真昼間の江戸の街をけたたましいパトカーのサイレンが支配する。

悲鳴の中を猛スピードで駆け抜ける1台のバンを、

白と黒の車体に警光灯を点灯させたパトカーが数台、同じようなスピードで追いかける。


「そこの暴走車止まりなさい、そこの暴走車止まりなさい」


一番前を走るパトカーの運転席から顔を出した若い隊士が

拡声器を使ってやる気のない声で暴走車に警告する。

だが暴走を続けるバンは一向に止まる気配なく江戸の街を猛スピードで走り抜いていた。

「ちッ…あのまま公道に出られちゃ面倒だ…

 ----------オイ」

助手席に座る銜え煙草の男が後部座席に座る隊士に向かって声をかける。


「はいよ」

返事をした・ ・
返事をした少女は脇に置いていた巨大な筒を肩に抱える。

そして全開にした窓から上半身をするりと外へ出し、

左肩に抱えた鉄の筒を暴走車へ向けた。

ガシャン、と機械的な音を立て、筒の中で重い何かが装填される。

少女は片目を瞑って狙いを定め、親指をスイッチへ添えた。




「------あばよ」




ニヤリと口元をつり上がらせると同時にスイッチを押すと





ドォンッ!!!






パトカーに衝撃が走って揺れるほどの爆風と共に鼓膜を破るような轟音。

少女が抱えていたバズーカから放たれた砲弾は真っ直ぐ暴走車へ飛んでいき、バンの荷台に直撃して爆発した。

黒い煙と突風に江戸の街はいっきに騒然とする。

暴走車はバランスを崩して横転し、公道に出る手前の十字路で止まった。

追いかけていた数台のパトカーがいっせいに追いついて、

荷台からもくもくと煙をあげているバンを取り囲む。

「やー無事逮捕ってことで。よかったっすねぇ」

停止したパトカーの後部座席のドアが開き、黒いブーツがアスファルトに降りてきた。

細い足を惜しげもなく曝し、黒いハーフパンツに映える肌の白さ。

真選組のトレードマークである金のパイピング装飾がされた隊服を纏い、

頭の右側で1つに束ねた黒髪が風に揺れる。

腰にはその風貌に似合わぬ厳つい日本刀が刺さっており、見慣れない人間が見ればかなり不恰好だ。

「よかったっすねぇじゃねーよ。

 俺はタイヤを狙えって意味で指示したんだけど」

「いいじゃないですか。なんか犯人たちも無事っぽいし」

同じようにパトカーから出て煙草を銜える上司の言葉に悪びれる様子もなく、

少女はあっけらかんと笑いながら横転した車を見た。

荷台部分は大破しているが運転席と助手席から降りてきた犯人たちはかすり傷程度らしく、

隊士に手錠をかけられ、パトカーに連行されていく。

すると

「今のバズーカは国土交通省の許可を得て発砲されたものなのでしょうかさん!!」

「それとも警視長官の指示で!?」

「もし一般市民に被害が出ていたらどうしていたんですか!?」

少女のもとへいっせいにマスコミの記者たちが群がって質問攻めにする。

