つるばみの詠-6-









「お、お前目が覚めちまったんじゃねーのか?眠れんのか?」

「ひ、土方さんこそ。目ェ充血してますよ?ギンギンですよ?」


静かな部屋の空気が嫌になったのか2人は顔を引きつらせてうわずった声でお互いを指差す。


「「………………」」


お互い、壁際の天井を見たくても見れない。

はそこで思いついて枕元に置いてある隊士共通の携帯を見下ろした。

「わ、分かりましたこうしましょう。お互い眠れるまで電話してましょう。

 ほ、ほらそうすれば音したってお互い分かるわけだし寝ぼけてないってことも証明できますよ」

「そ、それだな。分かった、先に寝るなよ。切る時は同時だぞ」

「そっちこそ先に切らないで下さいね。あたしが寝るまで寝ないで下さいね」

「お前ら付き合いたてのカップル!?」

まだ寝入ってなかったのか、2人の会話を聞いていた近藤が起き上がってツッコむ。

「心配ねぇよ近藤さん。俺たちほら、全員上から支給されてる携帯だから隊士同士の通話は24時間無料だし」

「24時間話すつもり!?」

携帯会社の宣伝じみたことを汗だくで言う土方に再びツッコんで、近藤は「まったく…」と言いながら布団に潜り込んだ。

「じゃあ、部屋に戻ったらあたしからかけますから。携帯持ってスタンバってて下さいよ」

「絶対かけろよ。そのまま忘れて寝るなよ」

土方は念を押しながら部屋の明かりを消す。

そのやりとりがどんなに情けないものだと分かっていても、みんなでビビれば怖くないと思えば背に腹は変えられなくなる。

が小走りで自分の部屋に戻ると、自分が寝ていた布団は既に占領されていた。


…あ、くそもう寝入ってやがる。


アイマスクをした男が我がもの顔で堂々と寝ている。

自分でもどうかと思うのは同い年の男が同じ部屋で寝ていても何とも思わないところだ。

道場時代から1つの部屋で雑魚寝なんてことはよくあったし、むしろ蹴飛ばして廊下で寝ろと言いたい。

だが今は怖い気持ちの方が勝っているので近くに知り合いがいるだけでありがたい。

は仕方なく予備の布団を出し、床の間の手前に敷いて潜り込んだ。


(なんであたしの部屋なのにあたしが肩身狭い思いしてんだよ…)


舌打ちをしながら携帯を開いて土方の番号を呼び出す。

「もしもし?」

総悟は既に熟睡しているだろうが一応声を抑えて携帯に向かって声をかけた。

『総悟は?』

「爆睡してますよ。あの神経の図太さマジ分けて欲しいんスけど」

ごろんと寝返りを打ち、微動だにせず仰向けで眠っている総悟を睨みつける。


『……お前が見たっつーのは?』


携帯の向こうから土方の深刻そうな声が聞こえてきた。

は気を取り直し、総悟に背を向けて床の間の掛け軸を見る。

「見たっていうか…夢で見たんですけど…」

『は?夢?』

「ええ、丁度土方さんが寝ている天井から手足が伸びてて…その手があの実を持ってたんです」

『…近藤さんが言ってたつるばみの実か』

「そういえばあの実どうしました?」

『気味悪いから捨てたよ。持っててもどうしようもねぇし』

土方はため息交じりにそう言った。

それからすぐに再び口を開く。

『…俺が見たのは、その手が叩いてたんだ。壁』

「?じゃあ、昨日あたしたちが聞いたのはその音だっていうんですか?」

『馬鹿言え、ンなことあってたまるか。何なんだよ、あれ』

「あたしに聞かないで下さいよ。あれはやっぱあれなんじゃないですか?アレ的な…」


「『………………』」


が無言になると携帯の向こうも無言になる。

「『いやいやいやいやいや…』」

無言の空間で自分の考えたことが怖くなって2人は同時に首を振った。

相手も振っているかは分からないが、電話の声が揺れているのできっと振っている。


『や、やめろよオイ。きっと今回も蚊みたいな何かが…』

「でも別に誰かが被害にあってるってわけじゃないし…見たのあたしたちだけですからね」

『……お前って霊感的なのあるタイプだったか?』

「いえそんなことないと思うんですけど…っていうか、外法やら何やらに手ぇ出して一番色んなもの憑いてそうな奴が

 すぐ後ろにいるんでそんなもん無くても見えるモンは見えると思いますよ」

『アイツはすぐ呪詛返しにあって死ねばいいんだ』

「それをバットで打ち返されて結局呪詛にかかって死ねばいいんですよ」

『いや俺は全身に御札を貼って更にそれをバリアーで跳ね返す』


そんな会話が小一時間続いたが、朝方4時を過ぎると会話は途切れて再び部屋は静まり返った。

町を歩き回って疲れていたし、昨夜ロクに寝ていなかった2人なので横になって通話していれば睡魔はすぐに襲ってきた。

2人は通話が繋がったままの携帯を枕元に投げ出してそれぞれ眠っており、

静かな部屋には備え付けの時計の秒針が進む音だけが聞こえている。

次第にカーテンから朝陽が差し込んできて薄暗い部屋をぼんやりと照らすと、寝付いたばかりの土方がその眩しさに顔をしかめた。


(……携帯…)


