つるばみの詠-8-
「……これだけ歩いて収穫ゼロって」
港を離れ、旅館の丁度裏側・島の南に位置する町で2人は立ち往生していた。
港に面した旅館周辺の町は新八と神楽に任せ、その反対側で聞き込みをして回っていたのだが、
誰に聞いても「知らない」「分からない」と首を振られ中にはを見ただけで逃げるように去って行く人もいた。
帯刀した男女に詰め寄られれば当然だろうが、隊服を着ていない分聞きやすいと思っていたので誤算だった。
「お前江戸で無駄に顔売れてっからな。テメーのせいだバカ」
「穏便に済まそうと思ってんのに逆上してきた漁師に鼻フック決めたテメーのせいだバカ」
聞き込みを始めて2時間余り。
総悟は相変わらずだが、こうも手掛かりがないと気が短いは苛立ちを隠せない。
そろそろ太陽が真上に昇ってくる時間帯なだけに焦りも混じる。
一旦旅館に戻ってみるかとが溜息をつくと、横にいた総悟の携帯が鳴った。
「山崎からだ」
「ほんと?何か分かったのかな?」
総悟は袖から携帯を取り出して通話に出る。
『沖田隊長?俺です、山崎です。ちゃんの携帯にかけたんですけど、繋がらなかったんですよね』
から電話を受けたのだからに掛けるべきだと思ったのだろう。
総悟は携帯を右耳に当てたまま左手の親指と小指で電話をつくってその手でそのままを指さす。
は首をかしげて自分の着物の袖に手を突っ込んだ。
中をごそごそと探してみるが携帯らしき手触りがない。
「…部屋に忘れてきちゃった」
昨夜のことを土方に聞いたら何だか怖くなってバッグ突っ込んだままだったのを忘れていた。
「何か分かったのか?」
総悟は改めて電話の向こうに声をかける。
『ええ、10年前あの旅館で従業員の失踪事件が起こってます』
「失踪?」
『詳しいことは直接説明しますけど…捜索は事件発生から2年後に打ち切られて未だ見つかってないみたいで』
「そうか、つーかお前今どこにいるんでィ」
『俺ですか?町…………、書館………………で』
「は?」
突然山崎の声が聞き取りにくくなり、眉をひそめて聞き返すが応答がない。
雑音が混じったかと思うと通話はブツンと切れてしまった。
総悟は耳から携帯を離して「通話時間1分47秒」と映し出された画面を見つめた。
「山崎なんだって?」
「10年前に旅館で起こった失踪事件がなんとか…途中で切れやがった」
掛け直す気はないらしく、閉じた携帯を袖に仕舞って首をかしげる。
「失踪事件…?近藤さん、仲居さんに何か聞けたかな?」
「さぁな、とりあえず旅館戻るぞ。疲れた」
「じゃあ漁港にいる眼鏡くんたちも呼んで来なきゃ」
別にいいだろ、と言う総悟の横を駆け抜けて元来た道を足取り軽く戻って行く。
「……あれ、切れちゃった。電波の入り悪いのかな…?」
図書館を出た山崎は通話の切れた携帯を見て顔をしかめる。
再び総悟の番号を呼びだそうとすると、突如画面が明るくなって着信音が鳴った。
画面にはの名前と番号が映し出されている。
総悟はあの通りだから掛け直すのを面倒くさがってが掛け直してきたのだろう。
そう思って即座に通話に出る。
「もしもしちゃん?突然切れちゃってさぁ、今どこにいるの?」
『もう旅館に戻ってきたの。部屋に来て』
「もう?早いね?」
『部屋に来て』
電話の向こうのは繰り返した。
「分かった、すぐ戻るよ」
山崎はそう答えて手短に通話を切った。
閉じた携帯を着物の袖に押し込み、印刷した資料や借りた本を抱えて図書館を離れる。
山崎は知らなかった。
が携帯を旅館の部屋に忘れていたことを。
はまだ部屋に戻っておらず、指定された彼女の部屋は無人であることを。
自分が受けた電話の相手が、などではないことを。
と総悟が万事屋2人と別れた場所に戻ってみると、2人は既にその場所に帰ってきていた。
「あ!さん!沖田さん!!」
2人に気付いた新八が慌てて駆け寄ってくる。
「さっき港であの旅館のこと聞いたんですけど…」
「失踪事件のこと?」
ならばこちらが一足早かった、とが首をかしげると新八は「それもあるんですけど」と首を振った。
「あの旅館の旦那さん、10年前に旅館の客室で自殺したらしいです」
新八は真剣な面持ちで神楽と顔を見合わせる。
「…自殺?」
と総悟は眉をひそめる。
山崎は自殺については何もいっていなかった。
従業員の失踪と旦那の自殺が同じ10年前に起こっていたというのは偶然だろうか。
