疾風少女は浅黄色を翻す-15-











"この後1時より同じ3階奥・大会議室にて会合を行います。

参加者様は大会議室にお集まり下さい。

なお、一般のお客様は引き続きごゆっくりお楽しみ下さいませ"

「よし、会議室に移動だ。残りは客室とホールを手分けして頼むぞ」

ホールにアナウンスが流れ、会合に参加する幕吏や天人はぞろぞろとホールを出て行く。

真選組も近藤の指示で一番隊と二番隊がホールを出た。

「我々も会議室の中に入って警備を?」

「いや、会合自体は完全非公開だ。

 例え警察にも極秘にと先方にも言われている。君たちは会議室前で待機を頼む」

近藤と安東は歩きながら会話を交わす。

大きな会議室には入り口が北側と東側に2箇所あり、

一番隊と二番隊がそれぞれに分かれて警備につくことになっている。

会合に参加するのは約20名と聞いているが、その中に大蛇のメンバーがいる可能性は大だ。

「いやしかし…もし中で何かあったら…」

「参加している役人も素人ではない。

 何かあったらすぐに入るよう言うから、その時は頼むよ」

安東はそう言って颯爽と会議室の中へ入っていった。

バタン、と音を立てて閉まる重厚なドアを前に近藤は不安気な表情を浮かべる。

「じゃああたしトイレ行ってこようかな」

は隣を歩いていた総悟から離れる。

「漏らすんじゃねーぞ」

「死ね」

総悟の冷やかしを一言で一喝し、は会議室とは反対方向の化粧室へ駆けていく。

「…娘はこのままここにいるみたいだな」

「僕らもひとまずここで様子を見ましょう。

 近藤さんたちは安藤さんと一緒に会合に向かったみたいですし、

 これでまたしばらくはゆっくり見張れますね」

ホールに残った万事屋は食事にがっつきながら、離れたところでを観察している。






トイレを出たは鏡の前に立って手を洗いながらこれからのことを考えていた。

(会合は2時間の予定だけど…長引くのは必至だろうしなー…

つーかいくら非公開の会合だからって命狙われてんだから会議室にも護衛入れりゃいいのに)

全く、腑に落ちないことばかりだ。

御上の命令だから仕方がないが、もし何かあってから文句を言われたらたまったもんじゃない。

はふぅ、とため息をついて化粧室を出た。

すると


「-----------…ん…?」


トイレから奥へ抜ける関係者通路。

そこは通常の通路と違って底が網目状になっており、下の景色が見えるようになっていた。

下はパイプなどが入り組んだ機関室のような通路になっており、一般客が通るような場所ではない。

通路の真下からわずかに人の声が聞こえる。

他の隊士だろうか、とはその声に耳を澄ませた。

だが次の瞬間、全く違う人物が通るのが見える。




「………安東…?」





それは確かに、安東の姿だった。

「……え…?もう会合始まる…よね…」

不審に思ったは身を乗り出し、気づかれないように安東の姿を目で追った。

よく見ると1人ではないようで、幕府の関係者と一緒にどこかへ向かっているようだ。

「………………」

は眉をひそめ、その場を離れて下に降りられそうな場所を探す。

一度デッキに出て非情階段から下へと駆け下りた。

足音を潜め、物陰に隠れながら安東を追う。

安東と複数の幕吏はどんどん階を下って行き、人気のない入り組んだ通路へと向かっていく。

(……こんな通路…見取り図に載ってたっけ…?)

それよりも、これから会合だというのにその主催者がこんなところで何をしているんだ。

様々な憶測が頭をよぎる。

更に奥へ進んでいく安東の後姿に目を凝らしていると

「っ」

安東と幕吏が急に立ち止まり、ぐるりと振り返った。

は思わず口を押さえて素早く壁の影に隠れる。

「………誰かいたか?」

「いや、気のせいだろう」

安東たちはに気づくことなく再び歩き始める。

は呼吸を殺し、壁から顔を僅かに覗かせた。

(ちッ…あたし尾行向きじゃねーんだっつの…山崎連れてくるんだった…)


「会議室の方の対応は抜かりないな?」


歩きながら安東たちが会話を始める。

「ああ、真選組は全員部屋の外で待機させてある。

 内側から鍵も掛かっているから奴らは何も知らない」



「会合中であるはずの会議室が蛻の殻であることなど…な」



「ッ!!」

確かに聞こえた安東の言葉には目を見開いた。




「この船を檻にようやく動き出す…

 我ら"大蛇"の狩りが」




壁の後ろにいたは絶句し、口を押さえていた右手を力なく下ろす。


(…何……っだって……?)


整理しろ。


つまり…どういうことだ?






(安東が………大蛇……?)






たどり着いた結論には言葉を失った。

…じゃあ、この会合は一体…

「…………ッ」

どんどん奥へ進んでいく安東を追うことを一旦止め、

はその場で携帯を取り出した。

(無線は盗聴の危険がある…)

開いたアドレスで近藤の番号を呼び出し、周りに誰もいないことを確認しながら耳に当てた。



プルルルル…



プルルルル…




(早く出て……!!)