寝返りと打つと耳に当たった携帯は開きっぱなしで、画面にはの名前と電話番号が映し出されたままだ。

通話時間が1時間54分となっているが恐らく通話していたのは1時間にも満たないだろう。

そのまま携帯を耳に近付けてみるとの寝息が聞こえるだけであとは静かなものだった。

もういいか、と通話を切ろうとしたのだが


『------ろ、……の』

「……あ?」


消え入るような声が聞こえてきた。

彼女の寝言だろうか。


『---------も、…て……きに……る』


歌っているようにも聞こえる。

寝言で歌うなど器用なことが出来るだろうかと眉をひそめていると


『……ろ、………みの、アァ、幹ア゛、アアアア、


静かな少女の歌声に野太くしゃがれた大きな声が交った。

土方は思わず携帯を耳から放す。


ア゛、ア゛ア゛ァ、ァ、アアア゛……!


人が発しているとは思えぬ声が大声で発狂すると、通話は突然ぶつりと切れてしまった。

土方は飛び起き、思わず壁を叩く。



「おい!おい起きろ!!」



その頃隣室では。ではなく総悟の方が目を覚ましていた。

いつもなら一度寝入ると朝まで目覚めないタイプなのだが、今日は何故か目覚めてしまった。


寝ていても分かるほど、部屋の室温が下がったからだ。


暗闇の中で数回瞬きをしたところで寝返りを打って、床の間側に寝ているを見た。

そこで寝ぼけ眼を見開く。


自分と、の布団の間に第三者の姿がある。


全身が真っ黒なのでどちらが正面なのかはっきりしないが、

おそらくこちらに背を向けての方を見下ろして突っ立っている。

暗闇に目が慣れるとそれは次第によく見えるようになってきた。

帯まで真っ黒な喪服のような着物

その帯を隠すほど長い黒髪

背格好からそれは女に見える。

女は静かな寝息を立てて眠るをじっと見下ろしていたが、次の瞬間ゆっくりと屈んでその青白い手をに向かって伸ばした。

指先がの顔に触れようかという時、総悟は枕元の刀を掴み、飛び起きると同時に抜刀してその刃で女の首に薙ぎ払った。


かに見えた。


瞬きをしたその一瞬、女は忽然と姿を消していた。

空を切った刀は床の間の掛け軸を両断し、切られた下が音を立てて床に落ちる。


「…………………」


総悟は右手を下ろして部屋を見渡す。

室温が戻ってきたようでエアコンの音が入口の方から聞こえてきた。


「…………ん…」


掛け軸が落ちた音で目が覚めたのかは眉をひそめて寝返りを打ち、ゆっくり目を開けた。

暗闇でも分かる布団の横に立つ人影。

ん?と思って目を擦り、その男が持つ刀が暗闇でギラリと光ると全身の血の気が引く。



「…ッギャァァアアアアアァァ!!!!!!!!!!」



叫ぶと同時に飛び起きて床の間に上がり、壁に立てかけていた刀を掴む。

「なっ…な何してんのお前ぇぇ!!襲うの意味違う!襲うの意味違うううう!!!」

「危なかったなお前。もう少しで殺られるところだったぜィ」

「お前に殺られるところだったよ!!何!?あたし土方さんよりはアンタの恨み買ってないと思うんだけど!?

