「ちょっとどうなってるのよ!!緊急事態ってどういうこと!!」

「ホールから出せないなんて外はどうなってるんだ!?」

真選組隊士により乗客のほぼ全員が強制的にホールへ集められた。

パーティーが開始されてから既に3時間が経過しており、

痺れを切らした乗客たちは入り口を守る隊士たちに怒鳴りかかる。

和やかだったパーティー会場はもはやパニック状態だ。

隊士に四方を囲まれていた露子も流石に不安そうな表情を浮かべていた。

「…あの…父は……父は大丈夫なんでしょうか…」

露子はそう言って傍にいた隊士の原田を見上げる。

先ほど近藤から無線で指示を聞いた隊士たちは何と言っていいか分からず目を泳がせた。

「あぁぁぁぁ…もう、こんな時に銀さんどこ行っちゃったんだよー!

 近藤さんや土方さんたちは出ていったきり戻って来ないし…!

 どうしよう神楽ちゃ…
って食ってるし!!!

頭を抱えてうろたえる新八をよそに、神楽はテーブルに残っていた料理を大皿ごとかっ込んでいる。

何やってんだよォォォ!!!こんな時に!!!

 鉄子さんのところで確かめたことが本当なら大変なことになるんだよ!!!」

「うっさいアル眼鏡。そんなんだからお前目ェ悪くなって新八になっちゃったんだヨ」

目が悪いの関係ないだろォ!?

ナポリタンのスパゲティーをすすりながら神楽は悠長に露子の様子を眺めていた。

「銀ちゃんはあの子ちゃんと見張ってろって言ったネ。

 私たちそれしっかり守ればイイ。外のことは銀ちゃんとチンピラ共がどうにかしてくれるアル」

もごもごと口を動かしながらも冷静な判断の神楽。

「…そりゃ……そうだけどさ…」

1人でパニックになっていた新八もそれを聞いて次第に落ち着き始める。

だが今にもドアを破りそうな乗客たちの怒号は勢いを増すばかりだ。








疾風少女は浅黄色を翻す-18-







強い海風に晒されたデッキに刀身同士がぶつかる高い音が響く。

長身の男と華奢な少女が刀を交え、

何度も弾き合っては再び強くぶつかった。

「…………ッ」

一瞬散った火花の向こうに見えるサングラスの奥は今だが窺えない。

それ故にどんな行動をしてくるのかが全く読めずにいた。

は力任せに両腕を押すがビクともせず、逆に顔のすぐ前まで刀を押し返されてしまう。

男女の力の差はあっても、これまでそれをカバーしながら戦ってきたにとっては

とても戦いにくい相手だった。


「ッ」


強く押されると全身に電気が走ったように駆け巡る左腕の激痛。

思わず表情を歪めて左腕を引いたの仕草を万斉は素早く見抜いた。


「…左腕を庇っているでござるな」


気づかれたことに驚いたの一瞬の隙を突き、

万斉は更に右足を強く踏み込んで刀を薙ぎ払った。

咄嗟に刀を盾にしたのも空しくの体は大きく後ろへ弾かれ、

宙で体勢を立て直そうとしたが既に遅く眼前に万斉の左手が迫る。

「………ッ!」

左手はの細い首を掴み、そのまま後ろの壁へと華奢な体を叩き付けた。

背中が強く壁にぶつかった拍子にの刀が手から滑り落ちる。

その手はすぐに首から離れたが、万斉はの前に立ったところで静かに右足を上げた。

そして


ゴッ!!!!



勢いよく伸びてきた万斉の長い右足が、の左腕を壁に踏みつけた。

同時に壁の前に座り込んでしまい、左腕は壁と足に挟まれて身動きがとれない。

万斉はの腕を踏みつけたまま更に足に体重をかけた。

「………ッつ…!!」

包帯の下で完全に傷が開いた感触がして、同時に全身に激痛が走る。

黒い隊服にじわりと血が滲み、布を伝ってボタリと地面に垂れた。

「…ぬしの左腕がほとんど使い物にならないことは最初から知っている。

 今まで凌いできた様だが、これで完全に片腕を失ったも同じでござるな。

 あの男も多少は役に立って死んだようだ」

痛みで頭が働かないが、目の前の男の声はなんとか耳に入ってくる。

力を入れられる度肋骨にも鈍く響いた。



「無様でござるな



の左腕を踏みつけながら万斉は再び静かに口を開く。


「ぬしは一体何を守る?」


は痛みに表情を歪めながら男を見上げた。

「女子には不恰好な隊服に身を包み、刀を振るって守るものとはなんだ?

