つるばみの詠-9-









「……っな、なんだそれェェェェェ!!!!

 俺たちも明日同じ船で帰るんだよ!!船出ねぇって何だよどうしてくれんだテメー!!!」

「俺が知るか!!俺だって帰りてーんだよ!!泳いで帰りゃいいだろ!!」


天気予報の中継がスタジオに戻ってきて一段落すると銀時が土方に掴みかかる。

土方も負けじと掴みかかってラウンジで醜い取っ組み合いが始まったが、はそれを無視して近藤を見上げた。

「……お、落ち着け。落ち着け落ち着け。と、都会の吹雪なんてな?すぐ止むもんだよ?

 またすぐにカラッと晴れて船もすぐ出せるようになるさ!!」


"なおこの不安定な天気は今週いっぱい続く見込みで、交通機関や船舶に大きな影響が出そうです"


スタジオから聞こえたアナウンサーの声で再び一同が凍りつく。

そんな中総悟はラウンジの大きな窓から外の景色を見下ろした。

「…こっちは全然影響なさそうですけどね」

風は強いが晴天で雪など降りそうもない。

海に詳しくないので波が高いかどうか判断はできないが、船に影響がありそうだとは思えなかった。


「……局長…これを…見て下さい…」


力なくソファーに座っていた山崎が小脇に抱えていた資料を近藤に差し出す。

よほど怖い目にあって握り締めていたのかぐしゃぐしゃになっている。

近藤は眉をひそめながら資料を受け取って皺を伸ばしながら目を通した。

「…"老舗高級旅館従業員が行方不明"…」

資料には新聞のコピーが印刷されている。

新聞は10年前のもので、見出しの横に楕円形の顔写真が載っていた。

写真の下に「南方千瀬(15)」と書かれている。

白黒で無表情に映る少女は長い前髪で顔をほとんど隠していて人相がはっきりしないが、

近藤の横で記事を覗きこんでいたがその顔の異常に気付いた。


「…この子…顔の右半分黒くないですか…?」


そう言って写真を指差すと、近藤は目を細めて書類に顔を近づける。

言われてみれば前髪に隠れた顔の右半分が黒ずんで見えるかもしれない。

「…印刷ミスじゃないか?」

「そうかなぁ…?」

は近藤の手から資料を奪い取って照明に透かしてみる。

新聞記事が10年前のものである上にコピーして更に画像が粗くなっているので確かに印刷ミスかもしれない。

「山崎さん、10年前に女将さんの旦那さんが自殺したって記事はなかったんですか?」

傍にいた新八が山崎に向かって問いかける。

「自殺…?いやそういう記事は見なかったけど…」

「自殺は遺族が希望しなきゃ新聞の慶弔欄には載らねーよ。

 何だ、ここの旦那自殺だったのか?」

土方はが持っている資料を覗きこんで眉をひそめた。

「従業員の行方不明と旦那の自殺が同じ年に起きたのって偶然だと思います?」

「行方不明になって責任感じて自殺したんじゃねーの?」

「だって別に旅館のせいじゃないのに」

は不審そうに首をかしげて唇を尖らせる。

すると


「局長様」


裏口の方から女将がぱたぱたと駆けてきて近藤に声をかけた。

「たった今松平様からお電話があって…本土の天候が悪くて船が出せないって…ご不便おかけして申し訳ありません」

「い、いえいえ!女将さんのせいじゃありませんよ!」

申し訳なさそうに頭を下げる女将を前に近藤も慌てて頭を下げる。

「うちはしばらく団体客の予定もないし、船が出せるようになるまでどうぞ休んでいって下さいね」

にこりと柔らかく笑う女将の言葉に全員が息を呑んだ。

一刻も早くこの旅館から出たい。

もうあんな目に合うのは御免だ。

綺麗な高級旅館かと思いきやとんだ化け物屋敷じゃねーか。

しかもいつ帰れるか目途が立たないなんて馬鹿な話があってたまるか。

「う、嬉しいなぁ!こんな高級旅館は俺ら芋侍には勿体ないですからね!