「…あ-------…上司の指示なんで詳しいことは副長に聞いて下さい」

少女は頭を掻きながらそう答えて銜え煙草の上司を指差した。

「なッ…」

指を指されて驚く上司のもとに記者たちが走り寄っていく。

「前々から問題視されていた女性隊士の今回の行動は副長の指示なんですか!?」

「まさにチンピラ警察の象徴とも言えるような気がするのですが!?」

記者に囲まれ、これまでに何度も言われ続けてきた言葉の羅列に男はわなわなと肩を震わせる。

一方の少女はバズーカをその場に放り、喧騒から逃げようと踵を返した。




「--------ッッ!!!!!」





サイレンの音にかき消されず、少女の名前を怒鳴る声が響く。





これがが過ごす日常風景だった。









疾風少女は浅黄色を翻す-1-









・武州出身。役職は真選組一番隊。

真選組の紅一点として組織が「浪士組」だった頃から身を置いている。

幼い頃両親を戦で亡くしており、孤児になったところ真選組の局長である近藤と出会って今に至った。

実家が道場であったことから剣術の嗜みがありその腕前は他の男隊士たちにも引けをとらないが、

男女の体格差をカバーするために戦いでは足技など体術を使うことが多い。

一見すると年相応の可愛らしい顔立ちをしているが、長年男所帯で育ったためその性格は凶暴の一言だと隊士は口を揃える。

仲間思いで少しお人良しなのは近藤似。

短気な性格とその戦い方は副長の土方似。

上司にも食ってかかる飄々とした性格は同い年の沖田似と、

彼女をよく知る隊士たちからは非常に厄介な性格とされている。

そういった性格やタフさがマスコミの興味を引き、何か騒動を起こしては世間を騒がせている真選組の問題児だ。





「ただいまぁ」

そのまま屯所に戻って来たは玄関でブーツを脱いで広間へと向かう。

「おうお帰り」

テレビの前に座り、刀の手入れをしていた近藤が振り返って迎えた。

「暴走車無事確保したってな。トシからさっき連絡貰ったよ」

「はい。まぁ…車は半壊しちゃったんですけど」

はハハ、と苦笑しながら頭を掻き、テーブルの前に腰を下ろした。

「しょうがないさ。怪我人はいないって聞いたし」

近藤は慣れた様子で笑い、刀に打ち粉をしている。

局長の近藤は昔からに甘い。

彼女が幼い頃からその成長を見ていたため妹のように思っているところもあるし、

自分が認めた男でなければ付き合いも結婚も認めないという過保護っぷりだ。

自身もそんな近藤を兄のように慕っているし、信頼もしている。

「オイ!てめーちゃんと片してから帰れっつっただろーが!!」

廊下から怒号。

はせんべいをかじりながらビクリと肩をすくめる。

煙草を銜え、仏頂面で部屋に入ってきた男・土方はじろりとを睨んだ。

「ったく…あの後マスコミ丸め込むの苦労したんだぞ」

「そこはちゃんと土方さんがフォローしてくれたんですよね?

