午前9時半


「……うわ」


江戸湾に停泊した一隻の大きな客船を前には思わず声を出した。

他に停まっている船がない港で一際目を引く白い船。

その全長は300mほどだろうか、幅も20m以上ある豪華な客船は

幕府の大御所や様々な星の天人があつまる今日の会合に相応しい船と言える。

生まれて18年、こんな豪華客船に乗ったことのないはぽかんと口を開けてその全景を眺めていた。

「何ボサッとしてんだ。さっさと配置につけ」

後ろから歩いてきた土方が呆けているの後頭部を軽く小突き、颯爽と船へ乗り込んでいく。

近藤と総悟は既に乗船したようで、港は見送りをする市民や

配置確認をする警察の人間でゴタついていた。

「国の所有物かもしんねーけど…こんな豪華客船で会合とかどんだけだよ…」

はブツブツと文句を言いながら船に乗り込む。







疾風少女は浅黄色を翻す-14-








「えー各隊の配置は今朝説明した通りだ。

 この後10時に離陸、パーティーは10時半開始予定。

 会合は午後からになってる。どこに奴らが潜んでいるか分からない、

 全員気を引き締めてかかれよ!」

隊士が全員乗り込み、離陸を10分後に控えて真選組は警備の最終確認をしていた。

パーティーに参加する客も乗船を終え、船内はたくさんの人で賑わっている。

隊士たちがそれぞれの配置に散っていく中、は再び携帯を開いた。

(……万事屋はどうしてんだろ…つーかあたしに用って何だったんだ…?)

当然だがあれから万事屋から電話は掛かってきていていない。

銀時が携帯を持っていないことは知っているが、

妙に番号を聞いてまで掛けてくるということは急用のはずだ。

(……万事屋から電話あったこと、土方さんたちには黙っては方がいいんだろーな…)

パコン、と携帯を閉じてポケットに押し込む。

彼等が関わってくると面倒事になるのは必至。

すると


"ただいまより離陸致します。乗船口付近のお客様はご注意下さい"


船内アナウンスが流れ、巨大な豪華客船は港を離れて浮上していく。

"尚、記念パーティーはこの後10時半より3階の大ホールにて開催致します。

 皆様どうぞご参加下さいませ"

「よし、会場行くぞ」

「はい」

首から下げていたイヤホンを左耳に押し込み、安藤の身辺警護を担当する隊士たちは会場へ向かった。




同時刻・3階大ホール


「………ちょっと…こんなんで大丈夫なんですか。銀さん」


既にパーティーの参加する客で賑わう広いホール。

スーツや袴、艶やかな着物やドレスなどパーティーに見合った服装の人間が集まる中に

少しズレた3人組が混ざっていた。

1人は小さな頭に不釣合いな鬘を被り、ブカブカのチャイナドレスを着た少女

1人は黒髪をビシッと七三分けに決め、慣れない背広に身を包んだ眼鏡少年

そして銀髪の頭をオールバックに固め、結婚式などでよく見る黒い袴を纏った男。

眼鏡少年・新八の心配をよそに、銀時と神楽はテーブルに並べられた豪華な料理にがっついている。

「だーいじょうぶだって。アイツらも警備でいっぱいいっぱいなんだから

 客の1人1人に目なんか配ってらんねーよ。

 俺たちはただあの娘を見張ってりゃいーの」

大きな骨付き肉にかぶりつきながら、銀時は少し遠くに見える露子を見た。

いつもの着物姿から一転、綺麗なドレス姿で着飾った露子は

父の隣に立って笑顔で周りの客を会話をしている。

「…でも…露子さんに言わなくてよかったんですかね…お父さんのこと……」



…鉄子の鍛冶屋で明らかになった事実。



あの注文書は10年以上前のものだったが、

「茂左衛門」などという珍しい名前は滅多に同姓同名に出会えるものではない。

十中八九、露子の父親である安東茂左衛門に間違いないだろう。

「…まさか露子さんのお父さんが大蛇のメンバーと関わってるなんて…

 この会合一体どうなっちゃうんでしょう…さんには連絡つかないし…」

「ったく常に繋がる状態にしとくのは携帯っつーモンだろうがよー

 いいんじゃね?俺たちは最終的にあの娘の安全だけ確保できりゃいいんだから」

「そうヨ。こんなとこ食うモン食ってさっさとおさらばネ。

 チンピラ警察共がどうなろうと知ったこっちゃないアル。

 あ、おかわり下さいアルヨー」

神楽は大皿に盛ってあったパスタを丸ごとかっ込み、

近くを通ったコンパニオンに声をかけた。

前に似たようなことがあっただけに気が気でない新八は食事を楽しむ気にはなれない。

「-----あ!銀さん!近藤さんたち入ってきましたよ!」

ホールの入り口に目を移すと近藤や土方、総悟とを含む隊士たちがぞろぞろとホールに入ってきた。

近藤は周りの幕吏や天人の重鎮に挨拶をしながら安東の元へと近づいていく。

万事屋の3人は食べ物の皿を持ったままそそくさとホールの隅へ移動した。

「…多分ゴリラとかマヨ周辺は親父の周辺につくだろうからな。

 俺たちは遠目で娘を見張ってようぜ」

「…バレなきゃいいんですけど…」

人ごみに気配を消しながら真選組の様子を窺っていると

すいませぇぇぇん!!!おかわりまだですかァァァ!!!

既に大皿を回転寿司の皿のように数枚重ね、

コンパニオンに向かって大声で手を振る神楽。

真選組隊士や客の視線がいっせいに1人の少女に向く。

ばッ…!!

