疾風少女は浅黄色を翻す-16-











「………何…っだって……?」



あたしたち以外が…全員"大蛇"のメンバー…?




(ヤバイッ…早いところ土方さんに報告しないと…っ安東の娘が…!!)

ギリッ、と奥歯を噛み締める。

露子はまだパーティー会場のホールにいるはず。

まだホールに残っているその客全員が大蛇のメンバーだとなると…

「……ッ」

嫌な予感が胸を襲う。

そんなをよそに高杉は煙管を吸いながら再び笑った。

「まさか一番早く勘付くのがお前だとは思ってなかったぜ。

 奴らに始末させるには荷が重すぎたようだな」

「……あの志摩とかいう奴にあたしを狙わせたのもアンタの指示なの?」

は険しい表情で高杉を睨む。

本当なら今すぐにもで抜刀して斬りかかりに行くのだが、

目の前の男が発するオーラと未だ把握できない状況のせいで刀を抜けずにいた。

「さァな。今や名の知れた真選組女隊士だ。

 興味本位で近づく輩がいても可笑しくねぇだろう?」

煙管を手近な壁にぶつけ、火の消えた刻を床へと落とす。

刻は海風にさらされてじわじわと鎮火していき、ただの灰屑になった。

「………はッ…超いい迷惑」

は顔を伏せ、鼻で笑う。



「あたし理屈っぽくてお喋りな男、大ッ嫌いなんだよね」



先日戦った男の顔を思い浮かべるとこめかみに血管が浮き出た。

高杉はそんなを見て喉の奥でクツクツと笑う。

「…お前、死んだ伊東とはソリが合わなかっただろう?」

"伊東"という名前を聞いての目付きが変わる。

真選組に身を置きながら近藤の暗殺を企て、目の前にいる攘夷志士と内通していた男。

は京都にいた為その死に目に立ち会ってはいないが、

おおよそのことは近藤や総悟から聞いている。

「………合うか合わないかっつったら、全ッッく合わなかったけどね」

は目を細めて昔のことを思い出した。











今から丁度1年ほど前、道場に訪ねてきた1人の男


それが、伊東鴨太郎だった。


広間の前を通ったを近藤が呼び止めると、

こちらに背を向けて座っていた男がゆっくりと振り返る。

短髪で色白

眼鏡の下の瞳は切れ長で鋭く、知的な印象を与える優男だ。

その男と目があった瞬間に、本能的に肩がこわばったのを今でも覚えている。

『こっちに来て伊東先生に挨拶しなさい』

近藤は笑いながらに向かって手招きをする。

は一瞬踏みとどまったが、浅く頷いて広間の敷居を跨いだ。

『…君が噂の女性隊士か。近藤さんから話は聞いているよ』

近藤に"先生"と言われた男はにこりと微笑み、を見る。

『……初めまして…です』

もその場に膝をつき、頭を下げた。

…その時既に気づいていた。

柔和な笑みを浮かべているこの男の瞳が、まったく笑っていなかったことに。





--------本能が言ってる。




この男は、危険だって。





全身が纏う嫌なオーラ。

が一番苦手なオーラ。






先日の一件で他の隊士から連絡を受けた時は、悪い予感が当たってしまったと絶望した。

「…あたしもあの人が苦手だったし、あの人もあたしの存在が疎ましかった。

 あたし小難しく考えて行動すんの嫌いだからさァ、どっち派もクソもないわけよ。

 もともと副長の座とかどうでもいいし」

そもそも家族を失って近藤に拾われたあの時から信用しているのは一番付き合いの長い3人だけだから、

伊東という男が入ってきたところでには何も変わらないことだった。


「"局長に刃を向ける者はみんな敵"

 その方が手っ取り早くていい」



抜刀した刃の鋭い切っ先を目の前の男へ向ける。

高杉は肩を上下させて笑いながら煙管を袖口へと仕舞った。



「なら俺ともソリは合わねぇな」



「有難いこって!!!」

深い緑色の眼光と視線がぶつかった瞬間、右足を踏み込んで高杉の間合いに入る。

そのまま前屈姿勢で右腕を振り切ったのだが



「ッ!」



自分の刀と、抜刀していない高杉との間に割り込んだ別の刃。

銀色に光る刃はその向こうに見える漆黒のサングラスに反射した。

は咄嗟に左足を下げ、そのまま後ろへ飛んでその男と距離をとる。

片膝をついた体勢から立ち上がり、高杉の前に立ちはだかる長身の男。


「……高杉が居てアンタが居ないはずがないか」


の頬を冷や汗が伝う。

全身漆黒のライダースコートに身を包み、その瞳をサングラスに隠したその男は

真っ直ぐを見て右手の刀を再び上げた。

------河上万斉

人斬りと名高い人物で、鬼兵隊員の中でも危険視されている男の1人。


(……片腕がイカれてる状態で戦れる相手じゃないな)


