つるばみの詠-7-








「…で?何でキミらまで来るの?」


朝食を終えたと総悟は旅館を出て町の人に話を聞いて歩くことにした。

近藤は旅館内をもう一度調べてみると行って残り、土方も寝不足なので他の部屋を借りて昼寝すると言っていた。

ダルいと言う総悟を無理やり引っ張って旅館を出てきたのだが、なぜか横には新八と神楽の姿もある。

「やっぱり気になりますからね。それに今丁度休憩時間なんです」

「旦那はどうしたんでィ」

「行かないって。気晴らしに来たらって誘ったんですけど」

「なんだ、旦那も案外ビビリだな」

「何だとコラ!銀ちゃんはテメーらチキンとは違うアル!

 銀ちゃんはなぁ、休憩時間入って即効旅館の裏にある神社で御守り買ってくる徹底ぶりなんだぞコノヤロー!!」

「…神楽ちゃん、それ銀さんに絶対言っちゃだめって言われてたよね?」

総悟と睨み合う神楽の横で新八は呆れ顔で下がった眼鏡を上げた。

はそういえば旅館のすぐ裏に神社があったなと思い出しながら3人の半歩前を歩く。

そうこうしているうちに昨日立ち寄った土産屋の看板が見えてきた。

「ほらあそこ。昨日あたしが入った土産屋さん」

時間は10時を少し過ぎた頃なのでまだ店を開けて間もないだろう。

女将が店の前を掃除している姿が窺えたが、店内に客はいないように見えた。


「あの、すいません」


が先に歩いていって女将に声をかけた。

枯れ葉を掃いていた女将は屈んでいた姿勢から起き上がってを見る。

「あら、昨日の。いらっしゃい、また来てくれたの?」

「いえ、今日はちょっと聞きたいことがあって」

がそう言ってちら、と店内を見渡すと女将は「何かしら?」と首をかしげた。




「波浮の宿についてなんですけど」




その瞬間、案の定女将の表情が凍りついた。

は構わず続ける。

「あの旅館で昔何か事件が起こったとかいうことはありませんか?

