夕暮れの江戸の街を、は猛スピードで走り抜けていた。


『新宿駅裏で幕府関係者の死体が発見された』


先ほどの電話の相手だった近藤の報告を聞き、

万事屋を出て現場へ駆ける。

遠くで複数のサイレンが聞こえてきたので、他の隊士たちも現場へ向かっているのだろう。

自分の急がなくてはと走るスピードを上げると


「オイ


道路から声がするとパトカーが横付けされて助手席から総悟が顔を出した。

「乗れィ」

「ありがと!」

運転席には山崎が座っており、はガードレールを飛び越えてパトカーの後部差席に乗り込む。

「近藤さんと土方さんは!?」

「土方さんは先に向かった。

 近藤さんは今安東から離れると危ねーって安東の家の前に張ってまさァ」

が乗り込むと同時に山崎はパトカーが発進させ、

回転灯を点けてサイレンを鳴らした。

渋滞気味だったかぶき町の道路は車がいっせいに両脇に寄って

サイレンを響かせたパトカーだけが猛スピードで道路を走り抜ける。








疾風少女は浅黄色を翻す-12-









駅裏の住宅街へ近づくと黄色い規制線が張っており、

パトカーや回転灯をつけた警察の車が多数停まっていた。

3人も路端停めたパトカーを降りて規制線をくぐる。

「土方さん!」

「あァ、来たか」

現場と思われる路地に立っているには土方。

3人が近づくと、土方は顎で路地裏を差した。



「…………4人目…」



狭い路地の真ん中で仰向けに倒れる死体。

それはやはり首から上が無く、腹から夥しい血を流していた。

雨が降ったわけでもないのに死体があったアスファルトは黒く変色しており、

路地の左右の壁には大量の血飛沫が付着している。

死体は黒い羽織を着ていないが、足元に「御用」と書かれた提灯が落ちているので

幕府の関係者だということが窺える。

「これ見ろ」

土方はそう言って死体に近づき、ぱっくりと斬れた腹の傍を指差した。

「…また蛇ですかィ」

総悟も路地に入って死体の横にしゃがみ、

傍に落ちている細長い物体を見下ろす。

死体の血にまみれて原型はないが、それは確かに蛇の死骸だ。

「ちッ…会合は明日だってのに…」

土方は舌打ちをして前髪を掻き上げる。

の横ではまたもや山崎が口を押さえて吐き気を催していた。

も死体を見下ろして目を細める。

すると



ピリリリリリリ



土方の携帯が鳴った。

「はい。-------ああ、近藤さんか」

素早く携帯を取り出して電話に出る土方。

3人は顔を上げて土方を見る。

「………分かった、すぐ向かう」

どうやら電話の相手は近藤だったらしく、土方は手短に電話を切った。


「本庁から呼び出しだ。行くぞ」


…お上から言われることは大体予想がつく。

と総悟は顔を見合わせて浅くため息をついた。








その頃



「鞭のような刀?」



万事屋の3人はとある鍛冶屋に来ていた。

若い娘が父の代から続く店を1人で切り盛りしている小さな鍛冶屋。

3人に背を向け、鉄を打っていた少女は振り返ってゴーグルを上げる。

江戸一の刀匠と言われた村田仁鉄の娘・村田鉄子。

万事屋とは紅桜の一件を始め何かと付き合いがある刀職人だ。

「ああ、なんか詳しいこと知らねーか?」

銀時はそう言って鉄子にから受け取った写真を手渡す。

鉄子は樽に腰をかけて写真を見た。

「俺としちゃー刀で鞭打たれても興奮もクソもねーんだけどよー

 お前ならなんか知ってんじゃねーかと思って」

「これはどこで見つかったものなんだ?」

鉄子はまじまじと写真を見つめ、銀時に問いかける。

「今世間騒がしてる連続幕吏殺害事件あんだろ?

 あれの証拠品として知り合いの警察が押収したんだけどよ。

 これ持ってた犯行グループの一員殺しちまったから手がかりがねーんだと」

殺してしまったのは自身の身が危なかったからなのだが、

そんなこと銀時は知る由もない。

鉄子に今回のことを言っても無駄に他言はしないだろうと判断した銀時は

素直にから聞いたことを話した。

「刀身がこんなに撓る日本刀なんて造れるんですか?」

銀時の横の新八が写真を覗き込んで問いかける。

「可能だ。だが通常の日本刀と比べると強度はかなり落ちる。

 自由自在に曲げられるまで鉄を伸ばすので精一杯だからな。

 それでも人を斬る分には問題ない強度を保てるはずだ」

「でもそんなの一般の浪士が持ってたら目立つだろ」

が捕まえた浪士がどんな人物だったかは知れないが、

銀時の知る限り今までのどんな妖刀より妖刀っぽい。

「ちょっと待ってくれ」

鉄子はそう言って立ち上がり、奥の間で何やら箪笥の引き出しを開けて何かを探し始めた。


「…父の代にこれと似た型を見た記憶がある」


「「っマジでか!!」」

箪笥に整理された過去の注文書を探す鉄子。

銀時と新八は身を乗り出して畳の間に膝を着く。

「え…っじゃあもしかして犯人分かっちゃうってことですか!?