そうは思ったがこの状況、戦るしかない。

は横目でチラ、と自分が降りてきた非常階段を見上げた。

上ればデッキに出る。

刀を左手に持ち替え、右手で階段の足場を掴むと体の反動を使って鉄棒で回転するようにデッキへ上った。

万斉もそれを追ってデッキへ出て行く。





会議室前

「…どういうことだ……!?」

蛻の殻と化した広い会議室。

その光景を見て土方は電話でが言っていたことを思い出した。


『会合なんか行われれないんです!!』


「……っ俺たち全員踊らされてたってことだな…」

歯を食いしばると同時に額に冷や汗が滲む。

「近藤さん!」

部屋の中を見ていた総悟が声を出し、上座の片隅を指差した。

「…これは…下に続いてんのか…?」

人1人が通れる程の細い階段が下へと繋がっている。

下はパイプや精密機器が密集した機関室のような造りになっていて、

そうやら船の見取り図には記されていない通路らしい。

「降りるぞ」

「ちょ、ちょっと待って下さい副長!!」

指示を出した土方の横で、山崎が慌てて割って入った。

ちゃん…っちゃんを探しに行かないと…!!」

「あァ?アイツは恐らく奴らと接触したんだろ。

 命令は無視する奴だが多少無茶してでも敵逃すようなことはしねーはずだ」

「…っだ、駄目です!!」

土方の言葉に山崎は思わず声を張り上げた。

近藤と土方は目を丸くして山崎を見る。

「?駄目って何が」

「え…っあ、その…ちゃんも1人だと危ないし…

 探して誰か応援に行ったほうが…」

我に返った山崎は慌てて言葉を見繕った。

の左腕がほとんど使い物にならないことは自分以外知らないことになっているから。

「どうしたザキ、お前いつもそんなの心配しないだろ」

「ッそうじゃなくて……!!」

近藤も口を揃える。

今はその「無茶」が出来る状態じゃないのに。

すると慌てる山崎を見ていた総悟が口を開いた。




「アイツ今左腕がほとんど使い物にならないんでさァ」





「っ何だと…!?」

「ッ沖田隊長知ってたんですか…!?」

驚いたのは近藤と山崎。

近藤は事実を全く知らされておらず、山崎は逆に総悟がの怪我のことを知っていたことに驚いた。

「こないだ捕まえた志摩とかいう奴にやられたみたいです。

 アイツあの通り意地っ張りでしょ。山崎にしか言ってなかったみたいですぜ」

総悟の言葉を聞いて全員の視線がいっきに山崎に向く。

山崎は冷や汗を滲ませながらバツが悪そうに顔を伏せた。

「足引っ張るようなことはないって言ってたし、任せる他ないでしょ。

 仮にあいつが敵と対峙してたとしてここは江戸の上空ですぜ。

 逃げ場は無ぇ」

総悟はそう言って下へ繋がる階段に足を掛けた。


「…それだけじゃないんです…っ」


山崎がゆっくり口を開く。




ちゃんは捕らえたあいつに『一人で来なければ局長をターゲットにする』って脅迫状を受けてたんです…」



「「ッ!!」」

山崎の言葉に近藤と土方は目を見開いた。

怪我をしたこと以外は聞かされていない総悟は僅かに目を細める。

「コンビニに行って偶然襲われたなんて嘘で…ッ

 ちゃんは初めからあいつに狙われてたんです…!」

「っ何故言わなかった!!!」

思わず山崎の胸倉を掴む近藤。

額には汗が滲み、頭に血が上っているのが分かる。



ちゃんから堅く口止めされてたんです…!

 ただでさえ幕吏殺害が相次いで安東の護衛にも気が抜けないのに、

 自分が脅しにかけられたことを2人が知ったら…っそれは2人にとって心労以外のなにものでもないと…!!」


その場の隊士は絶句する。


--------誰も気づかなかった。


いつも通りの笑顔の裏側など、知る由もなかった。


『大丈夫ですよ。これほとんど相手の血ですから。

 あたしはかすり傷ぐらいしかしてないです』


「俺としたことが…っ気づかなかったなんて…」

近藤は頭を抱えて歯を食いしばった。

「…総悟。どっちの厠行った?」

「ホール出てすぐ左です」

ここから近いトイレは全部で3箇所。

1つはが入ったホールを出てすぐに設置されたトイレ。

もう2箇所はこの会議室の傍と3階の突き当たりにある。

「…トシと総悟たち1番隊は下に下りて安東たちを探してくれ。

 俺と山崎たち監察方はを探す。その他の隊はすべての客をホールに集めてホールを封鎖しろ」

「「「了解」」」

近藤の素早い指示でその場にいた隊士たちがいっせいに散った。

近藤は無線のスイッチを入れ、襟のマイクを口元まで引っ張ってくる。

「全隊士に告ぐ!安東は大蛇のメンバーである可能性あり!!

 会議室は蛻の殻で参加者は全員行方不明だ!

 他の客にも気が抜けない、ホールに居る隊士はその場を完全に封鎖して客を1人も外へ出すな!」





「繰り返す!安東は大蛇のメンバーである可能性大だ!!」






To be continued