焦る気持ちに額に汗が滲む。

すると

『もしもし』

「…っ土方さん…!?」

近藤に掛けたはずなのに電話に出たのは土方だ。

「え…っどうして…近藤さんは!?」

『便所行くから落とすといけねーって預けてったんだよ。

 つーかお前こそ何してやがる。わざわざ携帯に掛けてきたりして』

「たっ、大変なんです!!あたしトイレから出てきたところで安東を見て…っ」

『あァ?安東は今会合中だろ。何言ってんだお前』

土方が不審そうに言うのも無理はない。

もう会合が始まっている時間。
 
「違うんです!!会合なんか行われてないんです!!

 安東が……っ」

そう言いかけたその時







「---------随分慌ててんな?」







背後に低い声と殺気。

「ッ!」

は勢いよく振り返った。

『オイ、安東がどうした』

携帯の向こうでは土方の声が聞こえているが、

は右手を下ろし、親指で「切」ボタンを押してしまった。

後ろに立つ人物を見つめ、思わず一歩後ずさりする。







「………っ高杉……」









話の途中で通話を切られた土方は応答の無い携帯を見て目を細めた。

だが携帯からはツー、ツーという音が聞こえているだけで再び掛かってくる気配はない。

「どうしたんですかィ?」

「…の奴なんかワケわかんねーこと言って切りやがった」

横で首をかしげる総悟。

土方は頭を掻きながらしぶしぶ携帯を閉じる。

「あいつ便所行ってたんでしょ。ウンコの切れが悪ィんじゃねーですか」

「いやなんか安東がどうのとか…」

デリカシーの欠片もないことをいう総悟をよそに、

土方の胸には不安が過ぎる。




がああいうことを言う時は決まって大変なことが起きるからだ。




「………っ何で……」




の目の前に立つ着物の男。

濃い紫は背後に広がる通路の闇と同化しそうで、

紫に浮かぶ黄色の蝶だけが映える。

通気口から抜ける風に黒髪が揺れ、男の顔の左半分を覆う真白の包帯が覗いた。

目を見開いて驚愕するを前に高杉は喉の奥で笑う。

「…何で?この状況を見りゃお前も理解できんだろ?」

敵と対峙しているにも関わらず、高杉は袖口から煙管を取り出して悠長に口に銜えた。

「………大蛇が……安東が…アンタら鬼兵隊と内通してるってことだろ…?」

は奥歯を食いしばり、たった今たどり着いた結論を口に出す。

刻に火をつけた煙管を吸い込み、暗闇に煙が浮かび上がる。

「幕吏や一般市民を含んだデカイ組織をアンタらが利用しない理由がないもんね?

 アンタらにとっちゃ幕府の動向も解って一石二鳥なわけだ」

の口には笑みがこぼれるが、冷や汗が頬を伝った。

「でも場所を間違ったんじゃない?

 この船は既に離陸して江戸湾の上空にいる。

 逃げ道はないよ?まさに袋の鼠ってワケだ」

「…ハッ。袋の鼠はどっちだ?」

フーッ、と白い煙を吐きながら笑う高杉の言葉には眉をひそめる。



一方

「待たせたな。なんか動きはあったか?」

厠に行っていた近藤が会議室前に戻ってきた。

「ああ近藤さん。さっき近藤さんの携帯にから電話があって…

 会合が行われないとか安東がどうとかワケわかんねーこと言って途中で切れたんだ」

土方は先ほどのことを近藤に報告し、預かっていた携帯を返す。

が?っていうか何で無線じゃなく携帯に…」

近藤は携帯を開いて履歴を見た。

確かに10分ほど前、から着信がある。

「…気になるな…」

近藤は目を細め、顎に手を当てて携帯を閉じた。

近藤も思うところがあったのか、会議室に近づいてドアをノックする。

「会議中すいません安東殿」

ノックしながら中に声をかけるが、応答はない。

「…安東殿?」

強くノックをするがドアが開く気配すらない。

その場にいた隊士に嫌な予感が走り、近藤は重厚な両開きのドアを押す。

だが内側から鍵が掛かっており、押しただけでは開けられない。

「押し破れ!!」

近藤の指示で隊士数名がいっせいに重厚なドアに体当たりをした。

屈強な男が数名がかりでぶつかると、内側から掛かっていた鍵が壊れて大きなドアが開く。


「「ッ!!」」


広く立派な内装の会議室を見て、その場にいた全員が目を見開いた。





20名の会合参加者が座っているはずの大きなテーブルには


誰一人として座っていない。


会議室は、全くの無人だった。





「どういう意味だ…?」

高杉の言葉に目を細め、は問いかける。

「まだ解らねぇか?」

高杉は顔を上げ、鋭い右目でを見た。




「この船は既に蛇の棲み処なんだよ」









 
お前ら
「真選組と、安藤の娘以外の全ての人間が

 "大蛇"のメンバーなんだからな」









To be continued