疾風少女は浅黄色を翻す-17-










「…なんか慌しくなってきたな」


未だホールで露子を見張る銀時はその空気の変化を感じ取っていた。

ホールの中を見張っていた真選組隊士たちは無線から何か連絡を受けたのか、

一箇所に集まって何やら慌しい様子で話し込んでいる。

「ちょっと!化粧を直しに出たいんだけど!」

1人の女性客がホールの入り口に立っている隊士に向かって声をかけた。

「申し訳ありませんがただ今緊急事態により厳戒態勢が敷かれています。

 ホールにいる人間は1人も外へ出すなと命令を受けておりますので

 今しばらくお待ちを」

「何よそれ!!私たちをどうするつもり!?

 っていうか緊急事態ってどうなってるの!?」

詳しい説明をされずにホールへ箱詰めにされた客は当然怒鳴り声を上げる。

ドアの前に立つ隊士は近藤から受けた指示をその通りに説明した。

"緊急事態"という言葉を聞いた他の客たちも慌て出して各々が近場にいる隊士たちに問い詰めている。




…その騒動そのものがここにいる全員によって造られていることなど、

以外の隊士は、知る由もなかった。




「ちょ、ちょっとどうします銀さん…!

 なんかヤバイことになってきたみたいですよ!!
 
 もしかして真選組が安東さんのことに気づいたんじゃ…」

「……………」

騒がしくなってきたホールでさすがに3人も焦り始めた。

不安な表情を隠せないでいる露子の周囲は隊士ががっちりと固め、

和やかだったパーティーから一転、物々しい雰囲気を醸し出している。

「…新八、神楽。お前ら娘ちゃんと見張ってろ」

銀時はそう言って1人でスタスタとホールの置くに設置されているトイレへ向かっていく。

「えっ!?銀さんどこ行くんですか!?銀さん!!」

焦る新八をよそに銀時は男子トイレへと入っていった。

「…ったくやっぱ面倒くせーことになってきやがったな…」

銀時はそのままトイレの個室に入り、

便器の上に乗って天井の板を外した。

邪魔な袴を脱ぎ捨てていつもの格好に戻ると、身軽に天井裏へと上っていく。








強い海風が吹き荒れるデッキ

広い足場とその周りを囲う積荷や船具。

その真ん中に2人の男女が対峙している。

男はサングラスにその殺気を隠し、無表情に少女を見ていた。

少女はそんな男を睨み、殺気を完全にオーラに出していつでも間合いへ入れる態勢を整えている。


「…まさかこんなところで主と戦りあうことになろうとは…思っていなかったでござる」


万斉のほうが先に口を開いた。

「こっちの台詞だよ。手ぇ引いてくれるんじゃなかったっけ?」

はそう言って薄く笑った。

「あれはあの一件に限ったこと。真選組には個人的に興味深い連中が多いが…

 拙者たちの目的を阻害しようというのなら話は別でござる」

「はっ…そりゃそうだ」

(…片腕でやれる相手じゃないけど…いいや、殺られたら殺られたでそん時はそん時だ)

物騒なことを平気で考えながら、両手で強く柄を握り締める。

「とりあえずさ、団子の金払ってくんねーかな」

「あれは店主のサービスだったのではござらんか?」

にやりと笑うを見て、万斉の口元が初めて釣りあがった。

「あたしの気分の問題なんだよ、ね!!」

それと同時には勢いよく地面を蹴る。

ダン!という切れのいい音と共にはいっきに万斉の間合いまで詰めた。

(…速い)

キィン、と刀身同士がぶつかる高い音。

両手で刀を持って全体重をかけるに対し、

万斉は右腕だけを大きく振り払っての刀を押し弾いた。

刀同士が一瞬離れたのも束の間、今度は万斉が目にも留まらぬ速さで右手を突き出してくる。

は素早く胸の前で刀を盾に刃を防いだ。

その衝撃で後ろに押される体でどうにかバランスを保ったが、

続いて放たれた2回目の突きが避け切れずに右の肩口を掠る。

は即座に刀を左手に持ち替え、右足を高く振り上げた。

「っ」

万斉の眼前に迫った近距離での回し蹴り。

咄嗟に後ろに引いた万斉は直撃を免れたが、刀に劣らない速さで回転する足は

物凄い風圧を残して万斉の耳の横すれすれを通り過ぎていく。

だがは地面につけた右足を軸に体を半回転させ、

今度は反対の左足で後ろ回し蹴りを繰り出した。



ゴッ!!!