「前にあの旅館に勤めてたっていう人が教えてくれて…10年前に住み込みで働いてた従業員の女性が行方不明になったらしいですけど、
捜索願いが出た直後に旦那さんが客室で首を吊っているのが見つかったらしいです」
「…旅館で人死んでりゃ皆喋りたくないよね」
なるほど、とは腕を組んで頷く。
町人が揃って口を噤むのはそのせいか。
「とりあえず一旦旅館に戻ろう。山崎もなんか掴んだって連絡来たし、旅館に残ってる近藤さんも何か聞けたかも」
がそう言って歩き出すと、新八の横にいた神楽が帰り道を指差して「アレ」と言った。
「近藤さん!」
「銀さん!」
正面から微妙な距離を保ったまま並行して歩いてくる銀時と近藤。
「あ!いた!!よかった!!旅館出てからここまで一人も町の人に会わなかったから超怖かったんだぞ!!」
近藤はと総悟と視界に捕らえると猛ダッシュしてきた。
2人は「何が」という表情で顔を見合わせる。
「近藤さん、旅館の人間に話は聞けたんですかィ?」
「いやそれが誰も話してくれなくてなぁ…そっちはどうだ?」
「戻りながら説明します。山崎も調べに出てくれたみたいなんで、帰って整理しましょう」
並んで歩きだす3人の後ろで万事屋の3人はまだその場に突っ立っている。
「どうしたんですか銀さん。疲れたから寝てるって言ってたのに」
「お前らだけじゃ迷子になってんじゃねーかって心配になって出てきてやったんだよ。オラ帰んぞ」
「銀ちゃん手ぇ汗ばんでて気持ち悪いアル」
強引に2人の間に入って左右の手で新八と神楽の手を引き、真選組の後を追ってのそのそと歩きだす。
傍から見れば仲睦ましい光景だが、この男がこういうことをしてくる時はどんな心境なのか、長い付き合いの少年少女は分かっていた。
半纏のポケットに突っ込んでいた御守りが音もなく地面に滑り落ちたことにも気付かない程、彼は動揺しているのだ。
6人が港町を離れた頃、山崎は旅館に戻ってきて最上階のの部屋を目指していた。
古い型だがきちんと清掃されたエレベーターに乗り込み、1人で上昇していく階の数字を見つめる。
慰安旅行に来てまで仕事を頼まれたのに言われるままそれをこなす自分は心底監察向きだ、と心の中で自画自賛した。
最上階で止まったエレベーターを降り、角部屋を目指して長い廊下を歩く。
現在の宿泊客は真選組だけだから全ての客間は隊士で埋まっているはずだが、晴天の真昼間ということもあり黙って部屋に籠っている隊士は少ない。
静まり返った廊下を歩いていくとの部屋から明かりが漏れているのが窺えた。
戸が開けっぱなしということだ。
足早に部屋へ近づくと確かに戸は開いている。
「ちゃ…」
声をかけようとして入口を見たが、そこには室内履きのスリッパが一足もない。
部屋に来てと言ったのに部屋にはいないということか?
だが戸は開いている。
不審に思った山崎は部屋に入ってスリッパを脱いだ。
入口付近と洗面台の照明は点いていたが、客間は擦りガラスが閉められて電気も消えている。
「…部屋に来てって言ったくせにどこ行ったんだよ…」
下の階でUNOに交じってるのかな。
そう思い、客間との間仕切りである擦りガラスを開けた。
薄暗い部屋でカーテンの合間から覗く僅かな光が広い部屋の一部を照らす。
…いや、山崎の視界は遮られていた。
薄暗いが家具の位置は把握できる程度の明度の中で、自分と、カーテンとの間を遮る縦に長い陰。
それは天井から続いて床から数十センチ浮いており、ゆらゆらと小刻みに揺れている。
天井から伸びる長い紐に吊らされた男の剥いた目が山崎をじっと見下ろしていた。
「……、……………ッッ!」
「うわぁぁァァァァァ!!!!」
あまりに大きな悲鳴は下の階でUNOに夢中になっていた隊士たち、
そして同じ部屋のリクライニングソファーで眠っていた土方にも届いた。
土方は飛び起きて迷わず天井を見上げる。
「…今の山崎さんの声か?」
「突然抜けたと思ったら何したんだ?あっ副長!」
顔を見合わせて首をかしげる隊士たちだが、土方は部屋を飛び出した。
階段を駆け上って廊下を走り、突き当たりの部屋へと急ぐ。
部屋の前の廊下では山崎が青い顔で腰を抜かしていた。
「おいどうした山崎!!」
震える手が部屋の中を指差したので土方はスリッパのまま部屋に駆けこむ。
だがそこはの生活スペースが広がっているだけで何も変わったことはなかった。
窓が僅かに開いて深緑色のカーテンが幽かに揺れている。