 真選組より先に!?」

「---------------あった!」

興奮した様子で新八が身を乗り出すと、鉄子が箪笥から1枚の注文書を探しあてた。

鉄子は紙を持って素早く戻ってくる。

3人はいっせいに古い注文書を覗き込んだ。

「…これは……」

注文書に書き出された刀の絵は、確かに鞭のように撓っている。



柄と唾は通常の日本刀と同じ。

だが唾から先の刀身は切っ先が全く定まっておらず、

ぐにゃりと変形して刀本来の鋭さが窺えない。

から受け取った写真は滑らかな刀身だったが、この刀は全く違った。



「何だこれ……いくつも刃を溶接したみたいな…」

それはナイフの切っ先を数十本つなぎ合わせたような刀身。

外側に鋭い刃が飛び出ており、普通の日本刀より明らかに危険だ。

そもそもこんな刀身が鞘に納まるのかも謎である。

「ああ、形を見るに1つ1つ刃を打ってから後で溶接したんだと思う。

 これなら十分な強度を保ちつつ鞭のように自在な形を創り出せるはずだ」

「で?依頼主は?」

「ええと…」

なにせ古い書類だから端々が切れていたり文字が消えていたりするので分かりいくい。

見慣れた父の筆跡を辿りながら、鉄子は依頼主の名前を探した。

「…ああ、あった」


「安東」




「安東茂左衛門だ」




鉄子が指差した先。

そこには達筆に「安東茂左衛門」と書かれている。

名前を見た3人は目を見開き、顔を見合わせた。




「-----------マジか?」






警視庁


「…どういうことだ近藤くん」


近藤と土方、そして総悟との前に立つ警察の大御所たち。

安東は腕を組み、険しい表情で近藤を睨む。

「-------大変申し訳ありません。

 我々の警備が甘かった」

近藤はそう言って深く頭を下げる。

他の3人も続いて頭を下げた。

被害者はこれで4人。

会合を明日に控えているのに、が死亡状態で捕まえたメンバー以外何も手がかりがないのだ。

奴の遺品からも目ぼしいものが見つからなかったため、御上がご立腹なのは当然。

「会合は明日だぞ。警察がこんな調子では困る」

「…はい。重々承知です」

「そもそも、そこの女性隊士が犯人を殺さずに捕らえられなかったことも問題ではないのかね?」

「っ」

重苦しい空気の中、突然話題に出されたは顔を上げた。

近藤に向けられていた鋭い目線がとぶつかる。

は冷や汗を流しながら安東を見た。

横に立っていた総悟も僅かに目を細め、の左腕を見下ろす。

「ただの攘夷浪士ならまだしも今回は得体の知れない組織が絡んでいるんだ。

 参考人を残ることが重要だったのではないのか?」

…所詮高見の見物をしている役人の台詞だ。

慣れたことでも沸点の低いは一瞬眉をひそめた。

「……すいません」

(んだよ偉そうに。殺らなきゃこっちが殺られてたっつーの。

 つーかこちとら左腕ほとんど使い物にならねーんだっつーの。

 そんな言うならテメーが動けやクソ野郎)

口には絶対出せないことを悶々と考えながらはなんとか謝る。

「とにかく、会合は明日だ。

 一刻も早く犯人を捕まえろ」

「「「「はい」」」」







「…は-------…やっぱに行ったか…」

屯所へ戻ってきた一行は久々にお上からがっつりお叱りを受けて疲れ顔だ。

近藤はため息をつき、凝りをほぐすように肩をぐるぐると回す。

「しょうがないですよ。あたしが手がかり消したのは本当だし」

「いや、俺の指揮が悪かった。これ以上被害を出さない為にも

 明日の会合は万全で臨まないとな」

近藤はそう言って気合を入れ直した。

明日の会合で安東の身にもしものことがあれば真選組の首が危ない。

「そういや安東の娘はどうすんだ?

 明日の会合にゃ隊士全員で護衛につくんだろ?