 国か?幕府か?目には見えぬ自分の信念か?」




「滑稽な話だ…ぬしらが守ろうとしているものは、

 既に腐り落ちているというのに」





全く変わらない機械的な表情。

淡々とした声。





-------------知ってるよ、そんなことは最初から。




この国は刀を捨てた瞬間から、民のためになんか機能しちゃいない。




そんなこと、あの人に拾われる前から知ってる。解ってる。





それでもただ1つ




腐りきっていないものがある






『俺たちと来ないか?』







「………くっ」

は顔を伏せ、声を漏らした。

それは苦痛からではない。


「……くはは…ッははははははッ!!」


血まみれになりながら、圧倒的に不利なこの状況では笑った。

万斉は乱心したかとサングラスの下で僅かに目を細める。

「…河上万斉、アンタ読み違えてんだよ。

 あたしたち真選組っつー組織をさ」

は顔を伏せたまま口元に笑みを浮かべて言った。


「アンタの大将には言ったけどさ、あたしマジで国とか幕府とかどうでもいいのよ。

 あたしたちは誰一人として国の為に刀なんざ振るってない。

 誰一人、御上を大将だなんて思ってない」



「あたしたちは、自分らが信じるたった1人の大将の為に戦う」



「あたしが守るのは近藤勲、ただ一人だ」




顔を上げ、鋭い目で万斉を見上げた。

(----------この目)




…似ている






あの男と。






「…言っただろう?犬はしつこいってさ」





は右手を素早く左足のブーツに入れ、中で何かを掴んでそれをそのまま万斉に向かって投げつけた。

「ッ!!」

万斉の顔面めがけて真っ直ぐ飛んできたのは漆黒の苦無。

万斉は咄嗟に身を引いて右手の刀で苦無を弾いた。


ガキンッ!!


苦無の切っ先は万斉の頬を僅かに切って海へと落ちていく。

体が自由になったはすぐさま立ち上がって刀を拾い、

地面を蹴って万斉に飛び掛る。

高い音が響き、一瞬火花が散って刀身がぶつかった。

弾かれると同時には宙返りをしながら後ろに飛んで排気口の上に着地する。

「はッ…はぁっ…ハッ…くそ……っ」

(…あ------…これ完全に左手イッたな…)

両足が辛うじて乗るような場所に立ち、血まみれの左腕をだらんと垂れ下げて呼吸を整えた。

今までなんとか堪えてきた痛みがいっきに襲ってきた感覚。

ズキズキと強い痛みが波打つと同時に鼓動の速さが危険信号を出している。

(山崎の部屋で苦無パクってきてよかった…)


--------一瞬でも片手に隙を作れば殺られる。


…だがここで退くわけにはいかない。

(…っていうか、退いても退かなくても死ぬしね…)

敵前逃亡は局中法度で禁じられている。

ここで退いて帰ろうものならとりあえず切腹は免れない。

(…切腹はヤだな…汚いし)

武士らしからぬことを考えながら顎を伝ってきた血をぺろりと舐める。

(…でも人と話する時ヘッドフォン取らないグラサン男に殺られんのはもっとヤだ)

もうほとんど感覚のない左腕を上げ、柄の感触だけを頼りにしっかりと構えた。

その目には強く鋭い眼光が宿っている。

は両足で足場を蹴り、刀を振りかぶりながらいっきに落下した。








「副長ォ!!こっちはもう押さえきれません!!

 乗客がいっせいに暴れ出して…っ」

ホールに缶詰状態にされた乗客たちはもう限界らしく、

扉の前を塞ぐ隊士たちに向かって突進してくる。

原田は乗客を何とか押さえながら無線のマイクに向かって叫んだ。

「ちッ…誰がメンバーなのかも分からねーのに外に出せるわけねーだろ…!」

機関室前で無線を聞いた土方は舌打ちをして苛立ちを露にした。

無線の向こうからは隊士の声のほかに乗客たちの怒号も飛び交っていて、

今にも警備を破ってホールから出ていってしまいそうな勢いを感じる。

「土方さん、1回上に戻って客共黙らせてきたらどうです?