 まだ泊まっていられるなんて夢のようだ!なぁトシ!」

「…………………」

冷や汗を滲ませながら無理やり笑顔をつくって土方の肩をバシバシ叩く。

土方は嘘でも「そうだな」とは言えなかった。



「女将さん」



そこでが口を開く。

「延長ついでに10年前行方不明になった従業員のことをお聞きしたいんですけど」

はそう言って手に持っていた資料を女将に見せた。

折角触れないようにしたのに!と近藤が止めようとするがもう遅い。

新聞のコピーを見せられた女将の表情が一瞬凍りついた。

「……そうですか、ご存知だったんですね」

観念したように女将が呟く。


「ええ、確かに10年前一人の従業員が行方不明になりました」


女将は資料を受け取って険しい表情で話し始めた。

「…この子…お千瀬は旅館に住み込みで働いていたんです。

 両親を早くに亡くして…よく働くいい子でした。

 でもある日旅館の中で目撃されたのを最後に姿を消してしまって…」

「旅館の中?」

「はい。夜になってお千瀬が戻らないと聞いて…旅館の中や周囲を探して回ったんですが結局…」

見つからないまま、と女将は暗い表情で呟く。

「警察は事件に巻き込まれた可能性もあると言ってその日宿泊したお客を調べたりしたんですが…

 何も見つからずにその2年後捜索は打ち切られました」

女将はそう言って資料をに返す。


「…同じ年、旦那さんが旅館の客室で自殺なさってますね?」


返された書類を受け取りながらは躊躇なく問いかけた。

横にいた土方が窘めるように「おい、」と言ったがは怯まない。

女将の表情は一転険しくなった。

「…お仕事にご関係が?」

「いえ、従業員失踪事件を知った時たまたま小耳に挟みまして。

 失踪からまだ10年でしょう、何かの事件に巻き込まれたなら時効までまだ時間があるし力になれないかと思って」

は心にもないことをベラベラと喋った。

管轄でもない場所の事件を深追いするのは面倒だし、こんな旅館とは一刻も早くおさらばしたいのが本音だ。

だがここは完全離島。本土へ行く船は出港の目途が立たない。この旅館にいるしかない。

そして自分の部屋で度々起こる怪奇現象。

アレに何かに理由をつけないと耐えられなくなりそうだからだ。

「…あ!俺がちゃんの部屋で見た男ってもしかして…ッうご!」

慌てて立ち上がった山崎の腹に総悟が勢いよく肘打ちをかます。

「…お千瀬の失踪と主人の自殺は関係ありませんわ。

 万事屋さんもお仕事は今日までということになってますから、

 従業員の部屋でよければ使って休んで下さい。…失礼します」

女将はそう言って頭を下げ、足早に裏口へと戻って行く。

残った一同は顔を見合わせ、土方はの後頭部を平手で叩いた。

「あんなドストレートな聞き方があるか!っとにお前尋問下手だな!」

「…だってぇ」

は頭を押さえて唇を尖らせる。


「…これからどうする。船が出るまでこの旅館にいなきゃならんのだぞ」


近藤の言葉に再び一同は黙り込んだ。

「…とりあえず、あたしあの部屋に泊まるの嫌なんで部屋移ります。

 山崎、アンタ原田さんと部屋一緒だよね?」

「え、うん」

「隣に移ってあたしに部屋貸して」

「えぇぇえええ!!」

「俺らも下に移ろう。ザキ、更に隣に移動してお前ら6人で1部屋使ってくれ」

「えぇぇぇぇええええええ!!!」

「荷物取ってきます」

は階段に向かおうとしたが、2日前階段を上っている途中何者かに突き飛ばされたことを思い出した。

「………………」

大人しくエレベーターにしよう。

そう思って踵を返し、すぐ傍のエレベーターの「↑」ボタンを押した。

「俺たちの荷物も取ってこないとな。トシ、頼む」

「ちょ、何で俺が!」

「土方さん俺のも頼みまさァ」

「だから何で俺だァァァ!!!!」

「土方さん行きましょう。あたしも荷物持ってあげますから」

「おま、怖いだけだろ!一人で行くの怖いだけだろ!?」

チン、と音がしてエレベーターが一階に到着する。

は土方の着物を引っ張って無理やりエレベーターに乗り込んだ。

扉が閉まり、上っていく数字を見つめて新八が銀時に声をかける。

「銀さん、僕らも荷物まとめておきましょうか。案外すぐ天気が回復するかもしれないし」

「…そうだな…いつでも出て行ける体勢にしとかねーとな。行くぞ神楽」

万事屋の3人は重い足取りで女将の向かった裏口へ歩いていく。

「…じゃ、俺らはザキたちの部屋に行くか」

丁度一階まで戻ってきたエレベーターを使い、近藤たちもラウンジを離れた。




その頃、と土方を乗せたエレベーターは自分たちの部屋がある最上階に着いた。

騒ぎを聞いたのか同じ階にいた他の隊士たちの姿はなく、長い廊下とその左右に並ぶ客室はひっそりしている。

照明はすべてついていて明るかったがなぜか奥に進むのが憚られた。

「そこにいて下さいね!そこで見てて下さいね!!」

「分かったからさっさとしろ!!」