 生憎管轄外なんで詳しく知らないんですよ」

そう言ってわざとらしくここからでも見える丘の上の大きな旅館を見つめた。

趣のある立派な外観はこの港町とよく調和しており、恐らくこの島で一番大きく敷居の高い旅館だろう。

だがあそこで色んなことを体験しすぎたにとっては禍々しい幽霊屋敷のように見えた。

女将はぱっと顔を逸らし、慌てて箒を持ち直しての傍を離れる。

「ここは平和な町です。お侍さんがお調べになるようなことなんて起こりませんよ」

「悪いんですけど聞いちゃったんですよね。他のお客さんが喋ってるの。

 何年も前のことって…何のことですか?あの旅館…女将さんに何かあったんですか?」

「知りません。私たちには関係のないことですから」



「"千泉さん"って、誰です?」



箒を持ち、逃げるように店内へ駆けて行った女将はその名前を聞いてビタリと立ち止まった。

一瞬たちを振り返ろうか躊躇したように見えたが、すぐに店の奥に隠れてしまった。

は後ろの3人と顔を見合わせる。

店まで追いかけて更に問い質すことも出来るが、正式な捜査でなければこれ以上尋問できない。


「…しょうがないな…他もあたってみるか」

「二手に分かれましょうか。僕と神楽ちゃんは港の方聞き込みに行ってきます」

「見てろヨ、絶対お前らより早く見つけてやるからな!!」


新八と神楽は土産屋の前を離れ、堤防から港へ続く階段を下っていく。

「…何を競ってるんだよ…」

「やれやれ、ガキ共に警察気取りされちゃァ敵わねぇや。

 さっさと話聞ける奴探して戻ろうぜ」

呆れ顔のを追い越して総悟はすたすたと先を歩き始めた。

も頭を掻きながらその後を追う。

「お前取り調べド下手だからな。いっつも犯人吐かせる前にキレて犯人に殴りかかってるだろ」

「うるさいな…あたし長期戦苦手なんだよ…」

それで結局犯人の方が折れて白状する、というのが彼女の取り調べスタイルだ。

どこの誰に似たんだ、と短気な彼女を白い目で見ながら総悟は携帯を開く。

「屯所に戻りゃ資料庫に何か記録が残ってるかもな」

「いや帰れんなら戻って来たくないよ。どうしたって船が来るのは明日なんだし…」

がそう言って頭を掻いていると総悟は開いた携帯をそのままに差し出した。

ディスプレイには同じ隊士の名前と番号が映し出されている。


「……山崎…あ、そっか。あいつなら何か覚えてるかも」


は携帯を受け取って番号を呼び出し、耳に当てた。







同時刻・波浮の宿

の部屋の下に位置する客室には隊士が5〜6人集まって寛いでいた。

部屋の真ん中に円を作り、UNOを広げる隊士の中に隊一地味な男も混じっている。

このタイミングでリバースを出すか、ドローツーを出すか。

手札を何度も見直しながら次のターンを考えていると袖の携帯がブルブルと震えるのを感じた。

「誰だよこんな時に…」

山崎は袖の中をごそごそと漁って携帯を取り出し、開いたところで眉をひそめる。


「…沖田隊長?」


確か彼は朝食後、と一緒に旅館を出て行ったはずだが。

この男から電話を受けることなど滅多にないので何事かと慌てて席を立つ。

『もしもし山崎?』

「…あれ?ちゃん?それ沖田隊長の…」

『あ、うん。借りてる。あのさーちょっと調べて欲しいことあるんだけど』

携帯から聞こえたのは気だるい一番隊隊長の声ではなく気だるい一番隊女隊士の声だった。

「調べてほしいこと?何?面倒くさいこと?」

『うん大分。何年か前この島で起きた事件を調べて欲しいんだけど』
 
「えぇ?仕事?何で旅行に来てまで仕事のことなんか…」

山崎は耳と肩で携帯を挟んで通話しながらとりあえず自分のターンでリバースのカードを出した。

『いいから。やって』

「やってっつったって…俺パソコン持ってきてないもん」

『何かあんだろうがよー本庁の知り合いに調べてもらうとかさー』

「それぐらい自分でやってよ!ってえ!うそそこでドローフォー出す!?」

と会話しながらUNOを進行させる山崎は慌てて携帯を耳から離した。

『あたし本庁の人間に目ぇ付けられてるから頼みたくない』

「そんなこと言ったって…」

『頼むね。あたしたちももうちょっとしたら旅館戻るから』

「あ、ちょっ…」

は自分勝手なことを一方的に言い放ってそのまま一方的に通話を切った。

山崎は携帯を睨みつけ、はーっと溜息をついて閉じた携帯を足元に放る。

慰安旅行に来てまで仕事のことなど考えたくもない。

すると部屋の戸が開いて枕を小脇に抱えた土方が入ってきた。

「あれ、副長。どうしたんすか」

「副長もUNOやりましょうよ!」

「…いや、遠慮しとく。ちょっと寝かしてくれ。窓際借りるぞ」

土方はそう言ってスリッパを脱ぐとUNOを楽しむ隊士たちの横を通って窓際のリクライニングソファーへ向かった。

「別にいいですけど…自分の部屋は?UNOやってるんで結構煩いですよ」

「清掃中でな。いいよ煩いぐらいの方が………ん?」

清掃中、ではない。

現在自分たちとの部屋は無人だ。

何でわざわざ下の階まで下りてきてこの部屋で寝るのかと隊士たちは首をかしげたが、

清掃中なら仕方ないかと再びUNOに集中し始めた。

一方の土方は部屋の真ん中で立ち止まり、眉をひそめてぐるりと辺りを見渡す。


「……何か…狭くねぇかこの部屋…」


自分の部屋に比べて明らかに板の間や壁が迫ってきているような気がする。

「何言ってんですか、十分広いでしょ。こんだけの人数が居てまだ余裕あるんですよ」

山崎はUNOを続けながら窓際に立つ土方を怪訝そうに見た。

土方はしばらく部屋を見渡して首をかしげたが、気のせいかと思い直し窓際のソファーに腰をおろして背もたれを倒した。

「あ、そういえば副長。今ちゃんから電話があって、この島で起きた事件を調べて欲しいって。

 何なんすかね。慰安旅行に来てまで仕事の話なんて」

「…………………」

山崎は円の真ん中に積まれたカードを見つめながら土方に声をかける。

目を瞑ろうと思っていた土方は天井を見上げて眉間にシワを寄せた。

と総悟は町の人に話を聞きに行くと言って旅館を出たし、近藤は近藤で仲居に話を聞くと旅館を歩き回っている。

昨晩起きた現象がこの旅館で起きた事件に関係していると考えるのが妥当だろうが、

が言った通り町人がみな口を閉ざしているなら関係者から話を聞くのは難しいだろう。

小さな町だし、噂が広がってしまえば町中がその事件を知っていることになる。


(…まだ事件があったと決まったわけじゃねェじゃねーか)