 俺ァこのまま進んで安東探しながら近藤さんたちと落ち合いまさァ」

土方の横で総悟が冷静な提案をした。

土方はわしゃわしゃと頭を掻いてため息をつき、降りてきた階段を見上げる。

「……そうだな…くそッ…次から次へと面倒なことになってきやがった…」

「いざとなりゃ機長脅してでも強制着陸させていっきに丸め込むっつーのもアリですぜ?」

「そりゃ最終手段だな…安東見つけたらすぐ報告しろ!」

「はいよ」

階段を上っていく土方の言葉に返事しながら、総悟は奥まで続く通路を駆けていく。






「…このあたりだな…が安東を見たってのは…」

近藤と山崎たち監察方はが連絡を寄越したと思われるトイレ付近に来ていた。

「ここからすぐ上はデッキに繋がってて…

 下は機関室か何かか…?」

「じゃあ会議室にあった階段と繋がってるかも…!」

事前に渡された船の見取り図は隊士の全員が把握していたはずなのに、

これらの細かい通路は見取り図には記載されていない。

…もしくは、最初から記載するつもりがなかったのか。

「…二手に分かれよう」

近藤がそう判断すると



「その必要はないさ」




「「ッ!」」

背後から聞こえた声に全員が振り返る。



「………安東殿」



呟く近藤の額に冷や汗が滲んだ。

「わざわざ探しに来てくれたとはね。こちらから出向く手間が省けた」

隊士の前に立つ安東は余裕の薄ら笑いを浮かべ、

その後ろには数人の幕吏を従えている。

山崎たちは抜刀して近藤の前に出てきた。

「…いや、探しているのはひょっとして私ではないのかな…?」

余裕の笑みを浮かべる安東の言葉に近藤は眉をひそめる。




 ・ ・
「彼女ならきっともう、海の藻屑と成っているはずだ」






全体重をかけて飛び降りながら刀を振り下ろした

万斉は真上から降りてきた少女の太刀を頭の上で刀を横にして防ぐ。

再び強く刀を押しながらその反動で後ろに飛んだは、着地すると同時に地面を蹴って万斉まで距離を詰める。

両手でしっかりと柄を握り、大きく右に振り切って上半身を捻りながら刀を薙ぎ払った。

だがその太刀は案の定万斉に止められ、刀身がぶつかるとその衝撃は既に機能していない左腕を襲う。

「…………ッ」

は奥歯を噛み締めながら左足を振り上げた。

万斉は右足を1歩退いて素早い蹴りを避け、腕の力が緩んだの刀をいっきに押し切る。

2人は再び距離をとり、は即座に構え直した。


「…その近藤を守るのも、もはや難しいかもしれぬぞ」


「……どういう意味?」

ゆっくりと口を開いた万斉の言葉には眉をひそめる。

万斉はサングラスに隠されたその視線をから逸らし、

上ってきた階段の下を見た。

も相手を警戒しながらそちらに目を向ける。

突き出たデッキから見える3階の通路。

わずかに聞こえる人の話し声とともに目に入ってきたのは、

安東と向き合う近藤の姿。


「…ッ近藤さ…っ!」


一瞬、相手への注意が逸れる。

万斉は瞬時にの間合いまで詰めた。


「-----------終わりだ」


の顎の下でギラリと銀色に光る刀身が漆黒のサングラスに反射した。




バキッ!!!!




至近距離からの強烈な峰打ち。

は完全に刀を離し、その体はデッキの上を高く舞い上がる。

ダンッ、と激しい音を立てて地面に叩きつけられたに再び万斉が詰め寄った。

万斉は左手での胸倉を掴み、そのまま上半身を持ち上げるようにして舳先から外へと晒す。

の両膝は辛うじて床についており、万斉が手を放せば船の外へ投げ出されてしまう状態だ。

「…ッゴホッ…ゲホッ…」

は既に刀を離してしまい、完全に丸腰で抵抗できない程衰弱している。



「…ぬしの奏でる音をもう少し聞いていたかったが…残念でござる」



低い声が、朦朧とする意識の中にぼんやりと浸透してきた。








「----------海へ散るがいい。










そう言って、万斉は突き飛ばすようにその手を離した。






To be continued