銀時と新八は慌てて神楽の口を塞いで引っ張り寄せた。

「……何だあの客」

「…どっかで見たことありません?」

不審な顔で奇妙な3人組を見る土方と

だが然して害はないだろうと判断し、すぐに注意を逸らした。

「バカお前!!こんなとこで仕事オジャンにする気か!!」

「だって銀ちゃんさっきから料理出てくるの遅すぎるヨ!!

 これじゃパーティー始まる前にお腹空いちゃうアル!!」

「ちょっと我慢しろ!!この仕事終われば報酬で何でも好きなモン食えんだからよ!!」

銀時はバタバタと騒ぐ神楽を押さえつけ、

新八は不審な目で見てくる他の客にペコペコと頭を下げている。

すると

"皆様長らくお待たせいたしました。ステージにご注目下さい"

ホール内にアナウンスが流れ、照明が暗くなると同時にステージがライトアップされた。

客はいっせいにステージの方を向く。

ステージの上にはマイクを持った安東が立っている。

「皆様、本日はこの大和丸にお集まり頂き真にありがとうございます。

 歴史的会合の前にこのような盛大なパーティーを開くことが出来て大変光栄です」

安東が恭しく挨拶をすると会場から大きな拍手が沸きあがった。

たち真選組はステージの脇に待機して、周囲の客の様子を窺っている。

一方ステージから一番遠い位置にいる銀時たちはステージの傍にいる露子を監視していた。

「今日は恐縮ながらこの場に私の娘を招いております」

安東がそう言って露子の方を見ると、露子は小さな階段を上ってステージに上がる。

露子は父の横に並び、微笑を浮かべて客に深々と頭を下げた。

「今日の会合がこの国にとって、そして娘たち次の世代が築く国の未来にとって

 輝かしい一歩となるように努めると共に、

 各世界の天人と手を取り合い、わが国の発展に全力を注ぎたいと思っております」

政治家の演説のような挨拶を聞き、銀時は退屈そうに小指で耳の穴を掃除し始める。

「………何で急に、娘をパーティーに参加させたりしたんすかね」

は右隣に立つ土方に疑問をぶつけた。

土方は横目でを見る。

「さぁな。娘の身も危険に晒されることぐらい分かってるだろうに…

 御上の考えることはよく分からねーや」

「それでは皆様、今日のひと時を心行くまでお楽しみ下さい」

頭を掻きながらため息をつく土方。

そんな真選組とは裏腹に、安東は晴れ晴れとした表情で挨拶を終えた。

再び客席からは盛大な拍手が沸く。

「まったく、自分の娘ぇ危険に晒してまで開かなきゃならねー会合なんですかねィ」

左隣に立つ総悟は真顔でそんなことを漏らしながら、

手には豪華料理を盛った皿を持っていた。

「あ。あたしも食べる」

も手近な皿を取ってごく普通に昼食を取り始める。

土方はそんな部下2人を見てフーッと呆れるようにため息をついた。

(…確かに…この場で娘を出すことにメリットがあんのか…?

 真選組総出で警備してるっつたって…何かあってからじゃ遅せーぞ)

「オイ、食いながらでいいからちゃんと周り見とけ」

「「はいよー」」

は取り皿にパスタを盛り、フォークで巻き取りながら視線は周りの客に向けた。

(…見とけっつってもなー…武器を持たない一般市民も"大蛇"の対象に入ってんだから…

誰がどっから狙ってくるか分かったモンじゃないな…)

パスタをズルズルと口に運びながらキョロキョロと辺りを見渡す。

周囲の客は和やかなムードでパーティーを楽しんでおり、

これから事件など起きそうもない雰囲気だ。

(何にも起こらず今日が終わってくれればそれが一番いいけど…

 そうはいかないだろうしなぁ…)

皿を持つ左手をチラ、と見つめる。

出かける前に山崎から強い鎮痛剤を貰って投与してきたので、今はまだ痛みはない。

(これ食ったらまた飲んどこ)

近くにあったレモン水を口に運び、左手を握ったり開いたりして感触を確かめた。




同時刻・船倉

「そろそろパーティー終わって会合始まる時間だな」

通常クルー以外は出入りしない倉庫や機関室周辺を警備していた数名の隊士。

辺りは自分たちの足音と話声が響くだけで至って静かだ。

薄暗い通路の奥からはゴウンゴウンとエンジン音が聞こえてくるばかりで

他に人の気配は感じられない。

……はずだったのだが。


------コツン


エンジン音に紛れて確かに聞こえる足音。

背後に気配を感じ、隊士はいっせいに後ろを振り返る。



「警備お疲れ様です」



隊士たちの後ろに立っていたのは船のクルーだった。

純白の制服を着て乗組員の帽子をかぶった若い男。

クルーはにこりと微笑み、隊士たちに浅く頭を下げる。

「ああ、お疲れ様です」

隊士たちもつられて頭を下げた。

「すいません空調の調節に来たのですぐ戻ります」

クルーはそう言って奥の管理室を指差す。

部外者でないことを確認した隊士は警備を再開しようとクルーに背を向けた。

次の瞬間、ヒュオッ、と風を切る音が空気に響き、



「……お前らを処分したらな」



優しいクルーの声色が一転、振り返った隊士の目の前に鞭のように撓った銀色の刀身が迫る。

「…がッ……」

隊士が抜刀する暇もなく、曲がりくねった刀身は鮮やかに弧を描いて隊士の腹を縦に切り裂いた。
 
物凄い勢いで血が吹き出ると、コンクリートの床にビチャビチャと音を立てて飛び散る。

仲間の隊士は突然のことで判断が遅れたが、咄嗟に腰の刀を抜いた。

「貴様ァァァ!!!」

目の前に立つ白い制服の男は鮮血を浴び、

右手に持った鞭状の刀を再び振り上げる。






風圧で帽子が落ちる音は、隊士の悲鳴と血しぶきの音にかき消された。





To be continued