 や、戦るなら受けて立つぞゴルァ!!」

ガタガタと震えながら抜刀してその刃を総悟に向ける。

互いに浴衣で寝ぐせボサボサで刀を持つ姿は傍から見ればかなり笑えるが、の方はかなり必死だ。

「…こりゃお前や土方さんのこと馬鹿にしてらんねぇな…」

総悟が呟くと


「オイどうした!!」


勢いよく戸を開けて土方は部屋に入ってくる。

入口の照明スイッチを押すと部屋全体が明るくなり、床の間の前で抜刀していると総悟の姿が見えた。




「………何してんだお前ら」




「……つまり何だ?総悟もトシやが見たものと同じものを見たというのか?」

騒ぎですっかり目の覚めてしまった近藤は目の前に座る3人の部下を見て顔をしかめた。

2日連続で真夜中に起こされているせいか相貌の下には深いクマが窺える。

の部屋、近藤たちの部屋、どちらにいるのも怖いので現在地は旅館の1階ラウンジだ。

ようやく旅館の従業員も起きてこようかという時間に4人の男女は浴衣姿に帯刀してどんよりとした表情をしている。

「ありゃー間違いありやせん。確実にを殺りに来てました」

「あたし!?何であたし!?それを言うならあたしより土方さんじゃないの!?」

「何で俺なんだよ!テメーの寝床に出たんだからテメーなんだろうが!!」

「土方さんの方が女の人の恨み買ってるもん!!あたし刀で斬れない奴に恨まれる覚えないもん!!」

「あーもーちょっと落ち着きなさい。見間違いじゃないんだな?」

「「「じゃない!」」」

声を揃える3人を前に近藤は頭を掻いてどうしたものかと首をかしげた。

仲間を信用しないわけではないが、は昔から割と怖がりで土方も刀で斬れないものは受け付けないという節がある。

だから2人が見たものは見間違いだったのではないかと疑っていたが、

総悟も見たというのだからこれは信用するしかないだろう。

…そう思うと自身も少し怖くなってくる。

すると


「ふぁあぁぁ…」


奥の従業員入口から出てきてラウンジを横切った人影が2つ。

いや、正確には影は2つだが横切ったのは3人だ。

眼鏡を拭きながら眠そうに目を擦る新八

いつにも増して死んだ魚のような目を半開きにしてのそのそと歩く銀時

その銀時の小脇に抱えられ、まだ鼻ちょうちんを作って眠っている神楽

「…あれ…皆さん随分早いですね…まだ4時半ですよ」

眼鏡を掛けた新八が真選組の面々に気付き、ソファーの方に寄ってくる。

「い、いやぁ新八くんおはよう。なぜだか皆揃って目が覚めちまってなぁ」

「……刀持ってですか?」

近藤の前に座る3人が暗い顔で刀を携えているのが不思議だったのだろう。

確かに不格好だと自分たちでも思う。

不審に思った銀時と新八が顔を見合わせ、寝ていた神楽の鼻ちょうちんがパチンと割れた。



「ブハハハハハ!!お前らお化け怖くて起きたアルか!?さっさと帰らないから怖い目にあうアル!!」



近藤の話を聞いて目を覚ました神楽は4人を指差して大声で笑う。

よせばいいのに近藤が馬鹿正直にことの一部始終を話して聞かせるものだから、泣く子も黙る真選組がいい笑い者だ。

土方とは穴があったら入りたいという思いで頭を抱えて項垂れる。

「聞いてヨ銀ちゃんこいつら…」

神楽が笑いながら後ろを振り返ると、銀時もソファーに腰掛けて落ち着かない様子だ。

「…どうしたんですか銀さん」

「銀ちゃん変な汗出てるヨ」

「いやこれはアレだよ…寝汗」

一転を見つめる銀時の顔には大量の汗が滲んでいる。



「…まさか、銀さんも見たんですか?幽霊」



新八が低い声でたずねると、蒼白の顔に再びぶわっと汗が滲み上がった。

こちらは寒くてしょうがないというのに羨ましい限りだ。

「ば、ばばばばバカ違うよお前。髪の長い女なんて見てねぇよ?」

「っ見たんですか旦那!」

は立ちあがって銀時の前に立つ。

「見てねぇっつってんだろうが!テメーらチキン侍と一緒にすんな!!」

「…旦那、床が微振動してるんで貧乏揺すりはやめて下せェ」

勢いよく顔を上げて怒鳴り散らす銀時だったが、

両足の踵が小刻みに上下して周囲の床とソファーが僅かに震えている。


「……あたし、町の土産屋さんでこの旅館の名前出した時、変な顔されたんですよね」


が口を開くと一同の視線が集まる。

「あの旅館まだやってたの、とか…何年も前のこと気にしていられないとか…」

「何だ、どういう意味だそれは。この島で起きた大きな事件なんて記憶にないぞ」

「あるわけねぇだろ。いちいち気にしてどうすんだよ」

「でも土方さん、仮になにかあったとして俺たちが泊まっておきながら見逃してちゃお上に文句言われんのは必至ですぜ?」

「…なんでこういう時だけ正論言うかなお前」

一番気にしなそうな男が真顔で正論を言うものだから土方は怪訝な顔で溜息をついた。

できればあんなことはさっさと忘れて本土に帰りたい。

この旅館にあと1泊しなければならないと思うだけで憂鬱な気分だ。


「そういえば…昨日、仲居さんたちも妙なこと言ってましたよね?銀さん」

「あ、言ってたアル。警察だから大丈夫だと何とか…ねぇ銀ちゃん」

「…………………」


顔を見合わせて確認する新八と神楽の横で銀時は聞きたくないものをシャットダウンするように両耳を塞いでいる。

真選組の面々も顔を見合わせ、はラウンジの壁時計で時間を確認した。

午前5時を過ぎ、ラウンジの大きな窓から見える水平線と太陽はもう随分離れている。

よく晴れた港町の朝は一同の鬱屈した空気を嘲笑うように爽やかで晴れ晴れとしていた。



「…あたしもう一度町の人の話聞きにいってみます」




To be continued