疾風少女は浅黄色を翻す-10-









「これが押収された武器だ」


朝食を終えた隊士たちは広間へ集合していた。

上座に座る近藤が右手に持っているのは日本刀、のような物体。

柄こそ普通の日本刀と変わらないが、その鞘は柄に対して倍以上幅があり見るからに不自然だ。

「何ですかィ近藤さん。その妙な刀は」

一番前に座る総悟が目を細めて近藤が持っている武器を指差す。

「昨夜が戦った大蛇のメンバーが持っていた武器だ。

 大江戸警察から借りてきた」

「日本刀には違いないんですけどね…」

総悟の隣に座るは昨夜のことを思い出しただけでも腹立たしくて、

眉間にシワを寄せながら刀の柄に手を伸ばした。

が刀を持って中庭に出ると、隊士たちも立ち上がって中庭を覗き込む。


ジャラッ!


「っなんだその刀…!」

「ほんとに日本刀なのかよ!」

が抜刀した日本刀を見て隊士がざわめく。

無理もない。

柄の先についた刃は全長3メートルほどで、鞭のようにしなった奇妙な形。

山崎の報告で「蛇のような武器」と言っていたのがこれで証明された。

「確かこんな感じで…」

は右手を素早く振り切って長い刃を薙ぎ払う。

鞭のような刃は池の横に立っていた立派な松の木をいとも簡単に真っ二つに斬った。

ドォン、と轟音を立てて木の上から半分が中庭に倒れる。

近藤や土方を含む隊士たちは口をあんぐりと開けてその様子を見ていた。

「面白ェなそれ。ちょっと貸してみろィ」

刀に興味を持った総悟も中庭に出てから刀を取り上げ、

縦横無尽に刀を振り回す。

「こらこら総悟、それ大事な証拠品なんだから傷つけちゃ駄目だぞ」

周りの苗木をバッサバサと斬っていく総悟を見て近藤が呑気に注意した。

「…で?他に奴らについて分かったことは?」

ブーツを脱いで縁側に座るに土方が問いかける。

は昨夜志摩が言っていたことを思い出すように首をかしげた。

「……メンバーの中でもこの武器を扱う者は限られるって言ってたから…

 他にもこれを持つ人間が多数いるってことだと思います。

 奴は"毒蛇の志摩"って名乗ってました。だから戦い方によって呼び方が違うのかも…

 具体的な人数までは聞けませんでした」

「お前どうにか殺さないで確保できなかったのかよ?」

の曖昧な説明に思わず土方も不満を漏らす。

何せはやられないようにするのがやっとで、相手の話なんかほとんど覚えていなかったからだ。

「無茶言わないで下さいよ。そんな加減できません」

唇を尖らせるの言葉を聞いて総悟は刀を下ろし、彼女の左腕を見た。

広間にいた山崎も表情を曇らせる。

会議の前に鎮痛剤を与えたので痛みは引いているだろうが、派手に動かせば傷口は開いてしまうだろう。

だがそれは本人とこの2人だけが知っていることだ。

「…とにかく、安東氏主催の本会議まであと2日しかない。

 護衛する隊以外をバラして官邸や裁判所などに配置させようと思う。

 メンバーが攘夷志士に限られない以上、虱潰しに見ていくしかないからな」

近藤は腕を組んで真顔で隊士たちを見る。

追い込まれた今の状況に隊士たちは表情を曇らせながら堅く頷いた。

その隣で土方が煙草を潰し、瞳孔開いた鋭い視線を一同に送る。


「…生死は問わねぇ。怪しい野郎は全員ブッた斬れ!」


「「「はい!!」」」





(……そういえば…あいつが言ってた"あの人"って……

 やっぱ組織のボスのことなのかな…)

会議後、は部屋に戻りながらそんなことを思い返していた。


『我々が成さずとも、あの人が必ずその世界を創る』


(幕吏の動きを正確に掴んでいるところをみると…

 幕府の人間にもメンバーがいるって考えておいた方がよさそうだ)