「そんな…った、確かにいたんです…!確かにこの部屋で男が首を吊って…!」
壁に掴まりながら立ち上がった山崎は顔面蒼白のまま再び部屋を指差す。
土方は険しい表情で無人の部屋を睨みつけたが、やはり変わった点はなかった。
変わった点といえば廊下に比べて随分部屋の空気が冷たいことぐらいだ。
普段ならば「何バカなこと言ってる」と山崎に蹴りを入れて終わらせるところだが、今は彼の言っていることを信じざるをえない。
(…いや、俺とが見たのは女だった)
土方は着物の袖から携帯を取り出し、近藤の番号を呼び出した。
「……お?トシだ」
旅館のロビーに着いたところで近藤は携帯が震えていることに気付く。
「もしもし、俺だ」
『…近藤さん今どこにいる?』
「今旅館に戻ってきたところだ。総悟とも一緒だぞ。あと万事屋の連中も」
近藤はそう答えて左右に並ぶ総悟とを見下ろし、
少し後ろを歩いている万事屋の3人を振り返った。
『そうか…ならいいや。ちょっと面倒なことになった』
「面倒なこと?」
近藤が立ち止まって眉をひそめると並んで歩く2人も近藤を見上げて首をかしげる。
電話で土方に「上には来るな。1階にいてくれ」と言われてラウンジで待っていると、
カウンターから程ないエレベーターの扉が開いて2人の隊士が降りてきた。
「土方さん」
「あれ、山崎も」
エレベーターを降りてきたのはぐったりと脱力した山崎と、その肩を担いで歩いてくる土方だ。
「どうしたんだ山崎!上で何があった!!」
近藤が慌てて駆け寄り、と総悟も顔を見合わせながら席を立つ。
が山崎に事件の調査を頼んで数時間。
総悟の携帯に連絡があってまだ1時間も経っていないのに一体何があったというのか。
「…の部屋でまた出たらしい」
「何が」とは言わず山崎の肩を担ぐ土方は苦々しい表情を浮かべた。
「出た」ものの正体が分かっていると総悟は僅かに目を細める。
「出たって土方さん…もしかしてまた幽…」
「いやいやいやいや!!何言ってんの新八君!」
真選組の様子を見た新八が立ち上がって不安そうに問いかけようとすると、
横にいた銀時も慌てて立ち上がって汗だくの手でその肩を掴んだ。
「お前らも俺らも明日の船で帰るじゃん!もう事件とかどうでもよくね!?
いやお前らは残って好きにすりゃいいけど俺らは明日帰るもんなっ!なっ!?」
新八の肩に指が減り込むぐらい力が入った手はガタガタと震えている。
すると
プルルルルルル…
山崎をソファーに座らせた近藤の携帯が再び鳴った。
首をかしげながら携帯を開くと画面には自分たちをこの旅行に誘った張本人の名前が映されている。
「もしもし、とっつァんか?」
『おぉ近藤、どうだ慰安旅行は満喫してっか?』
こちらの緊迫した空気をまるで無視する間伸びした声。
「それどころじゃねーんだよとっつァん!!聞いてくれこの旅館…」
『こっちもそれどころじゃねーんだよゴリラ。そこにテレビあるか?』
隣で聞き耳を立てていたはそれを聞いてすぐ傍の液晶テレビに駆け寄った。
72インチ型の新型液晶テレビに電源を入れると、少し遅れて起動したテレビから聞き慣れた女子アナの切羽詰まった声が聞こえてくる。
"こちら現場の結野です!ご覧の通り、現在江戸は激しい吹雪に見舞われています!
江戸では数十年ぶりに積雪を観測し、各地で事故が多発している模様です!
…あっ!あっちでまたスリップした車が!"
鮮明な画面に映し出されたのは江戸で人気のアナウンサーだ。
猛烈な吹雪で綺麗にセットされていたであろう髪は振り乱れ、まるで極寒の北国から中継しているかのような光景だった。
彼女の後ろでは人々が折れた傘を抱えて雪に衣服を濡らしながら駆けていく。
ラウンジの5人はあんぐりと口を開けて悲惨な江戸の光景を見つめていた。
『今江戸の天候が大荒れでよぅ、明日船が出せねーんだわ。
予報じゃあと2〜3日こんな調子が続くらしくてな。
旅館の女将にゃ俺が話つけといてやるから、天候落ち着くまでそっちいろや』
「え、ちょっ待っ…」
『あ、カニ届いたぞ。早速今夜鍋にして頂いちゃおっかなー』
「待ってとっつァんこの旅館…!」
近藤が訴えるも虚しく、土産のカニに浮かれた松平はそのままのテンションで一方的に通話を切った。
その場の5人はゆっくりと顔を見合わせる。
「「えええぇぇぇェェェェェェ!!!!」」
To be continued