…!」


「あいつ一体どこから…っ」


の通信はホールへ向かっている土方、

機関室から細い通路を駆ける総悟、そして今まさに安東と対峙している近藤の耳にも届いていた。



「船内に高杉晋助と河上万斉を確認!大蛇は鬼兵隊と繋がってます!

 乗客の中に他の隊員が潜伏している可能性があります、注意して下さい!」



の報告を聞き、無線の向こうの隊士だけでなくを抱えていた銀時も目を見開いて驚く。

「…っ鬼兵隊だと…!?」

「高杉と河上が…何で…っ」

ホールにいた隊士たちは血相を変え、互いに顔を見合わせて動揺する。




「…流石、真選組が誇る女隊士と言ったところか。

 頭がキレるのは土方くんの受け売りかな?」

無線から洩れていたの声を聞き、それでも安東は笑みを浮かべたまま近藤を見やる。

近藤は冷や汗を流しながら安東を睨み、イヤホンを耳から外した。


「………どうして、貴方が」


眉間に濃いシワを刻んだ近藤は口を開く。

「貴方は俺たちが真選組として江戸で発足した時、松平公と一緒になって色々と手助けをしてくれた。

 昔は戦で指揮を取っていたと聞いたが…敗戦した今、天人と友好的に手を結び

 この国の為に尽くすと言ってくれたのも貴方だ」

「それを何故…この国を破壊せんと目論む鬼兵隊と手を組んで…」

波の音だけが聞こえる通路で、近藤の声だけが安東を追い詰める。

「…手を組んだのではない。君たち浪士組が真選組となって我々の下についた時から、

 蛇を目覚めさせる準備は着々と進んでいたんだよ」

近藤の前に立つ隊士たちに刃を向けられながらも表情を全く変えない安東。

そして羽織の内側に手を入れ、何かを取り出してその腕を垂直に空へと上げた。





「--------檻は放たれた」





「…ちッ…やっぱこーゆー流れになってきたか…

 お前らが護衛してた官僚、色々とんでもねーこと企んでるみたいだな」

銀時は走りながら舌打ちをして右手で頭を掻いた。

「っ旦那知ってたんですか!?」

「馴染みの鍛冶屋にお前に貰った写真見せてみたんだ。

 そしたら10年ぐらい前に似たような型の刀を安藤が発注してたんだと」

「…やっぱり…これは単なる幕吏殺害を目的とした事件じゃなかったっつーことですよ。

 高杉が絡んできたとなりゃー…別の目的が必ずあるはずだ。

 やつらは鬼兵隊に利用されたに過ぎないんです」

は無線を仕舞い、銀時の肩に担がれた体勢で過ぎていく通路を見つめながら目を細める。

銀時も横目でを見て表情を険しくさせた。

「あークソ、刀はないし髪は邪魔だし…

 髪ゴム切れてどっか行っちゃったし」

「下につけるゴムなら持ってんぞ」


ドゴッ!!!!


海風に靡く髪を押さえるの言葉にさらっと下ネタを返す銀時。

はそのままの体勢で膝を曲げて銀時のみぞおちに強烈な蹴りを入れる。

「セクハラで逮捕しますよ!?つーかなんでこんなトコに来るのに持ってんだよ!!!

 
キモイしウザい!!!

「おまっ、ボロ雑巾みてーなナリだから場を和ませようと思って…

 つーかテメーこそ元気なら降りろや!!」

2人がギャーギャー言い合っていると





パァン!!!





「「ッ!!」」

船内に響いた銃声。

それは2人の背後、が近藤を見た方向から聞こえた。

銀時は立ちどまり、振り返る。

硝煙は空に向かって立ち上っており、弾は上に向かって発砲されたと思われる。

「…っ近藤さん……!」

嫌な悪寒。

の顔色が青ざめていく。

「ちょっ…旦那!!Uターン!!戻って下さい!!

 近藤さん…っ近藤さんが…!!」

「無茶言うなオイ!!」

銀時の肩でバタバタと暴れ出す

「だーいじょうぶだってあのゴリラ何気に悪運つえーから!!