難しい顔をしてあれこれ考えていると

「何してんでィ。さっさと護衛行くぞ」

「あ、うん」

廊下の向こうから声をかけてきたのは総悟。

は駆け足で部屋に戻って刀を取ると、総悟の後を追って屯所を出る。

が車の鍵を持って運転席に回ると総悟に鍵をひょいと取り上げられた。

「ハンドルとられて事故られちゃー堪らねぇや。

 黙ってそっち乗っとけ」

総悟はそう言って運転席に乗り込む。

は目を丸くして口をぽかんと開けた。

…聞き間違いじゃないだろうな。

「……あ、ありがと」

「この仕事片付いたら回らない寿司奢れ」

「…そういう奴だよアンタは」

助手席でシートベルトを締めながら、は半泣きで呟く。

エンジンをかけたところで後部座席のドアが開き、左右から近藤と土方が乗り込んできた。

「近藤さん。土方さんも…今日は2人も安東の所に?」

「ああ。1人捕獲したと行って安心はしていられない。

 会合は目前に迫っているんだ、護衛に力を入れないとな」

そう言って乗り込んだ近藤は険しい表情で腕を組む。

としては安東の護衛云々よりも、あんな脅迫状が来た後だから近藤の身の方が心配だった。

脅迫状を送ってきた志摩が死んだとはいえ油断は出来ない。

だから出来る限り近藤の傍にいたいのが本音だ。

は少し安堵したように浅いため息をつき、左腕を押さえる。

総悟はそんなを横目で見て、すぐに正面を向き直し車を発進させた。





同時刻


「おーいそっちどうだー?」

「裏口異常なしアルーどうぞー」

「勝手口も異常ありませんどうぞー」

安東邸の向かいに聳える雑居ビルの屋上で万事屋の3人は無線も持っていないのに大声で連絡を取り合っていた。

安東邸には正門の他、家族が使う勝手口とプライベートの客を通す裏口がある。

3人はそれぞれ3つの門を分担して見張り、今日も1日中露子の監視をしていた。

「このあと12時から友人と食事に出かける予定になってますから、

 そろそろ露子さんも家を出るんじゃないですかね」

事前に彼女から告げられたスケジュールを思い出し、新八はビルの時計を見ながら言った。

「毎日毎日よく遊ぶなオイ。こっちはもう何日も同じ仕事で飽き飽きしてんのによー」

屋上のフェンスから身を乗り出し、立派な佇まいの家を見下ろして不満を漏らす。

ただ自分の行動を見張りながら周囲を警戒してくれればいいという依頼で、

事前に渡された報酬はそれだけで二ヶ月月分あった。

楽な内容でこれだけの報酬だから黙々とこなしていたのだが、流石に飽きてきた。

「まぁまぁ、露子さんのお父さんが開く会合も明後日で終わりますし、

 そしたら晴れて任務完了ですよ」

3人は出かける露子の後を追うべくビルを降りる。

「そうネ、この仕事終わればふりかけご飯から卵かけご飯に昇進できるヨ!