 娘の護衛に人数を欠いてる余裕はねーぞ」

土方は玄関に上がったところで我慢していた煙草を取り出し、口に銜える。

「ああ、なんか明日の会合に娘さんも同行するらしい。

 何でも会合前に関係者集めてパーティー開くらしくてな。

 それに娘も参加させるんだと」

「それじゃ護衛も楽ですね」

「よし、隊士が戻ったら明日の打ち合わせだ」

近藤と土方はそれぞれの部屋に戻っていく。

も自室へ戻ろうとすると、総悟が横に並んだ。



「………バレてねーようだな」



横目での左腕を見下ろし、つぶやく。

は総悟を見上げ、左手の拳を開いた。

「…今んとこね」

鎮痛剤を指定の時間ギリギリで飲み続けているので何とか腕は動く。

今までどんな大怪我も気合で乗り切ってきたのだが、

今回ばかりは安静にしている時間がないので気合ではどうしようもない。


「-------どうにかなるよ。これぐらい」


そのまま左腕で総悟の腕を軽く叩き、部屋へ戻って行った。

総悟は浅くため息をついて後に続く。






「………………」

その頃、同じ屯所内で山崎は珍しく真剣な顔つきで机と向き合っていた。

机の上には同じ錠剤がたくさん並べられている。


(…あれから痛み止めを飲む回数が増えてるな…ちゃん)


机に並べていた薬はに与えていた鎮痛剤。

彼女に言われて多めに渡してはいるのだが、ここ2〜3日は服用する時間の幅が狭まってきている。

山崎はそれが心配だった。

(応急処置はしたっていっても縫合が必要な傷だし…

 大人しくしてる人じゃないから炎症してる可能性だってある…

 あぁぁぁ…もう、なんで黙ってろなんて胃が痛くなるようなこと言うんだよ…)

薬をかき集め、ハーッとため息をついて薬箱に戻した。

すると



「オイ山崎。こないだの始末書どうなってる」




「っ!は、はい!」

突然障子の向こうから土方の声。

山崎は慌てて薬箱を仕舞い、振り返った。

同時に障子が開けられ、銜え煙草の土方が仁王立ちしている。

「すいません確かこの辺に…」

「ったく、始末書はその日に出せっていつも言ってんだろーが」

ゴタゴタですっかり始末書を出すのを忘れていた山崎は

部屋の隅の机で山積みになっている紙の束から始末書を探し始めた。

土方はそんな様子を見ながらやれやれとため息をつき、

煙草を指で持ったところで視線を落とす。

「……………?」

そこで目に入った、不可解なもの。

「-------オイ」

「はい?」

「これ誰の血だ」

呼ばれて振り返った山崎はハッ、とする。

土方が見下ろして指差しているのは部屋の畳。

そこには僅かに血が滲んだような跡があった。

山崎の顔の血の気が引いていく。

あれは先日が腕に大怪我を負って部屋に入ってきた時に垂れたもので、

拭くのをすっかり忘れてそのままにしておいてしまったのだ。

「…っお、俺のです!!俺の血!!」

山崎は咄嗟に声を発する。

あれは絶対に近藤と土方には言うなとに言われていたから。

「はぁ?テメーどこも怪我してねーじゃねーか」

土方は眉間にシワを寄せて山崎を睨んだ。

「あ、の!こないだ万事屋の旦那からアレなDVDを借りまして!!

 夜な夜な1人で鑑賞してたら鼻血出てきちまいまして!!
 
 ふ、副長も見ます!?"新人看護師・真夜中のナースコール"!!!」

山崎は思いついた嘘を並べ、必死の形相でご丁寧にDVDのタイトルまで紹介してみせた。

土方は目を細め不審な目で山崎を見る。

しばらく畳の血を睨んだ後、フーッ、と呆れた深いため息をついた。

「んなモン見てる暇あったらとっとと始末書出せ」

そのままげしっと山崎を横蹴りしてその手から始末書を取り上げ、部屋を出て行った。

山崎ははぁーっと安堵のため息を漏らし、畳に滲んだ血を見下ろす。

「ヤバイな…副長にバレたら俺がちゃんに殺される…」

冷や汗を拭いながら今更血を拭おうと手ぬぐいを取り出した。



……本当は、局長や副長に話して病院に連れてってもらいたいんだけどな…



の気持ちもよく分かる山崎は、それでも頑なに彼女との約束を守っているのだが。




(…せめて、明日の会合が終わるまでは)








迫り来る明日が










とてつもなく長く、壮絶になることなど










この時誰も予想していなかった









To be continued