 それよりこの後どう…」

を押えながらデッキに向かって走る銀時は、正面を向き直した瞬間にビタッ、と立ち止まる。

「……どーやら、今のが合図だったみてーだぞ」

銀時はそう言って額に冷や汗を滲ませる。

は首の向きを変えて正面を見た。

開けた1階のデッキから、ぞろぞろと刀を持った男たちが群がってきている。

「お前歩けんのか?」

「---はい、どうにか」

が頷くと銀時はを下ろし、腰の木刀を抜いた。

も地面に足をつけ、隊服の内ポケットから1発だけ実弾の入った小さなハンドガンを取り出す。

相手の刀を奪うには十分だ。

「…お前左腕…」

袖口から血の滴るの左腕を横目に、銀時は呟いた。

明らかに重症なようでダランと下がっている。

「…どうにか動かせますけどほとんと使い物になりません。

 グラサン野郎にちょっとドSな壊され方しまして」

ダランと左手を下げ、右手に銃を握って浪士たちに向ける

銀時はそんなを見てフーッとため息をつき、左手でガシガシと頭を掻く。

「…しょーがねーな」

の右側に立っていた銀時はの後ろを通って左側に立った。

それを目で追いながらは少し目を丸くする。

「小娘の片腕ぐらいどうにかしてやらァ」

「-----頼りにしてますよ」

2人は背中を合わせて平行に並び、木刀の切っ先と小さな銃口を敵へと向ける。








「…大蛇は目を覚ました」

煙の立つ銃を下ろし、安東は不適に笑って近藤を見る。

「あと1時間もすれば我々の望む世界へと近づける」

安東は無防備にも近藤の前を離れ、デッキに立って下の景色を眺めた。

安東の周りを囲っていた浪士たちも既に抜刀しており、

山崎たちは下手に踏み込めずにいた。

近藤もすぐに抜刀できるような体勢で安東を目で追う。




「この船に乗る500人の蛇を動力に、この船は江戸城へテロを仕掛ける」




「「「ッ!!」」」

近藤を含む隊士全員に戦慄が走った。

「何……っだと…!?」

近藤の表情には先ほどより更に冷や汗が滲み、

その顔色はみるみるうちに青ざめていく。

「この船のクルーも、乗客も幕吏も、全てが一丸となってこの世界の幕開けに貢献するんだ。

 まぁもともと機能していなかったただの犬小屋だ、

 あれを壊して将軍を殺したくらいじゃ国は変わらんだろうが引き金にはなるだろう」

安東はそう言って喉の奥でクツクツと、実に愉快そうに笑う。

「長年侍の国の象徴とされてきた砦が無くなり、江戸は混乱の坩堝になる。

 隣を歩く人物がいきなり自分を殺してくるかもしれない。

 次に死ぬのは自分かもしれない。今に街中の人間が刀や銃器を持たなくては生活していけないような世界が始まる」

くるりと向きを変え、デッキの手すりに寄りかかって再び近藤を見た。


「どうだ?守っていたはずの民に刃を向けられている気分は」


その瞬間、安東と一緒にいた浪士の中から鞭のような影が勢いよく伸びてくる。

「ッ局長!!」

山崎が慌てて前に出ようとすると、





ガキンッ!!!!





自分より早く近藤の前に飛び出してきた影が鞭のような刃をしっかりを受け止めた。



「……っ総悟…!」
「沖田隊長!」



隊士たちの前に出て敵の刃を弾いたは総悟。

「…何やら景気のいい話が出てますねェ近藤さん」

総悟は右手に握った刀を再びしっかりと構え、浪士たちの前に立ちはだかる。

すると浪士の一番奥に立っていた羽織姿の男が前に出てきた。

幕吏が身に纏う黒い羽織。

総悟とは身長も体格も1回り違う大男だ。

その右手には小さな刃をいくつも溶接した鞭のような変形刀が握られている。

「…私が10年前に造らせた大蛇の原点。

 存在する3つの型の中で最大の強度を誇っている」

が押収した刀とはかなり形状が異なっており、

あちらが鞭のように滑らかなものだとすればこちらはかなり凹凸のある鋸のような形だ。

「…近藤の前に真選組一の剣豪と謳われるお前の相手が出来るとは…願ったりだな」

総悟の前に立つ大男はそう言ってにやりと笑う。

「…話はだいたい聞こえてました。近藤さんは操縦室へ急いで下せェ。

 山崎、お前も一緒に行って盾ぐらいにはなって来い」

「は、はい!!」

相手と睨み合ったまま総悟は後ろに立つ2人に向かって声をかけた。

近藤は歯を食いしばり、山崎と共にその場を離れる。

「後を頼む…!」

安東は離れていく2人を見送るだけで追おうとはしない。

他の浪士たちも刀を構え、総悟の後ろに立つ監察方と対峙する。


「…てめェらあの人に刀向けたからにはどうなるか分かってんだろうな…?」


色素の薄い髪の合間から覗く緋色の目が鋭い眼光を帯びて男たちを睨んだ。


「蛇だかなんだか知ねーが…尾から頭までしっかり斬り刻んでやるぜ」





To be continued