スリッパを脱ぎ捨てて自分の部屋に飛び込むと、数時間空けていただけなのにひんやりとして使用感が感じられなかった。

だがなぜか、自分の他にも誰かが使っていたような気配はある。

はなるべく窓と天井を見ないようにして部屋の隅に広げていた荷物をまとめた。

テーブルに置きっぱなしだった携帯を素早く取って3分と経たず部屋を飛び出す。

土方も隣室に入ると3人分の荷物を持ってすぐに部屋を出てきた。

は約束通りその荷物の半分を持ってやると足早にエレベーターへと戻る。

「…山崎は何を見たんですか」

「……よく分からねぇ。だがここにいるはずのないモンだっつーのは確かだ」

エレベーターを待ちながら暗い声色で会話を交わす。

エレベーターはなかなか上がってこない。

階全体が嫌な空気に包まれている気がして一刻も早くこの場を離れたかった。

ようやくエレベーターが来て扉が開く。

2人は乗り込んで即座に中の「閉」ボタンを押したが、扉はなかなか閉まらなかった。


「……ん?」


はボタンを連打する。

確かにボタンは点灯して機能しているはずなのだが扉は閉まらない。


まるで誰かが、エレベーターの外からボタンを押しているかのように。


「ちょっと代われ」

土方もボタンを拳で連打したが扉はぴくりとも動かなかった。

全開に扉の向こうに見える長い廊下がとても不気味に見える。

は扉の部分を押さえながら体を半分外に出して左右を見渡した。

人の姿はない。

「んだこれ。壊れてんのか?」

ドン、と乱暴にボタンを叩くと左右の扉が一瞬動いた。

「おい、顔引っ込めろ」

土方に言われてが手を離しながら体を引っ込めると漸く扉がゆっくりと閉まっていく。




ゆっくりと閉まる扉の向こう、突き当たりの自分の部屋の前に


じっとこちらを見ている髪の長い女の姿を見た。




「…………ッ!」

は慌てて「開」ボタンを押そうとしたが、エレベーターは扉が閉まり降下を始めた。

「土方さん今の!」

「あ?なんかいたか?」

10秒とたたず1つ下の階に到着し、土方は首をかしげながら先にエレベーターを降りる。

は「いえ…」と言い直して首を振った。

下の階は隊士たちが行き来していて賑やかだ。

突き当たりの部屋まで行くと追いだされた山崎と原田が荷物を抱えて2つ隣の部屋に入って行くのが見える。

…局長と一番隊隊長に言われたら出て行かざるをえない。

は2人を不憫に思いつつ自分たちが体験したことに比べたらまだいいと思い直した。


「…あれ、なんか狭いですねこの部屋」

「だろ?俺たちの部屋はもうちょっと広かったよな」


既に2人が寛いでいる部屋を覗きこんでが言うと近藤が頷く。

「そういえば旦那も言ってたな…あたしたちの2部屋は他の所より広いって」

「特別優待室とかだったんじゃねーの」

の手から荷物を取り上げ、スリッパを脱いで部屋に上がる土方。

は首をかしげながら隣の山崎たちが使っていた部屋へ入る。

確かに上の自分たちの部屋より狭い。

「あ、れ……?」

狭い以外にも、奇妙な違和感を覚えた。

再び廊下に戻って隣の部屋を覗きこみ、しばらく眺めてからまた自分の部屋を見る。


(なんか違和感が…)


スリッパを脱いで部屋に上がり、荷物を置く。

部屋の隅に片付け忘れたUNOのカードが1枚落ちていた。

拾ってテーブルに乗せながら再度考えたが、とうとう違和感の正体には辿り着けなかった。




従業員用休憩室


「けど大変なことになりましたね銀さん…さんたちが言ってたことが本当なら…

 ここ相当ヤバイですよ。しかも旦那さんが客室で自殺なんかしてたらそりゃ出ますって」

普段着に着替え、少ない荷物をまとめながら新八は真剣な表情で銀時に声をかける。

「だ、大丈夫だよお前…銀さんちゃんとお守り買ったんだぜ?用意いいだろホラ…」

銀時はそう言ってハンガーにかけた旅館の半被のポケットに手を突っ込んだ。

「………………」

「………………」

中をごそごそと探るが出てくるのはガムを包んだ紙とくしゃくしゃのレシートだけだ。

レシートは旅館の売店でいちご牛乳とジャンプを買ったもの、というのはどうでもいいとして、

買ったばかりのお守りがどこにも入っていない。

「…銀さん、お守り無くしちゃったんですか?」

「お守りぐらい大したことないアル。あれ中開けてもどうせ分厚い紙しか入ってないヨ。

 最後に自分を守るのはやっぱり自分アル」

「お守りバカにすんなよお前!!お守りはなァ!コナン君の腹も守ってくれた代物なんだよ!!

 身につけてりゃ必ずいいことあるの!そういう風に出来てるの!」

酢昆布をかじりながら身も蓋もないことを言う神楽に向かって銀時は大声で怒鳴った。

「でも銀さんマジで霊感ハンパないですからね。

 冗談じゃなくお守りに頼った方がいいこともありますよ」

「…だよな…後で買い直してくるわ…」

3日分の給料が入った茶封筒をぼんやりと眺めながら、無事にこの島を出られることを切に願った。








To be continued