間髪入れずに迫ったの足を万斉は左腕でしっかりと受け止める。

華奢な体から繰り出されたとは思えぬ威力に万斉は目を細めた。

腕に体重をかけて足を押し退けると、は片足でバランスをとりながら万斉と距離をとり、

再び両手で刀を持って構える。


(……流石、噂通り男には真似できぬ身のこなしでござるな)


(剣術自体は並…その穴を埋めて他の剣士と同等に戦うために体術を交えたか)


「……面白い」


今度は反対に万斉が地面を蹴り、に向かって突進する。

も右足を踏み込んで両腕を素早く前に出した。

刃がぶつかった途端に体が後ろへ押される感覚。

は奥歯をかみ締め、両足で踏ん張って全体重を腕にかける。

「……………ッ」

…太刀筋そのものが、これまで戦った剣士と全く違う。

全体重をかけて押しているにも関わらずビクともしない刀身。

特別ガタイがいいわけではない目の前の男は片腕だというのに、

両手で刀を握っているの太刀を諸ともしていない。

すると
再び強い力で弾かれ、2つの刀身が一瞬離れる。

が怯んだ一瞬の隙に万斉は刀の向きを平行に変え、左脇腹を狙って水平に薙ぎ払った。

咄嗟に腹の前で刀を縦にして太刀を防ぐ

だが

「…………ッ!!」

左腕の傷が開いた感覚と同時に全身に走る激痛。

僅かに目を細めたの表情を、万斉は見逃さなかった。




「…どうした」


「リズムが乱れているでござる」




その瞬間、左の刀に気を取られていたのみぞおちに長い足が迫る。

「ッ」

近距離で伸びてきた万斉の足がのみぞおちを強く蹴り飛ばす。

咄嗟に腹筋を固めただったが体格差に適わず、

華奢な体は数メートル後ろへ飛ばされた。

同時に肋骨がミシリ、と嫌な音を立てる。

途中でなんとか体勢を整え、両足で踏ん張ってダメージを最小限に抑えたが

息を吸い込むと骨に鈍い痛みが走った。

「…ッゴホッ…ゲホっ…!!ゲホッ!!」

的確に物凄い圧力をかけられた腹から胃液が逆流し、は体を屈めて咳き込む。

数メートルの距離をおいた万斉は未だその表情を変えず、

サングラスに隠された瞳はどんな眼光を放っているのか窺えない。

「…ぬしは此処で血にまみれて死ぬには惜しい。

 個人的に女子の殺生も気が向かぬ。

 "大蛇は別の船に乗り込んで逃げた"と隊士に伝え此処を離れるのが無難な判断だと思うが?」

「…ゴホッ…は……っ甘く見られたもんだね…」

軋む骨と疼く左腕の傷に表情を歪めながら体勢を整える。


「主らはまだ解っていない。

 晋助が大蛇を利用した本当の理由を」


意味深な万斉の言葉には眉をひそめた。






一方


「…何だこりゃ…機関室に繋がってたのか…?」

大ホールから下へ続く階段を下りた土方と一番隊が着いた先は、

1階の更に下に位置するはずの機関室だった。

さまざまな機械が入り組んだ通路にいくつものパイプが張り巡らされている。

「こりゃー大変だ。俺たちが渡された船の見取り図は上っ面に過ぎなかったってことですね」

辺りを見渡しながら総悟はのん気な声を出した。

「安東たちはここを通ってどっかへ抜けた可能性が高いな…

 全員散って辺り探せ!」

土方の指示で隊士たちは入り組んだ通路へ散っていく。

「でも土方さん、機関室やら一般客が出入りしない場所は他の隊が張ってたはずでしょ。

 何の報告もありませんぜ?」

「どっかに穴があんだよ。ここからが安東を見たっつー通路に繋がっててもおかしくねーだろ」

土方と総悟が片っ端から部屋のドアを開けて中を確認し始めたその時


「副長ォ!!ちょっと…っちょっと来て下さい!!!」


通路の奥から隊士の大声。

2人は踵を返して隊士のもとへ走る。

少し開けた空調管理室の前の通路に広がる、鮮血。

「………っこれは…」

狭い左右の壁に派手に飛び散った血。

赤黒い血溜まりの真ん中に倒れた5つの体は真選組の隊服を纏っていた。

「おいっ!しっかりしろ!オイ!!」

隊士の1人が倒れている隊士を抱き起こし、声をかける。

隊士は腹が数十センチに渡って斜めに曲線を描いたように斬られており、

それを見た土方は瞬時に押収した鞭状の刀を思い出した。

「ぅ……っゴホッ!ガホッ!!…っ」

気を失っていた隊士はピクリと瞼を動かし、

血を吐くと同時に意識を回復する。

「オイ!何があった!!」

「副ちょ…すいません…っクルーの中に……メンバーが…ッ」

隊士の言葉で土方はピンと来た。



『攘夷志士、浪人、幕吏、天人…市民の中には医師や教員、裁判官などの中にもメンバーがいるらしいです』



(一体この船に何人いやがる……)

ギリ、と奥歯をかみ締め、土方は1つの決断に踏み切った。

「…総悟は俺とこの先行くぞ。その他は怪我してる奴医務室運べ!

 それから乗員を全てホールに集めろ!!船長室に掛け合ってアナウンス流して、

 クルーもなるべく一箇所に集めろ!何言われても絶対外出すな!!」

「「了解!!」」

土方の指示で3〜4人が倒れている隊士を担ぎ出し、

残りは階段を駆け上ってホールへ戻っていく。

「…行くぞ総悟。どーやら時間が無ェらしい」

「アイアイサー」




徐々にざわめき出す船内に




蛇の喉音が仄暗い闇の底から響き始める






To be continued