 さすがフォローの男!」

「バカお前副長をなんだと思ってやがる」

冷や汗を流しながらにこりと笑って両手を合わせる

土方はそんなを一喝しつつもそれ以上は咎めようとせず、

呆れた様子で溜息をつきながらその場に腰を下ろした。

、とっつァんから預かったきたぜィ」

遅れて部屋に入ってきた若い隊士・総悟がに1枚の紙を差し出した。

「何?」

「調書」

「うえぇ…いらなーい…」

ある意味全部きれいに片付けたんだから犯人連中の調書もとってしっかり後始末をしろと。

そういう意味の伝言らしい。

は総悟から調書の紙を受け取りながら顔をしかめた。

すると


「局長ォ!!」


バタバタと煩い足音が廊下に響き、

近藤を呼ぶ慌しい声が近づいてきた。

廊下を走って部屋に入ってきたのは、監察方の山崎。

山崎は血相を変え、息を切らしながら中にいる4人を見る。

「どうした山崎。騒々しいな」

「今大江戸警察から連絡があって…

 かぶき町の川原沿いで幕吏と思われる変死体が上がったらしいです!!」

その報告に4人の目付きが変わった。











「はーいちょっとすいませんねー

 警察でーすどいてどいてー」

山崎から報告のあった川原へ向かうと、既にその周辺は野次馬でいっぱいだった。

野次馬を掻き分け、川原の周りに張りめくらされた規制線をくぐって現場へ入る。

死体が乗っていると思われる担架には茣蓙がかぶされており、

岸辺の土には落ちて大分時間が経った血痕が残っていた。

「失礼します」

近藤が担架の前で軽く手を合わせ、そっと茣蓙をめくった。

「うわ…っ」

一緒にいた山崎は顔を真っ青にして思わず口を押さえる。

「酷ぇなこりゃ」

「これじゃ仏さんの身元も分かりませんぜ」

土方と総悟は至って平常心でその変死体を眺めていた。

も茣蓙の端を持つ近藤の横にしゃがみ、異常な死に方をしている幕吏を見る。

…もっとも、「幕吏」だと分かるのは着ている羽織から。

見た目だけでは年齢も、更には性別すら判別不可能だ。



なぜなら死体には、首がないから。



男物と思われる着物と袴

体格を見ればやはり男だろう。

そしてその上から幕府の紋章が入った黒い羽織を着ている。

だがその腹はどうやら半分ほど中途半端に横に斬られているようで、着物や羽織が真っ赤に染まっていた。

川に捨てられていたことで幾分洗い流されてはいるが、それでも血の色は拭えない。

その体を上まで辿っていくと、首がないのだ。

鋭利なもので刎ねられたと言っていい切り口には目を細める。

「首は見つかってねぇのか?」

「ええまだ…ですが死体と一緒にこれが」

煙草を銜えながら問いかける土方に、神妙な面持ちで答える大江戸警察の刑事。

その刑事がビニール袋に入れた黒い何かを差し出してきた。

「…何だこれ」

土方は袋を受け取って眉間にシワを寄せる。

全長20cmほどで細長く、先端にかけて細く尖っていた。

「蛇の死骸じゃないですかィ?」

総悟が呟く。

「言われてみりゃ…蛇だな」

「何で蛇が死体と一緒に?」

「死んだ後もぐりこんじゃったんじゃないですか?」

確かにそれは蛇の死骸。

もともとの色が黒ずんでいる上に何かしらが原因で死んでおり、

ところどころが赤く染まっている。

蛇の死骸を見つめ、4人は頭に疑問符を浮かべた。

近藤は再び死体を見下ろし、目を細める。

「…こんな殺り方すんのは……高杉の野郎か?」

幕府が最も危険視している男の名前を出すと、横にいたの目付きが変わった。

だが土方が即座にそれを否定する。

「いや…奴ァこんな手の込んだ殺し方はしねぇ。

 首なら首刎ねて終わりだ。中途半端に腹まで斬って川に捨てるなんて面倒なことはしねぇだろ」

これまで幾度となく幕吏を殺してきた男のやり方を、

それを追う身として理解している土方が断言する。

近藤も「確かにな」と頷いた。

「じゃあ他の攘夷志士の仕業だってんですかィ?

 こんな派手なやり方、よほどの輩じゃないと出来やせんぜ」

総悟も死体の前にしゃがみ首をかしげる。

攘夷志士による幕吏殺害は以前から問題視されていたが、

ここまで異様な殺し方を見たのは初めてだ。

首を刎ねた挙句、まるで切腹を皮肉って真似たような腹の斬り方。

そしてわざわざ川に捨てる。

…蛇の死骸が混じっていたのは偶然かもしれないが。

「……………」

は変わらず首のない死体を見つめたまま何かを考えている。

ちゃん…よくそんなのずっと見てられるね…」

今にも吐きそうだという顔色での顔を覗きこむ山崎。

仮にも隊の監察を任され、共に戦場を経験してきたはずなのだが

どうやら臓器の類には弱いらしい。

「いや見てんのは平気なんだけどさ…これ何で斬られたんだろうなーと思って」

「えぇ…?何って…普通に刀じゃないのぉ…?」

首の切断面を指差しながらは首をかしげた。

山崎は何でそんなことを、という顔で顔をしかめる。

(……刀で首斬ると断面こんなにギザギザするっけ…?)

物騒なことを考えながら、は自分の嘗ての経験から1つの疑問を持った。








死体の放つ異臭が空気に溶ける頃、

烏が不気味に鳴く江戸で静かに事件が幕を開けていく。











To be continued




100万打感謝小説第5弾・1位の真選組固定ヒロインです。
1年ほど前にひょんなことから生まれたオリジナルヒロインがまさか
これだけの支持をいただけるとは正直予想していませんでした…!!
ありがとうございます…!!
長編が読みたいというご要望を多数頂いていたので初の銀魂長編を
固定ヒロインで書かせて頂きます…!楽しんで頂ければ嬉しいです。