「…とりあえず調べとけ。見過ごして上に文句言われんのも事だしな」

「副長がそう言うんなら…調べますけど…」

はぁ、と浅く溜息をついて山崎たちに背を向け、窓の方を向いて目を瞑る。

山崎は歯切れの悪い返事をしてそのまま突っ込んだことは聞いてこなかった。





同時刻・漁港


「だから知らねぇっつってんだろ。しつこいぞお前ら」


港で漁師たちの話を聞いて回っていた新八と神楽だったが、返ってくる答えはどれも同じだった。

無精髭を生やし頭に白いタオルを巻いた屈強な漁師はそう言い捨てて2人の前を離れていく。

周囲で話を聞いていた他の漁師たちもそそくさと船に乗り込んで行ってしまった。


「…やっぱり事件なんてなかったんじゃないのかなぁ…誰に聞いてもさっぱりだね」

「でも銀ちゃんも見たって言ってたヨ。きっと皆なにか隠してるネ」

「聞き出すのは難しそうだな…やっぱりさんと沖田さんの方が警察手帳もあるし聞きやすいのかも…」

「アイツらに頼るのは御免ネ!!私たちで先に見つけるアル!!」

「いや…競ってもしょうがないんだけどさ…」


すっかり閑散としてしまった漁港を見渡し、新八は浅いため息をつく。

すると2人の背後に1人の人影が近づいてきた。


「…あの」


声を掛けられて2人が振り返ると、誰もいなかった漁港に40代半ば程の女性が立っている。

「あの旅館で…また何かあったんですか…?」

「え…?」

「昨日警察の方があの宿に泊まってるって言ってるのを聞いて…

 その…また何かあったんだとしたら気の毒だと思って」

女性は周囲を気にしながら躊躇いがちに声をかけてきた。

新八と神楽は顔を見合わせて首をかしげる。


「また…って…?」






波浮の宿・一階ロビー


「…効くのかコレ」


旅館の半被姿でソファーに腰を下ろし、先ほど裏の神社で買ってきた御守りを見つめる銀時。

「念のためお賽銭入れてお参りもしてきたけどなー

 賽銭5円じゃ効果ねぇかもなーコレ」

中指に御守りの紐を引っかけ、その手で顔を覆ってはーっと長いため息をつく。

折角高級旅館で割のいい仕事だと思ったのに、まさかこの旅館までもが幽霊旅館だったとは。

外観が立派でサービスもしっかりしている分そこが怖い。

すると


「…効くのかなぁこれ…」


少し離れたソファーで同じように御守りを眺めている近藤の声が届いてきた。

「賽銭奮発して千円入れたけど…ついでに引いたおみくじ大凶だったものなー

 つーか俺おみくじで中吉以上出たことないんだけどどうなのコレ」

はーっと溜息をついて頭を掻くと、こちらを見ている銀時に気付いて顔を上げる。

「…な、何してんのお前?」

「い、いやお前こそ何してんの?」

御守りをさっと腰の後ろに隠し慌てて立ち上がる。

銀時もポケットに御守りを押し込んで立ち上がった。

「し、新八君とチャイナ娘の姿が見えんな」

「あ、あいつらなら何かお前んトコの馬鹿2人と一緒に旅館出てったぞ。

 バカだなぁ、事件なんざ調べたって出てくるわけねーのによー」

「そ、そうだよな!俺も仲居さんたちに聞いて回ったけど誰も何も言ってなかったし!!」

互いに冷や汗を滲ませながら挙動不審に辺りをキョロキョロと見渡す。

唯一の客である真選組が朝食を終えた後で旅館内の慌ただしさもなくなり、

ゆったりとした午前の時間が流れている。

だが近藤はなかなか自分の部屋に戻る気にはなれなかった。


「「………………」」


「ひ、暇だし俺も外に出てくるかな。あいつらだけじゃ心配だし」

「お、俺も行こうかな。と総悟2人じゃ何しでかすか分からんし」

2人はロビーを離れ、一定の距離を保ったままぎこちない足取りで旅館を出て行く。





その頃、山崎は旅館からほどない町立図書館にいた。

先ほど江戸にいる本庁の知り合いに連絡を入れ、何か分かったら折り返し連絡を貰えるよう頼んだのだが、

パソコンが何台か備えられた町の図書館なら何か分かるかもしれないと足を運んだのだ。

手始めに取り出したのは過去の新聞をまとめたファイル。

刑事事件が起こっていれば新聞に載っているはずだと踏んだのだが、

何せ膨大な量で小さな記事1つ1つにまで目を通していてはキリがない。


「警察のデータベースなしにどうやって調べろってんだよ…」


はぁ、と溜息をついてファイルを流し見ながらパソコンで検索サイトを開く。

「伊豆大島 事件」と打ち込んでエンターキーを押すと、意外なことにいくつかの検索結果が表示された。

やる気なく背もたれに寄りかかっていたが、それを見て背筋を正し、身を乗り出して画面を覗き込む。

一番先に出てきたのは有名な航空墜落事故。

続いて船舶事故や水難事故など細かな事件が映し出された。

(…ちゃんが知りたがってるのは何の事件なんだ…?)

何度かページを進めていくうちに、山崎の目に地元新聞社のホームページが公開している小さな記事がとまった。


「………これ…」


記事には「老舗旅館従業員が失踪」とある。

日付は今から10年前だ。


「伊豆大島老舗旅館「波浮の宿」の従業員・南方千瀬(当時十五歳)が住み込みで働く仕事先で目撃されたのを最後に行方不明となった。

 警察は事件に巻き込まれた可能性を視野に入れ慎重に捜査を進めている」


記事はそう続いている。


「…きっとこれだ……」






To be continued