 もう一頑張りアル銀ちゃん!!」

「だなー終わったらパーッと寿司でも食いに行くかー」




キキッ




安東邸の前に4人を乗せた黒塗りの車が停まる。

すでに屋敷の前は他の隊士たちが囲っており、いつもに増して警備は厳重だ。

「この後1時から会合の打ち合わせに城に出向くらしい。

 俺と近藤さんと一・二番隊で向かうが、は他の隊と合流して大蛇の動向探れ」

車を降りながら土方がこれからの予定を説明した。

「え?何であたしだけ?」

「奴らと接触したのお前だけだからな」

降りた途端に煙草を取り出してライターで火を付ける。

は「そうか」と納得した。

4人が正門に近づくと、1人の若い女性が屋敷から出てきた。

「あ、ご苦労様です」

女性はたちに気づくと上品に笑って深々と頭を下げる。

近藤と土方も浅く頭を下げると、女性はそのまま4人に背を向けて街を歩いて行った。

は首をかしげ、小さくなっていく女性の背中を見てから土方を見上げる。

「……誰ですか?」

「ここの一人娘だ。何でも俺たちには自分の護衛に集中してもらいたいからって、

 娘の護衛をどっか他所に頼んだらしい」

「へー…どっかって警察以外に頼んで平気なんすかね?」

「さぁな。まぁこっちも人手不足だしそうしてくれた方が助かる」

土方はそう言って煙とため息を一緒に吐いた。

すると

「………ん?」

小さくなっていく露子の後ろ、建物の影から3つの人影が現れた。

大・中・小の3つの人影がこそこそと露子の後姿を見送り、

怪しい怪しい足取りで彼女の後ろをついて行く。

「…土方さん、あれ…」

「あ?」

2人が見た影はとても見覚えのある後ろ姿だった。

木刀を腰に差した銀髪の侍

袴姿の地味な少年

日傘をさしたチャイナ服の少女

3人は数歩歩いて電柱の影で止まり、再び顔を覗かせて<露子の後姿を見る。

「オイ、見失わないようにしっかり見とけ!」

「分かってますよ!」

とても目立つ3人組は自分たちの行動が目立たないと思っているのか、

屋敷の前に立つたちにはまったく気づいていない。

露子を追おうと歩き出した3人の肩を、後ろから黒い隊服の男女4人が掴んだ。


「……何を見失わないようにすんだ?あ?」


低いドスのきいた声に3人はびくりと肩を強張らせる。






大江戸警察本庁・取調室


「だーからー!仕事だっつってんだろ!なんだこの扱い!!」


他の隊士に護衛を任せ、4人は怪しい顔見知りを本庁へと連れてきた。

銀髪の男・銀時は両手に手錠をかけられた状態で椅子に座り、

向かいに立っているたちに向かって怒鳴る。

「何が仕事だ。テメーら全員公務執行妨害で逮捕な」

相手の言い分を聞くことなく、土方は煙草を吸いながら呆れ顔で逮捕状を机に乗せた。

「やれるモンならやってみるアルこのチンピラ警察が。

 私達こんな所に連れてきたからにはちゃんとカツ丼出るんだろーなー?ゴルァ」

「テメーに食わせるカツ丼なんかねぇよ。

 ブタ箱ブチ込んでやっから猫まんまでも食ってろ」

立ち上がってカツ丼を要求する神楽と睨み合う総悟。

「ま、待ってくださいよ!!本当に僕ら仕事であの家の周りを見張ってたんです!!」

「そうは言ってもねぇ、あたしたちは正式に上からあそこの家の主を守るように言われてるから

 不当捜査を見逃すわけにはいかないのよ」

必死に訴える新八を前にも困り顔だ。

せっかく相次ぐ幕吏殺害の主犯組織が分かったのに、ここで一介の万事屋に邪魔されては元も子もない。


「不当じゃねぇよ。ここの娘に護衛を依頼されたんだ」


「「「「----------は?」」」」

銀時は諦めたように自分たちの仕事内容を話してみせた。

その言葉に4人は怪訝な顔をする。

「え…じゃあ土方さんが言ってた他所って…」

「嘘をつくな。なんで安東殿の娘さんがお前らみたいな得体の知れない奴らに

 護衛を依頼するんだ」

近藤は腕を組んで目を細め、3人を見る。

「知らねーよゴリラ。父親の紹介だとかでちゃんと前金貰ってんだ。

 俺たちだって依頼受けなきゃこんな退屈な仕事やってらんねーよ。

 嘘だと思うなら本人に聞いてみりゃいいだろーが」

銀時も負けじと近藤を睨み、足を組み直した。

「父親の紹介……?」

4人は顔を見合わせる。



「どういうこと…?」




2つの事件は 静かに絡み始める





To be continued